中学三年の秋、俺はとある女子と席替えで隣になった際に、気兼ねなく話しかけてくる彼女に対し(こいつ俺のこと好きなのか?)という、なんとも健全な中学生らしい勘違い抱いた。
彼女は当時のクラスカーストでもトップに近い位置におり、容姿が整ってて愛想が良く人気者だった。当時の俺はあざとい女子の打算的な笑顔というのにめっぽう弱く、彼女の思うツボにハマった俺はまんまとテンプレート通りに彼女に告白した。
『あ、あの、もし良ければなんだけど、おおおれと、男女のお付き合いをして、くれませんかっ!!!』
出会ってから一ヶ月の準備期間を設けての、誰もいなくなった放課後の教室での告白という最高級なシチュエーション。「放課後残っててくれないか?」って頼んだ時でさえも人の良さそうな笑顔で快諾するから、いよいよ俺の勘違いはマッハで加速していった。ラストスパート全開だった。
セリフも自分の中では上々、しかし相手からは無情にも「無理」というセリフのが返ってきた。
そして畳み掛けるように、いつものように、いやいつもよりも俺への見下しが含まれた笑顔で、彼女は言葉を続ける。
『あははー、
『え、』
『いい加減にさ、現実見た方がいいんじゃない? 振られた数なら百戦錬磨な比企谷が未だにたった数秒の告白でどもるんだもんね? どもる男って前提としてキモいからね? 知ってる?』
『そ、そんなの……』
『そんなの? ……ぶふっ! まさか、知ってるって言い返すの? うっわまじ終わってる!!! 自分の評価が低いくせに誰かに好かれようとかまじ哀れというか救いようなさすぎ! 比企谷さ、そのまんまじゃいつまで経っても希望ないしいい加減諦めたら? 色々とさ』
『……っ』
『ぶはっ! 何泣きそうになってんのまじキモい! あははごめんねー比企谷、酷な事言っちゃったね! ……でもさ、比企谷は少し自分の置かれてる立ち位置とか、自分が招いた状況とか、あと自分の怠け具合とか認識の違いとか、そういうのを少しは理解した方がいいんだよね。まっ、わたしには関係ないんだけどね。じゃ、帰るね』
そう言ってそいつは……俺が青春を捨て去る最後の一撃を与えた
翌日、こんな事があったにも関わらずいつも通りに話しかけてきた真鶴がきっかけで俺は他人との干渉を恐れ、心を閉ざしていた。
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「あら、今日も来たのね。この世のありとあらゆる憎悪を結集させたかのような禍々しい瞳に負のオーラを感じるわ。
「流石に病んでるって領域には達してねえし蔑称に文字数変えたらなんか芸術点が低い。やり直し」
「何を訳の分からないことを言ってるのかしら。
「上手い蔑称が思いつかないからって投げやりになって存在否定までするなんて煽り耐性なさ過ぎだろ」
「今日もいつも通りだねー、ゆきのんもヒッキーも」
「そうだな。いつも通り
「え? アタシがゆきのんに攻撃? する訳ないじゃん何言ってんの、ヒッキーまじサイテー! キモい!」
「相変わらずアホっぽい語彙の少なさだな。それとな由比ヶ浜、人はキモいって言われると案外傷つくんだぞ。俺だってな、鍛え上げられたぼっちメイルを纏ってはいるもののキモいってのは傷つくんだぞ。考慮してくれよな、そこらへん」
「えへへー、ゆきのーん。今日クッキー焼いて来たんだー、食べて食べてー」
「え、えぇ……頂くわ」
俺の申し出は、雪ノ下ラブな由比ヶ浜には届かない。なんでこの二人は奉仕部の部室に来た途端に男子の目の前でゆるゆりを展開するのだろう。八幡百合男子じゃないからいたたまれない。
まあ由比ヶ浜の意識が雪ノ下に向いてるおかげであいつが作る
「あ、ヒッキーの分も焼いてきたから食べてよ!」
嫌だよ。
なんて言えるわけもなく、仕方なく、ため息をつきながら、分かりやすく拒絶の表情を浮かべながらもその『ヒッキーの分』とかいう危険物を手に取り口に運んだ。
……現実的な不味さってのが一番キツイんだよなあ。
なんていうの、吐き出したくなるようなコミカルな不味さよりも微妙に口の中に不快感が残る感じ? 例え方が分からないし例が出し辛いんだけど、なんか悲しくなる不味さなんだよな。
「失礼しまーす。あのー、奉仕部ってここですよねー?」
由比ヶ浜が用意してきたクッキーをなんとか食べ切り気持ち悪さに俯いていると、部室の戸が開く音と共に女子生徒の声がした。珍しく奉仕部を頼ってきた依頼者なのだろう。
そちらに目を向けるべきなのだろうが、いかんせんしっかりとクッキーを咀嚼してしまった為に後味が口内に広がってて気持ち悪くてそれどころではない。依頼者への応対は二人に任せるとして、俺は不快感が収まるまで顔を伏せてる事にした。
「……あれ? 比企谷? 比企谷じゃん、おーい」
顔を伏せてる事にした、なのに依頼者は俺が何者であるかを認識し、正しい苗字で俺を呼んだ。
聞き覚えのある声だし、その口調にも覚えがあった。ヘラヘラしてて、能天気を気取って偽物の笑顔を貼り付けた奴が発する音。
それがトラウマの一因、というか俺のトラウマの大きな部分を占めている人物であると深層心理で分かっていながら、しかし俺を顔を上げ声の主を視界に捉えてしまった。
程よく脱色された髪色。ウルフカットと呼べばいいのか襟足が長い髪型で、スカートは短く、カーディガンは大きめのサイズなのか自然と萌え袖になってて童顔の、馬鹿にするような笑顔を浮かべた少女。
方向性は由比ヶ浜だが根本が違う。性格の悪さが滲み出ている。
その懐かしい、憎たらしい顔を見て、つい咄嗟に俺はその名を口にしてしまった。
「……真鶴」
そう、そいつは俺の闇の中学生時代においての最後のトラウマ要因である真鶴弓弦だった。
おかしい、俺は同じ中学の人間が進学してこないような高校を受験したはずなのに、よりにもよってこんな馬鹿そうな(成績は実際下の方だった気がする)奴が偶然同じ総武高に進学してたなんて……。
真鶴は俺がなつかしの比企谷八幡本人だと確認すると、いつしか見せたかのような見下しと興味の笑顔を浮かべて俺の目の前に急接近した。
「ふーん、随分と身の程を弁えられるようになったんだね」
足先から頭のてっぺんまで、品評するかのように見回しながら真鶴が俺に呟く。
「ねえねえ、あの二人のどっちか比企谷の彼女なの?」
「はっ!? なな、何言って……」
「ぶはっ、まーたどもってるし!! まじさー、なんでそんなまともに人と喋れないわけ? まじだっさいんだけど、わら」
ださいって。喋り方に知性のかけらもないお前に言われたくないセリフなんだが。
と言い返せたらなあ、こいつ怖いんだよなあ。
「ねえねえねえねえ、比企谷さー、この学校来てからもまだ告白チャレンジとかやってんの? 記録更新した? あははっ、教えてよ!」
「……してねえよ」
「えーまじ!? 意外だなー、中学の頃はあんなにチョロチョロ男子だったのに! んー、じゃあ友達出来た? またぼっち?」
「……ぼっちだけど」
「ぶふっ、あはははっ! あ、い、か、わ、ら、ず、ぼっちくんなんだ!! ひゃーお腹痛い! よくそんなんで登校出来るよねー」
「……うるせえ」
「えへっ、何? 今なんか生意気なこと言った? おい、ウザ谷?」
「いや、なんでもないから……」
「……そ。あはっ、びっくりした、高校デビューかなんかで変われたのかと勘違いしたんかと思ったよ。あはは、やっぱしザコ谷はそうやって大人しくしてなきゃねー!」
低身長で童顔で、萌え袖でいつも笑顔。ぱっと見は愛くるしいロリ系美少女なのだが、こいつはやたらに短気で早い話が『納得出来ない事は受け入れない』タイプの馬鹿。
キレたら暴れるし意味の分からないことを言うし、琴線に触れないのが無難なのだが、そんな事知りもしない雪ノ下は失礼な発言を続ける真鶴に正直な意見をぶつけた。
「……どうやら部室に、動物園の猿が一匹迷い込んでしまったようね」
いや、意見というよりそれは直接的な中傷だった。
「は? 猿?」
「何首を傾げているのお猿さん。貴方の事よ、部室に入るなり意味の分からない事をキーキーキーキー鳴き出して。ここは貴方の来る場所ではなく『人間の生徒』の依頼を聞く部活なの。野生動物は早急にお引き取り願うわ」
「あはっ、なにそれ。私に向かって猿って言ってんだ、あんた」
「? それ以外の捉え方が出来るのかしら?」
「なにそれむかつく。てかあんた雪ノ下
「貴方からの評価に一喜一憂する程私は落ちぶれてなどいないのだけれど、旧知の間柄とはいえ他者を平気で見下した発言を繰り返し初対面の相手にも喧嘩腰で応対するだなんて、よっぽど不出来な環境で育ったのかしらね」
「は? なにそれ家柄自慢? きもいんですけどまじで。見下した発言って言うけどさ、あんたも今私を見下してんじゃん。同じ土俵に立ってるくせに何偉そうな口効いてるわけ? クソ生意気なんだけ」
「あの!!!!」
突然の叫声によって、悪口を畳み掛けていた真鶴の声が遮られた。
それまで黙っていた由比ヶ浜が、真っ赤な顔をして真鶴を睨みつけていた。
「あの……奉仕部に依頼しに来たのならさっさと要件を言って帰ってよ。喧嘩を売りに来たわけじゃないんでしょ?」
この場を抑える正論が由比ヶ浜の口から放たれ、ヒートアップしつつあった真鶴は平静を取り戻した。
「そうだったそうだった。ごめんねめっちゃ酷い事言っちゃって。実は解決してほしい悩みがあるんだ」
割とあっさり謝罪を入れモードを切り替える真鶴に雪ノ下と由比ヶ浜は驚きの表情を見せる。しかし、さっきまでとは打って変わり真面目そうな、というか深刻そうな表情を浮かべる物だから無下に出来ず、一度眉間に指を当てた雪ノ下はすぐさま表情を切り替え話を聞く体制を取った。