人を好きになり告白し結ばれる。それはとても素晴らしい事だと誰もが言う。
だが、それは間違いである!!
恋人たちの間にも明確な力関係が存在する!
搾取する側とされる側、尽くす側と尽くされる側!
勝者と敗者!!
もし貴殿が気高く生きようと云うのなら、決して敗者になってはならない!!
恋愛は戦!
好きになったほうが負けなのである!!
などと、恋愛観には様々あるのだろう。惚れた弱みといった言葉があるように。
自分はどのような価値観を持とうと、誰が誰を好きになろうとそれは自由だと思う。叶わぬ立場や成し得ぬ恋もきっと素敵なものであったり、儚いものだったりするのだ。
他人の色恋話が気になってしまう年頃だ。身近な人がそのような様子であればなおさらのこと伺いたくもなる。
私立秀知院学園。かつて貴族や士族を教育する機関として創立された由緒正しい名門校である。貴族制が廃止された今でなお富豪名家に生まれ、将来国を背負うであろう人材が多く就学している。
一度は耳にするような財閥や権力者に裏社会、大中小企業などの御曹司に令嬢、果ては異国の王族までいる。無論全員が全員ではない。一般家庭から入学する者もいるがそこは狭き門。編入も可能ではあるがただでさえ厳しい競争を勝ち抜かなければ不可能に等しいというわけだ。
そんな栄えある私立秀知院学園の生徒会副会長は四宮かぐや。4大財閥の1つに数えられる四宮グループの本家本流、その長女であり正真正銘の令嬢である。血筋に相応の優秀さは様々な分野において華々しい功績を残した正真正銘の天才だ。
そして生徒会長、白銀御行。質実剛健、聡明叡智。学園模試は不動の1位。全国でも頂点を競い天才たちと互角以上に渡り合う猛者である。多彩な四宮副会長とは対照的に勉学一本で畏怖と敬意を集め、その模範的な立ち振る舞いにより生徒会長に抜擢されている。
火のない所に煙は立たぬ、とはまさしくその通りなのだろう。秀知院学園を代表する彼らが付き合っているのではないかと噂される。所詮は噂、されどあながち間違いではない。たぶん。いや絶対。
決して口に出すつもりは無いが確信犯なのでは? と思うくらいこの2人は面倒くさいのである!
自分がそう気が付いたのはいつ頃だったか。もしかすると現行生徒会メンバーが集まって以来ずっと続いているのではないだろうか。そんな気がしてしまう。そうであるなら悪い星の巡り合わせとでも表現するしかない。
逆によく隠し通せているものだと感心しているくらいだ。恋バナに敏感な藤原書記が気付かないのは、人間観察力のある石上会計が悟らないのは相当な気がする。確かにどこで争っているのか自分もわかったものではないが。
どうにも互いが互いに相手をオトしたいと考えているらしく、さりとて自分から告白をすることは避けようとしている。それこそ冒頭で述べたことが全てなのであろう。
正直な話見るに見ていられない……が、しかし高度に隠し通された攻防あってのものかわからないまま流していると本当に気が付かないものである。なんなんだこいつらは。ハイスペックの無駄遣いここに極まれり。
クラスの掃除担当を終えて本日も生徒会室に向かう。荘厳な雰囲気を漂わせる扉を開くと他の4人はそろっており職務を遂行……各々のほぼ定位置についていた。
白銀会長はティーカップを片手に書類へ、四宮副会長はティーポットを戻し次の書類の束を手にしようとしている。藤原書記はといえば何やら怪しげな袋に手を入れて何かを探しているようだ。石上会計は……おや、帰ることなくソファーに腰掛けヘッドホンを首にゲーム機へ向かっている。
見慣れてきたよくある光景だ。
「遅くなった。何かすることはあるか?」
「気にするな。今日のところはないな。もうすぐこれも終わるから好きにしていていいぞ」
「そうか。わかった」
つくづく思う。このような場面やり取りを見る限りは本当に優秀なのだと。書類だって日々山のように積もってあるはずだ。にもかかわらず翌日以降の負債が無いのは流石だと素直に賞賛したい。
「岸波くん。少しいいかしら?」
「ああ、構わない」
そう声をかけてきた四宮副会長の手には何らかの書類。
さて。目が何かを語っている気がする。
「どこに届ければいい?」
「職員室に。頼みますね」
「任された。………………石上会計、ついでに自販機でも見てこよう」
「え? あ、はい行きます」
「自販機の商品って新しいものがあると気になりがちだからな。確か今日入れ替わりがあったはずだ。前からあったとか言われないと気づかないこともあるくらいだしさ」
「あー! はい! はい! 私も行きまーす!」
藤原書記も釣れた。これでいいのだろう?
確認は取らずに生徒会室を後にする。さてさて何か目ぼしいものはあるだろうか。
「最近って透明な飲料水が増えたじゃないですかー」
「よし、色付きにしよう」
「そうっすね」
「まあまあそう言わずに」
そう言って藤原書記がどこからか出したのはプラスチック製のコップ。よくあるパーティ用などに使われる使い捨て式の重なっているタイプだ。
「透明な飲み物ギャンブルしましょう」
「俺、コーラでいいんですけど……」
「残念! 透明コーラだってあります!」
むしろこの程度で済むのであれば問題ない方なのではないだろうか。飲料水であれば大事に至ることはあるまい。炭酸が苦手なら厳しいかもしれないが。前提が透明な飲み物と言ってある以上不自然なことはないだろう。たぶん。
「それじゃ私準備するので先戻っててくださーい」
などと宣ってぐいぐい押し出されてしまった。……ラインナップのチェックをし損ねた。
「岸波先輩、どうも嫌な予感がするんすけど」
「受け入れよう……透明シリーズは当たらずとも外れはあまりないらしいから」
しかし拭いきれない一抹の不安が心のどこかに燻っていた。なぜだろう。生徒会室に戻る足取りが重いのはきっと気のせいではないはずだ。
扉を開くなりこちらを見て「飲み物はどうした」と尋ねた白銀会長には「察してくれ」と返すしかなかった。
ちなみに今日の仕事は本当にもう終えていたとのこと。さすがだ。
さてこのお二方。何も変わった様子がないところを見るに今日も進展がなかったのだろう。内心ため息をつきつつ空いた椅子に腰かけ携帯端末を開いた。メールボックスに通知がないことを確認してメモに今日の授業で復習しておく点をまとめる。授業内容はともかくそれ以上にテストでは難易度が高い問題が連なるため常日頃から知識を積み上げていかなければならない。それでも生徒会長副会長コンビには届かないのだから次こそは、次こそはと意気込んでいる。
「どーーーーーーん!」
素っ頓狂な声と共にドアが開け放たれた。もはや誰なのか確認するまでもない。しかし頭の中の警鐘は鳴り出したが最後止まる気配はない!
「やめるんだ藤原書記! 今ならまだ間に合う!」
咄嗟に口からそんな言葉が出ていた。何が間に合うのか。何をやめさせるのか。やめさせるのはこれから行われるであろうギャンブルだ。もはや止めようが無いけれども。しかし透明な飲み物で起こりうる惨劇とは。探偵でもないし判断材料が足りない以上自分では把握することができない。ただでさえ何を起こすのかわからない人物による行動だ。
もはやなるようになれと思いたくなってきた。
「まだ何もしてないじゃないですかー。というわけで用意したのはこちらです!」
そう言うとトレイに乗った10個のプラスチックコップに等量ずつ透明な液体が入ったものを出してきた。
見た目で区別はつかず、おまけに炭酸の泡と思しきものも見えない。
藤原書記は踊るように軽い足取りでデスクの上にトレイを置いた。
デスクから数メートル離れた位置に全員を集めると説明が始まった。
「インビジブルロシアンルーレット! お1人ずつ順番にどれか1つ選んで飲んでいただきます。匂いで確かめようなんて無粋な行為はしないように。それと中には1つだけハズレが混ざっているので引かないように祈ってくださいね。あ、もちろんシャッフルは他の誰かにやってもらいます。ただし鼻栓をしてもらいますが」
「つまり藤原も参加者ということだな?」
「ええ! 私がハズレを引く可能性だってあるわけです」
「念のため確認しておこう。岸波と石上は何を買ったか見たか?」
「いいえ、まったく」
横に同じく。
仕方あるまい。公平性を保つためにも自分がシャッフル役になろう。鼻栓をするという無様を晒す汚れ役だって買って出ようじゃないか。このゲームが行われる一因を担ってしまったのだから。
「岸波、カップに細工が無いか確認も頼む」
「勿論だ」
藤原書記から鼻栓を受け取り睨みつけるようにしてカップを見る。備品にあった小型ライトを使って照らし見つつ入れ替えていく。この手のゲームをやるにしては珍しく一切手が加えられていないようだった。
横一列に並べ終え、首を横に振ってわからずじまいだと告げる。
「あ、飲んだものの申告は任せます。全部別々のものが入っているので。……かぐやさん?」
「ハズレとは具体的に何か教えてくれないかしら」
「言ったらゲームになりませんよー。反応を見ればわかりますって」
「あの……人体に悪影響はないんすよね?」
「そりゃ当然! 岸波くんもういいですかー?」
「そうだな。順番はどうする? 役職順にしようか?」
何気ない提案。しかし言ってから気が付いた。会長を始めとして自分を最後にするのか、会長を最後にして自分を最初にするのか。ロシアンルーレットとはいえ選択は自由。されど他の人の結果と反応次第では待つ方がプレッシャーは高まる。仮にハズレの様子を見せなかった時、最後に待ち構えているものはほぼ確実に苦難。
それを担当するのは自分になるのか会長になるのか。それとも途中で誰かが脱落するのか。
「役職順にしましょう。会長がトリで問題ないですね?」
四宮副会長からの追撃。白銀会長が頷いて応えた。
「いいだろう。それじゃ一番槍、行ってこい庶務」
庶務→会計→書記→副会長→会長。
よって幕開けを担当することになった。迷いなく歩みを進めて適当に1つ手に取る。そして躊躇うことなく口に含み――――――
全て飲み干した。
「次、会計」
石上会計の肩を叩き元の位置に戻る。
様子を見ると一見躊躇いが無い――――――と思いきやコップを選ぶところで「ど、れ、に、し、よ、う、か、な」などと始めた。
神様は救ってくれないぞ。
ややあって選ばれたコップを口に運ぶ。それを飲み込み、
「っっっ何混ぜたんすかこれー!!? 甘さと苦さが炭酸でハイブリットして意味が分からないんですけど!!!」
どうやら早々にハズレを引き当てたらしい。合掌。
「あ、たぶんそれコーヒーとメロンソーダです」
「ドリンクバーで遊ぶ子供ですか! よりにもよってそのチョイスはおかしいでしょう!」
「石上くん、あなたの犠牲は無駄にしません」
「安心しろ。仇はとってやる」
余裕ありげな表情で石上会計を迎えるトップツー。仇も何も残るものは安全だろうに。
が、無情にもゲームマスターはその余裕を打ち砕く。
「あれ遊び心だったんですけどねー。この様子だとまだハズレはあるみたいです」
生徒会室に衝撃が走る。
あれで遊び心? コーヒーにメロンソーダなんて組み合わせで? いやいやどう考えても間違えている。だとしたら本当のハズレとは一体何が待ち構えているというのだ。「そもそもコーヒーに炭酸はダメだったって前例があったじゃないですか……」と石上会計の泣き言が聞こえる。うん、ドンマイ……
「それじゃ私行きます。うーん……これ!……おお、意外とミルクティーいけますね」
「それでは私が。……はい、会長の番です」
飲んだものを公言した藤原書記とは反対に四宮副会長は何の反応も見せず。白銀会長に手番が回った。しかしまだハズレがあるとはいえ躊躇いなく選びに行く2人は本当に肝が据わっている。
「……よし、次」
同じく無反応。自分こそ無反応を通しているから何も言うまい。
さて5分の1。しかしまあ、透明なままの状態で劇物などそうはあるまい。同じように適当に1つ選んで飲み干した。
石上会計の肩を叩いて送り出す。
「えっ……え? ええ……おお、真っ当だ……」
空気に緊張感が満ちていく。藤原書記の様子を見れば明らかに動揺している。順番が残された3人はこちらと石上会計の様子を交互に確認しているようだ。
「ど、どうした藤原。順番が回ってきたぞ」
「いいい、行きます。行きますよ。えいっ」
掛け声とともに一気に呷った。口に含まず喉に流し込む飲み方だ。
「セーフ……かぐやさんの番です」
「え、ええ」
さしもの四宮副会長も藤原書記の様子から何かを察したらしい。同じように喉に流し込むようにして飲んだ。
「……ふふっ。会長。覚悟は決まりましたか?」
勝ちを確信した笑みを浮かべている。白銀会長が窮地に立たされた状況となったわけだ。
「と、当然だ。これくらいどうということはない」
どうということはあるらしい。右手の爪が食い込みそうなほど拳を握りしめている。
「ささ、会長トリをどうぞ! いいリアクションを期待してますよ!」
調子を取り戻した藤原書記。
石上会計は無言で合掌している。
そして生徒会長白銀、コップに向かって足を踏み出した――――――
「いくぞ……いける……いこう……っっ!」
コップの中身が無くなり、そして机に置かれる。
沈黙が続く。やけに長いように思えた。
ややあって白銀会長が錆びたロボットのように首を振り向かせて口を開いた。
「ハズレは1個って言ったよな……?」
「そ、そうですね」
「俺の飲んだこれは後味がいちごなんだが……」
「あれ? おかしい……てことは途中で誰かが飲んでいたはず……」
「藤原さん。結局全部で何が入っていたの?」
3人が口々に言う中、石上会計が目で何かを問いかけているような気がしたので他に気付かれないように口元をニヤリとさせて返した。
藤原書記曰く。コーラ、みかん、いちご、ミルクティー、メロンソーダ&コーヒー、レモン、ぶどう、ヨーグルト&アロエ。そしてハズレ枠にはフロストバイトという激辛透明液体を混ぜた水だったとのこと。
何はともあれ期待していたようなリアクションは得られずじまいで無駄に緊張した空気を作らせることができた。
少し愉快な気分だ。手早くコップをまとめてゴミ箱に入れ、「それじゃ、お疲れさまでした」と追及される前に早々と生徒会室から外に出た。泰山の麻婆豆腐でも食べて帰ろうか、などと考えながら。
本日の結果
藤原の敗北(リアクションが見られなかったため)
岸波:ぶどう、フロストバイト
石上:メロンソーダ&コーヒー、ヨーグルト&アロエ
藤原:ミルクティー、レモン
四宮:みかん、ブルーベリー
白銀:コーラ、いちご