文化祭当日。といっても今日は2日目である。
校内のみで行われる内輪ノリ百パーセントの1日目は特に何も起きる事なく平穏に終わった。
私ら2年D組は規模は小さいがお化け屋敷を実施していて、そこでの私は役割は井戸から出てくる女幽霊だ。テレビから出る前の貞子っていうのが一番近いと思う。てかあれのパクリだし。
で、待機場所が狭いし空調の真下って事で長時間いると寒くてやってられないという事で、私の担当箇所にはローテーションを組まれてる。午前は私がやって、午後からは別の二人が担当する。つまり今から私はフリーなわけだ。
というわけで、今私は幽霊姿のまま校内を闊歩していた。自販機まで行ってジュースを買うために。
ちなみにこの後、折本とその友達と待ち合わせしている。折本の友達となんとか一緒に回れないか葉山くんに頼んでみたら「本番前に少し一緒に回るくらいならいいよ」と言ってくれたのだ。
本当は微塵も興味ないしダルいだろうに、良い人だなあ。
「お、おう……」
「わっ!?」
突然近くを歩いていた男子が虚空に向かって話しかけていたのでビビって反射的に飛び退いてしまった。よく見たらそいつは比企谷だった。
「比企谷? ……何してんの?」
「え、や、仕事ですけど……。てか、誰ですか?」
カメラを両手で持った出で立ちがなんか怪しい盗撮魔っぽく見えたので素直に質問すると、彼の方からは腕章を見せながらの返答と意味不明な追求をされた。
あんた記憶喪失にでもなったのか、と思ったが今自分が幽霊姿をしている事に思い出し、ウィッグを外して見せる。
「なんだ真鶴か。脅かすなよ」
「脅かしてないし。そっちが勝手に驚いてただけじゃん」
「いや、学校の廊下に皿屋敷のお菊の亡霊みたいな格好した女が居たら誰でもビビるだろ」
「コンセプトは貞子なんだけど、まあいいや。じゃ」
「あ、待ってくれ真鶴」
ウィッグを被り直し自販機の方は歩き出そうとした時、比企谷に呼び止められた。
「なに?」
「あー……写真撮らせてくれないか?」
「いいよ」
「即答かよ。なんにせよ助かる」
私の返答に若干慄いた様子を見せる比企谷。そんなに驚く事でもないでしょって、文化祭で知り合いと写真撮るとか別に普通の事じゃん?
幸い衣装として着ているワンピースは一応私物だし、教室から出た後にトイレでメイクだけは直しといたからウィッグ外せば撮っても問題ない感じにはなると思う。コスプレ撮影とか趣味じゃないし。
「じゃ、撮るよ〜」
「!? ちょっ、なんでそんな近付くんだよお前!」
「は?」
スマホを出して私より背の高い比企谷もちゃんと映るように腕を拘束して身を寄せると、比企谷はいつにもなく狼狽した。
「写真撮るんでしょ?」
「ばっ、そういう事じゃなくて仕事のためにだな! お前今制服着てないし一般客に見えるから単品で撮ってもいいかって事なんだが」
「あー、うん。いいよ。じゃあスマホの方見て」
「だから、このプライベートな撮影は全くもって必要ないと思うんだが」
「……そ」
まあ確かにそれも、そうか。
こいつは私なんかと写真を撮りたがるわけがなかった。むかつくけど、仕方のない事だ。別に私もそんなに撮りたいってわけじゃないけどさ。
スマホを仕舞い、比企谷が言ったように雑踏の中でピースを作る。そしてシャッターを押された事を確認すると、私は比企谷に背を向けて雑踏の中へと揉まれようと一歩踏み出した。
「ありがとうな、真鶴」
「ん」
微かに聞こえた感謝の声にハッとし振り向いて顔を見そうになったが、なんかイラついていたのでそうはせず短く返した。なんで今こんなにイライラしてるのか、というかこれが本当に苛立ちという感覚であっているのか、分からない事だらけだったけどあいつの顔はこの瞬間だけは見たくなかった。
「やーお待たせー。久しぶりー真鶴!」
制服に着替え集合場所に指定しておいた正面玄関でスマホをいじっていたら折本とその友達、仲町さんがやってきた。
ちなみに葉山くんは今まで私と有意義にお話に花を咲かせていた。なんて事はない、互いの好物とか文化祭たのしーねーとかそんな中身のない会話だが。
広く浅く人間関係を構築するのに長けた人間は中身のない会話を続けさせるのがとにかく上手い。なので私も葉山くんも、全く打ち解けてないし知り合いと言えるほどの仲でもないのにそこそこ仲良さげに会話が出来たりするわけだ。
こんな偽物で牽制し合ってるような関係性、演ってて楽しさなど微塵も感じないが。
「遅かったねー折本。ほい、葉山くんだよ」
「どうも初めまして、葉山隼人です。よろしく」
「おー、爽やかイケメンだ! 初めまして、折本かおりです! 真鶴の中学の頃の友達なんだー、よろしくね!」
「ああ、真鶴さんから聞いてるよ。折本さん、それと仲町千佳さん、だよね?」
「あっ、うん。えと、初めまして! 海浜総合の仲町千佳です、今日はよろしくお願いします!」
それまで折本の横で緊張の為か萎縮していた仲町さんが健気に元気を振り絞りながら言い切った。純情少女すぎてかわいい。
「じゃ早速回ろうか」
「と言っても葉山くんは次の演目が始まったら裏で控えないとだから本当に時間ないんだけどね」
「えー! そんなぁ……」
仲町さんが肩を落とし落胆する。人への好意とか本音とか、そういうのを包み隠さず出せる人ってなんかいいな。かわいいし面白いし。
折本はそこら辺が行き過ぎててむしろウザいけど。ウザい事が折本の親しみやすさとかカリスマ? みたいなやつの源になってるんだけども。この子は好きでも嫌いでもないけど、でもその生き方は素直に羨ましいものだ。
「じゃあ最初はーー」
しょんぼりしている仲町をフォローするように葉山くんがアイデアを出し、仲町さんは彼が話しかけてきたという事自体に喜びを感じ葉山くんのセリフに肯定をする機械と化していた。ニコニコ笑顔だ、良い意味で猪突猛進だなあ。
話し相手の葉山くんが別の人の方に行った事で列からわずかに外れようとしたら、仲町さんの横を歩いてきた折本が私の横にやってきた。
「ねえねえ真鶴、比企谷はいないの?」
「へ? 比企谷? なんで」
「え? 前電話した時に名前が出てきたからてっきり今回一緒にいるもんかと思ったよー」
いやいやそんなわけないっしょ、と口にはしないがツッコミを入れた。
私と比企谷の関係は中学の頃のメンツなら違和感を覚える組み合わせだ。こちら側にもあちら側にも気持ちの良い物じゃなくなるだろうし、折本と私というあいつが苦手意識を抱いてるであろう相手がいる中に投入などするわけがない。
「ちぇー、あいつがいたら面白い話出来ると思ったのに」
「面白い話?」
やめとけばいいのに、つい反射的に私は地雷を踏み抜いた気がした。
「あれ、真鶴知らない? あたし、比企谷に告られたんだよ」
「なっ!?」
知ってる知ってる、知ってるわ当たり前じゃん馬鹿じゃないの!?
折本は私より先に比企谷に告られてフッている。そしてそれに次ぐように私が告られ、そしてとどめを刺した。言わば私と折本はあいつのトラウマをコンボで作り上げた関係性にある。
そして葉山くんは比企谷セコムだ。こんな話をすれば高確率で食らいついてくるし、下手すれば私にまでその火の粉が……いや、大丈夫かな? セコムって言っても前会議室で話した時の比企谷トークに関するしつこさをネタにした表現だし実際のところは比企谷に対して多分敵意? みたいのを抱いてるようにも思えたし。
「へえ、そんな事があったんだ。少し気になるな、その話」
いや食らいついたわ。真意はともかくセコム発動してらっしゃる、シリアス調な表情を浮かべてらっしゃるし。こわ。
「あはは、大した話じゃないんだけどさー、あいつと一時期仲良くなった頃があってその時に」
「そうじゃなくて。どうして彼に告白された話が面白い話になるのかなって。彼からしたらそれは本気だったろうに、それを笑うのは良くないと思うな」
あくまで柔らかな口調で諭すよう語りかける葉山くんに折本は「そ、そうだよね。や、さっきのは無し! 変な事言ってごめんね!」と空気が凍りつきかけたのを察してか頭を下げた。葉山くんの向こうで仲町さんもオロオロしてるが、葉山くん自身は折本の姿を見て機嫌を直したのか微笑んで「別の話しようか」と言った。
自分も巻き添え食らって過去話を掘り返されるんじゃないかとヒヤヒヤしたけど、結果平和に済んで良かった。
「それじゃそろそろ控えてないとまずいから俺はこれで失礼するよ」
小一時間ほど構内を練り歩き、体育館の近くまで来た時に葉山くんがそう言って輪から離れていった。
残された私達は葉山くんという鎖を失った事で誰も話さず気まずい空間が出来上がるかと思っていたがそうはならず、普通に仲町さんは打ち解けたように私に話しかけてくれた。
「ねえかおり。結局さっきの話はなんだったの?」
「さっきの話って?」
「ほら、誰々に告られたって話」
「あーそれね。比企谷の話か」
体育館に入り空いた席に座って次の演目を待っている最中に、仲町さんと折本の間でまた地雷話をしようという空気が流れていた。
まー比企谷セコムはこの場には多分いないし、ぶっちゃけ話振られてもテキトーに合わせてればいいし、そこまで気にする事もないか。
「……さっき葉山くんに怒られたんだしやめといたら? その話」
「ん? うーんそだね、あんましネタにする事でもないしね」
「えー」
「あははっ、でも真鶴がそんな事言うなんて珍しいねー」
「そんな事ないっしょ」
「そんな事あるよ、昔の真鶴だったらこの手の話絶対乗ってくるしめっちゃ話広げるじゃん! あの時と比べると別人すぎてウケるんだけど」
「ウケるんだそれ。まー人は常に変化するって事で」
「おー、真鶴さんって意外と知的なんだねー」
「ありがとー」
どこが? どっか知的な要素あった? テキトーな事言って煽ててない仲町さん?
やがて当たり障りのない女子トークをしたり葉山くんかっこいいよねトークをしたりしていたら、演者の人達がステージに入場して次の演目が開演した。
観客席全体を圧倒するオーケストラの演奏が文化祭の浮かれきった雰囲気と調和し熱狂の渦に包まれる。ノリの良さでほとんどを構成されてる折本はもうテンション爆上がりで立ち上がって盛り上がり、それに触発され仲町さんも飛び跳ねそれが波のように伝播していく。
なんだか、こうしてステージ上でこの場全体を指揮杖で操る陽乃さんやいち早く空気を作り上げ扇動する折本を見てると、誰かを犠牲にしなきゃ上に立たない自分が矮小な存在だと思い知らされて、その劣等感をありありと感じさせられる。
感動と、圧巻と、熱狂と、嫉妬。気持ち良さと心地悪さを感じながら、自分でもよくわからないテンションで周りに合わせ雰囲気に乗っかる。
実は視界の端に、きっと私と同じような事を抱いてる奴の背中が映ったけど、あいつと同じ事を感じてるってのはなんか癪だし私は気付いてないという事にした。
「ふいー、盛り上がったねぇ」
「ほんとね。すごいねーあの指揮者の人!」
「そだねー。あ、私トイレ行ってくる、二人は?」
「あたしはいいや」「私もー」
「そ。一人かぁ寂しいなー」
とアホくさいやり取りを行なって体育館から抜け出すと、周囲の熱に当てられて火照った体を冷ますために廊下の窓際に空いた椅子を置いて腰を下ろした。
ぶっちゃけ次の演目のバンドの演奏で出場する葉山くん筆頭のグループに知り合いはいないしそこまで見たいとも思わないからこのまま戻らなくてもいいのかもしれない。
何してようか、体育館から出たとしてまだ校内には人がいるし。いつメンはクラスでお仕事中か文化祭実行委員としてお仕事中だし。
「……比企谷?」
スマホを出して暇を潰そうかとも思ったら目の前を比企谷が凄い速度で走り去っていった。あれ? あいつ今体育館で仕事中なんじゃ?
「足はっや。あいつ必死になってるとイケメンなんだなー、勿体無い」
一体何をあんなに焦ってるのかは全く分かんないが、何か緊急事態が起きているってのはあいつの表情からして明らかだった。また気まぐれに首突っ込んで暇を潰すのもいいかもと思ったが、今の比企谷の足に追いつける気はしないのでやめておく事にした。
程なくして、体育館からのバンドの演奏が終わったと思ったらアンコールでもされたのか再び演奏が聞こえてきて、程なくして葉山くんとゆっこ、遥が比企谷と同じように走ってくるのが見えた。
「弓弦ちゃん! さがみん見てない!?」
「見てないけど、どうかしたの?」
「今からエンディングセレモニーで賞とかの発表にさがみんの投票結果が必要なんだけど、そのさがみんがどっか行っちゃってて……」
「まじ? やばいじゃん、私も探そっか」
「本当!? ありがと、じゃあ私達は特別棟の方探すから!!」
とだけ言って、遥達は走っていった。遥とゆっこと違って葉山くんは何か別の事で焦ってる風に見えてそれが妙に頭の中に残った。その焦りが、心のどこかでどういう事なのか分かっていたからかもしれない。
さて、どこ探そうかな。まずなんで消えちゃったのか分かんないし手掛かりは何もないんだけど。
まあでもどうせここまで来て姿をくらませたって事は、プレッシャーに耐え切れなかったとか、誰かに構ってもらって必要とされたいとか、そんなアホみたいな理由で逃げ出したんだろうな。あの子の事よく知らないから勝手な憶測だけど。
「あ、材木座くんだ」
とりあえずどこかでかくれんぼしてるのかと思い各クラスのベランダを見て回っていたら、2Cの教室のベランダで一人携帯をぽちぽちしていた材木座くんを見つけた。
「む、真鶴殿? ……貴様、何をしにここまで!! まさかここで我の息の根を止めようと!!!」
「しないよそんな事。ちょっと今人探しててねー」
「ほう、人探しか。……そういえば先刻、八幡も人を探してるかのような事を言っていた気がするな。我もそれを手伝っている最中だが」
「そうなんだ。……じゃあさ、比企谷が今大体どこにいるのかも知ってたりする?」
「む? 探し人は八幡なのか?」
「違うけど。でもあいつなら人が逃げるような場所にも検討付けられそうだな〜って思って」
「なるほど、一理あるな。八幡なら恐らく……特別棟の上にいるのではないだろうか」
「そか。ありがと」
軽く礼を言って小走りで屋上へ向かう。
屋上、屋上か。でもあそこって鍵があって普通は入れないようになってるんじゃなかったっけ? てか逃げるにしてもそんな中途半端に思いつきそうなところ行く? 何がしたいのかよく分かんないんだけど。
屋上へと続く荷物置き場となった階段まで来ると、人が通った後のような隙間がそこにはあった。どうやら材木座くんの読みは当たっていたようだ。
屋上の扉までくると、南京錠の壊れた扉がそこにはあった。ノブに手を掛け開けようとしたその時、向こう側からした声を聞いてその手が止まってしまった。
「本当に最低だな」
直前まで相模さんは自分を卑下するような卑屈セリフばかり吐いていた。それに対し葉山くんが慰めとフォローをしていて遥とゆっこもそれに便乗するという反吐が出るような友情ごっこが繰り広げられていた。
そんなやり取りがあっての比企谷の一言は、空気を一瞬にして凍結させた。