イナズマイレブン! 脅威の転生者 ゴジョウ!!   作:ハチミツりんご

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 書き始めた当初の目標だった第五十五条までたどり着くことが出来ました。これも皆様からの応援のお陰、本当にありがとうございます。亀更新な上に話の進みも遅い駄作ですが、これからもお付き合い頂ければこれ以上の喜びはありません。

それでは、どうぞ。


第五十五条!!!! 背番号13 土門飛鳥

 

 

「失礼します、総帥」

 

 

 数度のノック音の後、扉が開かれる。律儀に一度振り返ってから扉を閉め、目の前の恩人に目を合わせる。

 

 

「………鬼道か、どうかしたのかね?」

 

「総帥に御質問があって参りました。お答え願いたい」

 

 

 総帥室の品のいい机の上での作業を一時止め、やってきた少年………帝国学園サッカー部キャプテンの鬼道に、影山は目を向ける。

 自身が彼に特注したゴーグルを身につけている鬼道だが、事前連絡も無くやって来るような性格では無い。おおよその見当はついているものの、如何にも突然の訪問に疑問を抱いている様子で語り掛けた。

 

 

 

「質問………質問、ねぇ。良いだろう、言ってみたまえ」

 

「雷門に送り込んだネズミについてです。今行っている、雷門に対する妨害行為。それを全て停止して頂きたい」

 

 

 雷門中に送り込まれたネズミ______つまるところは雷門の監督にして裏切り者の冬海、彼への命令を取り下げろという告言だった。

 

 冬海がバスへの細工を施したことは間違いない。そしてその司令を出したのは疑いようもなく影山だ。

 このままでは雷門イレブンは決勝会場となる帝国学園に来られないどころか、最悪の場合命を落としかねない。あの滾るような戦いをするためにも、自らの力で約束を掴み取るためにも。鬼道はこうして、恩師の元へとやってきたのだ。

 

 

「ふむ………土門の事かね?彼には今指示を出していないことは、君も承知しているはずだが……」

 

「とぼけないで下さい!雷門の監督………あの冬海という男への指示をです!いくら何でも度が過ぎている!」

 

「おやおや、私としてはまだまだ手緩いと思っていところなのだが………まぁ、そんなことはどうでもいい」

 

 

 肩を竦めてはぐらかす影山に、真剣な表情で鬼道が迫る。それもそうだ、誰かが死ぬかもしれない、そんな可能性を目の前に提示されて真剣にならない者の方が居ないだろう。

 

 しかし影山は一切その余裕を崩さず、どうでもいいと切って捨てる。手を組み替え、本気で訴えかけてくる教え子の姿に不敵な笑みを浮かべながら、彼に向けて指を一つ立てた。

 

 

「鬼道。以前、私が君と五条に言った言葉を覚えているかね?」

 

「言葉?………優れた司令塔は、試合の前に勝っている………御影専農を視察した時にそう仰っていましたね」

 

「あぁ、そうだ」

 

 

 影山が以前、鬼道と五条の2人を連れて御影専農のデータサッカーを視察した時の事。影山が論じた、勝者の定義。

 勝ち目のない戦いほど愚かでつまらないものは無い。確実に未来の勝利をつかみとる、コンマ以下の可能性すら残さない。それこそが本物であり、頂点に登る者。絶対的強者だと、あの時の影山は語っていた。

 

 

「真の強者は戦いを始める前に勝利を確定している。『確信』ではない、『確定』だ。あるべきものから目を背け盲目的に勝ったと自己暗示する愚か者ではなく、全てにおいて相手を圧倒し、勝ちを定める者。それこそが司令塔のあるべき姿だ」

 

「………………」

 

「それを踏まえた上で、君に尋ねよう______君たち帝国学園サッカー部は100%、確実に雷門に勝利すると言えるのかね?」

 

 

 負けることは許されない。勝利こそが帝国学園での存在意義。ましてや雷門は今まで実績を残していない、対外的に見れば今年になって顔を覗かせたダークホースだ。王者たる帝国学園が負けるなんてあってはならない。

 

 故に影山は、尋ねた。鬼道有人という男は強者なのか、と。

 

 

 鋭い眼光を向けられた鬼道は、怯むでもなく、口を噤むでもなく。ただ真っ直ぐに影山を見ながら、静かに頷いた。

 

 

 

「______えぇ、勝ちます

 

「ほう………?」

 

 

 

 鬼道の口から出た断定。ここ最近の鬼道ならば一度詰まるかと思っていた影山だが、迷いのない返答に小さく言葉を零した。

 

 

「勝つのは俺たちです。これ以上の妨害工作は不要のものでしょう」

 

「故に取り下げても問題無い、と………解せんな、何を持ってその『確定』に至った?」

 

「至極単純な事です。雷門は強い。確かに円堂守の熱さとキャプテンシーは俺には無いものかもしれないし、豪炎寺の得点力は帝国学園の誰よりも優れているかもしれない」

 

 

 

 円堂守という男が背中を守る安心感、そこから来る絶対的な信頼関係。

 豪炎寺修也という超級ストライカーの存在による、不利な盤面からの一発逆転。

 

 彼ならば決めてくれる、止めてくれるというチーム全員の精神的な柱となり、それに伴ってチームメンバーの迷いが吹っ切れる。それは間違いなく脅威だ。

 

 

 

 

「………だがそんなことは関係ない。帝国学園には俺が居て、アイツらが居て______そして勝が居る。群という意味で捉えれば、間違いなく帝国こそが最強のチームです」

 

「故に負けることは無い………と?つい先日、雷門との練習試合で辛酸を舐めさせられたばかりでは無いのかね?」

 

「それこそ簡単な事です。偶然は二度起きない………次の試合は本当の意味でのフルメンバー、そして全員が雷門の事を最初から認めている。絶対に試合をひっくり返させはしません。俺はチームメイトを『信』じている、故に勝利は『確定』しています」

 

 

 

 個々の実力という意味では、2チームの中で豪炎寺が最も優れているかもしれない。円堂を筆頭にした他メンバーも自分達に肉薄する実力があり、その牙は王者帝国に届きうるかもしれない。僅かな期間でここまで登り詰めた雷門中は、最強の敵と言えるだろう。

 

 だがしかし。帝国イレブンこそ最強で、最高のチームなのだ。故に負けない、負けやしない。40年間覇者であり続けたその歴史を、ぽっとでの挑戦者に覆させやしない。

 

 仲間達への、『確』たる『信』頼。故の『確定』。それこそが、鬼道有人の答えだった。

 

 

 

「………及第点、と言ったところか」

 

 

 静かにそう呟いた影山は、手元の資料をパサりと机の上に投げ捨てて目の前の教え子に向き直る。

 

 

「良いだろう、君の要望通り、冬海への指示を全て取り下げようではないか」

 

「!ありがとうございますっ!!」

 

 

 求めていた言葉に思わず鬼道の顔が綻ぶ。

 

 影山からの指示が撤回されれば、冬海が雷門中の妨害をする理由は無くなる。指示を無視して独断で動く可能性も考えられるが、あの小心者が影山に逆らった行動をするとは思えない。まず間違いなく大丈夫だろう。

 

 

「(これで何の心配も無く、雷門との試合に集中出来る……!)」

 

「…………く、くくっ………」

 

「…………?」

 

 

 影山が嘘をついているような様子も無く、これで安心して地区予選の決勝戦に望むことが出来る______そう考える鬼道の耳に、不意に押し殺したような影山の笑い声が響いてきた。

 

 

「ふっ………鬼道、師としてお前に2つほど助言をしてあげよう」

 

「助言……?」

 

 

 静かに笑いながら、指を鬼道に向けて2つ立てる。

 突然の影山からの言葉、しかも助言という発言に訝しさが隠せない。だが先程の言葉に嘘はないと感じている鬼道は、懐疑的な感情から目を細めるものの影山の方に向き直った。

 

 

 

「一つ。相手に対して嘘を真実だと誤認させる為に最も有効なのは、嘘の中に真実を織り交ぜる事だ。全て一から作り出した虚構は事実との辻褄合わせが難しく、かつバレやすい………だがそこに少量の真実がある事で、それは何倍も効果的な嘘になる」

 

「………?何を………」

 

「そして、二つ。先入観というものは物事を見極める際に悪手に働くことが多い。優れたものほど、何かを判断する時に自分の考え、価値観を切り離すことが出来る」

 

 

 

 左手の指でサングラスを押し上げながら、教え子に向けてそう告げる。

 この言葉に対して鬼道の疑問は無い。鬼道家に相応しい跡取りとなる為に様々なことを学んできた鬼道にとって、影山の述べた二つの言葉は納得のいくものだった。

 

 「それを踏まえた上で」、と影山が口にすると、彼は小さく笑みを浮かべながらトン、と机を指で叩いた。

 

 

 

「____私は一言も、冬海に指示を出したとは言っていないが?」

 

「なっ………!?」

 

「厳密には冬海から連絡を受け、指示待ち人間は嫌いだと自論を述べた程度だ。なんてことは無い、他愛ない話………それを電話越しに話しただけだ。今現在、私からあの男へ出した指示は何ひとつとして存在しない」

 

 

 

 小さな嗤い声と共に告げられたその発言に、目を見開きながら驚愕を露にする。

 

 影山は冬海への指示を取り下げると言った。しかし彼は、冬海に対して指示を出していないと言う。

 事実として影山が冬海に対して出した指示はほとんど無く、昨年に豪炎寺修也が無名の雷門に転校したことを疑問視した為に雇っただけの存在だ。手駒とも言えない程度の存在である。

 

 

「つまるところ、奴への指示を撤回しようにもするものが無いという事だ。さて鬼道、どうする?」

 

「くっ………失礼致します!!」

 

 

 自身の最高傑作たる教え子に向けて、至極楽しそうに呟く影山。そんな師を睨みつけながら、鬼道は急いで総帥室を後にした。

 

 乱雑に扉を開け放ち、何処かへと駆け出していく。焦りを滲ませながら帝国学園の回廊を走る鬼道と入れ替わる様に、影山の部下が総帥室へと足を踏み入れた。

 

 

 

「………よろしかったのですか?わざわざあのような事を告げずとも、冬海程度の男の計画が成功するとは思えませんが」

 

「逆だ。元々成功の見込めない杜撰な計画、それならば鬼道の成長の糧とした方が有意義だろう」

 

 

 わざわざ回りくどいやり方で鬼道にあんな事を言う必要性はあったのか、と疑問を感じる部下の男。それに対して影山は深く椅子に座り直し、背もたれに身体を預けながらそう言った。

 

 

「土門は元々鬼道が選出した男だ。奴の性格も加味すれば、バスに細工して事故を引き起こすなどという計画に反発するのは容易に想像出来る」

 

 

 土門飛鳥という男は情に厚く仲間想いだ。幾らスパイとして潜入しているとはいえ、そんな選手が雷門の友人達が死んでしまう可能性のある策を許容するだろうか?

 

 答えは否。少し観察していれば当たり前に気がつく事実だ、それが見えていない冬海の計画が成功するとは、影山も部下も思ってはいなかった。

 

 

 

「まぁ、これであの子が冬海の計画を阻止しようと、奇跡的に奴の杜撰な計画が成功しようとどちらでもいい。冬海を切り捨てることには変わりは無い………それに、どちらに転ぼうと所詮こちらの手のひらの上だ」

 

 

 

 綿密な計画を練る思考力とそれに関わる人間の内面すら把握する洞察力。自らに絶対の自信を持ちながら、決して手を緩めることの無い用心深さを併せ持つこの男は、さして興味も無さげに冬海から送信された雷門の必殺技データのファイルを閉じた。

 

 

「………末恐ろしい御人だ」

 

 

 どう足掻こうと自らに利がある様に裏で糸を引いていく影山の姿に、冷や汗を流しながら小さく部下が呟く。

 

 その言葉が口から零れたのは、果たしてこの男が敵じゃないという安堵感からか。

 それとも、切り捨てるのが惜しいほどに自分が役に立つということを証明しなければ、次に冬海のようになるのは自分なのではないかという恐怖感からか。

 

 

 その答えが返ってくるはずも無く。遠く、少年の駆ける足音だけが響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソっ、考えが甘かった!!総帥が必ず絡んでいると思ってはいたが、あくまで冬海が自ら行った計画とは………!」

 

 

 廊下を駆け抜けながら、思わず悪態をつく。冬海に自分から動くような度胸など無いと思っていたが故に、影山さえ止められればどうにかなると思っていた自分の思考の甘さに鬼道は歯噛みしていた。

 

 

「連絡はしたが………くそっ、もし冬海を止められても、帝国のスパイだとバレれば雷門に居られなくなるかもしれないんだぞ!早まるなよ、土門………!!」

 

 

 すぐさま土門へと情報を共有したが、友人思いの彼の事だ。独断で動く可能性がある。

 

 影山のいる帝国には、土門は戻って来れないだろう。そんな彼が、せっかく絆を結んだ雷門にすら居られなくなる………そんな未来が来ないように、今の鬼道にはただ祈るしか無かった______

 

 

 

 

 

☆☆★

 

 

 

 

「全く、いくら帝国との試合が近いからって、何なのかしらこの成績!」

 

 

 雷門中校舎三階に特別に設けられた一室。理事長の娘であり、現在サッカー部のマネージャーを務める雷門夏未のための部屋だ。理事長と同等の権限を持つ彼女の部屋には、雷門中のありとあらゆるデータが確認できるように揃えられている。

 

 そんな自室に向かう階段を上がりながら、有り得ないとでも言いたげにため息をつく女子生徒の影が一つ。察する事が出来るだろうが、雷門夏未だ。

 

 

「帝国戦が終わったら、全国まで時間があったわね………円堂くん筆頭に、何人かは強制勉強させようかしら」

 

 

 地区予選準決勝後に行われたテストの結果を眺めながらそんなことを考える雷門。サッカー部の面々は豪炎寺を筆頭に風丸や松野、影野や木野といった成績優秀者が多いが、同時に円堂など赤点ギリギリの補習一歩手前な部員も抱えている。

 流石に中学生として、最低限は成績をとっていないと話にならない。円堂達は嫌がるだろうが、一度勉強会を開こうかと計画しながら自室の扉に手を掛けた。

 

 

「………あら?扉の下に……手紙?」

 

 

 取っ手に向けて下げられた視線の先、扉の真下に挟み込まれるようにしてポンと置かれている手紙が視界に入る。

 拾ってみれば、表には小さく『雷門さんへ』と書かれていた。

 

 心当たりの無いその手紙。学校側の連絡だとしたら理事長たる父が教えてくれるだろうし、サッカー部からの連絡ならば円堂や木野、音無が口頭で教えてくれるだろう。

 

 ならば誰が………そう思った雷門が手紙を開き、中の文に目を通す。

 

 

「っ!コレは………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………これで良かったんだ」

 

 

 驚愕に目を丸くする雷門の後ろ姿を隠れ見ながら、小さく呟く。自分に言い聞かせるようなその声音は、これから訪れるだろう自分の未来に対する諦めが滲んでいた。

 

 

 携帯を開けば、一通のメールが目に入る。

 

 ここ一〜二ヶ月ほどずっと連絡を取り合っていた、かつてのキャプテン。影山の元に単身交渉に乗り込んだ彼からの連絡は、土門が望んでいたものでは無かった。

 

 

「早まるな、か………すみません鬼道さん。でも俺には、こんなことしか出来ないんです」

 

 

 冬海の計画が露見すれば、確実に自分がスパイだと言うことがバラされるだろう。そうなれば雷門には居られないかもしれない。だから鬼道は、一人で先走るなと連絡してくれた。

 

 だが、土門は既に決意を固めていた。雷門の仲間達を無事に決勝の舞台に送る為にも。帝国の仲間たちが誇りある選手なのだと証明する為にも。

 

 

 土門飛鳥は静かに携帯を閉じる。もしこれで自分の居場所が無くなっても、大切な友人達の道を邪魔させないという決意を胸に。

 

 

 

 

☆☆★

 

 

 

 

「ほら、パスパスパースっ!」

 

「それ、土門さーんっ!」

 

「ナイストラップ土門!少林もいいパスだ!」

 

 

 

 雷門中グラウンド。帝国戦に向けて気合いの入るサッカー部の面々が声を掛け合いながら、今日も練習に励んでいた。

 

 

「いかせないよ!【クイックドロウ】!」

 

「っとぉ!アブねっ!」

 

 

 少林からのパスを受けた土門がサイドを駆け上がると、すかさず松野がディフェンス。独特な体勢から一気に加速してボールを掠め取ろうとするが、咄嗟に反応した土門はボールを蹴り浮かして松野を躱す。

 

 

「げっ!?今の間に合う、ふつー!?」

 

「へっへへ、お前ならディフェンス来ると思ってたぜ____っと!!」

 

「させるかっ!!」

 

 

 確実に盗んだと思っていたが、先んじて動きを予測していた様だ。経験の長い土門の方が1枚上手だった。

 得意げに躱してみせた土門は、その勢いのままミドルシュート。長い足をしならせたキレのあるシュートがゴールの左隅に迫るが、キーパーの円堂が横っ飛びでがっちりとキャッチ。見事にゴールを守って見せた。

 

 

「なぁー、くっそー!ナイスセーブ円堂!」

 

「へへっ、お前もナイスシュートだ土門!今日は絶好調だな!!」

 

 

 

 止められた悔しさを発しながらも、楽しそうに円堂を褒め称える。円堂の言うように、誰から見ても今日の土門は吹っ切れたように調子が良かった。

 

 

「土門君、今日は楽しそう。調子戻ったみたいね」

 

「みたいですね!おっ、見てくださいよあのプレー!うーむ、なかなかやるのう……!」

 

「ふふっ、スカウトの真似っ子?………あれ?」

 

 

 ベンチに腰掛けて練習を見守っていた木野が、楽しそうな土門を見て安堵を口にする。昨日の悩ましげな表情からは一転して、心からみんなとのサッカーに打ち込んでいるのが伝わってくる様子に安心したらしい。

 

 そんな木野と隣で、おふざけを交える音無。昨日は何故か雷門に足を運んでいた兄に気を取られてすっかり土門を見失っていたが、調子を取り戻したなら良かったと彼女も心の中で思う。

 

 

 顎に指を当ててわざとらしい口調をする音無にクスクスと穏やかな笑みを向ける木野だったが、ふと視界に映った人影の方へと視線を向ける。

 

 

 

「冬海先生?珍しい、練習見に来てるなんて………」

 

「私が入ってからは1度も見た事ありませんけど、去年も来てなかったんですか?」

 

「うーん、顧問を頼んだ最初の頃はそれなりに見に来てくれてたんだけど…………途中からめっきり見に来なくなったなぁ」

 

 

 ニヤニヤとなにか意味ありげな笑みを浮かべている顧問の冬海を見ながら、珍しいと木野が零す。それもそのはず、冬海が練習を見に来るのなんて、ココ最近全くもって見なかった。

 

 

 およそ一年と少し前、円堂と木野が二人で立ち上げた雷門中サッカー部。それから少しして染岡と半田が加入し、転校してきた豪炎寺、そんな彼に触発された影野と、面白がった松野が入部して一年目のサッカー部が構成された。

 

 だが実際のところ、顧問がいなければ部の存続自体認められない。その為雷門中サッカー部にとって、冬海という男は染岡達よりも先に関わっていた人物なのだ。

 

 

 顧問を頼んだ頃は面倒くさそうにしながらも円堂の熱に負け、渋々といった様子で引き受けていた。だがそれでも、練習には顔を覗かせていることが多かった。

 

 だが、それが途中からぱったりと顔を見せることは無くなった。当初は不思議に思っていたものの、元々サッカーに明るくない為顧問として名前を貸してくれたら十分と言えば十分な事、それに「興味なくなったんだろ」という染岡の一言も相まってあまり気にしてはいなかった。

 

 

「スポーツ好きって雰囲気でも無いですもんね、冬海先生。いつ頃から来てないんです?」

 

「えっと、確か豪炎寺君が入部して少し経ったくらいから…………あら?」

 

 

 

 そう、あそこで佇んでいる教師が練習を見にこなくなった日。それは、豪炎寺が来てから数日も経って居なかったはずだ。

 

 まるで誰かに命ぜられたかのように、ぱったりと来なくなった。円堂が何度か来てくれるように説得していたらしいが、しどろもどろな様子で誤魔化されたと聞いた。

 

 

 そこまで考えた、その時。木野の視界に映り込む、もう一つの人影。

 

 

 

「………夏未さん?」

 

 

 元から吊り上がっている赤い瞳をさらにキツく、怒気すら垣間見える様子で冬海に話し掛ける少女。雷門サッカー部マネージャーにして、この学校の理事長の娘。

 

 

 

 

「冬海先生。ちょっとお願いがあるのだけれど………お時間、よろしいかしら」

 

 

 

 大切な部員と友達を守る為。

 

 雷門夏未が、現れた。

 

 

 

☆☆★

 

 

 

 

 

「(_____どうしてこうなった)」

 

 

 

 ダラダラと脂汗を流しながら、冬海卓は必死に思考を回す。どうにかして現状を打破出来ないか、それ一点だけを考え続ける。

 

 

 上手くいくはずだった。

 

 たかだか中学生を十数人、試合会場まで行かせなければいい。事前に妨害する時間もあり、いくつか手段も思いついた。

 

 その内の一つ_______最終手段として用意しておいた、ブレーキオイルを抜いたバス。もしも、もしもほかの全ての妨害がダメだった場合に苦肉の策として使おうと思っていた、危険極まりない道具。

 

 

「(それが何故………何故私がそのバスに乗っている!?)」

 

「どうなさったんですか、先生?校内は私有地ですので、免許の事ならご心配なさらなくとも良いんですよ」

 

 

 そのバスの運転席に座りながら、冬海は脳内で一人そう叫ぶ。

 

 傍には、理事長の娘でありこのバスの調子が見たいから動かして欲しいと頼んできた雷門夏未。

 バスから数歩も離れていない位置から、サッカー部の部員たちもなんだなんだと見に来ていた。

 

 

「そ、それは分かっておりますが………その………」

 

「ならば躊躇う必要は無いのではなくて?発進させて、止まるだけで構いません。さぁ、早くバスを出して!」

 

 

 鋭い目付きでそう命じてくる雷門。歳は親と子ほど離れているというのに、その凛とした声から紡がれる言葉は不思議と強い圧を帯びていた。

 

 

 震える手付きで、エンジンキーを回す。

 

 バスが排気ガスを吹き出し、モーターが回る。準備は整った。後はアクセルペダルを踏めば、バスは前に進む。

 

 

 進む。進んでしまう。そしたらもう最後だ、何かにぶつかるまで止まることは無い。つい先日自分がそう細工したのだから。ブレーキが効くはずもない。

 

 

「(どうする、どうする?誤魔化す、いや無理だもうエンジンを掛けてしまった。ほかの言い訳も思い付かない!踏むか?少しずつ慎重に踏めばもしかしたら上手くいくかもしれない、そうだ私は運がいいんだ、ツキが回って来てるんだ。少しくらいなら平気なんじゃないか?)」

 

 

 グルグルと回る頭でそんなことを考える。

 

 そうだ、今の自分はツキがある。あの帝国学園の総帥から声を掛けられ、上手く行けば相応のポストを用意してもらえる。有り得ないほどのビッグチャンスだ、ここで変わるんだ、自分の人生はここから始まるんだ。

 

 

 震える身体を伸ばし、アクセルペダルに足をかける。

 

 大丈夫。自分は大丈夫、何も問題なんてない。大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫_______

 

 

 

「………り、です」

 

「………今、なんと?」

 

 

 

「無理、です……!!無理です!!出来ませんっ!!」

 

 

 

 ____ダメだ、怖い。

 

 

 足が竦む。恐怖で息が浅くなる。視界がブレる、震えが止まらない、意思に反して身体が言うことを聞いてくれない。

 

 もしかしたら、少しずつなら本当に大丈夫のかもしれない。

 

 だがしかし。その僅かな可能性に賭けられる程の度胸も、勇気も………冬海卓という人間には、備わっていなかった。

 

 

 

「ここに手紙があります。貴方がこのバスに細工をし、恐ろしい罪を犯そうとしていた事…………それを止める為に、誰かがしたためてくれたものです」

 

「………っ!」

 

 

 雷門が取り出した、一枚の手紙。冬海がバスに細工をし、ブレーキオイルを抜いたこと。決勝の日にそのバスにみんなを乗せることで事故を引き起こし、試合を辞退させようとした事を告発する内容の手紙だ。

 

 そんなものが書けるのは、実行犯たる冬海を除けば一人だけ。それに気がついた冬海は歯を食いしばりながら手紙の主を睨み付けるが、彼は覚悟を決めたように、ただそこに立っていた。

 

 

「冬海先生、答えて下さい。何故こんな真似をしたんですか!」

 

「っ、知らないんだ!!君たちは、あの御方がどれほど恐ろしいのか………っ!!」

 

 

 仮にも教師たる男が、あろうことか生徒を犠牲にするような計画を企てていた。その事実を責めるように目を細める雷門だったが、冬海は震える声で叫ぶ。

 

 あの男______影山零治の精神は異常だ。何処までも静かで、慌てることはなく。全てを手のひらの上で転がす様に物事を動かしていく。まるで詰将棋の様に、一手毎に着実に相手を追い込み自身の利を産む、合理主義者。それが瞬く間に帝国学園を日本トップ校にのしあげ、総帥の地位を磐石のものとした男の思考だ。

 

 

「あの御方………帝国の学園長か!」

 

「あの人が興味あるのは、自分の役に立つかどうかだけだ!!し、失敗したら………どんな目にあわされるか……!!」

 

 

 影山の部下に対する興味は、自分の役に立つかどうか。その一点に尽きる。

 

 彼と敵対するだけならばまだいい。高い能力があるならば、例え敵対した相手であろうと影山は配下に加え入れる。

 もちろん裏切らないということが大前提だが、それさえ超えてしまえばどんな素性だろうと彼の組織の一員となる事が出来るのだ。

 

 だが逆に、忠誠を誓った味方であろうと無能は容赦なく排除される。自らの価値を証明出来ない人間に席を与えるほど、あの男は優しくないのだ。

 

 

「…………だからお前達は、俺達を………何も知らない相手を、巻き込んでいいとでも言うつもりか!?そんな言い訳、聞きたくもないっ!!」

 

「豪炎寺………」

 

 

 そんな冬海に向けて、真っ先に言葉を発したのは豪炎寺だった。

 

 去年のフットボールフロンティア、その決勝の舞台を前にして、大切な妹が事故にあった。状況から考えて事故としか言い様がなく、警察もあくまで偶発的な事故として処理していた。

 

 だが、今なら分かる。妹は狙われたのだ。自分を決勝戦に出させない………たったそれだけの為に、妹は命の危機を晒されたのだ。

 

 

「あの時、アイツが咄嗟に庇ってくれなかったら………妹は、夕香は命を落としていたかもしれないんだ!そんな事までして勝ちたいのか、帝国の学園長はっ!」

 

「そうだ!それに、こんな事しなくたって鬼道達はめちゃくちゃ強かった!!本気でサッカーをやってたんだ!!なんでそれに水を差すようなマネをするんだよ!!」

 

 

 試合で決着をつけるのではなく、コート外での妨害戦術。しかも当人ではなくその妹を狙うという悪質なやり口に豪炎寺が怒りを露わにすると、円堂も続くようにそう叫ぶ。

 

 サッカーはスポーツだ。当然勝ち負けが存在し、勝者と敗者が生まれてしまうのは必然の事。

 だがしかし、試合が終わったら勝者敗者関係なく互いを褒めたたえ、握手を交し、再戦を誓い、友となる。それこそ円堂の大好きなサッカーだ。

 誰かを故意に傷つけるなんて認められないし、何よりそれは相手チームにも………そして影山側である、帝国学園のメンバーをも軽んじる行為にほかならない。

 

 

「そうだ!誰かを犠牲にしてまで勝ちたいなんて、そんなの間違ってる!!」

 

「大体、あんた教師だろ!?なのにこんなことに加担してやがるなんて、恥ずかしくねぇのか!?」

 

「そ、そうっすよ!!」

 

「っ…………私には………私には、関係ない!!そんな事………関係ないんだァっ!!」

 

 

 何故そんな真似をするのか。勝利とはそこまでして欲するものなのか。豪炎寺、円堂の2人を筆頭に雷門メンバーが矢継ぎ早に非難の言葉を述べるが、冬海は青い顔で頭を抱えると、そのまま自分は関係ないと叫ぶ。

 

 

「冬海先生っ!未来ある生徒を私欲の為に傷つける貴方のような教師は、この雷門には必要ありませんっ!!今すぐ学校を去りなさい!!これは、理事長の言葉と思って頂いて結構です!!」

 

「っ………!」

 

 

 怒気すら纏う凛とした声音で、雷門が冬海に向けて言葉を発する。当たり前だが、未遂に終わったとはいえこんな真似をした冬海を学校に置いておく訳には行かない。

 理事長と同等の権限を持つ雷門の言葉は、この場の誰よりも現実味を帯びて冬海にのしかかる。もはやこの学校に、彼の居場所は存在しなかった。

 

 

「………ふ、ふふ………クビですか、そりゃあいい。どちらにしろ、この学校にはもう居るつもりは無かったんだ………えぇ、喜んで辞めさせていただきますよ。むしろこちらからお願いしたいくらいだ、あぁ清々した!!」

 

 

 力なく笑いながら、雷門からの言葉を受けて天を仰ぐ。表面上は自らそれを望んでいたかのように見せているが、その四肢には力を感じず。消え入りそうな寂しさすら感じるほどだった。

 

 

「あぁ、それともう一つ」

 

 

 サッカー部メンバーの多くが睨みつけるような、非難するような視線を向ける中で、2人だけ暗い表情を浮かべる人物が存在した。

 

 一人は、キャプテンたる円堂守。みんなを危険に晒そうとしたことは許せないが、それでもその表情には微かな困惑と信じたくないという感情が含まれていた。

 

 そして、もう一人。これから起こるだろう事柄を予想しながら、逃げずにこの場に留まっている彼の方へと、冬海は諦めたような笑みを向けた。

 

 

 

「帝国と繋がったスパイが、私一人だとは思わない方が身のためですよ。ねぇ_______」

 

 

 

 

 

 

 

「_______土門君?」

 

「…………えっ…………?」

 

 

 全員の視線が、一斉に土門へと向く。その全てを受け止めて、土門飛鳥はただ静かにそこに立っていた。

 

 

 

 

☆★★

 

 

 

 

 

「(…………これで良かったんだ)」

 

 

 冬海が去り、静まり返った倉庫前でポツリと思う。

 

 

「そ、そういえば帝国に居たって………」

 

「前に、特訓してる時とかに話してくれたことがあったでやんす………」

 

 

 少林寺と栗松の呟きに、他メンバーの目が大きく見開かれる。わざわざ隠しておくつもりも無かったが、言い出す機会が無くてそのままだった。

 

 

「ど、どういうことですか土門くん!?」

「帝国のスパイって……マジなのか、土門!?」

「答えてくださいよ、土門先輩!!」

 

 

 目金や染岡、宍戸が信じたくないといった表情で言葉を投げ放つ。覚悟していたとはいえ、その顔を見ると罪悪感で胸がいっぱいなった。

 

 

 バレるのが怖くなかったかと言われれば、嘘になる。

 

 このまま冬海の騒動さえ解決してしまえば、言い出さなくていいんじゃないか。何も言わないまま、雷門中の一員としてこれからも一緒に戦っていけるんじゃないか。今のやり取りの間に、何度もその考えが頭をよぎった。

 

 

「(それくらい、居心地が良かったんだ。帝国のアイツらとはまた違う、陽だまりみたいなこのチームが)」

 

 

 帝国学園は、常に上を見上げるようなチームだった。

 

 誰かに支えられるのなんて望めない環境、その中で必死に登っていく部員達の背中を見て、負けじと追いかけ、追い越していく………互いに競い合う事で研ぎ澄まされていくあの雰囲気も、決して居心地が悪いわけではなかった。

 

 

 だが雷門は違う。

 

 落ちそうな仲間がいれば引っ張りあげ、上でもたつく仲間がいれば下から押し上げる。練習が終わったあとにワイワイとどこかへ寄り道することもあれば、朝練に寝坊してきた奴が罰ゲームで片付けさせられるのを笑いながら手伝ったり………そんな暖かく、離れ難い心地良さのあるチームだった。

 

 

「(まるであの頃に………一之瀬達とサッカーしてた時みたいに、夢中になれるこのチームが好きだった)」

 

 

 かつての親友との思い出がよぎるほどに、このチームが好きだった。

 

 そしてだからこそ、離れなければならない。

 

 

 

「みんな待ってくれよ!土門は今まで、俺たちとサッカーやってたじゃないか!その仲間を信じられないのか!?」

 

「円堂………」

 

「俺は、土門を信じる!!なっ、土門!」

 

 

 真っ先に土門の前に立ってみんなを説得しようとしてくれている。背中越しに振り向いて笑いかけるキャプテンの姿を見て、本当にお人好しだなと、思わず笑ってしまうほどに。

 

 

 

「………本当だよ」

 

「えっ………?」

 

「冬海の言ってたことは本当だ。俺は、帝国にお前らの情報を流すために送り込まれたスパイだよ」

 

 

 だからこそ、もうそんな彼に嘘はつけないのだ。

 

 土門が冬海の意見を肯定すると、時が止まったかのように静まり返る。

 円堂は目を大きく見開いているし、染岡や半田も苦い顔をして俯いている。豪炎寺と雷門は静かに見守ってくれていた。状況を見て、手紙の主が土門だと察しているのだろうか。

 

 

 だれも言葉を発しない中で、土門は用意していた封筒を取り出す。そして静かに、こちらを向いている円堂へと手渡した。

 

 

「円堂、これ」

 

「これ、って…………退部届!?」

 

「もう俺は、雷門に居られない。受け取ってくれ」

 

 

 あぁ、これでいい。これで良かったんだ。これでもう彼らを縛るものは無い。きっと帝国のみんなと最高の試合をしてくれるはずだ。

 

 密告のことは帝国にすぐ伝わるだろう。いくら鬼道や他のみんなが庇ってくれたとしても、きっと戻れない。

 

 

 冬海と同じだ。土門飛鳥の居場所は、もうどこにも存在しない。

 

 

 

「じゃあな…………みんな」

 

 

 それでも、みんなを守れたのなら。自分の居場所を手放すくらい、わけは無い。

 

 

 悲痛な面持ちの彼らの顔を一度見回してから、ここから去ろう。そう思った土門が円堂へと顔を向けると、彼はワナワナと震えながら手渡された退部届を握りしめ_________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フンガーーーーっ!!!」

 

 

 モシャアと音を立てて退部届を食った

 

 

 

「はァァァァァァァァァッ!!?」

 

 

 顎が外れるほど大口を開けて叫ぶ土門を尻目に、んががががっと土門の退部届を食いちぎり、その全てを口の中へと放り込んだ。

 

 

「ん、ングっ!?…………うっえぇ、まっじぃ〜………」

 

「いや紙を食うな!?ヤギかテメェは!?」

 

 

 舌をべーっと出して若干気持ち悪そうな顔をする円堂に土門が鋭いツッコミを入れる。誰だって好き好んでインクで文字の書かれた紙を食おうとはしないだろう。ついにバカが天元突破したのかと疑うほどの暴挙だ。

 

 そんなツッコミを受けてなはは……と笑う円堂。しかし彼は満足そうに頷くと、にっ、と笑みを土門に向ける。

 

 

「よーっし!!これで退部届なんて無くなったな!!お前はうちの部員のままだ、土門!!」

 

「………は?」

 

「さーて練習、練習ーっ!帝国との試合が近いぞ、張り切っていこうぜぇーっ!!」

 

「ちょちょっ、ちょっと待てよ!!」

 

 

 にぱーっと笑う円堂は腕をぐるぐると回しながら、一人グラウンドに戻ろうと踵を返す。

 

 そんな彼の肩を慌てて掴み、今一度顔を合わせる。困惑もあったが、覚悟を決めて渡したものをあんな真似された土門の顔には若干怒りが滲んでいた。

 

 

 

「馬鹿かお前は!話聞いてたのかよ!?」

 

「おう、聞いてたぞ!土門は俺たちの仲間って話だろ?」

 

「っ!あのなぁ!!俺は帝国のスパイで、お前らの情報を総帥に______」

 

「関係ないさ」

 

「…………え?」

 

 

 

 自分は帝国のスパイで、雷門のみんなの情報を帝国へと横流ししていた。つまるところ雷門メンバーを売っていたのだ。

 

 それがたとえ自分の意思ではないにしろ許されない行為。だからチームを抜ける。

 

 そう叫んだ土門に向けて、至極当然のように円堂は関係ないと告げた。

 

 

 

「確かに、土門は帝国のスパイだったのかもしれない!だけど土門、お前は同時に雷門の仲間だ!だから退部する必要なんて全くぬぁい!!」

 

「っ………だ、だけど!俺は………」

 

 

 

 雷門の仲間。

 

 真っ直ぐ、目を逸らさず、ブレることなくそう告げる円堂の瞳に、土門の心が揺れ動く。それでもなお引け目を感じる彼の手を、不意に誰かがガシッと掴んだ。

 

 

「辞めないでください、土門先輩!」

 

「少林………」

 

「そうでやんす!!先輩、俺たちと特訓に本気で付き合ってくれたでやんす!!スパイとか関係ない………先輩は、先輩は俺たちの先輩でやんす!!」

 

「栗松、お前まで………」

 

 

 思いつきで作り上げた、傍から見れば馬鹿げた必殺技。だけど土門は、本気で向き合ってくれた。特訓してくれた。彼のお陰で必殺技を作り上げることが出来た少林寺と栗松が、半べそをかいてやめないで欲しいと願い出た。

 

 

「ねぇ土門………帝国のスパイだって言うけどさ。土門がいなかったら勝てなかった試合、結構あったよ………でも土門は、本気でプレーしてくれたよね………」

 

「そ、そうっす!!土門さん、本気で野生や御影専農の攻撃を止めてくれてたっす!!土門さんは、立派な雷門ディフェンダーっす!!」

 

「はっはは!そういうこった!練習だって本気でやってたのバレバレだぜ。俺たちDF仲間にバレないとでも思ったのか?」

 

「影野、壁山、風丸…………」

 

 

 

 影野が薄く笑いながらそう指摘すると、壁山はブンブンと首を縦に振って力強く肯定し、風丸は笑いながら土門の脇腹を小突く。

 

 そもそも彼が本気で帝国のスパイをしていたのなら、野生や御影専農との試合でわざと失点すればよかったのだ。

 何本も連続でシュートを放ってきた野生中戦でも、円堂が攻め込む場面が多かった故にゴールが空くことの多かった御影専農戦でも、やろうと思えば故意に失点することが出来た。

 

 それをすれば、雷門は決勝の舞台にあがることなく終わっていただろう。それをしなかったということは、土門は本気で試合に望んでいたという証拠に他ならない。

 

 

「オラ土門テメェ!!今更スパイ云々如きで俺らがどうこうするとでも思ってんのか、アァン!?」

 

「いっでででっ!?染岡、ギブ、ギブっ!!」

 

「おい宍戸、ライン引き用の石灰もってこい。顔面真っ白にしてやれ」

 

「ラジャー!土門先輩、失礼しまーす!!」

 

「ぶっふぇ!?てめ宍戸、やめろコノヤローっ!?」

 

 

 

 後ろから土門を小脇に抱えるようにヘッドロックをかけた染岡がギリギリと力を込めると、土門がバシバシと彼の筋肉質な腕を叩く。面白がった染岡が宍戸に言葉をかけると、悪ノリした彼も土門をいじる側へと回った。

 

 

「おいおい、あんまやりすぎんなよ〜?」

 

「まっ、いいんじゃない?変な事で悩んでた土門も悪いんだし」

 

「スパイとして潜入していた人物が本国のやり方に疑問を感じ、友情を結んだ相手との言葉を受けて仲間になる………実に王道ですっ!!」

 

 

 ぎゃいぎゃいやっているチームメイトたちを眺めながら半田が苦笑すると、松野は面白そうにそれを眺める。流石にこれ以上いじる側に回るのは土門に悪いと思ったのか、2人は外からこの騒動を眺めていた。

 

 ………目金だけは少し違うことを言っている気がするが。

 

 

 

「土門」

 

「げほっ、げほっ…………ご、豪炎寺?」

 

「雷門の持っているこの手紙。書いたのはお前だろう?」

 

 

 宍戸のアフロを掴んでギリギリと引っ張っていた土門だったが、近づいてきた豪炎寺と雷門に目を向ける。

 

 豪炎寺が雷門の持っている手紙を指さしながらそう質問すると、土門は少し言いにくそうにしながらも小さく首肯した。

 

 

「ならいいじゃないか。お前は、俺たちを助けようとしてくれた。そして俺たちはそれに救われたんだ。誰もお前を、帝国のスパイだといって非難するわけないだろう?」

 

「まぁ、もう少しやり方を考えても良かったとは思うけれどね?密告相手に私を選んだのは、評価してあげてもよろしいけど」

 

「豪炎寺、雷門まで………」

 

 

 スパイだった人間を仲間に迎え入れる危険性は、この2人ならば分かっているだろう。もしかしたらもう一度裏切るかもしれない相手を受け入れるのは、一重に土門への信頼………今まで積み重ねてきた、彼の行動の結果だった。

 

 

「土門くん」

 

「………秋………」

 

 

 

 そして、静かに語りかけて来た人物。

 

 彼の幼なじみであり、一之瀬一哉を知る友人………木野秋が近づいてくると、ふーっと息を大きく吐いた。

 

 何を、と聞こうとした瞬間、木野がかっと目を見開くと______

 

 

 

 

「よいしょーっ!!」

 

「っ!?いっでぇぇぇっ!?」

 

 

 スパァンっ!と子気味良い音を立てて土門の尻を勢いよく引っぱたいた。

 

 腰の入った見事な一撃に土門が悶えると、近くにいた染岡が「おぉ、ナイス平手」と思わず賞賛を口にする。

 

 

 

「いつまでクヨクヨしてるの!!土門くんらしく無いぞ!!」

 

「俺らしくないって………」

 

「じゃあ聞くけど、土門くんホントに辞めたいの?」

 

「そ、れは…………」

 

 

 むんっ、と胸を張ってお説教の言葉を口にする。同級生達からサッカー部のおかんと呼ばれている木野からそんな言葉を告げられた土門は小さく後ずさる。

 そして幼なじみの彼女からほんとうに辞めたいのか、と聞かれた彼は、一度目を丸くしたあとにポツリと呟いた。

 

 

 

「………たくねぇ」

 

「もう一回、大きな声で!!」

 

「辞めたくねぇよ!!俺はまだ、みんなとサッカーやりてぇんだ!!」

 

 

 大きな声で、はっきりと。辞めたくないと、土門は叫んだ。

 

 そうだ。辞めたくない。辞めたいわけが無い。このチームのみんなとサッカーしたい。帝国の友人と交わした約束を果たす為にも、雷門の一員としてサッカーをしたいのだ。

 

 

 そんな彼の本音を聞いた木野は、しょうがないなぁ、と小さく笑いながら彼の顔を覗き込む。

 

 

「じゃあ、辞めなくていいよ。きっと一之瀬君だってそう言うよ?」

 

「…………そっか。そう、だよな」

 

 

 

 そうだよ、と言って木野が笑う。

 

 

 土門は大きく深呼吸し、気持ちを整える。みんなが笑みを浮かべて見守っている中、彼は覚悟を決めて、円堂へと向き直った。

 

 

「円堂………」

 

「おう!」

 

「っ、ゴメンっ!!」

 

 

 笑いながら返事を返した円堂を見て、土門の目に涙が浮かぶ。勢いよく頭を下げ、そのまま流れ出すように言葉を紡いでいく。

 

 

 

「虫がいいのは分かってる!帝国のスパイとしてみんなを裏切って、退部届まで出したのに都合がいいってのは百も承知だ!!でも、俺、やっぱり雷門に____!!」

 

「土門!」

 

 

 都合のいい言葉だとは分かっている。だがそれでも、と続けようとした土門だったが、それより先を円堂の言葉が遮る。

 

 疑問を浮かべながら顔を上げた土門に向けて、円堂はいつもの様に屈託のない笑みを向けて、真っ直ぐに手を差し伸べて_____

 

 

 

 

 

「_____これからも宜しくな!!」

 

「っ!!………あぁ、あぁ!!ありがとう!円堂、みんな、ありがとう、ありがとう………!!」

 

 

 

 この日、土門は本当の意味で雷門の一員となった。陽だまりの様に暖かいこのチームと共に、彼は歩いていく。かつての仲間と本気の勝負をするために、世話になった友人たちに恩を返すために。

 

 そしてこの場にいない、親友の分まで。もうサッカーから目をそらすような真似はしないと、心に誓って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………で、監督がいなくなった訳ですけどどうするんです?」

 

『………え?』

 

 

 

 目金の発した懸念点に、全員が声を揃える。まだまだ雷門には、乗り越えるべき壁は多そうだ………。

 

 

 

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