イナズマイレブン! 脅威の転生者 ゴジョウ!! 作:ハチミツりんご
|ω・`)ノポイッ(最新話)
|ω・`)…………
(逃走)
「_______鬼道か」
帝国学園、第1コート。
十数は存在する帝国のサッカーコートの中で、メインとして扱われる場所。
対外試合の際には、基本的にここが試合のフィールドとなる。
そんな第1コートを上階廊下から見下ろしていた帝国の総帥たる影山。
横から近づいてくる気配を感じた彼は、一瞥するまでも無くそれが己が最高傑作だと断定した。
「………総帥。俺は雷門と対等の決着を望んでいます」
「そうか。それを私に伝える理由は?」
開口一番、影山の目を真っ直ぐに見て鬼道が告げた。
しかし影山は愛弟子へ目を向けず、だから何だと言わんばかりに冷たく返す。
傍から見れば不仲極まりない師弟そのもの。しかし不可思議な事に、影山は己の奥底から湧き上がってくる歓喜を抑えるのに必死だった。
「…………特にありません。言うなれば宣戦布告かと」
「………ほう、宣戦布告。君が私に………」
宣戦布告。
その一言から伝わる意味は、影山にとって万の頁を費やした物語よりもなお勝る。
雷門との決勝が迫った今、このタイミングでそれを告げること…………つまるところは『離反』。
『鬼道 有人』という天才が、『影山 零治』という鬼才の元から去るという事。
それに他ならなかった。
「以前の俺ならば、堂々と試合に望みたいという希望だけ告げたでしょう。貴方が仕掛けをしていないかもしれない、そんな可能性に縋っていたかもしれません」
きっと、疑うのだろう。
影山零治に疑問を抱き、悩み、その背を追って良いのかと葛藤し。きっと最後には師から離れる。
その確信が鬼道にはある。
しかし其れは、弱い迷いだ。
影山零治を疑いたくない。
雷門の愚直さならばとき解せるかもしれない。
また素直に、この人の背中を追い掛けても良いようになるかもしれない。
また当たり前の、師弟関係に戻れる可能性が僅かでもあるのなら。
そんな迷いを、きっと本来の鬼道は抱いていただろう。
「だが_______俺はもう、迷うつもりは無い」
理解した。
目の前の男が、どうしようも無いほどにサッカーを憎んでいるのだという事を。
目的の為には手段を選ばない。背を追ってはならない。
影山零治は日本サッカーの最前線であり…………何人たりとも、自らの前に進ませようとしないという事実を、友の力を借りて呑み込んだ。
「貴方のサッカーに憧れた。ついて行けば、極められると思った…………だが今は、その貴方を信じられない。俺の目指すサッカーと、貴方の先にあるサッカーは、決定的なまでに違うから」
だから。
今、この人に見せるのは軽蔑でも無い。嫌悪でも無い。
「_______お世話になりました、『影山先生』。俺は俺の道を進みます」
魅せるのは最大級の敬意と決別。
鬼道が出来る、最大限の別れ。
頭を深く下げ、心の底から礼をする。
背を向け、上階廊下を歩き去って行く。試合に向けて、此方の細工を見抜く為に行動を始めるのだろう。
その愛弟子を横目に見て、影山は僅かにサングラスを指で押し上げ_______
「(_______『成った』な)」
歓喜に湧く胸中を、悟らせぬ様に口元を抑えた。
『希望だけを告げた』?
『可能性に縋っていた』?
成程、その通りだろう。
影山自身、鬼道はきっとそうすると思っていた。
そういう風に育て上げた自覚はあるし、鬼道という男の性格そのものを熟知している。
試合の時こそ苛烈に指揮を飛ばすことが出来るが、鬼道自身は酷く優柔不断な男だ。
自分一人が引き取られる事になった際に、妹を切り捨てられず今の今まで引きずり続けている。
雷門へスパイとして送られた土門をただの情報源として見なさず、最後まで一人の友人として捨てられなかった。
_______誰よりも何かを抱えているのに、それを見せようとしない親友に、打ち明けて貰えない自分が何を言えるのかと口を噤んでしまう。
それが鬼道 有人。
天才ゲームメイカーと呼ばれる男の、滅多に晒さない心の内だ。
普段の影山ならば、その悩みを抱えたまま食ってかかってきた鬼道を切り捨てただろう。
捨てるには惜しいが、逆らう駒は必要無い。今までやってきたように、スッパリと鬼道という大駒を、きっと影山は捨てたのだ。
「(あぁ、やはり_______私と袂を分かってこそ、鬼道の成長は爆発的なものとなるッ!!)」
何時からだろうか。影山の奥底が変容したのは。
監督というものは、二つの人種に分かれるものだ。
曰く、【打ち手】と【観測手】。
性格や能力を分析し、選手をあくまで『駒』の一つとして盤上で采配する【打ち手】。
自らは観ることに徹し、盤の外から選手達の躍動や葛藤、行く末を眺めて楽しむ【観測手】。
影山 零治は典型的な打ち手だ。
選手の抱える決意も、境遇も、能力も何もかも要素の一つとしてしか見る事は無い。同情は無く、どんなに人として冷徹な決断も息をするように実行出来る。
指導者になるべきではない人格と、指導者として誰よりも優れた能力を内包しているが故に、王者帝国の地位を磐石のものに出来た。
そんな影山にとって、本来ならば今の鬼道は好ましい駒では無い。
高い能力を持ち、複数の役割をこなせ、此方の指示に逆らわず淡々と実行する駒こそ、打ち手が理想とする物だ。
どれだけ高い能力を持とうとも、此方の指示に反する駒がいては打ち手が思い描いた図式を破壊されてしまう。そういった意味で、鬼道は扱いに困る………影山的に見れば、切り捨てるべき駒だった。
「(………これが狙いなのだとしたら、負けと言わざるを得ない。全く、読めない男だよ貴様は)」
40年無敗の帝国学園。
影山がイナズマイレブンを………円堂大介を裏切ったあの日から、一度の負けも無く日本の頂点に君臨し続けていた。
そのうち、30年。
影山が総帥として帝国に赴任し、監督として導いてきた期間の間は、裏の工作も合わさって危ない場面すら存在しない。
故に初めての事だった。
本来絶対的な存在として、ある種帝国の中でも崇拝と孤立を得るはずだった鬼道の最大の理解者たる、あの少年。
自らの考えに逆らい、尚も超えた動きを見せ、チームメイトの背を押し続け。
逆らいながらも此方の指示に沿った結果は出す為、益を考えると切り捨てることも考え物な扱いにくい大駒と出会うというのは。
だからこそ思ってしまった。
『この男は次に何を見せるのだろうか』と。
『何時私に反旗を翻すだろうか』と。
_______この男の様に、鬼道が自分の手を離れたのなら、どんな道を見せてくれるのだろうかと。
「あぁ全く。この歳になって………らしくもない」
不可思議な気持ちだった。
あの男の手のひらで転がされているような、僅かな怒り。
それ以上に、手を離れた駒がどの様な成長を見せるのかという高揚。
…………きっとコレが在りし日の『円堂 大介』がイナズマイレブンに抱いていた気持ちなのだという事も、影山は心の底で理解していた。
あぁ本当に。
らしくもない。
☆☆★
「気を付けろ!バスに細工してくる連中だ!!落とし穴があるかもしれない………壁が迫って来るかもしれない!!」
「目金先輩!!オイラ達が前に出てレギュラーを守るでやんす!!」
「ちょおっ!?ぼ、僕は参謀ですのでここは栗松くんに一任をですね…………」
響木の発破に、即座に栗松が目金を連れて前に出る。
目金自身は何か言いたそうだが、栗松の勢いに押されるようにしてズルズルと引きずり出されていた。
「………監督が選手を揶揄うだなんて」
「き、きっと監督なりに緊張をほぐそうとしてるんだよ………あ、はは………」
決戦の地である、帝国学園の入り口へと足を運んだ雷門イレブン。
今日この日、遂に因縁の相手との試合。
しかも練習試合の時とは違う、五条も含めたフルメンバーとの対決だ。
必然緊張感の高まる中で、帝国側が………あの影山が何も仕掛けてこないとは響木には思えなかった。
然し、それを選手に伝える必要は無い。あくまでからかう様な口調で、肩に力の入った面々の重荷を下ろすことに注力した。
「壁山、気を付けろよ。床にスイッチがあって押したらでっかい岩が転がってくるかもしれないからな!!」
「えぇ〜っ!?て、帝国にはそんなものがあるんスか!?」
宍戸のからかい混じりの言葉に、壁山がおっかなびっくりつま先で床を探り始める。
勿論、生徒たちが普段から使う通路に大それた罠を仕掛けるほど影山も暇では無いし馬鹿でもないのだが、そんなことは露とも知らぬ彼には関係の無い事だ。
「いや、ある訳無いでしょう………インディ・ジョーンズじゃあるまいし」
そこにふと響いた、呆れと苦笑の混ざった声。
地面や壁を触っていた雷門イレブンがその声の方へと顔を向ければ、見知った慇懃無礼な顔の男が一人立っている。
帝国学園サッカー部一軍、背番号5番。
あの日、鬼道と共に河川敷にやって来たもう一人の二年特待生、五条だ。
「おぉー、五条!どうしたんだこんな所で!」
「どうも、円堂くん。控え室への案内ですよ、帝国は広いので案内がいた方が都合がいいかと思いまして」
「マジでか!助かる!」
帝国学園は兎に角広い。
学力、部活動、礼儀作法全てにおいて最高峰を誇るこの学園は、敷地内にありとあらゆる必要施設が揃っている上に、卒業生から送られる莫大な寄付金で施設も頻繁にアップグレードが施されている。
そんな帝国では、土地勘の無い雷門は迷いやすいだろう。二軍や三軍の誰かに頼んでも良かったが、試合を控えた五条が自分で案内を買って出た。
「雷門の控え室はコチラです。あぁ壁山くん、何も仕掛けられて居ないので普通に歩いて大丈夫ですよ。岩が転がることも槍が飛び出ることもありません」
「ほ、ホントっすか?」
「仕掛けてあったら毎年数人生徒が死にますよ、流石にそんなもんありませんとも」
露骨にほっとした壁山やほかの一年生、それに目金を筆頭に、五条に連れられて帝国内部を進んで行く。
「………勝くん、あの………」
「有人は変わりませんよ。与する事もありません。この間河川敷で出会った、あのままですよ」
「!うん!」
小さく音無が耳打ちすれば、先んじて五条が言葉を紡ぐ。
王者帝国のキャプテンとして、影山の最高傑作として育てられた鬼道。
あの日河川敷で出会った兄は、昔のままだった。
五条と軽口を交わし、何だかんだと言葉足らずな割には心配性で、最後には五条を巻き込んで行く強引さもそのまんま。
しかし、土門と密談していた時の鬼道は、酷く不安定に見えた。そして、その不安定さの理由が自分だとも、音無は理解していた。
だからこそ、少しだけ不安だった。
自分の為に、兄が帝国に染まるのでは無いかと。
手段を選ばない、影山零治のやり方に染まるのでは無いかと。
故に、五条の断言するような言葉がとても心強い。
笑顔を見せた音無にホッとした表情を見せた五条は、控え室の前まで雷門の面々を連れて来た。
連れてくると言っても、帝国のグラウンドは入口からほど近いところに存在する。
その為控え室も近くにあり、案内して早々に一行は控え室の前まで辿り着く。
「此方のロッカールームをお使い下さい。お手洗いは向こうです、表示があるので迷うことは無いかと」
「おう、サンキューな五条!」
感謝を告げ、早速とばかりにロッカールームの扉へ手を伸ばす円堂。
「_______ん?」
しかし彼が部屋に足を踏み入れるより早く、ロッカールームの扉が不意に開いた。
「おわっ!?…………って、鬼道?」
「円堂か…………無事に辿り着いたようだな」
「なんだァ?まるで何かあった方が良かったみてぇな言い草じゃねぇか!」
多少面食らった様な顔つきで中から出てきたのは、帝国キャプテンの鬼道。
現れた面々を見渡した鬼道は、五条が雷門イレブンを案内してきた事を手早く理解。
全員が何事も無くロッカールームまで辿り着いたことを良かった、と告げるが、それを残念がったと捉えた染岡が食ってかかる。
「いや………そういうつもりで言ったわけじゃない。不快だったのなら謝罪しよう」
「どうだかな。バスに細工した上に、土門にあんな真似やらせる連中だ。信用なんねぇぜ」
「やめろ、染岡」
人を疑うよりも信じる気持ちの方が遥かに強い円堂、帝国に友人の居る豪炎寺。それに帝国出身である土門。
この3人を除けば、雷門の中にある帝国への疑惑の念は非常に強い。
五条に必殺技関連で世話になった経験のある風丸も、五条は兎も角として帝国という括りで見れば天秤が疑念に傾く程だ。
その中でも感情的で、かつ仲間意識の強い染岡にとって帝国は信用ならない相手だった。
しかし、それを真っ先に止めた人物が一人。
他でも無い、スパイとして帝国側から派遣された過去を持つ土門だ。
「総帥の影山は、確かに卑怯だけどよ………鬼道さんも五条も、そんな真似する奴じゃねぇよ。第一、スパイの話を受け入れたのは俺自身だ。責められるなら、俺が責められなきゃならねぇ」
「…………わぁった。悪かったよ、気が立ってんだ」
「いや、お前の懸念は尤もだ。俺が雷門でもそうする………この部屋に何も仕掛けていないというのは、正直証明のしようがない。俺の言葉を信じてくれ、としか言えない」
悪かった、と頭を下げて謝罪を見せる。
鬼道もそれを断ること無く受け取り、染岡の思いに理解を示す。
それもそうだろう。彼だって影山のやり方は好きでは無い、仮に雷門の人間だったなら、染岡のように食って掛かっていたかもしれない。
故に、鬼道が雷門に不利を被らせるような事はするはずも無いのだが………物理的にそれを証明することは難しい。
「信じるさ!鬼道はそんな奴じゃねぇ!熱い男だって、俺は知ってるぜ!」
故に信じてくれ、としか言い様が無かったのだが、それに真っ先に肯定を示したのが円堂だった。
「円堂………済まない、ありがとう」
「なぁに、良いってことよ!」
「………正直に言えば、総帥が何も仕掛けていないとは俺も思えない。ロッカールーム周辺や、手洗いは俺や帝国の仲間が調べたから危険は無いはずだ。アップの時間や試合まで、なるべくそれ以外の場所には不用意に行かないようにして欲しい」
影山の事だ、間違いなく何かを仕掛けて来ているだろう。
アレは何処までも己を曲げない。自らが行うべきと考えた事は何があろうと実行に移す、そんな恐ろしさがある。
少しでも、雷門との決戦を邪魔される可能性を下げるためにそんな忠告を残した鬼道は、五条と共にその場を去ろうと踵を返した。
「解せませんね………選手である貴方たちからしても、我々が不戦敗した方が労なく勝ち進めるのでは?」
「………雷門との決着。俺達の中にあるものはそれだけだ」
不意に零した目金の言葉は、ある意味で正しかった。
帝国の主義は絶対的な勝利。
勝ちの為ならば、試合中に相手選手を潰す事すら肯定する。
そんな帝国の中で育った彼らが、何故その主義に反するような真似をするのか。
雷門との決着。
分かりやすく、誠実であるその回答を信じるには、帝国学園はあまりにも不審だった。
「………まぁ、雷門の皆さんとの決着をつけたいのは確かですよ。帝国学園一同、あなた方との試合がきっかけで練習に身が入った。思い入れが違います」
あまりにも不穏な空気感の中で、普段と変わらず言葉を発したのは、ここまで雷門を案内してきた張本人、五条。
事実、五条以外のスターティング全員が参加した雷門との練習試合が帝国メンバーにとって良い起爆剤だった。
鬼道が己のサッカーを見つめ直す機会となり、レギュラー全員の意識を改める実りの多い試合。
影山の考えに反発を見せるようになったのも、雷門との試合がきっかけと言って良いだろう。
「その上で、『安い挑発』をしましょうか」
「挑発だァ?」
「えぇ。君らにはね、
訝しげな雷門側の視線を気にしていないのか、それとも受け止めた上であっけらかんとしているのか。
安い挑発、と言った五条は指を立てながら一つ一つ言葉を紡いでいく。
「雷門との練習試合は、既に全国に出回っています。突然現れたダークホースである雷門が、我々帝国と互角以上に渡り合ったという結果は各地のチームの知るところでしょう」
今時、情報なんてものはあっという間に拡散される。
ましてや日本において注目度著しい中学サッカーの絶対王者が、ここ数十年フットボールフロンティアに出場すらしていない無名校に2-2の引き分け。
帝国側の途中棄権によって勝敗自体も雷門側へ勝ちが付いており、事実あのまま続けていれば本当に負けていてもおかしくない試合内容。
それを全国の強豪チームが見ていない筈はなく、既に雷門中は要注意チームとして対策されているだろう。
「ここで問題です。練習試合で引き分け、或いは負けとも呼べる試合をした相手チームが、謎の怪我によって出場辞退。不戦勝で帝国が勝ち上がった場合、世間はどう思うでしょうか」
「どう、って…………」
五条からの問いに、円堂が思わず周囲の面々と顔を合わせる。
単純に帝国がラッキーで試合無しで勝ち上がり、いつも通りの本戦出場…………そうはならない事を、よく分かっている人間が雷門中には居た。
「………成程、ケチがつくな」
「ケチがつくって………どういう事だよ、豪炎寺」
「あっきれた。円堂くん、貴方分からないの?」
納得する様に首を縦に動かす豪炎寺と、尚も分からない円堂へ呆れ交じりの目線とため息を向ける夏未。
この二人だけではなく、土門や響木も納得の表情を見せていた。
しかし依然として大半の部員は首を傾げており、仕方ないとでも言いたげに夏未が口を開いた。
「今までと違って、私たち雷門中は『帝国を負かす実力がある』って色んな学校に認知されているのよ?そんな時に、よりにもよって帝国との地区決勝で私達が怪我で不戦敗になったら………」
「…………!なるほど、真っ先に疑われるのは帝国だ!」
去年の木戸川清修との試合は、下馬評も帝国側の圧勝だった。
それ故に、1年生エースが一人でてこなかった程度では帝国に対する疑惑の種にはなり得ない。
しかし、雷門は既に帝国に土をつけるだけの実力があると知れ渡っている。
そんな学校がタイミング良く怪我や体調不良等で試合を棄権等すれば、疑惑の目が向くことは火を見るより明らか。
「それだけじゃあ無い。その風評を受けて、一番白い目を向けられるのは帝国の選手達だ。『雷門に勝つ自信が無かったからこんな真似をした』、とな」
納得の表情を浮かべた風丸に補足するように、響木も重い口を開いてそう告げる。
疑惑が起きれば、目を向けられるのは裏方の人間では無く実際に表に出ている面々だ。
ましてや今の帝国学園レギュラーは、大半が2年生で残りは1年、3年生は誰一人スターティングメンバーに入っていないという黄金世代。
鬼道を筆頭に、知名度も人気も抜群に高い。
だからこそ、注目される。
面白おかしく憶測される。
やっても居ないのに『今年の帝国は卑怯者だ』と後ろ指を指される。
真実以上に、その結果は重く作用する。
「だから、キミたちに不戦敗されては困るんです。
「………へぇ、随分な自信じゃん」
ピクリと雷門メンバーの目付きが鋭くなり、それを代表するかのようにマックスが獰猛に笑う。
雷門側も、この日に向けて多数の特訓を重ねてきた。
イナビカリ修練場に篭って身体能力を上げ、新たな必殺技の開発に尽力し、細かなフォーメーションや戦略も練ってきた。
それをさも当たり前の様に勝てる、と言われれば、良い気がしないのも当然の事だ。
「ククク………言ったでしょう?『安い挑発』だと………それでは、我々はコレで」
ヒラヒラと軽く手を振った五条は、そのまま鬼道と共にその場を立ち去ろうと振り返る。
楽に勝てるとは思っていない。
準決勝の尾刈斗との試合よりも、更に激化すると断言出来るほどに厳しいものとなるだろうとも。
だが同時に、負ける気もしていなかった。
【雷門中が飛躍する為の踏み台】。
かつて薄らと持っていたその認識は、五条の中に既にあるはずも無く。
胸に宿すのは王者の誇りと、友への信頼。
ケチがつくだなんて、それこそ御免だった。
「_______五条!」
ふと、呼び声に反応して足を止める。
掛けてきたのは、雷門中の面々においても関わりの深い友人にして
「ほらよっ!」
「?これは…………」
かつてその背を押した男…………土門 飛鳥は、振り返った彼に向けてヒョイッと何かを放り投げた。
反射的に受け取った五条は、それを見て少しばかり驚く。
真四角の布地、柄も無く帝国の生徒としてみれば安物のそれは、ついひと月ほど前まで五条自身が愛用していたもの。
あの日、コーヒーを噴き出した土門に貸したハンカチ。
律儀にも、返す約束を覚えていたらしい。
「返すぜ、それ」
「おや、律儀な男ですね君も。貰って良かったのに」
「いやぁ、俺ってば礼儀のわかる男だし?キチンと借りてた期間分の利子も、用意したんだぜ」
所詮は安物、わざわざ返す約束を守る程でもない。
和やかに笑いながらそう口にした五条に、土門はピッ、と指を突き付ける。
「_______重いだろ、無敗の名前。看板下ろすの手伝ってやるよ」
獰猛な彼の圧は、かつてのもの。
アメリカでその名を轟かせた天才サッカー少年達、その一員として戦い続けていた時代と何ら遜色は無い………否、超えていると言っていい。
『フットボールフロンティアで戦う時に返してくれればいい』。
勝ち上がった。
仲間と使命の間に揺れた。
仲間を救う為に全てを捨てようとした。
仲間に救われた。
故に土門はもう揺らがない。
頼れる友へ恩を返すために、新たな仲間と共に。
『安い挑発』に、『安い挑発』を突き付けた。
「…………うん。やっぱりキミは、帝国よりもそっちの方が似合っている」
「良い男ってのは明るい色を着こなすもんさ。似合うだろ、イナズマ色だぜ」
へへん、と裾を指で弾きながら誇らしげに雷門のユニフォームを見せる。
かつての帝国時代も、悪い訳ではなかった。
実力だけで言えば一軍と何ら遜色は無く、咄嗟の判断力に関してはベテラン級。
頼れるDFだ、ピッチに立っていても、ベンチで控えていてくれても安心出来る。
だからこそ、そんな友人が水を得た様にイキイキとしている。
それが嬉しかった。
「…………いい試合をしましょう」
「おう、いい試合を」
握手は無い。互いに言葉を交わすだけ。
突きつけ合った挑発こそが信頼の証。
答えは、試合の中で見せればいい。
☆☆★
「………意外だな。熱い男なのは知っていたが、あぁも挑発を投げてくるタイプには思えなかった」
「まぁ、彼にとっては古巣との因縁の対決でしょうしね」
テンションも上がるでしょう、という親友の言葉に、短くそうか、と返す。
明るい男だとは知っていたし、仲間の為に怒ることが出来る人間だとも知っていた。
しかし輪を尊ぶ人間であることも知っていたが故に、こうして目の前で挑戦状を叩きつけるような真似をするのが少々新鮮に映る。
まぁ、それもそうだろう。
元々、存在自体は認識していたが影山からスパイとして送り込む、という一連の流れで初めてマトモに言葉を交わした相手だ。
鬼道が知らない土門の一面があるのも、無理は無い。
「良い奴ですよ。知っての通り」
「…………あぁ。良い奴だ」
嫌味などではない。心の底からの本音だ。
「…………影山と正式に袂を分かった。これから俺は、俺の道を行く」
「そうですか」
短い返答だった。まるで興味が無いかのように、何気ない様子で。
だが伝わる。
それだけの信頼関係を築いて来たと、少なからず思っている。
「ふっ………軽いな。俺からしてみれば、一世一代の決断だったんだがな」
「結論を出すと、信じていましたので」
「そうか」
「えぇ、そうですとも」
本来の世界でも、鬼道 有人という人間は影山と袂を分かった。
雷門との試合開始の瞬間、鉄骨を落とすという暴挙を働いたことが決定打となって。
しかしこの世界では、それよりも早く結論を出した。
ただそれだけ…………昔なら、そう思ったかもしれない。
「…………有人には楽な道があった。このまま気付かないふりをして、影山総帥が決定的な何かを起こすまで従うという道が」
「そうだな。それが楽だと、俺も思ったよ」
「けれど君は結論を出した。先延ばしにせず、今正しいと思う道に足を踏み入れた」
決して、今答えを出さずとも良かった。
影山が行動を起こし、それで何が起こったとて鬼道に責任があるわけが無い。
もしかしたら、影山が行動を起こさず心を入れ替える可能性だって、極わずかだが存在するかもしれない。
決断しなくても良かった。対立が決定的になるまで、今のままでいても良かったのだ。
それでも、鬼道 有人は前に進んだ。
この人と共には歩めないと、自分の中で答えを出した。
「師と仰いだ相手に見切りをつけること。それがどれだけ大変なのかは、経験の無い私には分かりません。ですが貴方は道を決めた、それも今までとは異なる茨の道を」
「………………」
その決断を後押しした、最たるものと言えば。
「私ら全員、それに着いていく。それだけなもんですよ」
この親友と、仲間たち。
躊躇いもなく自身の背を押してくれる、彼らであった。
「…………ふっ、責任重大だな。下手をすれば全員路頭に迷う事になる」
「迷う事なんてありませんよ。進む先全て、我らが道です。切り拓いてるだけですので」
「物は言いようだな」
「屁理屈と誤魔化しが得意なもので」
迷いはまだある。影山についていかずとも、他の道があったのではと今でも思う。
それでも、したり顔で肩を竦める五条の隣で他愛も無い話をしているうちは。
不思議な程に、不安が消えたのだ。