「本当に最低だな」
苛立ちを混ぜた声音で、ため息まじりにそう呟く。
力づくとかではなく、無理やりでもなく、相模自身の足で、相模が自らの意思で動こうとするような、そんな方法。それ自体は沢山ある。ただ、俺とあいつがコミュニケーションを取る場合、相模が目を逸らしたい事実を認識させ、尚且つ仕事に向き合わせる方法を取らせるには効率の良い手段は限られてくる。
が、その限られた手段ってのは丁度良いことに俺はやり慣れている。少し前だって同じような手段を取った。条件も広い目で見れば同じだ。ここには誰かが傷つく事を許容できない、葉山隼人という王子様がいる。あの時とそう変わらないじゃないか。
「相模。お前は結局ちやほやされたいだけなんだ。かまってほしくてそういうことやってんだろ? 今だって、『そんなことないよ』って言ってほしいだけなんだろうが。そんな奴、委員長として扱われなくて当たり前だ。本当に最低だ」
「なに、言って……」
「みんなたぶん気づいてるぞ。おまえのことなんてまるで理解してない俺が分かるくらいだ」
そこまで言うと、相模のお付きの一人、遥って名前の女子がその言葉を聞くとバツが悪そうな顔をして俺から目を逸らした。そういえば何かとこいつ文実とかで一緒の担当ってわけでもないのにこっち観察するように見てきたりしてたな。真鶴の友達だっていうし、変な勘違いでもしてたんだろうか。
……いや、今はどうでもいいことだ。こいつが俺の独白を聞いてなにを思おうと関係ない、今の俺は相模を糾弾している最中なのだ。
「あんたなんかと、一緒にしないでよ……」
「同じだよ。最底辺の世界の住人だ」
憎悪に燃えた相模の目。もう一人もお付きも同じく俺に嫌悪感にも似た敵意の目を向けている。葉山も、冷たい視線を俺に送り、完全にアウェーな場が広がっていた。
いい具合だ、葉山もきっと俺の目論見を見据えて、俺のやり方に不満を感じてるのだろう。
さて、そろそろ客観的事実を述べて相模の怒りにアクセントを加えよう。怒りの次に絶望を与えよう。より俺に憎悪を抱かせ、より相模の心が摩耗するように。
「よく考えてみろよ。お前にまったく興味のない俺が、一番早くお前を見つけられた」
「……っ!」
「つまりさ、……誰も真剣にお前を捜してなかったってことだろ」
相模の顔色が、苛立ちの募った物から驚愕しみるみるうちに絶望に染まっていく。痛ましいほどに唇を噛み、もう俺の言葉なんか聞きたくないだろうに葉山がいる手前逃げる事も出来ず、心が折れそうになりながらも俺への憎しみで睨みを効かせる。
「わかってるんじゃないのか、自分がその程度の」
「比企谷、少し黙れよ」
言いかけたところで葉山の右手が俺の胸ぐらを掴み、壁に押し付けられた事で喉から空気が漏れ出して言葉が中断された。
俺は必死に笑って見せ、対する葉山は深呼吸しながらも俺を睨みつける。空気が凍りつき、嫌な汗が背を伝う。
「暴力は良くないよ、葉山くん!」
こうなれば女子3人のうち誰かしら止めに入るだろうと思っていたが、そこで声を掛けてきたのはここにいるはずのない真鶴だった。
真鶴の声を聞くと葉山も彼女の登場に疑問を抱いたのかスッと手を離した。真鶴はこれでもかというくらい焦ったような様子で、相模の方を向く。
「南ちゃん、みんな南ちゃんがいないって捜してたよ! 早く戻ったほうがいいと思う!」
「で、でも、うち……」
「いいから早く! みんな委員長の南ちゃんが締めないと意味ないって言ってたし行ってあげなよ! みんなで作り上げた文化祭っしょ!?」
「……っ、うん、分かった。もう少しうち頑張ってみる、ありがとう弓弦ちゃん!」
真鶴の言葉に自分が必要とされてると認識させられたのか、相模がさっきまでとは打って変わった表情で走り去って行った。
お付きもついていくのかと思ったが遥の方だけ数秒だけ立ち止まり、俺の方を向いて一度頭を下げて走って行った。
「真鶴さん、君は……」
「葉山くんも戻ったら?」
言葉を遮るように、仮面を外した素の真鶴が無関心な目をしながらそう言った。まるで「お前は邪魔だ」とでも言うように。
葉山は俺を見て、相模達の後を追うように扉を閉めた。
この局面において何故か真鶴と二人取り残された。壁に背をつけた俺の前まで真鶴が来ると、前髪の隙間からいつにもない表情で俺を見上げてきた。
「多分これから相模さんはプレッシャーに耐えきれなくてエンディングセレモニーでトチリまくると思う。で、あんなに泣きそうな顔になってたから泣くと思う。そしたらゆっこは比企谷の事を指して「あいつに酷いこと言われたから」って言いふらすだろうし葉山くんも取り立ててそれを止めるような事はしないと思う」
真鶴は俺を見上げたまま、意外にも俺が思い描いていた通りの流れを予測した。
「……だろうな」
「それでも相模さんは役目を放棄したままにせず無事ではないにしても委員長としての最後仕事も全うできる。また、あんた一人が悪者になる事であんたを苦しめた奴が救われたんだね」
「救われた? ……はっ」
発言の意図がよく分からない、俺は別にあいつを救ったわけじゃない。そんな見当違いな事を言われたので鼻で笑ってやった。
「義理もないのに俺が相模を救うわけないだろ。単に今回は誰も傷つかない世界が完成したってだけのお話だった、それだけでいい」
「誰も傷つかない世界? ……それさ、あんたの存在は含まれていないわけ。誰も傷つかないとか言っといてあんただけは傷ついてんじゃんって」
まただ。真鶴の感情論。こいつ俺でもないくせに俺の事ツラツラと語りたがる所あるよな。正直迷惑なんだが。
「どこに俺が傷つく要素があったんだよ」
「はあ? 普通に考えればわかるっしょ。これから今までの出来事が校内に広がればあんたは不特定多数の知らない奴に悪者扱いされるんだよ? 学校一の嫌われ者になる事はもう確定したようなもんじゃん」
「……そうなったとして、別に傷つくってほどでもない」
「それはあんたが心の痛みに慣れてるからで、痛くないから傷にならないってわけじゃないじゃん」
「痛みがないならノーカンだろ。傷ってのは痛いから煩わしく思う物であってそれを俺が気にしないんなら別に」
ダンッ!
え、なになに怖いんですけどこのDQN女。いきなり俺の横から背後の壁を勢い良く蹴ってきたんですけど。
俺とほぼゼロ距離まで接近した真鶴はそのまま葉山がさっきしたように俺の胸ぐらを掴んで思い切り下に引っ張った。俺は無様にも尻餅をつき、今度は真鶴を見上げる形になった。
なんか久しぶりにこいつの暴力を見た気がする。そうだった、最近おとなしいから忘れてたけどこいつは本来短気で話が通じないタイプの馬鹿なんだった。
「あんたがどんだけ捻くれて痛みに慣れて嫌われる事をなんとも思わなかったとしても、そんな性格だから誰もあんたなんかと関わんなくなったとしたら。そんなの私は嫌だよ」
「……は?」
何を言い出すのかと思えば……何を言い出してんだこいつ? 私はそんなの嫌だよって、どんなのだよ。何が嫌なんだってんだ。
「何その顔、そんな意味わかんない事言ってる? 私」
「ああ、相当意味分からない事言ってるぞ。今の俺じゃ解読できないくらい難解だわ」
「馬鹿なんだね」
「殺すぞ」
真鶴は足を下ろし、俺と同じ視線の高さになるよう膝を曲げる。
「こんな私が言っても信憑性ないと思うけど、私は偽物なんかいらないんだ。空気を読んでとか、気を使ってとか、自分を隠してとか、そういうのくだらないとずっと思ってた」
「本当に信憑性ないな」
「うっさい。……あんたにだけは私は素の自分を全部出せるし、それに対してあんたももう寒い芝居せずに本音で向き合ってくれる」
柄にもなく真鶴が独白を始める。その表現は穏やかでつい先ほど壁を蹴ってきた奴とは思えなかった。
「まーあんたからしたらそんなつもりはないだろうしこうして言葉にされると気持ち悪がるだろうから黙ってたけど。そんなあんたが気付かないうちに傷ついてると私はフツーにむかつくわけ。分かった?」
「………………いや、まったく」
「そっか。……よいしょ。あ、一つ謝っとくね」
立ち上がった真鶴は扉の方へ向かいながら話を続ける。
「実はあんたが相模さんに最低だーとか言い出す前から聞いてたんだ。だからきっと、もっと早い段階から出てればあの子をその気にさせる演技は出来たしあんたがあんな事を言わずに済んだ、と思う。そうすればあんたが不要なリスクを負うこともなかった。……そう出来なかったから、私には誰も救えないんだなーってね」
「……そんな事しなくていい、余計なお世話だ。つか救うとか何の話だよ、俺は誰も救わないっつってんだろ」
「あんたの考えはどうでもいいし。私は単に、あんたの好き勝手にさせて誰かを救う代わりにあんただけ傷つくなんて、そんな事二度とさせたくないってだけ」
こいつ、昔あんな事しておいて俺に傷つくなって、どんな心変わりだよ。過去と今でまるっきり真逆なことしてんじゃん本人気づいてないのか?
「それじゃ私行くから」
「おう」
……偽物なんかいらない、か。
最悪の決別をした中学三年のあの日から再開して、今更気を使ったりする仲になるわけもない。
互いが嫌い合ってるからこそ、そもそもスタートがマイナスだからこそ、関係が悪化する可能性を考慮する必要がなく無遠慮になれる。その空気が心地良いと感じた事はないが、むしろ早く終わってしまえと感じていた事の方が多いがそれも少し前までの話で、最近は小町と話す感覚に似た空気感を感じていた。
それと同じ空気感を、こいつも感じていたんだろうか。
「真鶴」
「ん?」
「……あー、いや」
なんで呼び止めたのか自分でよくわからなかった。それらしい話題が思い浮かばない。
「……写真でも撮る?」
「あっ? ああ、じゃあそれで」
咄嗟に出た提案に反射的に返事をすると、真鶴はやけにテンションを上げた様子で俺の横に来ると強引に腕を掴んで寄せて写真を二、三枚撮った。
「あはっ、比企谷とのツーショットとかバカレアじゃんやった!」
「ちょっ、ツーショットとか口に出さないでください本当」
「? わかった、じゃあとっとと戻ろ!」
「おい待て、腕っ」
腕を掴んだまま真鶴に引かれる。指摘はしたが本人からは気づいてないのか? まったく手を離す気配がない。女子に手を引かれ廊下を走るとかいう少女漫画やラノベでしか見ないような青春イベントを真鶴とやる事になるとは思わなかった。
結局体育館の近くまで行ったところで真鶴が「じゃねー」と言って勝手に分散してったので俺は一人で体育館に入った。