中学時代のトラウマと再会した。   作:聖樹

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16:自覚の無い嫌悪と無意識の苛立ち。

 そういえばすっかり忘れていたが、少し前に折本の友達が葉山くんと接触出来るよう、なんとか話を付けてくれと頼まれた事を思い出した。

 

 葉山隼人の存在は知っている。総武高に通う女子ならおそらく知らない相手はいないであろう、爽やか王子の葉山くん。

 ただあの人と関わってその中核に入るのは難しい。男子の中でも特にカーストトップを突っ走ってるからそのぶん女子の競争率は高いし、別のクラスで頑張ってグループを作ったとしてそもそも接点が無いのだから眼中に入らないわけだ。

 

 そんなに仲良くないにしてもそこそこつるんでた折本の頼みだ、簡単に無下にすることは出来ない。だがしかし、私単体で葉山くんに話しかけたとしても周りに告白だとかと勘違いされそうで気が進まない。

 

 だが、遥は文実で手が空いてないし他の子もクラスの出し物であるお化け屋敷の準備で忙しそうにしてるし。こんな話を持ち込んでただ横にいてもらうのもなんか申し訳ないし。仕方ないのか。

 

 私は重い足取りで葉山くんのいる2年F組を目指す。……比企谷がいたら、また嫌な顔をされるだろうな。それに私もよく分からない感じになるし、気が引けるわまじ。

 

 

「……? 葉山くんと、比企谷?」

 

 廊下を歩いていたら、対面から比企谷が気だるそうにしながらも、葉山くんの横に並んで歩いていた。

 一言も会話を交わしてないが、歩行スピードは一緒だし葉山くんの方は何かと比企谷に合わせてるように見える。意外な組み合わせだ。

 

 比企谷がいるなら都合がいい。あいつにちょっかいをかけるついでに葉山くんに話を持ち掛けよう。

 

「……」

 

 なんか、気軽に近付こうと思ったのに足は二人の方を向かずそのまま通り過ぎてしまった。

 

 振り向いて二人を見る。

 何故、話しかけられなかったのだろう。葉山くんのイケメンオーラに拒絶反応が出たのだろうか。それとも比企谷の葉山くんに対する「話しかけるなオーラ」に充てられて近づく気が失せたんだろうか。

 

「何かあったの?」

 

 少し離れた場所、会議室の入り口で葉山くんが女子に尋ねていた。なんだ、あの人も文実なのか、なら会議終わるまで近付けないな。

 

 

 また後で時間空いてたら話しかけよう。

 そう思って教室に戻ろうと前を向くと、二人が歩いてきたのと同じ道順で遥の友達の友達である相模さんが一人で歩いてきた。相模さんは私に気付くと「あっ、弓弦ちゃんだ。やっほー」と話しかけてきた。

 

 ちなみに私は相模さんとそこまで仲良くない。遥にとっての相模さんが友達の友達なら私の場合友達の友達の友達程度の認識。つまりただの知り合いだ。

 

 だが遥とつるんでいると同じ部活のゆっことも共にする時間が多くなり、ゆっこと仲が良くて文実を通して遥と親睦を深めた相模さんとの接点も増えるのは当たり前。

 いつの間にやら私は彼女に『弓弦ちゃん』と呼ばれるようになり、私もそれに合わせて『南ちゃん』と呼ぶ事になった。

 

「やっほー南ちゃん。今日実行委員会ないの? もう四時はとっくに過ぎてるけど……」

 

「あー、クラスの方に顔出しててちょっと遅くなっちゃった」

 

「そーなんだ」

 

 遥から聞いたんだけどこの人実行委員長なんだよね。すごいマイペースな人だな、文実の人ら苦労しそう。

 

 あっ、そういえば比企谷も文実じゃんか、かわいそ。絶対あいつ仕事頼まれたら断れなさそうだしこの人も見るからに無能っぽいから一番割りを食うタイプじゃん。比企谷雑用とかさせられそうだし。

 

「ならこんな所で話してる場合じゃなくない? 多分みんな待ってるよ」

 

「えっ? あ、うん。そうだよね」

 

 思った事を正直に言うと相模さんはなんか不思議な顔をして私を見て、すぐ顔を戻し「それじゃ」と言って早足で会議室に向けて歩いていった。

 

 …………あ、相模さんって葉山くんと同じクラスじゃんか。連絡先聞いとけばよかった、なんでもっと早くに気付かなかったし。やらかしたわ。

 

 

「はあーっ、おつかれ」

 

「おっつー弓弦っち」

 

 教室に戻り中断していた段ボールの塗装を再開しようとしたら友人の詩織(しおり)の視線に気付いた。なんか、めっちゃ怪訝な顔されてる。

 

「……なに?」

 

「弓弦っち、なんか嫌な事でもあったん?」

 

「え、別に」

 

「そーなの? なんか、弓弦っちがしなさそうな顔してたよ? 絶対イライラしてると思ったんだけど」

 

 イライラ? ……はしてないけどな、うん。別に。

 

「悩みがあったら相談しなよ。弓弦っち、そーゆーの溜め込みそうだし」

 

「ん、んーどうだろね……まあ、ありがと」

 

 よく分かんないけどなんか気にされてる。本当に何も無いのに。

 

 それから普段通りの軽い調子に戻った詩織に合わせ私も普段通りに『私の輪』に入り作業をする。

 ……慣れたはずの『真鶴弓弦』が、なんだか今日上手く演じれなかった。だけどその理由は一向に分からなくて、なんだかまた苛立ちを募らせた。

 

 一体なんなんだろ、この腑に落ちない感じ。

 

 

 

 

 それから数日経ったが一向に私は葉山くんに話を付けることができなかった。

 

 それは置いといて、私の頭の中は一つの事で埋め尽くされていた。

 なんか最近文実の人らでちょくちょく委員会を休む人が出てるらしく、その一方で有志団体の増加や宣伝広報の拡大、予算関係の見直しが行われて人員不足が発生しているんだとか。

 日毎にいない所の仕事を各員が補ってローテが成される、それでも一人一人の仕事量が多く進捗が滞ってるらしい。

 

 そんな話を聞いてからなんか、よく分からない事でイライラする。恐らく、そのサボってる連中のせいで割りを食ってるのがあいつだから。皮肉屋で口が悪くてもどうせあいつはサボらないから、だからむかつく。

 

 ……? いやいや、だからむかつくって理不尽だわ。なに今の謎理論、自分でびびったわ。

 

 

「はぁ……」

 

 靴を履いてる最中、聞き覚えのある疲れ切ったため息が鼓膜を揺らした。

 

 音のした方を見ると、そこには今まで以上にやつれて濁りが深まった比企谷の姿があった。丁度よかった、むかついてたし嫌がらせしてやろ。

 

 

 ーーーーーーーー

 

 

 やってもやっても減らない仕事。上がサボる事で巡り巡って増える仕事。未来を見据えればこれは確かに良い社会訓練だ。

 

 仕事をしない連中の遅れを取り戻す為に人員が総動員して向き不向き関係なく時間を掛けて仕事をこなし、時折やってくる陽乃(はるの)さんと人一倍の仕事量をこなす雪ノ下、執行部の尽力によりギリギリの低空飛行で回転を維持してる感じ。

 

 そしてこの、仕事を完全には終えてないのにキリが良いからと中断し帰宅、もしくは持ち帰る拭いきれぬ倦怠感。これから帰宅だってのに何一つ達成感がない。なんだこれ、死にたい。

 

 

「おつかれ、比企谷」

 

 なんか名前を呼ばれた。女の声だった。

 疲労でゾンビのようになってそうな俺に声を掛けるとかどんな殊勝な奴なんだよ。そう思い声のした方を向くと、そこには真鶴がいた。

 

「……なんだよ、殺すぞ」

 

「ちょっ、いきなり当たり強くない!?」

 

「疲れてんだよ。お前に付き合ってる余裕はない」

 

「まあまあ」

 

 真鶴はまた小走りで自販機まで駆けていき、マッカンを買って俺の元へ戻るとそれを手渡して来た。

 

 真鶴もマッカンを持ってるので返却出来ない、料金だけは返そうと財布を出したら真鶴は「いいよ、奢り。手伸ばしてきたら噛むから」と言ってきた。なんで噛むんだよ、髪型がウルフカットだからそれに合わせてイヌ科キャラなのか。

 

 仕方なく開けて口に流し込む。……ん〜〜〜、口内に甘さが染みて身体に澄み渡ってくわ。

 

「うべっ……やっぱし甘い」

 

 隣にいる真鶴は目をバッテンのようにして渋ってるが。なんでそんな顔するのに買ったんだよこいつ、馬鹿なのか? あ、馬鹿なのか。

 

「今大変なんだってね。サボる人がいるせいで人員足りてないとか」

 

「そうだな。……なんで知ってんの? そんな事」

 

「遥が言ってた」

 

「遥? ……ああ、相模のお付きの片割れか」

 

 印象は薄いが相模のもう一人のお付きよりかは顔に覚えがある。何度かこっち見てる(自意識過剰じゃないよ)し比較的に俺に対する視線が周りと違うし。なんか興味津々、みたいな。

 

「比企谷はなんでサボんないの」

 

「は?」

 

「したくもないのに無理矢理押し付けられた役割なんでしょ。それに他の連中の尻拭いをさせられてる。これって普通にむかつかない?」

 

 何をいきなり言い出すのか。真鶴の顔を見ると彼も単純に疑問符を浮かべたような顔で俺の顔を見上げていた。

 

「……むかつくよそりゃ。今の状況は良いように使われてるに過ぎないしな。真面目にやってる奴の責任感に乗じて仕事を押し付けて楽をしてる奴らが許せない」

 

 そこまで言ったところでハッと、俺は真鶴に何で本音を打ち明けてるんだと思った。流石に疲労が溜まり過ぎてる、こいつに心の内を晒すとか、それこそ疲れてる証拠だ。

 

「良かった。前みたいに意味分かんない事言ってはぐらかされたら、私馬鹿だからまた自分を犠牲にしてるって思っちゃう所だったわ」

 

 真鶴の方を見る。彼女は前髪で表情を隠している、しかし僅かに見える口元は笑顔を作ってるように見えた。

 

「……本当に馬鹿だな。学習能力ないのかよお前。何度も言ってるだろ、俺は誰かの為に犠牲になんかなってやらないって」

 

「じゃあサボっちゃえばって私は思うけどね。でも比企谷はまた謎理論ぶっぱなして今の形を正当化するだろうし。だから何も言わない、どうせ勝てないし」

 

「謎理論て」

 

「あはは、まー比企谷は自分含め今いるメンバーに皺寄せが来てるのにめっちゃむかついてるって事は言質として取ったし。これで心置きなく言えるわ」

 

 真鶴は珍しく、というか俺の前で初めて素の嫌味がない感じの声で笑う。

 ……なんだこいつ、可愛い癖にちゃんと笑うなよ。可愛い子はもっと作り物の笑顔をするもんだぞ本来は。

 

「私、勝手にそっちにお邪魔して仕事手伝うね」

 

「……はっ?」

 

「良かったじゃん。これで一人分の労働力確保だ」

 

「いや意味分かんねえよ。確かに委員会は慢性的な人手不足だが、部外者であるお前に仕事を任せるのはまた別の問題が出るだろ」

 

 少なくともこいつのスキルが未知数な今仕事の割り振りは困難を極める。言うてこいつはそこまで真摯に仕事に取り組むタイプには見えないし、助っ人としての期待値は低め。

 

 いるだけでありがた迷惑、言わば無駄なタスクを増やすだけの徒労にも思える提案だった。

 

「はあ? 流石に舐め過ぎでしょ、私普通に仕事出来る方なんですけど」

 

 思った事をありのままに伝えると、真鶴は不満そうにそれらを否定し自身の優秀性を主張した。お前自分の事さっき馬鹿だって言ってたじゃねえか。

 

「クラスの方はどうするんだよ」

 

「時間を半々に分けるか日を分けるかで対応すればよくない? ゆーてもクラスの方はもう完成が見えてるし」

 

「……今から仕事を教えてやるのは明らかにロスだ」

 

「じゃあ空いた穴をそのまんまにして現状維持で行くの? 言っとくけどこれからも人は減るよ? したらあんたが好きな効率ってのは絶対下がるし。比企谷も分かるっしょ、人って基本自分に甘いんだから、みんながサボれば自分もサボっていいと正当化する」

 

 それは間違いない。ただ真鶴に正論を言われる日が来るとは。

 こいつ、馬鹿な癖に意外な所で馬鹿じゃないんだよな。考えが極端なせいでやはり後先考えない馬鹿感は否めないが。

 

「今だけ少し作業効率落として新たな労働力を確保するのと今を維持して周りが消えてくの、どっちが最終的な負担が大きいと思う? 少なくとも私はクラスの方は大方片付いてるからクラスを言い訳にサボらないし、この提案はあんたにとっても他の人らにとっても悪い話じゃないと思うけど」

 

「……」

 

「てか私が勝手にそうするって決めたわけであんたの為とかじゃないし止められる義理ないしね。ま、そういう事だから。明日からよろしく」

 

「えっ、おい。何を勝手に決めてんだよ。おいこら」

 

 言いたい事は沢山あったが、真鶴は自分の主張を一方的に俺に叩きつけるとそれ以降は一切耳を貸さず校門を出ていった。


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