総武高文化祭が終わり、例年通りであれば我は直帰して今頃自室にて紙面に向かっているはずだった。
現在、何故か我はサイゼリヤの店内に座し真鶴殿と会食を行なっていた。
「……」
「……」
会話は無い。まだ席に案内されたばかりだが、真鶴殿は無言でメニューを開き目を通している。彼女にどこに行くのか尋ねられた際、咄嗟に視界に移ったので提案したのだが今になって若干やらかしてしまったのでは無いかと思ってしまう。
真鶴殿無言だし。
そもそも我と真鶴殿はどう因果がねじ曲がろうと二人きりでファミレスに来ることなどない住む世界の異なる人種である。決して卑屈になってるわけでなく、この手の女子は経験上我が近くに通ると嫌そうな顔をし学校行事などで注目を集めるような事が起きると侮蔑の視線を向けて来る。
八幡といる時は奴といる事による相乗効果的な奴で気丈に振舞うこともできる。が、一人で対峙するにはあまりに敷居の高い、強大な敵だ。さながらわずかかの織田信長が四千の兵を率いその数倍以上の兵力、三万の兵を持つ今川軍と熾烈を極める争いを繰り広げた桶狭間の戦いのよう。しかし我には真鶴殿の前情報などなく逆転の目は見えない。背水の陣である。
「ねえ、材木座くんは比企谷の事どう思う?」
しばらくして店員を呼び注文をすませると、それまで無言を貫いていた真鶴殿が不意に話を振ってきた。
しかし、その質問は八幡と同性である我にするべきものなのだろうか?
「どう、とは。どうもこうも八幡は八幡だと思います、が」
「喋り方どしたの?」
「っ! ……るふん。ま、真鶴殿は何故、そのような質問を?」
「材木座くんとの共通の話題ってあいつの事くらいしか無いじゃん」
ごもっともで。
と言っても、我は実の所八幡の事を深く理解しているわけでは無い。もし、仮に、万が一、億が一真鶴殿が八幡に恋情を抱いていたとしても我は有力なアドバイスを与える事は出来ない。そういう流れが今後出てきたのなら忍びないが、相槌を打つだけにしておいて相談事には乗らないようにするべきだろう。
「それか、趣味の自作小説ってやつ読もっか? あ、でもここで出したら料理来た時片すのだるくなるか」
「フムゥ、我の方から質問をしても良いだろうか」
「ん? いーよ」
「真鶴殿は何の目的があって我を食事になど誘ったのだ?」
「え、さっき言わなかったっけ。他の人らが打ち上げしてんのに私だけしてないのまるで負け犬みたいで嫌だからって」
「それなら先程の連れの女子と打ち上げとやらをすれば良かったではないか。何故我を優先し友人を後回しにしたのだ?」
「……んー、だって今日誘わないと材木座くんと話す機会とか全然無いだろうし、したらもったい無いじゃん? 折角材木座くんと出会えたのにその出会いを無駄にするのってさ! だから親睦を深めるじゃないけど、折角の縁だしなんか話そうよー、的な? わら」
真鶴殿はニコニコと、人の良さそうな顔でそう言った。それが心からの言葉であれば彼女は間違いなく聖女に近しい存在であろう。だって我に優しいし。
だが、真鶴殿のソレは綻んでいた。これまでは上手く作ってきたであろうガワが、真鶴殿をよく知らない我でさえもガワに過ぎないと気付けるほどチグハグとしていた。
偽る事に慣れている事に辟易しながら、偽っている。我から見た印象はそんな感じだった。
「我と縁を結んでもメリットは無いと思うが。特に真鶴殿、遠目から見た貴殿はとても我みたいな奴に損益を考えず無償に手を伸ばすような人には見えなかった」
「そーゆー人には見えなくてもそーゆー人だったって事はあるでしょ」
「そういう人なら自分からそうであると、自分に都合が良い方に誘導するような真似はしないと思うが」
「あー……そっか。うーん……」
人の良い笑顔から困ったような表情に歪み、少し考えるそぶりを見せると途端に真鶴殿はガワを剥ぎ取り繕わない素の表情で我を観察する。
「……材木座くんもそういうキャラだったんだ。類は友を呼ぶって奴かね。なんていうか、あいつの周りは他の連中と違い過ぎだわ。一々疲れる」
我との問答を一旦区切り、真鶴殿はため息をついてスマートフォンを取り出す。机に肘を乗せ頬杖をつく。
「材木座くんはさ、そんな事聞いてなんか意味でもあんの? それとも何、沈黙が気まずいから取り敢えず私が答えにくそうな話振って間を持たせようとしてんの?」
「そ、そこまで非道な事は考えていない! 深くは考えてないただの疑問だ。……き、気に障ったのなら謝ろう」
「そりゃ気には障ってるけどいいよ謝んなくて。疑問を抱くのは当たり前だろうし。じゃー、そうだな……」
そこまで言ったところで料理が到着した。
「じゃ、食べ終わってから話すよ。続きは」
続きはウェブではなかったようだ。
料理が運ばれるまでも、運ばれてからも、真鶴殿は淡々としていた。
会話が皆無という意味ではない。むしろ我と有意義に会話をしようとしているのがどことなく見て取れた。それ故に、あまりにも話題が合わなかったのはあまりにも不覚である。
我自身が他者との意思の疎通に慣れていないとのこともあるが、真鶴殿はそれこそギャルという我とは波長の異なる存在だというのに、気を遣わせてしまった。申し訳が立たない。
「で、なんだっけ。材木座くんをご飯に誘った理由だっけ?」
「ム、その通りだ真鶴殿」
「そうだなあ。言っとくけど、思ったよりちゃんとした理由はないからね? 聞いたらある意味ガッカリするかもだよ? それでも聞くん?」
「そ、そう言われると少し怖い気もする……が、なんとなくどういう方向性の話なのかという予想はついているので良い。話してみせよ」
「そうだねぇ…………今の材木座くんって、ちょっと違いはあるんだけど昔の比企谷に似てるんだよ」
「ナヌ、八幡と我が似ているだと?」
「んー、そ。いやまあ厳密には全然違うのかもしれないけど。私は広い目でしか物事を見れないからほとんど同じに見えた。っていうのも、材木座くんも昔の比企谷も、あまり人との距離の詰め方を知らないから自分のペースを重視してるように見えてたんだ」
「……ふむ」
「得意な分野で饒舌になってコミュニケーション? を図って、あまり分からない話題に対しても無理して合わせている感が否めないんだよ。材木座くんの場合はほとんどが独自の世界観の中でそれが起きててなんとかなってるけど、比企谷は特に自分を殺してるように見えた。……別にそれが悪いとかじゃないんだけど」
「それが、我を誘った理由か」
「そだよ。つまりちょい似てたから、材木座くんと話せば少しは歩み寄れるのかなって画策したってこと。ど? 気分害した?」
「いんや、心配には及ばん。その程度のことで傷つくような柔な魂魄ならとっくに斬り伏せているさ」
「自分の魂は斬っちゃだめでしょ」
まあわかってはいたさ、真鶴殿は我を誘ったところでメインは我に非ずだなんてことくらい。悲しくなんてないんだから!
しかし、我と話をして歩み寄れると思った、か。
「……我は昔の八幡を知らない。ただこれだけは言える、今の八幡と我は全然違う。つまり、我と話したところで八幡に歩み寄れるわけではないし、やはり利点など一厘足りとも有りはしない」
「そうだね」
「この意見が余計なお世話だったり、すでに知っておるわと言うのであれば聞き流してもらって結構なのだが、八幡に歩み寄りたいのなら奴ともっと話をして奴自身を学ぶことが大事だと思う。我がそれを出来ているかと聞かれれば微妙なのだが、少なくとも奴は良い奴だ。悪意のない会話に対して邪険にする事はない」
「うーん。アドバイス自体は嬉しいんだけどさ。材木座くんは昔の比企谷も、昔の私も知らないでしょ? ……そんな簡単じゃないんだよ、案外」
真鶴殿は悩ましげな顔をしながらも無理に笑う。ガワではなく強がっている笑顔。正解が分からず、素直になれず、後ろめたさか或いは目を逸らしたい何かがあってそれと向き合うことを恐れているかのような内面に、笑顔を貼り付けたような顔だった。
彼女らの関係性について我は何も知らない。奉仕部ではないというだけで普通に仲の良い男女だと思っていたが、真鶴殿の顔を見てるとそれだけで括れるような間柄でもないように思える。
「……なんか話題切れちゃった。これ以上間を持たせるのもキツいだろうし帰る?」
「……そうですな」
結局上手い言葉も出せないままに時間だけが過ぎ去り、彼女との会食も言葉少なめに終了した。
「よく分からぬが、我は応援しているぞ。真鶴殿」
ただ空気を重くしただけでなにも気の利いたことを出来なかったので、別れ際に一応前向きなコメントを残しておく。すると、彼女は初めて我の前で恐らく素の笑顔を見せた。
「ありがと」
とだけ言って、真鶴殿は歩いて行った。
「……かわいい……」
真鶴殿の笑顔に不覚にも一瞬トキメキかけた我だがそこはギリギリ自制心が持ち堪えてくれた。しかしラブコメや少女漫画やギャグ漫画でさえもありがちな展開としてこう、落ちかけたのを耐えた矢先に第二波がやってきて完落ちするというパターンもある。
つまり今から真鶴殿が再登場し、我に何かを渡すなり感謝を告げるなら目の前で転んで抱きついてくるなりが起きるチャンスというわけだ。カモン奇跡、カモンカモン!!
そんな奇跡など起こるはずもなく、我は一人で家に帰っ……。
「材木座くーん!」
「!? ま、真鶴殿?」
少し離れた位置から真鶴殿が大声で声をかけてきた。一体何事か、奇跡は起こるはずもないと思っていたが諦めた途端に起きたということなのだろうか。フムゥ、夕日をバックに我に向けて何かを伝える女子。青春也。
「また相談乗ってねーー!」
「えっ、なんだ、デュフッ、任せるのだ!!」
なんか深く考えずに任せるのだ、などと自信満々に胸を張って応えてしまった。その場のノリ、というやつであろう。
異性との会食も大声で対話するのも初めての経験だった。この胸の高鳴りを我は気の所為ということにし、頬を叩いて帰路についた。