今日も無事に部活動を終え(真鶴とかいう暴風雨が去ってからは読書兼携帯弄り活動)、雪ノ下と由比ヶ浜が先に帰り俺は鍵を閉め職員室に鍵を届けていた。
今日は疲れた、どっと疲れた。中学時代並みに心労の絶えない1日であった。いや、非常に頑張った、俺。
なんだろうなあ、ここまでしんどいと思えたのは久しぶりだ。
さて、まだ部活動に精を出しているサッカー部を横目に、お前らより先に帰れるんだぜざまーみやがれと普段なら無視してる至福を肥やし駐輪場へと歩を進める。
ふむ、今日はどん底までテンション落とされたから割とそれ以外の事象が楽しく思えるな。こりゃいい、最高の気分だ。ははっ。
「あっ、比企谷。遅かったね」
あーん?
おい冗談だろ? なんで真鶴のやつ、まだ学校にいんの? てか、なんでこんな所で突っ立ってスマホいじってんの?
「……じゃあな」
駄目だ、アホな事を言いだされる前に投げ出さなければ。そう思い立ち、そそくさと自転車を引っ張り出しサドルに腰を下ろす。
「待ってよ」
全力で漕ぎ出して盗んだバイクで走り出すと歌い上げたかったその瞬間に、後ろからの抑止力に阻まれ停滞させられた。
見ると、自転車の荷台を真鶴のやつが両手で掴んで行かないよう押さえていた。……こっちも割と力んだからか、姿勢が結構斜めってる。
「なんでせう……」
「送ってって?」
「はあ?」
なーに言ってんのこいつは。なんで俺がこいつを送ってかなきゃならない、その義理は? 道理は? 理屈は? 理由を申せ理由を。
「うわその目、前より腐ってんじゃんどうしたの? ドライアイ?」
馬鹿ふざけんな今俺の目の前にいるお前のせいで腐ってんだよ。ドライアイで目が腐るかってんだ、脳みそ腐ってんのか。
「あの……送ってくってのはつまりどういう事なんだ」
「えっ? ………………へっ?」
へっ? じゃねえよ聞いてんだよこっちは。
「そのまんまの意味だけど」
「だから、お前んちまである程度ついてこいって事だろ。どうせさっきの相談内容に照らしての頼みだろうし」
「まあ」
「だからさ、お前の自転車はって話。俺と同じ中学だったんだから自転車通学なんだろ?」
「いや、バス」
「じゃあバスで帰れよ」
「はあ!? いやいやいや何言ってんのバス停で待ってるとか危ないじゃん馬鹿じゃないの? やば、まじ、比企谷ほんっと考えが浅いわ」
悪態吐かれるほどの発言ではねえよ。本当胸糞悪いなこいつといると。
「てか、バス通学だったらどうやって帰るんだよ。俺に自転車押して歩いて帰れって言うのか?」
「は? 馬鹿じゃん、2ケツに決まってるっしょ」
「は?」
「あ?」
あの母音での牽制合戦がしたいわけじゃないんだが。というかこいつ、普段もっと猫被ってる癖になんで俺には猫被らないの? 過去を知られてるから? 被ってくれよむかつくから。
「……なんでお前と2ケツなんか」
「聞こえてんですけど」
「聞かせてんですけど」
「はあ? 何やっぱ調子のってんじゃんうざ。クソ谷のくせにザコ谷のくせに、なんなん? クソまじうざいんだけど」
こいつの頭ん中の国語辞典から『まじ』と『うざい』と『クソ』を除いたらどんな会話するのか気になって仕方のないセリフでしたね。
「……お前、先輩とやらにストーキングされてんじゃないの」
「されてるよ」
「どこにいんだよ、そいつ」
「ん? んー、さあ?」
法螺吹き女かな?
雪ノ下が一度質問していたが、それってただの思い込みとか被害妄想なんじゃないかって思えてきた。
別にこいつが一般生徒から普通に人望を持ってるのは知ってる。まあ信頼関係やら繋がりやらの『タグ付け』が欲しいだけの中身が無い連中にしか好まれないタイプだが。
相手の事を知ろうとする、というか相手その人を視る事が出来る稀有な人間からしたら、真鶴ほど醜く映る人間はきっといない。
だからこそ、表面上の繋がりでしか無い枠組みに当てはまるこいつにそこまで執着する奴がいるとも思えない。
ストーキングの行動原理は言ってしまえば『恋』だ。だが『恋』と『可愛い』は全くの別物だし、『恋』と『人当たりが良い』というのも全くの別物だ。恋との比較に出した二つはただの要素に過ぎないが、恋というのはそれらをひっくるめて相手に認められたいと思う感情なんだと、俺は一時期思っていた。
認められたいだなんて大仰な存在認識を抱かれなさそうなこいつが、特定の誰かにストーキングなんてされるかね……? どうにも実感が湧かん。
まあ、極度の勘違い野郎とかならストーキングもワンチャンあるか。悲しくなる話だが。
「ねー比企谷、帰らないの?」
「帰るよ。だから退いてくれって目線送ってんだよ」
「退かないって。いいじゃん別に、私重くないよ?」
「重量の話じゃなくて、なんで俺がお前の面倒見なきゃなんないのって話なんだわ」
「………………旧知のよしみ?」
「仲良しみたいに言うんじゃねえよ」
「ねー、いいじゃん別に減るもんじゃないし! 何、比企谷は私を後ろに乗せてチャリ漕ぐと死ぬ病にでもかかってんの!?」
「まず前提としてそこ小町の特等席だから。誰か乗せるとかあり得ないから」
「小町って誰? 彼女さん?」
「妹だよ。はあ……まじ勘弁してくれって、俺もう疲れてんだって」
泣きつく気持ちでそう言うと、真鶴のやつが溜め息を吐き、荷台から手を離した。
意外と押してみるもんだな、と自身の功績を褒め称えたくなるような気分だったが、すぐ横で心底つまらなそうな顔をした真鶴が視界の端に映った。
「疲れてんならもういいよ、帰れば? 私とそんなに居たくないなら私もクソ谷なんかと居たくないし」
いや、いやいやいや、何で俺が女の子の機嫌損ねちゃってあーあやっちゃったみたいな野次飛ばされそうなセリフ言ってんの? 俺がお前に受けた苦しみをミリ単位ですら理解出来ないだろ? なんで俺が悪いみたいになってんの? 悪くないよ、俺。
てか単純にクソ谷って呼ぶのやめろ。最近は黙認してるがヒッキーでさえ実はちょっと引っかかりを覚えてたのにクソ谷は直球で悪口じゃねえか。性格悪いなんて粋超えてんぞ。
「……じゃあな」
「えっ」
さて、お許しも得たし全力疾走、立ち漕ぎでこいつを置いてってやりますか。そんな気分で、風を切る隼の如き速度で俺は学校を後にした。