イナズマイレブン! 脅威の転生者 ゴジョウ!!   作:ハチミツりんご

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第三十七条 悩めるファンタジスタ・キングの誇り

 

 

「______このようにして、この小球aは磁場による力を受けながら等加速で運動する。その後小球bに衝突し、分裂。この際に使うのが運動量保存則だ、衝突直前と直後の小球の運動方向を鉛直方向と水平方向に分解し______」

 

 

 

カッカッカッ、という規則的な音を奏でながら教師は次々に電子黒板に文字を羅列していく。その説明の一言一句を聞き逃さんと、段差上になった席に着席した生徒達が真剣な眼差しで板書を写し、授業内容を飲み込んでいく。気を抜けば即座に置いて行かれる。一切の私語の無い、帝国の普段の風景だった。

 

 

そんな緊迫した中で、教室上部に取り付けられた大きな時計の秒針が12を指し示した瞬間。ゴーン……と、重苦しい鐘の音が響き渡る。

 

 

「よし、今日はこれまで。明日の授業までに今日の内容を復習し、纏めた内容を私に送信して提出すること。号令!」

 

「起立、気を付け、礼ッ!!」

 

『ありがとうございましたっ!!』

 

 

 

教師からの言葉を受けた本日の号令担当が、張りのある声で号令をかける。一糸乱れぬ生徒達の姿に教師が頷くと、手早く荷物を纏めて教室から去る。

 

 

「……っかー!!やっと終わったぜ」

 

「ったくよぉ、ここの単元もう予習終わってっからさっさと進んで欲しいわ」

 

 

 

ほかの生徒達が残った板書を書き写して確認する中、授業が終わったことに感謝しながら大きく伸びをする辺見。後ろに座る咲山も気だるそうに欠伸をしており、とても他の生徒と同じ学校に通っているとは思えない。しかしこの二人、帝国学園レギュラーである為、学力は校内でもかなり高い部類に属する。

 

 

「お前らなぁ……そんなんじゃ定期テストで足元掬われんぞ」

 

「まぁ、彼ららしいじゃないですか……フットボールフロンティア始まってからテスト結果でレギュラー落ち、なんて笑い話にもなりませんけど…クククッ」

 

「んな無様晒さねぇっての」

 

「雷門の連中に一泡吹かさねぇと気が済まねぇからな」

 

 

そこに同じクラスでサッカー部レギュラーの寺門、特待生の五条が話に加わる。この二人も辺見と咲山同様成績上位者であり、特に五条は鬼道と並び立つ程の成績を収めている。特待生の称号は伊達ではないのだ。

 

 

「……んな事言って、この間の国語でレギュラー基準ギリギリとったのはどこのデコ見君だっけかねぇ〜?」

 

「てめっ、寺門!!クリアしたからいいだろうが!!」

 

「鬼道の奴にも迷惑掛けてたもんなぁ、次はあんな事すんなよ辺見」

 

「わぁってるよ!!」

 

 

 

……と言っても総合成績はもちろん、各教科の最低点も決まっている。しかも最低点を上回っても基準順位を下回ればそれでもアウトだ。苦手教科のある面々は、時折鬼道や五条などの勉強出来るメンツへ教えを乞うたりもしている。

 

 

 

 

「てかもういいだろ。とっとと練習行こうぜ」

 

「フットボールフロンティア近いからサッカー部は特例で早期終了なんて、総帥も粋なことしてくれるよな」

 

「単純に雷門に負けそうになったからもっと強くなれって仕打ちじゃねぇの?まっ、言われなくてもやっけどね」

 

 

既に目前に迫っているフットボールフロンティア。他のスポーツの大会に比べて規模や集客人数、注目度が段違いである為、主役となるサッカー部一軍の面々は特別待遇で早期の授業終了が認められていた。

 

その為辺見達が手早く荷物を纏めてカバンを持ち、一軍寮へと帰ろうと教室を出る。もちろん五条もそれに続くが、途中で彼らとは別方向へと進んでいった。

 

 

 

「ん?五条、お前練習行かねぇの?」

 

「私は本日の日誌担当ですので、職員室に提出してから向かいますよ。先に行ってて大丈夫です」

 

「おっ、そういやそうだったな。んじゃ、お先」

 

 

辺見達からヒラヒラと手を振られ、それに振り返す五条。取り付けられたエレベーターに乗り、目的の教師がいる職員室が存在する階のボタンを押す。

 

 

帝国学園は広大だ。その敷地の広さもさることながら、階数も多い。階段で向かうことも出来るが、生徒たちの疲労を少なくする目的で学校内の至る所にエレベーターが設置されていた。なお使用する際は大体サッカー部の上位メンバーが優先される。これはルールとかではなく、帝国内の暗黙の了解だ。

 

 

 

チンッ、と音がして止まると、扉が開く。目的の階に到着したのを確認した五条は、そのままエレベーター近くにある職員室の戸を叩く。

 

 

 

「2年D組、五条です。本日分の日誌を持って参りました」

 

 

所属するクラスと自身の名を告げると、中から入室を促す声が聞こえてくる。頭を下げつつ入室すれば、緊張感の漂う教師達の眼差しが一瞬のみ五条へと集中する。

 

 

「(怖ぇ………いつ来ても慣れねぇ……)」

 

 

内心は教師達の鋭い視線にビビり散らかしているのだが、表には出さないように努めて目的の教師に日誌を提出する。礼を述べながら日誌を受け取る教師に「失礼します」と告げてから、五条はこの嫌な雰囲気のする職員室内から逃げるように足早に去っていった。

 

 

 

「………彼はいつ見ても模範的な生徒ですね」

 

「あぁ、影山さんは甘いとおっしゃられるが……鬼道君といい、並の中学生とは比べ物にならない。影山さんの教育は流石だな……」

 

 

実際のところは褒め言葉だったのだが、厳密には五条ではなく影山への賛辞だ。例え聞こえていたとしても、五条の退出が足早になる事には変わり無かっただろう。

 

 

 

職員室から退出した五条は戸を閉めると、ほっと一息つく。

 

 

 

「あぁ、怖かった……勘弁して欲しい……」

 

 

 

職員室という、ある意味学生にとっては近寄り難い場所。特に帝国学園においてはその傾向が強いので、特待生ながらも中身はごく普通な五条にとってはなるべく立ち寄りたくない場所だ。これが鬼道ならば、なんの躊躇いもなく入室出来るのだが。彼の場合は自宅で帝王学の家庭教師を雇っているレベルなので、例外と言えば例外なのだが。

 

 

 

「______ははっ。お前でも緊張したりするんだな」

 

 

そんな五条に向けて不意に声が掛かる。聞き覚えのある……しかし進級してからはあまり聞かなくなった声。

 

声のした方を振り向けば、そこに立っていたのは浅葱色の短髪で、背の高い細身の青年。普段は明るくノリの軽い男だが、この時は少し暗い表情を浮かべていた。

 

 

 

「なぁ、五条。ちょっといいか?」

 

 

 

そんな彼は______帝国学園サッカー部、二軍メンバーの【土門 飛鳥】は、申し訳なさそうにして五条へと声を掛けた。

 

 

 

 

 

 

☆☆★

 

 

 

 

「はい、どうぞ」

 

「サンキュ」

 

 

五条は手に持った缶コーヒーを手渡すと、土門の隣に腰を下ろす。カシュッ、と音を立てながらプルタブを開けて少しコーヒーを飲めば、隣の土門もそれに倣った。

 

 

 

「……お前も缶コーヒーなんて飲むんだな」

 

「おや、意外でしたか?」

 

「あぁ、なんつーか……一軍ってもっと高級なもん飲んでんのかと」

 

「私、貧乏舌なもので。源田の実家から送られてきた最高級品も少し頂きましたが、差なんて分かりませんしねぇ……ウェヒッ」

 

 

 

以前に源田が持ってきた最高級品の珈琲豆を、一軍寮常駐のスタッフで資格を持つ初老の男性が挽いたものを飲んだことを思い出す五条。流石は金持ちの多い帝国学園、コーヒー1杯でも味の違いが分かるらしく、何人かはそれについて談笑していた程だ。特にその時遊びに来ていた鬼道なんて何も聞かぬままどこの産地で何という豆なのかまで当ててみせるほどであった。

 

まぁそんな中で特段裕福な暮らしをした覚えのない五条は、大した違いは分からない。缶コーヒーよりもあの時の高級品の方が確かに美味しかったとは思うが、別段コレでも満足がいく。大野なんかも、これより米の方がいいと零してしたなと密かに思い出す。

 

 

 

「そういうもんかぁ……あっ!そうだ佐久間のやつ元気でやってるか?」

 

「佐久間?えぇ、今では立派に帝国レギュラーとしての風格を持ってますよ。彼のキープ力やパス、隙をついたシュートにも磨きがかかっている」

 

 

 

不意に佐久間の話題を持ち出した土門。2年になってから同じクラスになることは無かったので、部内の昇格試験で彼が一軍入りしてから話す機会が減った。三軍時代はお互いを高め合うために良く練習を共にした仲として、友人として、彼の現状は気になるらしい。

 

 

「そ、そっか!いやぁ一年の時はほんとどうなるかと思ったが、普通にやっていけてるみたいで良かったわ!あ、そういや兵藤や大楠達も昇格してから話す機会減ったんだよなぁ。それに俺、二軍の時は渋木さんと同室で______」

 

「……土門」

 

 

 

饒舌に話し始める土門に、五条が静かに彼の名前を呼ぶ。ギクリと肩を揺らしてバツが悪そうに笑う土門は、頬をポリポリと掻きながら隣に座る友人を見る。

 

 

 

「……悪い、こんなことばっか喋って……」

 

「世間話は世間話で楽しいですし、佐久間達のことが気になっているのは本当でしょうが……本題は違うでしょう?」

 

 

指でメガネを押し上げながら、五条が静かにそう問うた。確かに土門が五条を呼び止めたのは、佐久間達の現状を知る為でも、友人と世間話をするためでもない。

 

原作知識から、土門の話したい内容に当たりをつけていた五条。そんなことは露知らず、土門は言い出しにくそうにしながらも意を決して口を開いた。

 

 

「五条、ここでの話、誰にも話さないでくれないか。それこそ総帥や、鬼道さんにも……」

 

「……分かりました。私は用事が長引いて、その間君と世間話をしていただけ、他言するようなことは何も聞いていません」

 

「あぁ、助かるよ。…………俺さ。転校する事になったんだ」

 

 

 

土門の口から飛び出た転校の言葉。それを聞いた五条は、やはりとでも言うべきか。予想と外れなかったことに安堵し、同時に友人として土門が帝国から去ることを少し残念に思う。それでもこの出来事が将来的に彼の宝となるのだから、引き止めるのは無粋だ。そもそも引き止めたらただでさえ崩れ掛けの原作が粉々に砕け散る。

 

 

 

「総帥から、雷門へのスパイの役目を任されてさ。帝国の勝ちを盤石にするためにも、内部から情報を探れって」

 

「………なるほど」

 

 

 

表面上は何も知らないことを装いながら、土門の話に耳を傾ける。

 

雷門へ送り込むスパイの絶対的な条件として、顔が割れていないことが重要となる。土門は昨年の尾刈斗との練習試合や他校との試合には出場していたが公式戦に顔を出した事は無いし、当然つい先日の雷門との試合にも同行していない。この時点で、土門はスパイの最低条件を満たしていた。

 

さらに、送り込んでも雷門の選手達よりも実力が劣れば意味は無い。試合に出て、信頼を勝ち取れる程度にサッカーの腕前がなければスパイとしての役目は果たせない。

 

しかし帝国レギュラーですら苦戦した雷門だ、そんじょそこらの二軍、三軍を送り付けた所で勝てないのは目に見えている。それ故に、一軍メンバーに匹敵する実力を持ちながら、帝国の戦術にイマイチ本人の長所が噛み合っておらず燻っていた土門が選ばれたのだ。

 

 

 

「俺……不安なんだ。スパイなんて真似やったことも無いし、今更帝国離れて別のチームに行くのもな………まぁ、選択肢は無いんだけど」

 

 

自嘲気味に笑った土門だが、彼の言葉は間違いでは無い。

 

帝国学園において、影山零治という男は絶対だ。生徒も教師も、ほとんどの者が逆らえない絶対的上位者。彼に意見が出来るのは、それこそ特待生に選ばれている面々……一年の成神や、幼い時から影山にサッカーを教わっている鬼道。それに目の前の友人、五条くらいなものだ。

 

そんな影山から、直々の指令……これを断るという選択肢は土門には与えられていない。断ったら今後、帝国学園内に彼の居場所は無くなるだろう。話を持ちかけられた時点で、土門には雷門に行くという道しか残されていないのだ。

 

 

「だから、その……誰かに話して不安を解消したかったというか……早い話が、愚痴みたいなもんなんだ。悪いな、こんなことに付き合わせて」

 

 

曖昧に笑う土門。一軍が引き分けたという噂程度でしかしらないチームに行くという道しか残されていない彼の目を見ながら、五条はふと考える。

 

 

 

本来のイナズマイレブンにおいて、土門の役割は存外大きい。彼という告発者がいなければ鬼道有人と影山零治の決定的な確執の切っ掛けは生まれないだろうし、そもそもバスに細工されたままの雷門が40年前の如く事故に遭うだけだ。絶対に回避しなければならない。

 

 

それに土門自身にとっても、雷門という環境は合っている。

 

帝国学園は緻密な連携を幾つも頭に叩き込んで、組織じみた動きで敵を自由に動かさない戦略型のチームだ。当然個々の判断力は求められるし実力も必要、全てにおいて高い適性が求められるものの、突破出来るチームは多くない。そして逆に、帝国に適正のある選手も多くは無いのだ。

 

対して土門は、アメリカでサッカーをやっていたためかプレイがとても自由かつ奔放。DFとして高い実力を誇り、判断力も高く的確。それなのに一軍に上がれないのは、試合中に自分の判断で指示と違う行動を取る事があるからだ。

 

 

「(一軍に上がってからそのプレーをしても相手を止めれば許されるし、有人がそれも戦術に組み込む。だが二軍では………)」

 

 

まず一軍に上がる絶対条件は、従順さ。司令塔たる鬼道と、ひいては影山零治の指示に従えるかどうか。その点をクリアしなければ、一軍への壁が開かれることは無い。

 

今の一軍メンバーは鬼道や五条の影響により、それぞれの色が出始めてはいる。しかし二軍から一軍に上がるためには盲目的な従順さが不可欠なのだ。なれば自由なサッカーが持ち味の土門にその門が開く事は無いだろう。

 

 

 

やはり、彼は雷門に行った方がいい。原作を知るものとして、そして一人の友人として。ここで土門に潰れて欲しくはなかった。

 

 

 

「………私もそんな経験はありませんので、大したことは言えませんが……雷門に行くのも存外悪くないと思いますよ?」

 

 

半分ほど残った缶コーヒーを飲み干して、五条はそう呟いた。帝国学園というチームに誇りを持っている五条が、そんなことを呟くなんて珍しいと土門が少し驚いた。

 

だが目の前にいるのは高い実力を誇りながら、どんな相手だろうと認める気さくさを持ち合わせた妙な友人だ。雷門を認めるくらいことはするだろうと思い直す。

 

 

「雷門は個性的だ。帝国伝統の組織サッカーとは真逆、一人一人の個性でガムシャラに戦う自由なサッカー………恐らくですが、君が帝国に来る以前のサッカーに似ているハズです」

 

「………自由なサッカー、か……」

 

 

羨ましいと土門は思う。日本に戻ってくる時に、どの中学に入るかは悩んだ。それでも一番施設が整っていて、強力な選手を輩出する名門校に入るという結論に落ち着いた。両親が十分な経済力を持っていたことと、それなりに勉強出来たのもあるが、やはりサッカープレイヤーとして自分の腕を試したかった。きっと、亡くなった親友ならそうするだろうと思いながら、だ。

 

 

中学に上がるより前。まだ親友が生きていた時。当時仲の良かった日本人4人で、日が暮れるまでサッカーをしていたあの時。誰にも縛られなかった、自由なあの時。一番楽しく、輝いていた日々のようなサッカーが出来るなら、雷門も悪くは無いのかもしれない。

 

 

 

「………そんなチームに、スパイとして潜り込むのか………」

 

 

 

………それが本当の意味で仲間になるのなら、だ。

 

自分はスパイ、裏切り者。裏で情報を流さなければならないのだから、彼らに真の意味で仲間と認められることは無いだろう。

 

そんなことを思う土門に、五条がふと声を掛ける。

 

 

 

「……どちらにしろ私から言えるのは、君の好きにしたらいいということだけです」

 

「俺の好きに?」

 

「えぇ。総帥や有人に雷門の情報を流すのが君の役目……それでも、君自身を失ってはいけません。もし雷門で何か決断を迫られたのなら、スパイのことはとっぱらって、君自身がどうしたいかで判断する。………それさえ見失わなければ、きっと君ならやれる。土門飛鳥という選手の実力は、私もよく知っているのでねぇ……ククッ」

 

 

 

一年前、まだ佐久間と土門が三軍にいた時代。帝国学園において三軍は崖っぷち、あとが無い状況だ。当然余裕も無くなり、誰かに当たることも珍しくない……色々考え込み過ぎていたとはいえ、佐久間もそうなっていたのだ。

 

 

その状況で、荒れていた佐久間を気遣い、心配することが出来る……それだけで、土門という男は強いのだ。危機的な状態でと他人を気にかける事が出来る人間なんてごく僅か。それが出来るお人好しの土門なら、何処でだってやっていけるだろう。

 

 

「俺の、好きなよう……か」

 

 

五条の言葉を反芻する。そして土門は五条から受け取った缶コーヒーのプルタブを開け、中のコーヒーを一気に流し込んだ。

 

 

 

「っ!?うおえっ、ゲホッゲホッ!?にっげぇ!?」

 

「おや、ブラックダメでしたか。はいハンカチ」

 

「苦すぎだってコレ!!よく平気な顔で飲めるなお前!?」

 

 

口内に広がったあまりの苦さに咳き込みながら、平然とした顔で同じものを飲み干した友人に驚愕を向ける。五条から手渡されたハンカチで口元を拭うと、土門は嫌な苦味の残る舌をうぇ〜、と出しながらも立ち上がった。

 

 

 

「ったく、やっぱ変人だよお前………ありがとな。なんか楽になったわ」

 

「それは良かった。君の助けになれたのなら幸いですよ………それでは、私はそろそろ練習始まるので。失礼しますね」

 

 

 

土門からの礼を受け取りながら、五条も立ち上がる。近くに置いてあったゴミ箱に空になった缶をそっといれると、土門に断ってから一軍寮のある方向へと進み始めた。

 

 

「………あっ」

 

 

そんな時に土門が受け取ったハンカチに気がつく。口元を拭ってしまったのでそのまま返すのは悪いし、明日から自分は雷門行きだ。返す暇は無くなるだろう。

 

 

 

「おい、五条!このハンカチどうすればいい?」

 

 

それ故に、土門は五条に尋ねる。後でいいと言われれば、フットボールフロンティアが終わってから返しに来るつもりだった。土門の方を振り向いた五条がふむ、と少し考えると、ヒラヒラと手を振って想定外の言葉を投げかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「______フットボールフロンティアで戦う時に、返してくれればいいですよ」

 

 

それだけを聞けば返せる時に返せばいいとも聞こえる。しかし、土門は何となく。同じサッカープレイヤーとして、言外に込められた意味を察した。

 

 

フットボールフロンティアで当たる時……つまるところ五条は、雷門が帝国と当たるまで勝ち続けると予測している。そして、会う時ではなく戦う時。

 

 

 

______試合で会ったら、真剣勝負でやり合おう。そう言ってくれているのだ。

 

 

 

「………あぁ、分かった。じゃあ、またな」

 

「ええ。また」

 

 

その言葉を最後に、お互い背を向けて歩き始める。

 

 

 

カツ、カツと廊下を歩いていく土門。そんな彼に、不意に眩しい日差しが窓から差し込んだ。

 

 

 

 

「……今日、こんな晴れてたのか」

 

 

眩しい陽の光を浴びながら、吹っ切れたような気持ちを胸に。土門は明日からの新生活のために、荷物を纏めようと自身の部屋へと足を向けた。

 

 

 

不思議と、その足取りは軽かった。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆★

 

 

 

 

 

 

【フルパワーシールド______V2】

ッ!!」

 

 

両拳に溜め込んだエネルギーを片手に集め、地面を殴る。厚みを増した衝撃波の壁が、迫り来るシュートを全て防ぎ止め、弾き飛ばす。

 

衝撃波の壁が掻き消えると、その技を放った張本人……源田幸次郎は、地面に膝をつく。顔から滴り落ちる汗が人工芝のグラウンドに吸い込まれ、荒い息が酸素を求めて何度も呼吸音を鳴らす。

 

 

 

「源田!!進化したじゃねぇか、フルパワーシールド!!」

 

「発動もはよなっとるし、パワーも上がっとる!!やったやないか、源田!」

 

 

そんな彼に向けてシュートを放っていた人物達、3年生FWの恵那と、2年生FWの大楠がドリンクを持って近付いてくる。極度に水分を失った源田は、恵那から手渡されたドリンクを浴びるようにして飲み干す。一息ついた源田は緩慢な動作で立ち上がり、ユニフォームの袖で汗を拭うと、ギラついた眼光を滾らせて腕の感触を確かめる。

 

 

 

「………まだ、いける。恵那さん、大楠、もう一本頼みます」

 

「はぁ!?自分まだやるんか、もうかれこれ三時間はやっとるで!?」

 

「あー……源田、気が済むまでやれとは言ったが……流石に身体を酷使し過ぎてるんじゃないか?無茶と無謀を履き違えるなよ、限界超えて怪我したらそれで終わりだ」

 

「いえ、俺の身体のことは俺が一番知ってます。まだ、いける」

 

 

既に源田のキーパー特訓を始めてから三時間以上の時間が経過していた。しかも本日の帝国の練習______当然内容も密で厳しい、並の選手ならば逃げ出してしまうような過酷なものをこなしてから、更に三時間だ。正キーパーである源田の身を案じて、恵那と大楠の2人が暗に止めるように促す。だが源田は頑なに特訓を続ける様子だ。

 

 

 

「はぁ〜……まぁ俺はええけど。恵那さんはどうするん?」

 

「まぁ納得いくまで付き合うさ。下手な特訓されて身体壊された方が後味悪いし」

 

「すみません、ありがとうございます。大楠も、悪いな」

 

「ええってええって。俺もええシュート練なるし」

 

 

 

律儀に頭を下げる源田に、大楠が軽く手を振って答える。大楠にとっても、キング・オブ・ゴールキーパーと呼ばれる源田に向けて本気のシュートを何度も打てるのはいい練習になる。控えではあるが帝国一軍、自分を高めることに余念はない。

 

 

 

「にしても源田、お前最近どうした?前々から練習には真面目に取り組んでたが、最近の焦り方凄いぞ?」

 

 

恵那が源田にそう尋ねると、源田は己の拳を握り締めながら険しい顔付きになる。ここひと月ほど……というか、雷門との練習試合から後。帝国学園のメンバーの大半は、今まで以上に練習時間を増やして特訓を重ねていた。恵那や大楠だってそうだ。

 

 

だがその中でも、エースストライカーである寺門と守護神の源田は常軌を逸したように特訓を続けている。寺門は朝から晩まで何度もシュートを打ち続けては映像で確認し、また打つの繰り返し。源田はこうして、本来ならば有り得ない回数必殺技を繰り出して特訓していた。

 

 

 

「………分かったんです。自分がどれだけ甘かったか」

 

「甘かった?お前がか?」

 

 

 

自分自身のことを甘かったと評する源田に恵那が訝しがる。元々源田は帝国としての誇りは持っていたものの、歴代の帝国選手に比べれば人当たりがよく素直だった。非があれば認め謝罪し、相手に教えを乞う。プライドの高いものの多い帝国で、しかもキーパーという唯一のポジションについている者の中では非常に珍しかった。

 

そんな源田の事を一年の時から一緒に練習してきた恵那は良い後輩だと思っているし、実力も申し分無いと思っている。間違いなく歴代帝国最強のキーパーで、最良の背番号一だと。

 

 

 

「………俺は、去年のフットボールフロンティア決勝で失点しました」

 

「あぁ、先輩がミスってお前が被害被る形でな」

 

「はい、それは辺見にも言われました。……でもあの場に五条がいたら、失点してたと思いますか?」

 

 

 

ぽつりと尋ねてきた源田の言葉。んー、と2人して腕を組んで考える恵那と大楠だが、すぐさま二人共答えを導き出した。

 

 

 

「思わないな。大楠は?」

 

「俺も思わへん。仮にヘッタクソな先輩がボール零しても、五条君おったらカバーしとるやろしそもそもそんなこと起こらへんやろ。彼マメやさかい」

 

 

 

あの場に帝国のディフェンスリーダー、五条がいたのならばその失点は起こらなかったと断言する。フィールド上での彼の影響力は強い。こと守備において、あれほど頼りになる選手も珍しい程だ。

 

それを聞いた源田は、頷きながら次の言葉を発する。

 

 

 

「……この間の練習試合の俺の失点も、五条がいたら防げていたでしょう」

 

「………まぁ、せやな」

 

「俺じゃなくて五条だったらシュートブロックも掛けられるしな。最初の油断も無いだろうし」

 

 

そして思い起こすこの間の、雷門との練習試合。最初に油断していたが故の失点と、その後大野と万丈のブロックをぶち破っての失点。その二点も、五条がいたのならきっと無かった。

 

そこまで聞いて、恵那は源田の言いたいことにピンと来る。

 

 

 

「なるほどな。お前、今まで五条に……つーか、DFに甘えてたって思ってんのか」

 

「っ……はい、その通りです」

 

 

 

恵那の言葉に源田が渋い顔をしながら肯定するように頷く。どれだけ飲み込もうとしても、まだ飲み込みきれていないのだろう。だがしかし、現実は源田にそれを認めるように突き付ける。

 

 

 

「……俺は今まで、キーパーとしては一番だと思っていました。パワーシールドは何者にも破られない、自分こそが最強のキーパーだと」

 

 

 

自分こそが最強のキーパー。その認識は間違いでは無い。事実、リトル時代に彼と並び立てるキーパーなんて存在しなかったし、彼に憧れてキーパーを志したものだっている。源田幸次郎という男は、間違いなく鬼道達の世代のトップキーパーだ。

 

 

 

「だが……顧みてみれば、俺は全く持って違った。あの決勝の失点も、五条がいれば防げていた。雷門との試合も五条がいればより鬼道の指示に沿った結果になっていただろうし……大野と万丈がいなければ、もっと無様な姿を晒していたのは明白です」

 

 

 

だがそれでも。あの場面で、彼がいたのなら。きっと失点しなかった。きっと上手くいっていた。

 

 

 

_______逆に言えば、彼がいない時は上手くいっていない。結局、五条の強さに依存していただけで、自分は何も成長してはいない。それが、源田の導き出した自分自身の評価だった。

 

 

馬鹿な、と恵那と大楠は思う。確かに五条は強い、頼りになるディフェンスだ。彼ほど多彩で状況に応じた守備を分けられるDFは2人といない。鬼道と並んで、帝国の主柱である。

 

しかしそれは源田も同じ。パワーシールドという、威力、発動時間、連射性全てにおいて優れている必殺技を操る一流のキーパー。彼が背中を守る、それだけで安心感のある選手だ。彼もまた、帝国を支える柱である。

 

 

源田の言うことは確かに真実なのかもしれない。しかし恵那達から言われせば、『五条がいたから止められた』、『大野と万丈がいなかったらもっと酷かった』は真実では無い。

 

五条がいたからでは無い、『五条と源田が揃っていたら止められた』。

 

大野と万丈がいなかったらもっと酷かったでは無い、『源田がいたからあれだけで済んだ』。

 

 

 

彼は全てにおいて自分を外している。源田幸次郎という帝国のキーパーがいなければ、仮に五条や大野、万丈、成神、辺見や咲山などのメンバーが揃っていても、失点する可能性はある。源田も充分に優れた選手なのだ。

 

 

 

「(……って言っても聞かねぇんだろなぁ)」

 

 

 

心の中で恵那がボヤく。こういった状態に陥った選手に何を言ってもあまり響かないものだ。特に自分と大楠はFW、GKである源田の気持ちは察せない。控えキーパーである兵藤なら何か言えるかもしれないが、今は寺門の特訓に付き合ってこの場にいない。

 

 

 

「だから強くなりたい。DFに頼りっきりでは無いゴールキーパー……鬼道や五条から、本当の意味で頼りにされる。そんな、俺の目指すキーパーに。それに______」

 

「?それに?」

 

 

 

頼りになる男になりたいとこぼした源田。そんな彼にはまだ続きがあるようで、大楠が首を傾げながらそれを問う。

 

 

 

「______負けっぱなしは、俺のプライドが許さない」

 

 

眼光をギラつかせて、源田が静かに吼える。思い起こすは雷門中、炎のエースストライカーと称された元木戸川のエース、豪炎寺。無名ながら豪炎寺にも劣らないパワーシュートを見せた、染岡。

 

……そして、デスゾーンを単独で止めたキーパー。円堂だ。

 

 

 

「俺は帝国学園の正キーパーだ。この背番号一に掛けられたプライドと歴史は、誰よりも俺が理解している。このユニフォームに袖を通すために、多くのキーパーがこの帝国で鎬を削りあっている………そんな、二軍、三軍のキーパー達の………そして控えに回っている兵藤の想いも、俺は背負っている」

 

 

王者(キング)となるものは1人しかいない。俺は彼らの分までトップに立って、この帝国での努力は無駄では無いのだと証明したい!………ぽっと出のキーパーなんぞに奪われる程、【帝国学園の1番(この背番号)】に込められたプライドは、安くないっ!!」

 

 

 

これは歴史だ。40年間、刻み続けられた歴史。染み込んできた、先人達の想い。

 

 

源田達の預かり知らぬ所で、影山零治による策略や妨害があったかもしれない。本当ならば優勝しなかった年代もあったかもしれない。偽りの王座に君臨するだけの滑稽なもの達と、後の世で呼ばれているのかもしれない。

 

 

だがそれでも。この帝国学園で、フットボールフロンティア無敗の記録を伸ばし続ける名門校において。その身1つで門を叩き、苛烈な入部試験を突破し、いつかこのユニフォームに袖を通すのだと努力してきた男達の血脈が、無かったことになる訳では無い。確かにここに、《王者帝国の誇り》は、脈々と受け継がれている。

 

 

だったら証明せねばなるまい。先人達が必死に受け継いで来たこの誇りは。自分達が後の世代に繋ぐこのプライドは、偽りでは無いと。王者としての重圧全てを背負い、尽くを蹴散らして見せようと。

 

 

 

かくして獣は吼え猛る。己の力を示す為、受け継いで来た全てを肯定する為。敗北を受け止めて、今は静かに牙を研ぐ______。

 

 

 

 

 

 

 

 

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