中学時代のトラウマと再会した。   作:聖樹

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02:最大の敵

 今更ながらに、由比ヶ浜が真鶴に向けて明確な『拒絶反応』を起こしてるのが見て取れた。

 

 さっきこいつが言った、要件をさっさと言って帰ってくれという言葉が正しくそれだし、雪ノ下ならともかく空気を読んで合わせる事に重きを置いてきた由比ヶ浜がそんな反応を見せるだなんて思ってもみなかった事だ。

 

 中学の頃はトップカーストにいたのにここまで嫌われ性能が高いと、現在実はぼっちなのではないのかと邪推してしまう。まあ容姿の整い具合や『見下してる相手でなければ』基本的に人当たりは良いという観点で言うと、当たり障りない連中にとっては嫌われる要素は皆無なのだが。

 

 ちなみに俺は大嫌いだ。嫌いというか怖いし、ほんっとうに心の底から関わりたくない。なんというか、無理だ。

 

「それで、解決してほしい悩みってなんなのかしら」

 

「うん、それなんだけど。私、最近ストーカー被害受けてんだよね」

 

「えっ、ストーカー?」

 

 由比ヶ浜が食いつく。雪ノ下も、先ほどまでの様子から冷たい目で真鶴を見ていたが、女性からしたらやんごとなき事情を持ち込んできたので少し前屈みになり興味を示した。

 

「少し前に一個上の先輩に告白されて、別にタイプじゃなかったしそこまで接点も無かったから振ったんだけど、それから妙に背後に気配を感じるというか……学校内でもそうだし、家の周辺とかで変に見られてる気がするんだ」

 

「思い込み、とかではないのよね?」

 

「ではないねえ。実際何度か一定間隔開けて付けてくる足音とか聞いたし。……まあだからさ、割と怖いじゃん? そういうの」

 

 口調では軽く言いつつも、その表情は暗く本当に恐怖に怯えてるのが伺えた。

 

「でもそれは、親や学校に相談して警察になんとかしてもらうのが一番良いと思うのだけれど」

 

「……まあ、そうなんだけどさ」

 

 雪ノ下のもっともな意見に口ごもる。しかし依然として彼女は下を向きっぱなしだ。

 

「親とかに言えない事情とかあんのか?」

 

 久しぶりに見た真鶴が、あまりにも弱った姿を見せるのでつい関わらないでおこうとしていたのに口を挟んでしまう。

 

 真鶴は驚いたような顔で俺の方を見て、そしてすぐに目を逸らして机の上を凝視した。なんだよ、俺が自主的に喋るのがそんなに珍しいのか。

 

「……言えないってわけじゃないけど、やだ。言ったら色々バレるだろうから、言いたくない」

 

 なんだそれ。お前普段何やらかしてんの?

 

 俺が抱いた疑問と同様のものを雪ノ下と由比ヶ浜も抱いたようで、訝しげな目で真鶴を見る。

 

「事情は分かったわ。然るべき機関に助けてもらわないのは解せないけれど、それは今回は不問にしましょう」

 

「ありがと」

 

「それで、真鶴さん? は私達にどうしてほしいのかしら。というか、最終的にどうなりたいの? そのストーカーを捕まえるのか、それとも写真や動画に収めたいのか」

 

「後者だね。どうにか私がストーカーされてるっていう決定的な証拠を手に入れたい。そうすれば、それを脅しの材料にしてストーカーしなくなるだろうし」

 

 そこまでするのなら警察に届け出ちまえばいいだろうと率直に思う八幡だが、そういう細かな指摘はこいつ嫌いだった記憶あるからやめておく。

 

「決定的な証拠を掴んだのなら警察に届け出ればいいじゃない。確実に被害は収まるわよ」

 

 そうか、言っちゃうのか、言っちゃうよな。

 

 俺に気付けたことなんだ、雪ノ下が気付かないわけがない。そしてこいつは真鶴の扱い方を心得ていない。そりゃズバズバ言えちゃうわけですよ。

 

 雪ノ下の発言にてっきりまた「むかつく」だの「うざい」だのこいつの必殺稚拙文句が飛ぶのかと思ったが、そんな事もなく。ただ彼女は静かに、それに異を唱えた。

 

「やだって。私、あまり事態を大事にしたくないんだよ。面倒くさいし」

 

「現時点で十分めんどくさい事になってると思うけど……」

 

 由比ヶ浜の言う通りである。ここまで来て何を今更。

 

「いやいや、同い年の人らに手伝ってもらうのと大人を関わらせるのじゃ全然違うから。私、自分より明確に偉くて強くてちゃんとした人苦手なんだよ〜」

 

「あら、初対面の人に苦手意識を持たれてしまったわ」

 

「暗に自分の存在を私以上だと格付けしないでくれる? 普通にうざいんだけど」

 

「私と貴方では人間レベルという格で雲泥の差がある事は確かよ? もっとも、最低限の礼節を弁えない貴方と比べたら誰もが格上なのだと思うけれど」

 

「……うざ。なんですぐ煽ってくるわけ? まじムカつくんだけど」

 

「まあまあゆきのん! それに真鶴さんも、すぐピリピリしないでよ……ヒッキーも黙ってないで二人の喧嘩止めてよ!」

 

 馬鹿言え、俺が真鶴に関わったらそれこそ烈火の如き暴言が飛んで来てたちまち俺は涙を流すぞ。いいのか、男の涙見たいのかお前。

 

「あー、もうイライラする。まあ早い話がさー、私の護衛を誰かに頼みたいなって話。ストーカーされてるのに単独行動とかしたくないし、でも私バスケ部だから帰り遅くて同じ方向の友達いないからやばいじゃん?」

 

「そうね。でも私達が、それを受ける必要はないわね」

 

 雪ノ下はハッキリと、真鶴の依頼を受理しないという旨の発言を伝えた。

 

 知らなかった、この部活って受け付けない依頼とかあるのか。普段仕事なさ過ぎて読書部と呼んでも差し支えない部活だったのだが、折角来た仕事を蹴るほどの余裕はあるらしい。

 

 ……まあ俺としても、よりによってこいつが持ってきた依頼なんかに関わりたくないのだけど。てかさっさと諦めて帰ってくれねえかな。

 

「は? なんで? 意味分かんないんだけど」

 

 当然真鶴は苛立ちが募ってる様子。八幡、トラウマ再発でちょっと怖い。

 

「意味わからないのかしら? なら懇切丁寧に教えてあげるけど、ストーカー行為は立派な犯罪で相手は犯罪を犯す危険人物なのよ? 学生の私達が加担し解決する事よりもリスクの事を視野に入れて考えるべき。もしこちらで立てた策が失敗しストーカーの反感を買えば、協力者と貴方両方の身に危険が及ぶ可能性がある」

 

「だよねだよね、やっぱりそれは警察の人に任せるべき仕事だと思う!」

 

 紛れもない正論が雪ノ下と由比ヶ浜から放たれ、真鶴は「そう、なんだけどさ……!」と再び口ごもった。

 

 そんなこと分かってる、理解している。それでも、という意思が込められた声だが、それでも現実的な話を見据えれば俺も二人の意見に賛成だしそれが最適解とも思えた。

 

 一介の高校生がストーカー被害を解決? そんなのは小説などならあってもいいかもしれないが、現実でやるのは偽善と蛮勇に過ぎない。ハイリスクノーリターンの、無為な桟橋を渡っているに他ならないのだ。

 

「……比企谷、助けてよ」

 

「!?」

 

 突然こちらに矛先が向くのでつい驚いてしまった。肺に空気を逆流させてなければ「ひゃっ!?」などと可愛らしい悲鳴をあげてしまう所だった。八幡危機一髪。

 

「虫のいい話だってのは分かってる。今ままでの事、まあ色々と。でも……もうなりふり構ってられないというか、まじでメンタル限界なんだって」

 

 ……それはふざけた頼みだった。

 

 こいつの言う事は最もだ。真鶴が全てではないが、こいつがきっかけでありこいつのせいで色々諦めてしまったのは紛れもない事実な訳で。つまり俺をこちら側にドップリと浸からせた張本人がまさにこいつな訳だ。

 

 そんな人物からいきなり助けてと言われても、流石に首を縦に振るのは難しいと言う話。極力関わりたくないのに、何故そんなに密接に関わる期間を設けなきゃならないのか、拷問以外の何でもない。

 

「……やっぱ、駄目?」

 

「……それを決めるのは部長である雪ノ下だ。俺に聞くなよ」

 

「なにそれ、こわ。……雪ノ下さん、どうかお願い」

 

 真鶴は座ったままだが深々と頭を下げていた。

 

「先程も言った事だけれど、貴方のような礼儀知らずの頼みを聞けるほど私も部員達も暇じゃないのだけれど。確かに貴方の焦りや不安は理解出来た、でも人に物を頼むのならそれ相応の態度ってものがあるわよね」

 

「……ハッ、なにそれだる。もういいや、ごめんねー変な空気にしちゃって。もう奉仕部には頼まないから、邪魔者は退散するねー」

 

 淡々と告げる雪ノ下を前に、明るい声音で真鶴はそう言って顔を上げた。そして、不満さを前面に押し出した顔で雪ノ下、由比ヶ浜、そして俺の順番に一瞥すると、部室を出て行った。

 

「……なんだったの今の人。嫌な感じ」

 

 真鶴はいなくなってから、一気に肺の中の空気を吐き出しながら由比ヶ浜は机に脱力し突っ伏した。雪ノ下も、あまり表には出していないが不快な奴と相手をしていたという感じの表情で椅子に背中を預けている。

 

「ヒッキー。今の人ってヒッキーの知り合い、なんだよね?」

 

「知り合いとか冗談じゃない。あれは……まあ、敵だわ」

 

「敵?」

 

「敵。最初の会話聞いてなかったのか? 俺に悪意を持って接する人間の最前線なんだよ、あいつ。一番関わりたくない奴がよりによって同じ高校とか、最悪だ……」

 

「そうなんだ……」

 

「……大変だったのね、比企谷くん」

 

「おい待て雪ノ下、お前が俺に同情するのは一番駄目な奴だ。一番涙腺に来るから」

 

 あの氷の女王雪ノ下雪乃でさえも俺に暖かな同情を向けてくれる。……普段なら他人に同情とかされるのは癪だしそういうのが一番嫌いだと激情してしまいそうなところだが、今回ばかりはそんな余裕すらなかった。

 

 はあ……死ぬかと思った。ストレスで。

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