トリップした先で天才漫画家に振り回されててとりあえず早く帰りたい 作:ミツホ
ファンが家の前に来るというのはあまり珍しいことではない。
普段であれば岸辺露伴は家の前で屯するファンなど無視して家に入っただろう。
しかし家の前にいた人間はこちらを見て信じられないものを見るような目で露伴の名前を叫んだ。
その後なにやら葛藤するような様子で逃げも向かいもせずその場に留まる姿を見て露伴はその人間が自身のファンではない事と家の前にいたくせにこちらに関わりたくないと思っていることを察したが、そうなるとその人間は何がしたいのかがわからない。
露伴の頭を過ぎったのはスタンド関係だ。
自分に何かをさせたいのか、何かしにきたのか…。
もしくは、探りにきたのか。
仮説として1番上に上がってきたのは3つ目だ。
そしてあの様子からするに露伴自身には会いたくなかった。
つまりあの女は不在の間に家に何らかの仕掛けを施しているかもしれない。
これは自衛のためであり、誰にも文句を言われる筋合いは無いのだ。
あまりにも怪しい態度の女に対しそう結論付けた露伴は躊躇い無くヘブンズ・ドアーを使ったのだった。
そして女の顔が本となったのを確認した露伴はそのあまりのページの少なさに驚くが、それはスタンド能力で情報を制限されているのだろうとすぐに冷静になる。
岸辺露伴を探りに来たのであれば対策をこうじていてもおかしくはない。
まさか、読める部分だけでもと思い読んだ内容に更に驚かされるとは微塵も思っていなかったが…。
本は、嘘を吐かない。
間違いなくここに書かれたものは真実である。
しかしそれはこの本となった人物の主観であり、この女が本体ではなくただの露伴を油断させる罠として操られ弄られた存在である可能性も捨て切れはしない。
しかし。
あまりにも漫画としてありふれたような、気が付けば異世界という設定だけなら罠だと一蹴したかもしれない。
こんな設定で岸辺露伴の興味を引こうなどあまりにも陳腐だと、鼻で笑っただろう。
だがその中で露伴を見た瞬間の女の思考。
この岸辺露伴をコスプレイヤーと称し関わりたくないと思っているこの女を、もしかしたら本当にトリップしたのかもしれないと思いたくなるほど面白いと感じてしまった。
もし真実であるならそれはつまり、岸辺露伴がコスプレとして扱われてもおかしくはない名の知れた物語の登場人物として描かれている世界から来たという事になるのだから。
『自身の意志に関係なく岸辺露伴の言葉に従う』
余白にそう書き込み、スタンド使いではない事だけ確認すると露伴は躊躇い無く女を家に入れた。
というのも自身が炎天下の道端で読みたくなかったからだが。
自分が楽に読めるようにとリビングのソファーに座らせ、再び開いたページを空白すら逃さないように読み解いていく。
この女が角を曲がるより前はどうやっても読めなかった。
ページ自体が存在しないのだ。
もしもそこが本になっていたなら。
異世界で過ごす人間の人生だ。
露伴はその全てをこの女のプライバシーなど一切鑑みずに読み尽くしただろうがそれは叶わないらしい。
だが少なくともこの女にはヘブンズ・ドアーが使える。
つまり全てこの女に語らせれば良いだけとも言えるだろう。
読んだ中でこの女は帰還方法と今後の衣食住の心配をしていた。
つまりこれから行われる事は一方的な搾取ではなく、露伴が女の望みを叶えてやる為の対価をいただくだけである。
タダでヘブンズ・ドアーを使ってやる義理は無い。
だから露伴の望みを叶えるのであれば、ヘブンズ・ドアーで元の場所に帰してやろう。
……いつ飽きるかは分からないが。
勝算しか無い取引を持ち掛けるため、露伴はヘブンズ・ドアーで書き込んだ命令を解除すべく手を伸ばした。