中学時代のトラウマと再会した。   作:聖樹

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21:雪ノ下(姉)との軽いファーストコンタクト。

 スローガン決めの会議があった翌日から、欠員していたメンバーも総動員で仕事に強制参加する事となり文化祭実行委員会は再始動した。

 

 これまでの鬱々とした雰囲気から一変し会議室内はやる気に溢れた人の波でごった返しになっている。様々な意見が飛び交い、各々が自身の責務を全うしようとしていて、まるで今までの空気を払拭せんとしているようだった。

 その陰で、比企谷に対する陰口が絶えず耳に入ってくる。腫れ物を扱うかのように、共通の敵として見下すように。

 

 多分そうなってる理由はスローガン決めの際に彼が発した皮肉なんだろうけど、それなら私も同様の感情を向けられるべきだ。あの場で最初に空気を乱したのは私なのだから。

 

 そうならず今まで通り特にマイナスな感情を向けられずに会議室に居られるのは、人員が確保出来た事で実質お役御免となったからだろうか。今まで溜めていた仕事を終えたら私の助太刀はおしまい、言ってしまえば輪の外にある人間なのだからさした意識を向ける必要性はないって、そんな感じ?

 

 それか、私が言った嫌味よりもあいつが言った皮肉のがインパクトが強かったか。まあヘイトが集まってる理由はこっちの方が妥当か。

 

 

「雪ノ下さん、これ」

「……、確認します」

 

 他事に意識を向ける事なく淡々と作業を進め、仕事を終えたので業務的に雪ノ下さんの所へ行き書類を提出する。雪ノ下さんはワンテンポ置いてそれを受け取る。相模さんを通すのが正解だったのかと思ったけど、最終的には雪ノ下さんの元に行くんだからまあいいだろう。

 

「受理したわ。ご苦労様、真鶴さん」

「そ。分かった」

「今までありがとうございました。……貴女の助力には多少なりとも助けられたわ」

「え、いきなりなに。こわ」

 

 この私に向けて珍しく雪ノ下が攻撃を含まない言葉を個人的に投げてきた。それに対し言及しようとしたが、彼女はすぐに手元の書類に目を落としこれ以上話す気はないというような態度を取った為、コミュニケーションを取ることはやめた。

 

 ここ最近印象が薄まってたけど、やっぱ私こいつの事嫌いというか受け付けないわ。それは相手もだろうけど。むかつく。

 

 私は荷物をまとめて一瞬、比企谷の方を一瞥する。あいつ、なんか今日雪ノ下の姉にちょっかいかけられて鼻の下伸ばしてるように見えたし、まだ間抜けな顔してんのかと期待して見たのだがフツーに真面目に仕事に集中していた。つまんな。

 

 

「あっ、やっはろー。お初だねぇ。えーっと、名前なんだっけ。確か鶴って付いてたよね? 鶴、鶴……折鶴(おりづる)ちゃん?」

 

 会議室を出ると、軽快な声と共にそんな言葉を上から投げかけられた。雪ノ下の姉、雪ノ下陽乃さんがまるで私を推し量るかのような底冷えする視線と形だけ笑顔を作った口元を提げて立っていた。

 

「あはは、真鶴です。やっはろーです〜、雪ノ下陽乃さん」

「真鶴ちゃんね! よろしくね〜真鶴ちゃん。で、早速なんだけど君って比企谷くんの事好きなの?」

「は? ……あ、すいません! えっと」

 

 予想だにしない質問をされたからついつい素が出てしまったが、すぐに仮面を装って笑顔を作る。先に笑顔を浮かべていた陽乃さんを模倣するように。

 

「なんでそう思ったんですか〜?」

「お、質問に質問で返すか。その手法、同じセリフを同年代の子に言われた時に使ったらきっと痛い目みるよ?」

「あはは、そうなんですか? 気を付けます」

 

 同じセリフを同じ学年の子に言われたとして、対象が比企谷(あいつ)だった場合嫉妬や敵対心を仰ぐ受け答えにはならないと思う。笑い話のネタとして一つ落とし込もうとしたのだが、目論見は失敗したらしい。

 

「で? どうなの、君は比企谷くんの何なの?」

「え、あ、」

 

 突然、陽乃さんの声が冷気を帯びたような気がした。

 ヘラヘラケラケラとしていた数秒前とは一片、黒い感情が見え隠れするような変化につい、返答を詰まらせてしまった。

 

「ただの知り合い、ですけど」

「へぇ〜。どういう知り合いなの?」

「どういう?」

 

 聞き返してはみたが、何となく嫌な予感がするのを肌で感じていた。

 目の前にいる女は雪ノ下雪乃の姉であり、めぐり先輩の先輩であり、比企谷の知り合い。

 正直この人と皆の繋がりはよく知らないが、少なくとも確定してる情報は以上でそこに私が介入する隙は無い筈だ。

 

 私と雪ノ下陽乃は赤の他人、側から見てて享楽的に見える彼女が私に何らかの理由で興味を持ち弄りに来るまではなんらおかしく無いが、こんな黒い感情を向けられる謂れは微塵もない。

 

「あの、その質問って答えて何になるんですか。……てか、なんでいきなりそんな事聞いてくるんですか」

「お姉さんね、君の事少し教えてもらったんだ。だからね〜、まさか君があんな風に比企谷くんの意図を汲んだ発言をするなんて思わなかったんだ。それに、あの場で唯一比企谷くんの味方をしてたものだからさ」

「そ、」

 

 それは、と言いかけて、その先の言葉が頭の中で思い浮かばなかったから言い止まる。

 

「……別に味方したわけじゃないです。相模さんがちゃんちゃらおかしい事言ってたのにむかついたのは事実ですし、それを素直に伝えたらあいつに便乗されて、ヘイト集めるような事を言うから何してんのって言っただけで」

「違うでしょ?」

 

 陽乃さんは微笑みながら、まるで飾ったり装ったりしない妹の方の雪ノ下と似たトーンで喋る。

 

「君はあの会議で比企谷くんを観察していた。そして、彼がアクションを起こそうとした時にそれを食う勢いで主張を述べた。それってまるで、君は彼の性格をよく知っていて負の矛先が向かないよう仕向けたように見えたんだけど。違わないよね?」

 

 そこは、違うかな? と聞いてほしい所だった。

 

「……ただの気まぐれです。あいつを助けるとか意味分かんない」

「そう? じゃあ恋心も無し?」

「無いですよ。あいつの事が好きとか、そんなのあるわけないじゃないですか」

 

 これに関しては自信持って言えた。当然だ、私はあいつに酷いこと言ってフッてあいつを歪めた過去がある。揺るぎない事実がある以上、あいつのトラウマである恋愛関係をまた掘り返す事なんて出来る筈が無い。

 

 別に良い子ちゃんみたいにあいつに対してめちゃくちゃ負い目を感じてるってわけじゃ無い。ただ悪い子ちゃんでもないからまた昔と同じような事になってこれ以上あいつを人間不信にさせるような事はしたくないってだけの単純な話だ。

 

「そっか。なんだ、お姉さんの思い過ごしだったみたいだね」

 

 陽乃さんはあっけらかんと笑顔を取り戻した。一番聞きたかった事はどうやらこの事だったらしい。

 

 これで要件は済んだと思ったので、私は陽乃さんに「じゃあ私はそろそろ」と声を掛けた。彼女もうんと頷きもう用無しと言わんばかりに手をひらひらさせ踵を返しかけたが、突然何かを閃いたかのように「あっ!」と声を上げて私の意識を引き戻した。

 

「そうだ、比企谷くんにも同じクイズを出題したんだけど、集団をもっとも団結させる存在はなんでしょ〜?」

「えっ、えぇ……?」

 

 突然問題を振られ停止しかけた頭を巡らせ考える。安易に浮かんだのがめっちゃ優秀なリーダーだが、集団をもっともと言われるとそれはどうなのかとつい考えてしまった。

 

 集団をもっとも団結させる存在。それはつまり、もっともお手軽に和を形成するきっかけになる存在の事を指すのだろうか。

 ……………………。

 一番最初に、私は比企谷の事が浮かんだ。『比企谷みたいな奴』がそういうのに適してると考えついた。つまり共通の敵、共通してみんなが痛ぶれる、見下せる、比較対象にする事で絶対の優位性を見出せる「敵」というのが私が至った答えだった。

 

 口ごもる。そんな私を見て、陽乃さんは微笑みながらに踵を返した。

 

「この質問、君にとっては意地悪だったかな? 正解は明確な敵の存在だよ。ま、当の敵はとても弱っちい小物だから、何かあったらまたちょっかいでもかけてあげてねって事で」

 

 そう言って陽乃さんは会議室に入っていった。

 嫌な質問に嫌な答えで正解してしまった。考えた陽乃さんもそうだが、あっさり正解した自分の性格の悪さに少し嫌気が指す。

 

 基本的に比企谷セコムは私にとってむかつく奴が多いけれど、その中でも雪ノ下陽乃はずば抜けて恐ろしい人物だった。

 

 というか姉といい妹といい、雪ノ下家の人間はとことん合わないというか、根が怖い人しかいないのだろうか。

 雪ノ下は陽乃さんとあまり上手く付き合えてないみたいに見えてたけど、実は裏でめちゃ仲良しって可能性もあるしもうあの姉妹には関わらないようにしよう。そう思うくらいには、初対面にして私は雪ノ下陽乃に苦手意識を覚えた。

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