中学時代のトラウマと再会した。   作:聖樹

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12:臆病な真鶴弓弦は目を逸らす。

 比企谷は私と別れる時、なんの感情も抱かず去って行く。

 

 あいつは私が嫌いだ。だから去り際に私を厄介扱いしてそそくさと帰ればいいものを、そんな事はあいつはしない。

 

 あいつは私を殴りもしなかった。相当むかついてる筈だ、なのに殴らなかった。理性云々がイかれてるのだろうか。ぶっちゃけ気持ち悪い。

 

 ……なんなんだろ。最近、あいつがよく分からなくなっている。

 

 昔のキャラとは明らかに違う。

 

 今の比企谷がこんなキャラになった原因は……まあ私にあるんだろうけど、それでも人から好印象やらを獲得しようとしていた当時に比べると今の彼はまるっきり真反対で、見てるとなんだか痛くなる。あ、痛い人って意味ではなく。

 

「あら、お帰りなさい」

 

 玄関を開けると丁度洗濯物を運んでいたお母さんと目が合った。彼女がこの時間帯に家にいるのは珍しい。

 

「あんた、制服は?」

 

 お母さんは私が帰るなり冷淡な目でその姿を観察し、責める口調でそう言ってきた。

 

「……部活が長引いたから。このまま帰ってきた」

 

「部活が長引いたから? 着替える時間くらいあるでしょ」

 

「まあ……」

 

「……あんた、また変な遊びしてるんじゃないでしょうね。不純異性交遊とか」

 

「してないから」

 

「嘘おっしゃい。あんた中学入った頃から調子乗ってメイクしたり制服着崩したりしてるけど、それは変な友達と付き合ってるからでしょ? 私の仕事が忙しくなってきて見てないってのもあるけど、だからって何も知らないわけじゃないからね」

 

「……うざい」

 

 母親の話を無視して自室に戻ろうと横を通ろうとすると、途端に腕を掴まれた。顔を見ると、また一層と冷えた目線で母親は私を見据えていた。

 

「あんた、親に対しての態度がなってないわよ」

 

「……」

 

「お父さんから聞いたわ、ストーカーに付き纏われてるんだって? それもあんたの自業自得でしょう、あんたみたいに頭の緩そうな女は変な男を引っ掛けやすいのよ。自分がしっかりしてないのに家庭に面倒事を持ち込むなんて、最近のあんたは特に目に余r」「離してよ!!」

 

 強引に腕を払おうとするが、母親は思い切り私の腕を掴んでる為そんなんじゃ離れなかった。……というか爪が食い込んでる、痛い。せめて爪切ってよ。

 

「離してほしいなら正直に答えなさい。お母さん達に何か隠している事あるでしょ」

 

「無いってそんなの! 何を根拠に言ってるわけ!? 自分の子供の事少しは信頼してよ!!」

 

「信頼なんて出来るわけないじゃないあんたの事なんて!!」

 

 母親はキレると私を制圧する為に大声を出す。だから私は先手を取って声を荒げるけど、母親も負けじと声を荒げて私の意見を聞かずに自分の主張を押し通させる。

 

 居間にいる父親は私と母親のいざこざに干渉しない。というか私に興味がない。あの人はいつまでたっても子供だから、家庭の事なんかより単純に母親との甘い時間に重きを置きたいだけなのだ。無能の置物だ。

 

 力勝負でも母親には勝てない。だから私から折れるしか無かった。

 

「……ごめんなさい。本当に何もしてないんです、今日は本当に部活長引いて最終下校時刻を過ぎそうになったから着替える時間無かったんです」

 

「そう。そういう事なら先に言いなさいよ紛らわしい」

 

 今考えついた嘘っぱちの言い訳なんだよ。

 

 母親は私の言い分に納得すると手を離した。うわ……爪が食い込んだ所ちょっと赤くなってんじゃん最悪。死ねクソ親。

 

 あーもうホントクソ。父親がいる分には干渉してこないから別にいいんだけど、母親がいるとなんでもない事で私に噛み付いてくるから本当にうざい。心の底から交通事故で身体めちゃくちゃに損壊してほしい。

 

「はあ〜〜〜〜」

 

 自室に着き、鍵を内側から閉めて誰も入らないようにしてベッドに飛び込む。

 夕飯時に下に行かないとまたお母さんがヒスりだして部屋の前で暴れられるのですぐ出ないと行けなくなるのだが、それでも今は束の間の休息。疲れ切った体を休めるのに集中しよう。

 

「…………あ駄目だ。寝そう」

 

 ご飯とお風呂ともろもろもろもろ。まだやる事は沢山ある。今寝落ちするのは止そう。

 

 寝返りを打ち、天井の方を向く。全身が鉛のように重く、ずっぷりとベッドに沈み込みそうになりそうな感覚に襲われる。

 

 …………あー、怠い。なんか最近悪意に晒されすぎなんだよな私。むかつく。どいつもこいつも私に対して優しくなさすぎ。むかつく。

 

 むかつく。

 

「まあ……自業自得なんだけどさ」

 

 ここでお母さんの言葉が頭の中を反芻して口から溢れた。

 

 私に悪意をぶつけてくるのは母親と、雪ノ下と、比企谷。まあこれまで私が素で接してきたのなんて親か遥達一部の人間だけだし、それ以外で私の素を見せる相手なんて本性を知ってる人間しかいないし悪意をぶつけてくるのは当然なんだけど。

 

 で、悪意を最もぶつけてくるのは比企谷なわけだから、こんなむかつく気分になるくらいならあいつと離れればいいわけなんだけど。

 

 ……分かってるんだよなあ、そんな事。

 

 あいつにとってもそれが最善で、私と比企谷は分かり合えないし近くにいるだけで傷つけ合うハリネズミみたいなもんなのは分かってる。

 

「……はあ」

 

 でも、あいつと離れたら植木先輩は私とあいつで仲違いが起きた的な考えを起こして私に急接近するだろう。最初から仲良くなど無いのだけれど。

 

 そこで私が先輩を拒絶しても意味がない。比企谷がいて、先輩と比企谷が衝突して、そこで私が拒絶する事で意味を得る。

 

 単純な話だ。私が個人的に先輩を拒絶すればあの人の逆恨みを買うかもしれないけど、比企谷という第三者を用意して、一旦そっちに意識を向けて比企谷と先輩が衝突さえしてくれれば、私は先生を呼んで安全な位置から先輩に痛い目を見させる事ができる。

 

 その上、私はストーカー被害に遭い男子に助けてもらったという事で知名度を上げることもできる。何も知らない周りからすればそれこそ悲劇のヒロインだ。

 

 

 この内容は絶対誰にも話さないけど。浅はかだし、なんか馬鹿げてるし。それって結局比企谷を利用して自分だけ安全な所から美味しい部分だけ頂こうとしてるだけだし。

 

 ……弱みを握ってるってだけで、まったくこの件とは無関係な比企谷を危険な目に遭わせる事になるかもだし。

 

 まあそこは比企谷の立ち回り方で変わるでしょ。あいつだったら先輩に私との関係を聞かれた時に「はあ? ふざけんな、あいつとは何もねえよ気持ち悪い」とか言って拒絶してくれると思うし。

 そうすれば先輩に敵意を向けられる事もないだろうし。

 

 いい感じに比企谷が嫌悪を示してくれれば、側からはピリついてる風に見えても実際の所穏便に済ませられる。それこそ最善だ。

 

 

「お姉ちゃん、おかえり。なんか言い争ってたみたいだけど、大丈夫?」

 

 ボーッと考え事をしていたらドア越しに妹が話しかけてきた。

 

「んー、大丈夫。何もなかったし」

 

「そうなんだ」

 

「ん。あ、ねえ玲奈(れいな)、聞きたい事あるんだけど」

 

「うん? 何?」

 

「えっと」

 

 聞こうとしていた事は、比企谷の事だった。

 

 妹の玲奈は当然比企谷の事など知らない。だから比企谷を別に言い方で表して、何かを聞き出そうとしたのだが……上手い言葉が見当たらなかった。

 

 私にはあいつの事が何も分からない。当時のあいつの事も、私に傷つけられた時のあいつの事も、それからのあいつも、今のあいつも。あいつが何を考えてどう生きて、今みたいな性格になって、頭の中で何を考えているのか。

 

 ……私は、何故比企谷を平気で傷つけ、その上であいつの目の前で普通に私として振る舞えるのか。自分が、何故こんなに残酷で醜いのか。

 

 そんなのに興味を示すには自分ながらに珍しい事だとここでふと気付いた。そして、気持ち悪くなって私は玲奈に「やっぱいい」と言った。

 

「……ぶふっ、何悟り開こうとしてんの私マジキモい。私が醜いとかそんなの……昔からずっと知ってるじゃんか」

 

 そう、自分が最低な奴だって事は知ってる。当たり前だ。私は『私に都合の良い和』を維持する為に何の躊躇もなく私達の敵を作って蔑んできたんだから。気付かない方が異常だ、自分の醜さに。

 

 知った事じゃなかった。そんな当然の評価も、自分の王国の中には存在しないのだから。

 

 あ、だから今更になって気になったのか。

 

 比企谷は私の事が嫌いで、私の醜さをこれでもかと証明してくる。というか今のあいつこそ私の醜さの証明なのだから、余計意識せざるを得ないんだ。

 

 

「やっぱ毒でしかないなあ今の関係。私にとっても、あいつにとっても」

 

 

 結論は出た、そしてもうギブアップだった。

 

 居心地の悪い現実からは目を背けて、早く心地良い虚構に帰ろう。その為に、私は行動を起こす決心をする。

 

 明日、また比企谷に迷惑を掛ける。そうする事で、あいつに嫌な思いをさせる事で私はこの苦から解放される。

 きっとあいつも、形は何にせよ今の関係から解放される事を望んでるだろうから、それが結果的に互いに都合の良い物になるだろう。

 

 

 ……流石に自分本位過ぎるな。あいつの頭ん中なんて何一つ分かんないのに都合の良い方に勝手に決めつけて。

 

「……まいっか、どうでもいい」

 

 若干喉に引っかかりを覚えた言葉だが、私はそう自身に言い聞かせた。

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