真鶴を見なくなって二日目。自分への厄介があるとすぐ他者を頼る真鶴がこうも姿を現さないという事は、ストーカー問題は解決したと見てもいいのだろう。知らんけど。
さて、平和を無事取り戻した俺だが、なんか文化祭実行委員に任命されていた。
否、任命ではなく人柱だ。
俺を生贄に差し出した連中の筆頭である平塚先生曰く、「委員が決まらずグダグダやっていたので比企谷にしておいた」との事。
こんな世界あってたまるか。ぼっちに何でもかんでも押し付ければ良いだなんて、ぼっちの気持ちも少しは考えてくれよ。このサディスト教師め。
まあそれはいい。全然良くないが、それこそ今の不満で一曲書けそうなくらい全然良くないが、まあそれはいい。
文化祭実行委員は1クラスに男女1名ずつ。つまり俺の他にもう1人女子が選ばれるのだが、これが中々決まらず結果的に葉山の爽やかマジックによりやらざるを得なくなった相模という女子が任命されたわけだ。
実行委員の決定初日から、早速実行委員会が開かれた。そこで雪ノ下と会い、
俺と雪ノ下は「記録雑務」ってのに入った。他にも宣伝広報、有志統制、物品管理、保健衛生、会計監査といった役割はあったのだが、どれも相応にやらないなって部分の内容があった為に手を上げずにいたら、まあ最終的に記録雑務に入れられたという運びだ。
当日写真撮ったりするくらいでそこまでハードでもないし、これくらいが丁度いいだろう。めぐり先輩、ナイス手腕だ。
肝心の実行委員長はうちのクラスの栄えある女子、相模南が務める事になったが、現状で不安要素と言うとそれくらいか。
相模、なんか自己紹介の時に周りに自分のスキルアップを促してほしいという旨の内容言ってたし。ハナから責任感の弱い奴が逃げ道を作るときの言い分だ、あれは。
「……わっ、比企谷?」
実行委員会が終わり、速攻教室を出た雪ノ下に続いて俺も教室を出ると、そこにはもう会わないだろうと思っていた真鶴が立っていた。
横を素通りして帰ろうとすると、なんか制服の裾を掴まれた。あれだ、駐輪場でも同じやりとりをした事あるぞ。
「……んだよ。もう終わったんだろ、ストーカー問題」
「うん。先輩来なくなった」
「じゃあお前との縁もこれでおしまい。良かったな、じゃあな」
「いや、聞きたい事あったから丁度いいし」
「はあ?」
「待っててよ」
「嫌だよ」
「……」
真鶴は「帰ったらどうなるのか分かってんのか?」とでも言いたげな目で俺を睨んだ。はて、どうなるんだろうか。また黒歴史を人質に取るのだろうか、このひとでなし!
「とにかく待っててよ。帰ったらマジ許さないから」
「えぇ……」
俺に念押しすると真鶴は教室に入っていった。しばらく待ってると、戻ってきた真鶴に「行こ」と言われ半ば強制的に駐輪場……ではなく、空き教室に足を運んだ。
「なんなんだよ一体」
「遥……友達を待ってたんだけど、まさか比企谷がいるなんて思わなかったわ。文実とかキャラじゃないのに」
「うるせぇ、好きでやってるわけじゃないんだよ。周りがやりたがらないから無理矢理充てがわれたんだ」
「だと思ったわ。比企谷が自分からこういうイベント事に首突っ込むわけないし」
「……で、用はなんなんだよ」
無駄話をしたいわけではないので、さっさと用件を聞き出す。
「私、昨日のやつ聞いてたんだ」
「……へえ」
昨日の。それはつまり、ストーカー先輩に有る事無い事言い放ったあの時の事を指してるのだろう。
「つまりなんだ。その……勝手にセフレ設定にした事に対し、キモいとかうざいとか、とにかく俺を攻撃しに来たってわけか」
確認を取ると、真鶴は首を横に振ってそれを否定した。
「違う、そういうんじゃない。……ねえ比企谷、なんであんな事言ったの?」
「なんで? ……別に、あれが最速で事態を終わらせる策だと思ったからあれを選んだだけだ。特別な意味なんかねーよ」
「そうなの?」
「そうだよ。実際、俺があんな最低野郎になりきってあいつを脅したからお前があいつに狙われる事はなくなった。それを見越してやったんだよ」
「へえ」
俺の答えに、釈然としない表情で頷きはする真鶴。
「なんなんだよ。もう帰っていいだろ」
「待ってよ、まだ納得してないし」
「うぜえな……」
「うざいのはそっちだから。……マジ意味わかんないし、あんたさ、あの時わざとあんな馬鹿みたいな設定にして自分悪者にしたじゃん」
「だから、それが最速で最善だったんだって」
「そう……かも知れないけど。でもよりによってあんたが、私の為にそんな事してくれるわけないじゃん! あんなの、自己犠牲って言うんでしょ? あんな言い方したら私に非があったのに私は先輩に恨まれないし、むしろ私の分も重ねて比企谷が恨まれんじゃん! なんで私なんかの為にそんな事したわけ?」
真鶴のその、ふざけた勘違いに呆れ長〜いため息が漏れる。はあ〜〜〜〜っと。
「自己犠牲? なんであれが自己犠牲になるんだよ。言ってんだろ、俺は俺にとって都合が良くなる為に、つまりお前と少しでも早く縁が切れるようにそうしたんだ。あんな素性も知らねえ俺とは無関係の馬鹿にどう思われようが知ったこっちゃないんだよ。それにお前の為? お前の為にやったなんておこがましいにも程があるだろ、お前にとって都合が良くならないとこの忌々しい関係を断ち切れなかったんだから、結果的にお前に都合が良い形になるようにしなきゃならなかったってだけで。何勘違いしてんだよ、気持ち悪い」
「……よく分かんない。何言ってんの、あんた」
真鶴は心底困ったような顔をしてそう言った。
「早い話お前なんかの為に、っつーか誰かの為に俺が犠牲になってやるもんかって話だよ。俺のする事は誰かの為じゃなく、俺の為にするんだ。俺は誰も助けないし、結果助かっただけで勘違いしてんじゃねえって話。はい終わり、もういいだろ」
「じゃあもし、比企谷の言った事が周りにバラされたらどうすんの? 私は責められず、比企谷は何にも悪くないのに悪者にされるんだよ?」
「そうならない為に脅したんだろ。あのストーカー野郎の純情(笑)を」
「脅すって言ったって絶対誰にも口を割らないって決まってるわけじゃないじゃん。人って案外自分以外の秘密とか他人に喋っちゃったりするもんなんだよ? ……それが話題の種になるから」
「……」
確かに、他人の秘密ってのは注目を浴びる大きなツールだろう。こいつがそういうのを広めて人気を獲得してきたように。
「別に正直に打ち明けて、私とは何もないって言えばよかったじゃん。そうすれば無駄なリスクは無かっただろうし」
「馬鹿か。そしたらお前に対する執念は消えなかっただろ。むしろ悪化する一方だったに違いない」
「それは……だって比企谷もっとボソボソ人をイラつかせる感じで喋ると思ったんだもん。それで先輩がキレそうになってきたら先生呼ぼうと思ったのに、内容が酷すぎて呼べなかったんじゃん」
「……教師を介入させたらストーカーは更に憎悪を肥大化させる。それは解決に繋がらない、根本の、ストーカー本人の気持ちを動かさなきゃ駄目だろ」
「だからわざと先輩に恨まれるように仕組んだの? それって結局自分が囮になってるし自己犠牲じゃん」
「っ、だから自己犠牲じゃねえって。なんでそうお前は俺を犠牲にさせたがるんだよ」
「……あんたの言ってる事、理解は出来ても納得出来ないんだよ。だってあんた、一回先輩に襲われかけてんじゃん。当たり前だよ、あんな内容話されたら誰だって動揺するし……正直、あの時のあんたはそれを誘発してるように見えた」
「殴られなかったろ。まあ誘発してたのは事実だな、あそこであいつが俺を殴れば受験前のあいつは全てがパーになる。だから俺に必死に口止めして、真鶴にも手を出せなくなるだろうし」
「……そんなリスクを背負う意味が分かんない」
「だからそれも、効率を考えた上で」「私が分からないのは!!」
真鶴が突然大声で俺の声を遮った。なんなんだ、情緒不安定なのか? 生理なのか?
「私が分からないのは、それで傷つくのは比企谷だけって事だよ」
「……はあ? 何言ってんだ、俺は傷付かねえだろ」
「もしこの件がバレても、もしあの場で先輩が理性を保てなかったとしても、痛い目を見るのは比企谷だけじゃん。あんたが嫌いで、あんたに嫌な思いをさせて、あんたを巻き込んで、それでいて最終的にあんたを利用しまた裏切ろうとした私はどうあっても傷付かない。それが一番意味不明なんだって!!!」
「お前が傷ついたら意味ないだろって」
「うっさい!! ……それに、あんたが傷ついたら周りがどう思うかも考えてない。あんたが私のせいでどんだけ卑屈になってるのかは知らないけど、あんたが傷ついたら雪ノ下さんや由比ヶ浜さんも多分何かしら思うと思う。……そこら込みで私はあんたを利用してたわけだけど」
「……いきなり好き勝手言いやがって、俺の方法にケチつけるなよ馬鹿のくせに。結局これが一番効率的だった、今は何も起きてなくて平和そのもの。それでいいじゃねえか。なんなんだお前、もしもの話で勝手に盛り上がって」
思ってもない言葉が口に出て少し驚くが、言った後で反復するようにフツフツと苛立ちが発生したのでその言葉を受け入れる。
てか、分かってて人を利用してたくせに他人の気持ちだとか何をご高説垂れてんだこいつ。お前に説教される謂れはねえよ。
「てかお前、俺に傷をつけた自分が傷を負わないのはおかしいって理論だとすると結局少しでも楽になりたいだけだろ。自分も傷ついたから傷つけられる人の気持ちはわかる、そんな免罪符が欲しいだけなんじゃないのか」
「違うし馬鹿じゃないの!? ……比企谷だけが傷ついてるのは確かだし、それがなんか、なんというかむかつく。……本人が受け入れてるのもむかつくし……私は私でむかつくし……よく、分かんないけど」
「は、はあ」
え、なにしおらしくなってんのこいつ気持ち悪。なに、一丁前に同情してるつもりなの? 何様なの、こいつ。
「……ごめんいきなり、うざいね私。でも、まじで比企谷の事が分かんなすぎて、なんかよく分かんない変な感じがしてイライラするんだよ」
「イライラされても困るんだが。それに実際今のお前かなりうざいぞ」
「……うっさい黙れ死ね」
罵詈雑言の圧縮された弾丸が飛んできた。どんだけ暴言言い慣れてんだこいつ。
「てかお前がうざいのは今に始まったわけじゃねえから。中学の事件以来ウザく無かった瞬間は一瞬たりともなかったからなお前」
「……比企谷はまだ私の事嫌い?」
「当たり前だろ。いつお前に対する嫌悪感が消えるようなイベントあったんだよ」
「いや確認しただけだし。……昔の話してもいい? 最近、少しだけ比企谷にあんな事言った理由が分かった気がするし」
「知らん。興味ねえよ、帰るわ」
「……あっそ。うざ、クソ谷」
そこから空き教室を出てそれぞれ別の方向へと歩き出そうとする。
「あ、待って比企谷」
「ちっ。まだ何かあんのかよ」
不意に真鶴に呼び止められる。彼女は小走りで自販機まで行くと、そこでMAXコーヒーを購入し戻って来るやいなや俺の胸にドンとそれを押し付けた。
「痛いんですけど」
「うっさい。受け取れクソ谷」
「はあ……」
言葉通り受け取ると、真鶴は下を向いて前髪で表情を隠し「じゃあね」と言って去って行った。
まるでツンデレヒロインが主人公に心を開きデレを隠しながらもお礼の品を渡した名場面のように見えなくもないが、実際は『これ渡すから今までの分全部チャラな。文句言ったら殺す、受け取らなくても殺す』という意味のサブテキストが秘められている。
しかし、今回は前回のコンビニ前と違い真鶴がいない為、俺は仕方なくMAXコーヒーを開け口に流し込んだ。
存外、人の金で飲むMAXコーヒーは美味かった。