エンディングセレモニーが行われ、私が予言した通り相模さんはカンペを見ながらもトチりまくって泣き出してしまった。
それが感極まった、努力の末に流れる涙だと思い込んだ奴らが「がんばれー!」だとか「ありがとー!」だとか追い討ちをかけるかのように感謝のラストスパートをかけ、それが相模さんの感情に拍車をかけるきっかけとなり彼女の堰は決壊した。
見てられなかった。だからエンディングセレモニーが終わると同時に私は遥を待たずさっさと詩織達と共に体育館を退場する。
「さっきの委員長の子、比企谷って奴が酷いこと言ったせいで泣いたんだってよ」
「えー、最悪じゃん!」
どこでその悪評を耳にしたのか、クラスに入る前から私の輪もその周囲の輪もその話題で持ちきりだった。
普段輪にいる遥がいない。最近あいつ相模さんと仲良いから、ゆっこと一緒に比企谷の悪評を周囲に言いふらしてるのだろうか。
……。
「弓弦っちどう思う? 比企谷って奴の事」
「えっ、私?」
「うん。弓弦っち結構文実の方に顔出してたじゃん? 相模って子とも何度か話してたっしょ」
「まあ」
「酷い奴だよね、相模って子委員長として頑張ってたんしょ?」
「……そだね」
話を合わせるだけなのに、笑顔が上手く作れない。嘘は得意なのに、苦しくなる。
私がここで比企谷の目論見、今回の件のことをあれこれ語ってしまえば少なからず私の周辺は比企谷に対して悪い感情は抱かないだろう。
……でも、上手く説明できるとも限らないし、比企谷の事好きだとか逆に相模さんの事が嫌いだとかで曲解されて嗤われるリスクが怖くて私はあいつを庇う事が出来なかった。
…………そんなことも出来ないのに、あいつを救うとかあいつが傷つくのが嫌だとか、笑い話もいいとこだなと自分ながらに思った。
私はあいつと違って嫌われる勇気がない。そんな奴があいつを理解するだとか到底無理な話だし、興味を持ったところで何一つ理解できないだろう。
「弓弦っち?」
「……ごめん、なんでもない」
「え、うん。変なの」
帰りのHRも終わり、教室の話題は打ち上げという一つの事柄で溢れかえっていた。文化祭の前々日から話自体は出てたけど、いつの間にやら行くお店や人数が決まっていたようで、何故か私もそのメンバーに加えさせられていた。
……比企谷達のクラスは打ち上げどこに行くんだろ。てかあいつの場合……参加はしないよね。どうせ。
なんなら私も打ち上げに行きたいって気分じゃないし今日はさっさと帰りたいんだけど。記念写真撮って回ったらもう早急に退散したいんだけれど、人数が決められてる時点でその申し出も出しにくい状況になってるな……。
いや、私は打ち上げ行くって言った覚えないしどうせいつメンだからって理由で加えられてるだけだから行かなかったとして非難される謂れはないんだけどさ。なんだかなぁ、なんか丁度良い断り文句無いものか。
「あれ、遥っちは?」
「文実の方の打ち上げ行くって」
「そーなん!? あちゃー1人分キャンセルしなきゃだー!」
側からの会話が耳に入ってきた。遥は文実の方の打ち上げ行くのか、それで今からキャンセルと。いや普通に文実の人間もメンツに加えるなら連絡くらいしなよって思うけど。流石に無計画すぎでしょ。
! 閃いた、その手があったか!
「あーごめん、私も文実の方の打ち上げに行く事になってるからキャンセルしといて」
「うぇー。弓弦っちまぢー?」
「あはは、ごめんて。先輩に誘われてて。ってか一報も無かったのにメンツに加えられてたんだから文句言わないでよねー」
「ちぇっ、久しぶりに弓弦っちと遥っちと揃ってご飯食べれると思ったのに」
「ごめんて、また今度ね」
教室にいる人らと写真を撮って、手をヒラヒラ振って後にする。1人で廊下を歩く、冷たい風が吹いて秋だなあって感じながら。
聞こえる喧騒は文化祭が終わったという感嘆やこれからする打ち上げの話で溢れていた。そんな中、ごく僅かに『女子を泣かした嫌な奴』の話題も耳に入ってくる。
本当にあいつは学校一の嫌われ者になってしまったようだ。私が同じように皆から嫌われたら、もうこんな学校来たくなくなるだろうな。
……。
私があいつをフッて周りに言いふらした時と、嫌われ方は違えど状況は一緒、なんだろうか。一線引かれて、見下されて、噂だけ尾ひれがついて知らない相手にも一方的にそんな奴と嗤われる。
……。
思えば私はまだちゃんと、あいつに謝ってなかった。
ただ助けてほしくて、頼れるのはあいつしかいないからといって必死になってた時期もあったけど、結局私は今の今まであいつに本当の私として謝罪した事は無かった気がする。
でも、どうせ、あいつは私の事なんかこれっぽっちも興味ないし関わる事がまず嫌なはずだから、謝ろうと謝らずとも何かが変わる気はしない。なら、わざわざ時間取らせて、本音とも思われない謝罪を口にして、聞いてもらって、それで何か意味はあるのだろうか。
偽物はいらないとか言っておきながら、まだそんな事言って謝れない私は、どれだけ性格が悪く臆病なのか。
私は比企谷を知らない。
ここでどれだけあいつの内情を空想した所で、答えの出ない机上の空論だ。
あいつの考えを勝手に決めつけて、意味もないからと、昔あいつにした仕打ちに対し向き合う事から逃げて、そんなのであいつの事を知れるわけなんかないし関係性も変わるはずがないのに。それなのにやっぱり、私は前進出来ない。
「やっはろー!」
オレンジの差した廊下を歩いていたら、場の雰囲気のそぐわない元気な挨拶が聞こえた。気まぐれに少し遠回りして帰ろうとしたら、偶然、奉仕部の近くを歩いていたようだ。
由比ヶ浜さんがメーターガン振りなテンションで2人に話を振って、主に絡まれている雪ノ下さんが淡々とそれに受け答えをする。雪ノ下さんが比企谷にちょっかいかけると、傍観に徹していた比企谷も普通に突っ込んだりして、由比ヶ浜さんがそれに対し喜怒哀楽のリアクションを取る。
学校一の嫌われ者になっても、あいつは特に変わった様子もないようだ。
「こんないい居場所があるのに、なんであいつは……」
ここまで居心地良さそうな関係性、世の中そんなにないのに。それなのに比企谷は自分を軽んじて、関係性が壊れるんじゃないかって考えた事はないのだろうか。
もしこの関係性が綻んだら、あいつは一体どうなるんだろうか。……今以上に捻くれて暗くなって、めんどくさくなるんだろうな。
「弓弦ちゃん?」
「っ、……遥?」
階段を下り終えた所で遥と鉢合わせした。てっきり相模さんと一緒にいるかと思ったんだけど一人だ。てか、文実の方の打ち上げに行くんじゃなかったの? なんで単独で行動してんの。
「今帰り? 打ち上げとか行かないの?」
「んー行かない。疲れたし、遥は?」
「私も行かない。文実もクラスの方もそんなに顔出してないし、来ても煙たがられるっしょ」
「そんな事ないと思うけど」
少なからずクラスの方は悪印象何もないだろうし普段通り過ごせるだろう。文実の方も、言い方が悪くなっちゃうけどサボってたって言ったって相模さんのインパクトのが大きくて多分そんなに気にされてないと思うし。
「あ、てかそうだ。あんた相模さんと仲良さそうにしてたじゃん、あの子に付き添わなくていいの?」
「あー、まあ……それはなんていうか。一番に連れ戻しに来た比企谷って人に対してあの態度だから少し、ね。なんかめっちゃ泣かされたってゆっこも言って周ってて、やな感じだからさ」
「へえ、あんたもてっきりゆっこたちと一緒に悪い噂流してる側だと思ってたわ」
「おーすんなり友達の評価貶めてんじゃん、どんな性悪女だよって」
「文実サボって仕事増えてた事なにげまだ恨んでるからね」
「弓弦ちゃんの笑顔ちゃんと怨嗟こもってて怒り伝わってくんなー。ごめんよー」
「……私はいいけどさ」
しかしこんな所で話し込んでると奉仕部の面々がやって来てしまうかもしれない。それはだるい、単体ならいいけど三点セットは絶対だるい。雰囲気が無理。
「あ、材木座くんだ」
そそくさと学校を去ろうと校門を目指し歩いていると、なんか材木座義輝くんがノロノロとしたスピードで歩いてるのが見えた。
「誰? 材木座くんって」
「んー? あそこのでかいやつ」
「あ、アレで合ってたんだ。何、知り合い?」
「知らない。何回か話した人」
「へー」
「なんか落ち込んでるね」
「いや……後ろ姿じゃ分からないけど。落ち込んでんの?」
「っぽいよ。……もう詩織達も学校にいないだろうし、ちょっかいでもかけてみようかね」
「えー?」
私は小走りで材木座くんの所まで走る。遥も合わせて走ってくるが、目指す先があの巨体だからか疑問符を顔に浮かべている。そりゃそうか。
「材木座くん、どしたの」
「うおひょっ!? 真鶴殿!? 何故このような場所に、まさか背後を狙って貴様!!」
「いつも頭ん中戦国乱世だね、さっき普通に話したじゃん。落ち着きなよ、テンションキモいよ?」
「ふぎゅっ!? ぎゅぎゅぎゅぎゅはぽんっ」
なんじゃそりゃ、遥引いてんじゃん。
「で、どしたの? なんか落ち込んでんじゃん」
「ぬっ、落ち込んでなどいない。我は世の不条理を嘆いていただけだ」
「? 嘆いてんじゃん、落ち込んでるのと同じっしょそれ」
「ぐぬぬ、落ち込んでなどいない、嘆いてもいない、いつも通りだ我は」
「打ち上げハブられたとか?」
「グハッ!」
あ、吐血した。血は見えなかったけど、この人の血は透明なのかな。
「わ、我はハブられてなどいない……クラスという矮小な楔では縛られない故自由意志を以って我が砦へと向かっている最中なのだ……!」
「お願いだから普通に喋って? イライラする」
「……ハ、ハハハ、カタジケナイ」
材木座くんががっかりとして弱々しい口調でそう言った。
「……弓弦ちゃん」
「ん? なに、遥」
「いや、いやいやいや、弓弦ちゃんが男と仲良くしてても別に驚かないんだけど、流石にこれはキャラ違いすぎでしょ。なにこの痛い人」
「普通に面白いよ? 言ってる事は意味不だけど、何にでも必死だし」
「いやー、ウザいだけにしか見えないかも」
「わかる、ウザいよね。……でも、それは距離感の詰め方を知らないだけじゃん?」
「……はあ」
え、なんか遥が呆れを感じさせる溜息を吐いたんだけど。私間違ってるかね? 自分なりに材木座くんみたいな人種を考察してみたんだけど。
「材木座くんさ、今から暇?」
「ぬっ、暇だが?」
「じゃー丁度いいや、私らと3人で打ち上げしよーよ。っても遥と材木座くんはお初だし珍メンだけど!」
「なぬっ!?」
「ちょっ、弓弦ちゃん!? 何言って……!?」
「折角文化祭が終わったんだしなんか食べないと勿体ないじゃん? 他のが騒いでんのに私らだけ大人しく帰るとか負け組みたいじゃん?」
「……言いたい事は分かるけど、でも、さあ」
遥は材木座くんの方をチラッと見る。彼は初めましての女子に控えめに観察されるような目線を向けられた事で「ひんっ」と声を上げて臨戦態勢を取るように距離を開けた。
「……うーん、見た目で人を判断するのはあんまだけど、今日はパス。初めましての人と打ち上げは流石に無理だわ」
「んー、じゃ明日空いてる? どっか遊びに行こ」
「分かった。じゃね」
そう言って遥はバス停の方へ歩いて行き、私と材木座くんだけが残された。
「じゃ、どこ行こっか?」
「!? ほ、ほほほほ本気で打ち上げをするのでっっっ!? この我と、真鶴殿が!? 二人で!? え、なんっ、何故っ!?!?」
「テンパりすぎ。理由ならさっき話したっしょ。私だけ負け組みたいの嫌だから打ち上げとか後夜祭みたいなやつをエンジョイしときたいんだよ」
「他のご学友とエンジョイでウェーイするべきなのではないだろうか!? 真鶴殿、せ、世間で言うギャルという物に分類される人種であろう!?!?」
「一々反応がうるさいな……ギャルだったとして、材木座くんを誘っちゃダメなわけ? つーかまじでウザいからそのハイテンション抑えないと材木座くんの事ウザい木座って呼ぶよ」
「むっ、ふむ……そう呼ばれるのは心外だ。だがしかし、」
「うっさい。行くよ、ほら」
強引に材木座くんの袖を引っ張り歩く。
正直、自分でも何を考えてるのだろうと不思議に思った。普段の私なら絶対に、材木座くんなんかに用事も無しに近付こうとしないし今回だって話しかける事は無かっただろう。
今回話しかけた理由は、こいつが比企谷の数少ない友達のうちの一人だからか。それとも、こいつが昔の比企谷に似て…………。
なんだそれ、