中学時代のトラウマと再会した。   作:聖樹

17 / 25
17:葉山隼人は普通に良い人だと思う。

「失礼しまーす」

 

 翌日。ノックもせずにガラッと一声掛けて、真鶴が会議室に入ってきた。

 

「部外者がここに何の用かしら」

 

 彼女が入室するなりいち早く雪ノ下は目を鋭くし真鶴に詰め寄る。それに対し、真鶴はニッコニコの偽りの笑顔を作り応対する。

 

「人手が足りないって聞いたから手伝える事ないかなーって思って」

 

「無いわ。帰ってもらって結構」

 

 真鶴の言葉に雪ノ下は用意していたとばかりの速度で拒絶する。

 

「雪ノ下さん、そんなすぐに断るのは悪いんじゃ……」

 

「事実を言ったまでですが」

 

 めぐり先輩に対してもピシャッと意見をぶつけ、雪ノ下は真鶴を冷ややかな目で睨む。

 

 それに対し真鶴も、偽りの笑顔は作ったままで対峙し……いや、よく見ると目が笑ってないな。

 

「無いって事はないでしょ、教えてくれれば自分なりのベストを尽くすし。ていうか遥から聞いたんだけど雪ノ下さんさ、自分一人で大半の仕事をしてるんでしょ?」

 

「その方が効率がいいのよ。問題ないわ」

 

 雪ノ下の返し。確かに、ほとんどの仕事は雪ノ下一人で処理している。それは彼女が有能であり、副委員長という決裁権を持つ立場におり、その上部活もクラスでの活動もないから時間は有り余っているという状況だからそうなっている。

 

 半分やそこら休んだところで、実際の所一人で十分にカバー出来てしまう。そんな感じだった。

 

「……また効率か。それに、あんたもあいつと同じような事してるし」

 

 雪ノ下の言葉を聞いた真鶴は一瞬だけ素の表情になり、またすぐに仮面を被る。

 

「でも、その効率の良い手段を取ってるのに関わらずみんな疲れ切った顔してんじゃん。人員不足なのは確かなんだし、今のままだと破綻するんじゃない? って思うんだけど」

 

「……」

 

 雪ノ下は何も返さない。それが、図星だから。

 

「その子の意見、俺も同じように思う」

 

 突然第三者が真鶴と雪ノ下の会話に入ってきた。その人物は、書類の束を持った葉山だった。

 

「人手が足りないなら補充するのは良い事だと思う。それに、彼女の言う通りこのままじゃいつしか破綻するのは確かだ。そうなる前に、人に頼った方がいいと思うよ」

 

 いきなり入ってきて何をペチャクチャと……と思ったんだが、確かに二人の主張は間違っては無かった。

 

 ただ、誰かに頼ると言う点においては、思う事があった。

 

「俺はそうは思わないな」

 

 そう言うと葉山、真鶴が同時に俺の目を見てきた。俺の目をじっと見て、言葉の続きを待っている。

 

「雪ノ下が一人でやった方が早い事はたくさんある。今回がまさにそれだろ、他にやらせるよりもロスが少ないのは事実だしそれは紛う事ないメリットである筈だ。何より信じて任すのは結構しんどいんだぞ。能力差があるぶん尚更な」

 

 人を信じて任せる。それは、少なくとも俺にはできない事だ。

 

 自分一人の失敗なら諦めはつくが、人にされた事では諦めがつかない。あの時あいつがこうしてたらとか、ちゃんとやっていればとか、自分の手の及ぶ範囲にある仕事をやらせておいてそんな重苦しい事を考えるのなんか、やってられない。

 

 そうなるくらいなら、自分一人でやってしまう方がいい。自分一人の後悔なら、受け入れられずとも嘆くだけで済むから。

 

 葉山はわずかに目を細め、少し憐れむようにふぅと短く息を吐くと何かを言おうとして、しかしその言葉は真鶴が先に発した事によって口の中に留まった。

 

「それじゃ上手くいかないから今こんな状況になってんじゃん」

 

 口調は強く、まるで俺と二人きりで話す時のようなトーンだった。

 

 空気が変わった事を察したのかめぐり先輩があたふたし始める。真鶴の言葉に補足するように、葉山が口を開いた。

 

「……現状回ってないし、遠からず破綻するのはこの場にいる誰もが分かってる。何より失敗できないだろ? なら、今までの方法とは変えていくべきだろう」

 

「まじそれ。まー雪ノ下が有能だからより多くの仕事をするのも分かるけどね。でも雪ノ下の負担は仕事量の分だけ大きくなるしそれで万が一体調を崩したらめっちゃ進捗遅れると思うし」

 

 葉山の正論に真鶴も持論を重ねて主張してきた。二人とも主張がごもっともすぎて何も言えずにいると、雪ノ下の口からも短くため息が漏れた。

 

「……そう、ね」

 

 雪ノ下は痛いところを突かれた、といった風な反応をしていた。真鶴と対峙していた彼女はいつの間にか椅子に腰を下ろしている。

 

「俺も手伝うよ」

 

 葉山がそう言った。真鶴に次ぐ、第二の助っ人だ。

 

「でも、気持ちは嬉しいけど、部外者の人にやってもらうのは……」

 

 葉山と真鶴の両名に対し、めぐり先輩が迷いのある様子で言葉を詮索している。それに対し、葉山は笑顔で答える。

 

「俺は有志団体の取り纏めだけ、やります。有志団体の代表ってことで」

 

「私は……なんの仕事が足りてないのかよく分かんないから割り振りは委員長さんに任せちゃう感じになるんですけど……出来る限りの事はします」

 

 二人の提案に、めぐり先輩は長い間悩んだ末、それでも現状を鑑みて微笑みながら答える。

 

「そういう事なら、うん。お願いできると嬉しいな」

 

「どうかな?」

 

 葉山が雪ノ下に問う。

 

「……」

 

 雪ノ下は顎に手をやり、葉山を見て、真鶴を見て、しばし考える。

 

「雪ノ下さん、誰かに頼るのも大事なことだよ」

 

 めぐり先輩が雪ノ下に優しく諭す。

 三者の提案や彼らの言うことは全くもって間違ってなくて、葉山と真鶴に関してはなんにせよ文実の悲惨な現状を見て手を差し伸べてくれたわけだからそれは良い事だ。美しい仲間意識、最高だ。

 

 葉山や真鶴、それにめぐり先輩も、きっと人に助けられる事に慣れているしだから躊躇なく人を頼れるんだと思う。

 

 ただ、俺はやはり、その仲間意識ってやつを賞賛する気にはなれなかった。

 

 こいつらは人に助けられてきたから人を助けることが出来る。

 

 みんなでやる事は素晴らしいし、それはいい事だ。じゃあ、一人でやる事は悪い事なのか?

 

 今まで一人でも頑張ってきた奴が否定される、そんなのは絶対に許さない。許容出来ない事だ。

 

「……頼るのは大事でしょうけど、頼る気満々の奴しかいないんですよね。頼ってるならまだいい、単純に使っているだけの奴g」「比企谷」

 

 真鶴の声にハッとする。思ったより攻撃的な声音で語ってしまった、めぐり先輩の顔色が変わっている。

 ほんわか美人で癒し系の彼女を怖がらせるのは気が引けるし、俺はおどけて見せた。

 

「あ、ぐ、具体的にはあれだ、……えーっと。そう、俺に仕事を押し付けてる連中とか、それが本当に許せないんですね。ほら、俺は楽できないのに俺以外の奴が楽をしてるし、それが許せない! 的な」

 

「的なじゃないけど」

 

 真鶴がジト目でツッコんできた。しかしめぐり先輩はこれを冗談と受け取ってくれたようで、明るい声で「君、最低だね!?」と返してくれた。

 

「そっちも手伝うよ」

 

「わー、葉山くん噂通りのイケメンだ」

 

 葉山が苦笑して俺に言い、ここでようやく真鶴が葉山に意識を向け話しかけた。とても笑顔だ、やはり女子はイケメンに弱いのか。

 

「……雑務にも皺寄せがいっているようですし、一度割り振りを考え直します。……真鶴さんの分も含めて。城廻先輩のご判断もありますし、二人の申し出はありがたくお受けします。……ごめんなさい」

 

 雪ノ下はそっと息を吐き、PCに向かったままそう言った。最後の謝罪については、誰に向けられたものなのか分からなかった。

 俺を気遣っての物だったのだろうか、別に俺は雪ノ下を庇ったわけじゃないが。だから謝られる筋合いもないし、純粋に俺は本当に誰かに押し付けて楽している奴が許せないだけだったし。

 

「じゃあよろしく」

 

「よろしくですー」

 

「私も明日から連絡できる人には連絡してみるよ」

 

 葉山はにこやかに微笑みかけ、真鶴もペラい笑顔で事務的に笑い、めぐり先輩はうんっと力強く頷いて見せた。

 

「あっ、そうだ。葉山くん、ちょっといい?」

 

 会議室の入り口付近で真鶴が葉山に話しかけた。三浦達がいない所での葉山にありがちな光景だ。

 

「うん? なんだい、ええと……」

 

「あーごめん。私、二Dの真鶴弓弦です。えっと、よければなんだけど連絡先交換しない?」

 

 けっ、流石カーストトップの葉山様だ。会って少し話しただけの女子に連絡先聞かれるとかどうなってんだ。

 

 俺なんか中学の頃、連絡先聞く為に一月近く話を合わせた結果気の良い女子になんとか交換までこじつけるも何を送っても『ごめん寝てたー』とかそれらしい理由付けて返信序列下の方に置かれた挙句一週間ほどで音信不通になったからな。

 

 それ以来携帯がゲーム機能付き目覚まし時計になったとまである。最近はそれ以外の使い方もせざるを得ない事が多いが。

 

「ありがとー、また連絡するね」

 

「うん。これから頑張ろうね」

 

「そうだねー」

 

 にこやかに葉山との会話を終えた真鶴は、スマホをついついと弄りながら俺の隣の椅子に腰を下ろした。

 

「……なんだよ」

 

「比企谷も連絡先ちょうだい」

 

「は?」

 

 なんでそうなるんだろうか。葉山の連絡先は持ってる時点でそりゃ女子の中で自慢出来る要素になるだろうが、俺の連絡先なんかに一銭の価値もないだろ。

 

「ほら」

 

「ほらじゃないが」

 

「携帯出して」

 

「……」

 

 言われた通りに携帯を出すと俺の手元からそれを奪い勝手に色々といじる真鶴。

 由比ヶ浜はよく人にあっさり携帯を渡せるねと言っていたが、勝手に奪う奴はそれ以上に異常な人種なんだろうか。

 

「ん、終わった。ありがと」

 

 一方的に奪って勝手にポチポチアドレスを登録してたくせにありがととはこれいかに。

 

 それから、しばらく真鶴はそのままスマホの画面を眺めていた。

 

「……っ、何見てんの」

 

 いつまで経っても机の上に置いた俺の携帯を返してくれないからなんだこいつって引き気味に見てたら真鶴が眉を寄せて抗議してきた。

 

「てか仕事しなよ。私まだ何も割り振られてないからやる事ないし」

 

「確かにそうだな。ならさっさと携帯返せ」

 

「あ、ごめん」

 

 指摘するとあっさり携帯が返ってきた。さて、強奪された物も返ってきたわけだし今日の業務を始めますかね。

 

「……」

 

「……」

 

「比企谷」

 

「あん?」

 

「なんか手伝おうか」

 

「……」

 

 作業の手を止めて横をチラッと見ると、真鶴は手持ち無沙汰といった感じでこっちを見ていた。髪をクルクル弄りながら。

 

 なんだこいつ、暇なだけなのか?

 

 まあこれからこいつも実行委員会に加わるわけだし、今のうちにいくらか仕事を教えておいたほうがいいのか。

 

「じゃ、他の奴に声を掛けたらいいんじゃないか。俺物事を人に教えるの得意じゃないし」

 

「は?」

 

 なんでそこで睨まれるんですか、俺間違ったこと言ってないだろ。八幡泣きそう。

 

「……分かった。テキトーに誰かの仕事手伝ってくる」

 

 不貞腐れたかのような顔をして真鶴は席を立って離れて行った。なんなんだ、あいつ。

 

「……ふふっ」

 

 なんか、雪ノ下の方から笑う声が聞こえた気がした。なんなんだ、お前。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。