ここ三日間、真鶴は言った通りに俺の周りをうろちょろするようになった。その迷惑行為を受けて、ようやく俺の目にも真鶴の言う『ストーカー先輩』とやらの影が映った。
校内で付きまとわれてるうちは特に暴言や暴力をして来ないからまだいいが、下校の時は素の真鶴で話しかけてくるから「うざ」だと「キモい」だの「クソ谷」だのパターン数の少ない文句で話しかけてくるし、ちょっとした事でイラつかれて殴ってきたりする。億劫だ。
下校時以外でも、こいつがまとわりついてくるせいで周りに奇異の視線を向けられるし、気の所為かもしれないが雪ノ下がやたらと気に掛けてくる。
あまり周りに見られるのは得意ではないので、言ってしまえばこの現状こそが一番俺にとって苦痛だ。日向に晒されるぼっちの図、干物になりそうだ。
今日は女子バスケ部の練習が長引いてるようで、駐輪場に真鶴の姿は無い。
あいつを置いて帰宅する絶好のチャンスだが、二日ほど前に同じ状況で帰ろうとしたら鞄をぶん投げられた挙句ひたすら冷たい声で罵倒された。
……後が怖いので待っておくべきか。
「む、八幡ではないか。こんな場所で何を……まさか我との悠久なる決闘を果たす為この場で待ち受けていたのか!」
なんか斬新な切り口で声を掛けられた。背後を振り向くまでもなく、それが総武高校2年C組
え、説明口調で他人行儀だって? そりゃそうさ、俺と材木座は他人だ。だから親しげにファーストネームを呼ぶ必要もないし会話に応じる必要もない。
というか、真鶴が来るのを待つっていうやりがい皆無なクソ業務をこなしてるのに材木座に鉢合わせとか神の悪戯が度を過ぎてると思うんですけど。
「ムハーハッハッハどうした八幡! 剣豪将軍・材木座義輝! 既に戦闘準備は整っているぞ!!」
「なんで説明も無しにいきなりバトル展開突入してんだよ。会って即座にバトルとか安易なラノベでもやらない手法じゃないか? 目が合ったら即バトルのポケモン並みの理不尽さで戦闘入ったぞ」
「冗談だ冗談。八幡からの決闘であればまた別の機会に申し込むとしよう。いやなに、最近は筆も進まぬ故こうしてはっちゃける機会もなかったものでな」
「そうか、まあ程々にな」
筆、というのは材木座が着手している戦国系異能バトル物のライトノベルの原稿の事なのだろう。
「それで、なにをしていたのだ八幡。こんな所で1人、まさか誰かを待ってるわけでもあるまい」
「そのまさかだよ」
「何っ!?」
「驚くなよ……てか材木座、お前はさっさと帰った方がいい。お前みたいなタイプの奴は、あいつと会わせると十中八九ロクなことにならないぞ」
「ふむ? 何を言ってーー」
「比企谷」
今はタイミング悪いんだって、そういう話をした時に限ってなんでやってくるの? こいつ。
声のした方を向くと、ジャージ姿の真鶴が立っていた。
「ごめん部活長引いちゃって。……誰?」
セリフだけ聞いたらまるで俺に想いを寄せるヒロインが他の女といる所に居合わせて嫉妬しているような感じに聞こえる。だが実際はこうだ。
ごめん部活長引いちゃって(だから私は悪くないし文句言ったら殺す)。……誰(このデブ、キモいんですけど)?
みたいな感じ。目がそう語っている。
「……。八幡貴様、また我に対し裏切り行為を」
「なんだよ裏切り行為ってふざけんな。意味は問わないが今お前は俺の逆鱗に指先掠めたぞ」
「シャアラーーーップ!! 八幡、貴様だけは我の理解者であり同士、敵でありながら同じ道を歩みし戦士だと思っていたのにそれは我だったというのか!! そもそも八幡貴様は少し自分の立場を」「ねえ」
湿り気を帯びた声で悲痛に泣き叫ぶ材木座の訴えを、真鶴が遮った。
「なんの話してるの? 私1人だけ置いてけぼりなんだけど」
「こ、これは失敬。我は剣豪将軍・材木座義輝。そこの八幡とは長き戦いを繰り広げてきた好敵手とも呼べる間柄で」
「意味分かんないって。その喋り方なに?」
あれ、これ雪ノ下の時と同じパターンじゃね?
「むぐふっ!? これはなんて事は無い我にとって自然な」
「そうなんだ。面白いね」
「ムッ、面白い? ……汝、今面白いと言ったか?」
あれ、材木座? 何嬉しそうにしてるの? 違うよそれ、面白いは面白いでも『見世物』程度の認識に過ぎない面白いだからね?
「うん? 面白いって言ったよ。個性的だなーって」
「そ、そうかそうか! 分かっているな貴様! ムハハッ、つい可憐な容姿をしているからまた雪ノ下嬢のように冷たい言葉を浴びせられるかと思ったがそれも早計だったようだ!」
「えーそうなんだ。私は好きだけどなー、個性的で自分の世界? みたいなの持ってる人って」
「……八幡どうしよう、好きって言われた。初対面の女子に脈アリサイン出されたんだが!?」
いやーどうでしょう……それは果たして脈アリかなぁー。
「それで、材木座くん? でいいんだよね、名前」
「そ、そうでござるが!」
ござるなんて言うキャラだったかお前。
「じゃあ材木座くん。いつになったら帰るの?」
「帰っ、え? ……ひっ!?」
真鶴が材木座を見上げると材木座は声を上げる。真鶴は口元は笑ってるけど、目が笑ってない。どうしてだろう、巨体な材木座と小柄な真鶴の力関係が完全に見た目と逆転している。
そりゃそうか。真鶴が最近弱キャラになってたのは強い女子勢に攻撃されてたからであって、こういう小物系女子って俺らからすると天敵だもんな。怖いよな、女子の視線って。
「そ、それではこれにて!」
材木座は真鶴の視線から逃げるように背を向け、走り去っていった。あーあ、材木座には悪い事したな。
材木座が去ると、真鶴は口だけ笑顔を解き素の表情で俺に「帰ろっか」と言ってきた。
「比企谷にも友達居たんだね」
「あれは友達なんかじゃねーよ」
「そうなの? 面白そうな人だし比企谷にはピッタリだと思うけど」
「俺にピッタリな奴なんか世界中探してもいねえよ。……面白そうな奴?」
近隣住民にとって迷惑でしか無い並走をしながら、真鶴の言った言葉に疑問を抱く。一般的な女子というか、オタク文化に寛容じゃ無い連中にとって材木座の存在は腫れ物のようなものだ。それを面白そうな人って言うだなんて、こいつの趣味趣向や考え方からしてあり得ない発言だった。
……ああ、皮肉か。ああいうオタクっぽい奴はいじってて楽しいし、そういう面では比企谷とお揃いだなっていう。そういう感じか。
「……比企谷? なんかいきなり悲しそうな、寂しそうな顔してるけど。なんかあったの? 大丈夫?」
「気にかけるフリをするな。原因はお前だ」
「はあ!? ……まだ私と帰るの嫌なのかよ」
「そういう意味じゃねえよ。……嫌だけど」
「死ね」
いつの間にやらこいつと自然に近い感覚でコミュニケーションを取れるようになって自分の成長具合に驚かされる。
一応俺はこいつに利用されてはいれど『俺がいないと不利になるのは自分』である事には変わらない為、今はまだ対等の立場でコミュニケーションを取ることが出来る。
ただ俺もこいつに黒歴史を人質に取られてるし、行き過ぎた事は互いに出来ないから絶妙なバランスを取り合っていた。
さっさとこんな奴と縁切りたいのに黒歴史が枷となってそれが出来ない。全くもって人生貧乏くじである。
「てかさ、友達じゃないならなんなの? さっきの人」
「まだその話続けるかよ。……さあ、知り合いじゃねーの」
「じゃあ雪ノ下さんとゆい……なんとかさんは?」
「ああ? なんであいつらをここで出すんだよ。あと由比ヶ浜な」
「あーそうそれ、由比ヶ浜さん! まあそれは置いといて、同じ部活の人らだしさ。まあ同じ部活だからと言って友達じゃないって事もよくある話なのは分かるけど、3人しかいない部活なら何かしら関係性ってあるもんじゃん?」
「ないから。別に」
「無いんだ。ただの知り合いしかいない、それに活動内容もよく分からなくてイマイチ自分のメリットにもならない。そんな部活によく居れるね」
「俺の意思じゃねえよ。元はと言えば平塚先生に無理やり入れさせられたんだ」
「退部すればいいじゃん」
「拒否権は無いし退部も許されないんだと」
「ふーん。そんな一生徒に部活での活動を強要できる権利とか先生が持ってるもんなの? 別に比企谷、何か特別悪い事をしたわけじゃ無いんでしょ?」
なんだ真鶴の奴、どうでもいい話題なのにやけに鋭い指摘をしてくるな。
確かに俺は、論文やら文章を書く系の課題において世界に一石を投じるような斜め上の視線で物語った事を書くおかげで毎回平塚先生に呼び出しを食らっているが、だからと言って風紀を乱したり学校の名が地に堕ちる危険性のあるような問題行動をしたわけでは無い。
俺からしても、たかだかちょっと風変わりな文を書いて提出しただけで部の強要をされるというペナルティを負うまででは無いと思う。言ってしまえば俺より問題ある奴とか沢山あるし。例えばこいつとか。
「……さあ、どうでもいいだろ。俺の事なんか」
「そんな事ないんじゃない」
「はあ?」
いつもと違う返しに驚き横を見る。いつもなら、「確かに、比企谷なんかどうでもいいわ。でさー」って別の話題に転換する所だ。
「俺の話なんかしてもつまらないだろ。なに柄にもなく俺なんかに気を使ったんだよ、いらねえよその気遣い」
「気なんか使ってないけど。別に比企谷の話を聞いてつまんないわけじゃないし。だったら話も振らないじゃん馬鹿じゃないの」
「それはそう……なのか? いやでも、お前は俺の事嫌いだろ。そんな奴の個人的な話なんか聞いても何の得もないだろ」
確認を取るようにそう言うと、いつも寄り道するコンビニに着いた。真鶴は自転車を停め、降りると同時に鞄から財布だけ出す。
「比企谷が私の事嫌いなのは知ってるけど、私は別にあんたの事嫌いとか一言も言ってないからね」
とだけ言って、真鶴はコンビニへと入って行った。
嫌いとか一言も言ってない? キモいだとかクソだとか、そういう罵倒は嫌いな相手だから自然とスラスラ言えるんじゃないのか? 嫌いだからこそ心にダメージを負っても構わない、だからこそ傷付ける、それが彼女にとっての普通じゃないのか?
……なんだかあいつ、日を増す毎に意味が分からなくなっている。俺を混乱させようとしているのだろうか。何故?
それから真鶴が戻ってきて、いつもと変わらない中身のない会話を少しして別れる。悶々とした、疑問に満ちた俺の事など知る由もなく、彼女はいつもとなにも変わらずに帰って行った。