中学時代のトラウマと再会した。   作:聖樹

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05:彼女の傷は俺程ではないにしても小さくはないようだ。

「真鶴……」

 

 結果今日も特にやること無く、読書をして終えた部活から帰ろうとしたら駐輪場に奴の姿があった。

 

 ……なんかそんな気はしてたんだ。人は希望的観測よりも悪い勘の方が当たりやすいというが、まさにピンポイントに考えていた事態に撃ち抜かれたため、ただでさえ疲れてるのに一層疲労が溜まる。

 

「……っ、比企谷!」

 

 駐輪場の柱に背を任せ、しゃがみこみながら暇そうにスマホをついついと指でいじっていた真鶴がこちらの存在に気付き顔を上げた。

 

 ……ちなみに、前から来る際に彼女のパンツが丸見えになっていた。昨日は1時間ほど暇してたと行っていたが、今日もそうだというのなら1時間パンツを露出していた事になる。

 

 変態だ。或いは馬鹿だ。いや馬鹿か。

 

「もーまじいつまで待たせんのって感じ。むかつく」

 

 待っててくれなんて言ってないし勝手な行動の癖に何を偉そうにしてるんだこいつは。

 

 と、真鶴が立ち上がろうとした時に足が痺れていたのか、一度立ち上がった背丈がガクンと揺れつい咄嗟に、真鶴なんかに手を伸ばし転ぶのを阻止してしまった。

 

 現在、真鶴は俺の腹の上辺りに顔面を突っ込んでいる。

 

「あ、しまっ、これはその……」

 

 やばい、やばいぞかなりやばい。これが他の女子ならともかく、相手が真鶴となるとどうせ「触んな変態!」とか「きしょ! この程度でいい気になんなよクソ谷」などと罵られてもおかしくない。しまった、反射的にラノベ主人公っぽい事するもんじゃないな現実で。

 

「ごめん、ありがと」

 

「はっ?」

 

 しかし真鶴から返ってきた言葉は予想に反した、なんてことは無いただの謝罪と感謝だった。

 

 なんのつもりだ? 俺を懐柔する為に粉撒いてんのか? とも思ったが、「いちち」と呟きながら前屈みになり自分の太ももやふくらはぎをグーで軽く殴ってる彼女を見ると、そんな考えを排した素の反応なんじゃ無いかと思えてしまう。

 

 ……だからなんだ。俺がこいつに何かしてやる謂れはないだろ。一人でさっさと帰ろっと。

 

「ちょっ、待ってよ比企谷!」

 

「ちっ」

 

 おっといけないつい舌打ちが。

 

「んだよ」

 

「一緒に帰ろーよ」

 

 うーん、一緒に帰ろうだなんて普段の俺なら絶対にどもりかけたのちに「お、おう」と控えめにそれを受け入れてしまうだろう。だってこんな俺に手を差し伸べてくれる声だ、無下には出来ないからな。

 

 相手がなー、悪いというか最悪というか、こいつだもんなー。

 

 そりゃね、俺だって自分の事根っからの悪人だとは思ってないしむしろ善の属性が強いとまであるのだが、だからといってトラウマの中心でありここ二日間の悩みの種であるこいつと共に帰るのなんて極力避けたいわけで。

 

「やだ」

 

 という回答しか出てこないという事を、なぜこいつは予測出来ないのだろうか?

 

 ちなみに俺は帰ると決めたら本当に帰る。さっさと帰る、僅かな躊躇すら抱かずすーぐ帰る。昨日みたいにまた反射的に不貞腐れようものなら弁明の言葉を待たずにペダルを漕ぎ出すであろう。

 

「……お願い」

 

 しかし今回は彼女も食い下がった。顔を伏せて、表情を見えないようにして、俺の制服の裾を掴んで逃がさないという意思と取り合わないという意思を同時に感じさせる。

 

 あざとくかつ有無を言わさない技術だ。並みの男ならこれをされてまず抜け出せる奴はいないだろう。……葉山はきっとこの手の粘着は散々されてきただろうし、難なく抜け出すんだろうけど。

 

「お前バス通なんだろ、2ケツなんかしないぞ」

 

「今日は自転車で来た」

 

「は? ……なんで」

 

「比企谷が2ケツは嫌だって言うから」

 

「かといって自転車で一緒に帰るのも嫌だからな。並列運転は迷惑だし、お前が後ろを走ってたらさっさと帰るし前を走ってたらどうせ遅いだろうから進路変えて勝手に帰る」

 

「……」

 

「てかその要望を俺が聞くわけないだろ。お前のせいで俺がどんな扱いを周りから受けたか知ってんのかよ。自分の人生観をガラリと悪い意味で変えたやつに手を差し伸べるのなんて、マトモな神経なら絶対やらない。お前がしてる事は俺に対するセカンドレイプとなんら変わらないからな」

 

「……」

 

「……黙られても困るんですけど。俺はお前が嫌いだし、お前だって俺なんかと帰ってるとこ誰かに見られたら嫌だろ? だから一緒に帰るのは……」

 

 と言ったところで、彼女の異変に気付いた。

 

 彼女はずっと俯いているが、裾を掴む手は震えていて僅かに震える音で嗚咽が漏れるのを耐えていたのだ。

 

 ……泣き落としか。下らない手段だ、虫唾が走る。

 

 こんな奴の手などさっさと払って帰ってしまおうと思った刹那、ずっとだんまりを決め込んでた真鶴がようやくポツリポツリと言葉を紡ぎ始めた。

 

「ひき、がやの言う通りで……ぅぐっ……私は……あんたに、酷い事をした……ごめんなさい……許してもらえるわけ、ないと、思うし……ヒック……もう、取り返し、つかない事しちゃったって……分かるし……っ……でも……もう……ひきがやしか……頼れる人、いない……っし……」

 

 参った、ガチで泣いてしまわれている。

 

 放課後の学校の駐輪場、夕焼けに照らされた舞台で制服の裾を掴み女子に泣かれている。なんてドラマティックな展開なのだろうか。

 

 さて、彼女の主張だが、謝りたいのか縋りたいのかという、本音と建前がごっちゃになってて正直それでも俺はこいつを助けてやりたいとは思わなかった。

 

 別に建前で謝る事がいけない事だとは思わない。ただ目的意識のチラつく薄っぺらい謝罪など、された方がかえって失礼な事なのだ。

 

 相手を明らかに下に見てる、だから誠意を持って謝罪なんかせず片手間で済ませられる、そんな魂胆が見え透いていて、俺は彼女の涙に男らしく揺らぐ事が出来なかった。

 

「……なんでそこまで頑なに俺に助けてもらおうとするんだよ。ストーカーなんだろ? 警察に頼った方が絶対いいと思うんだが」

 

「……言ったし」

 

「は?」

 

「親には言ったし! なんか変な奴に付きまとわれてるって!! ストーカーされてるってはっきり言ったし!! でも、取り合ってもらえなかった……厄介事は御免だし、今まで何もされてないならこれからも大丈夫だって……」

 

 今まで何もされてないならこれからも大丈夫? なんだそりゃ、そんなわけがないだろ、とこいつの親に苦言を呈してやりたい。

 

 危険は突然起きるから恐ろしいのであって、前例が無いからと安全を確保したと考えるのは被害に遭った事がない人間の、それも頭の弱い一部だけだ。そいつらは人生において危機に無縁だったが為に、自分にもその周囲の人物にも絶対の安全圏が保証されてると根拠無しに思い込む。

 

 ……そして、世の中上手い具合にそういう奴らも痛い目をみる。バランスよく、均等に均される。

 

 まあ俺から言える事は、子がこれなら親も親と言うことか。

 根拠もないのに自分だけはセーフティーゾーンにいると思い込んでる、きっと他者に対して絶対の優位性を感じ強調して生きている。だから自分至上主義で他人の気持ちなぞ知る余地もない。

 

 故に恒常的にこいつは誰かの加害者であり続けるわけだが、今回は偶然ストーカー、そして親の被害者に成り下がったわけだ。

 

 だからなんだ。それが俺が助けてやる理由になると思ってんのか? 馬鹿を言うな、そんなお人好しキャラなら最初の時点で要求を呑んでいる。

 

 俺は、泣きじゃくる彼女が安心感など抱かぬよう、ボソリとリアリズム溢れる提案をしてやる。

 

「……あのさ、そのスマホは携帯電話としての役割も担ってるんだぞ? 暇つぶし用ゲーム機だけじゃなく。それ使ってお前の口から助けを求めればいいじゃねえか」

 

「……やだ」

 

「知るか。とにかくお前の起こした痴情のもつれに無関係の俺を巻き込むな」

 

「私が起こしたんじゃないしっ!!」

 

 俺の発言に食ってかかるように顔面をぐいっと上げた真鶴が物凄い形相で抗議してきた。びびった、身長差なかったら顔面の皮を食い破られていた。

 

「お前みたいな奴はみんなそう言うんだよ。相手が勝手にしたことだ、自分は全然悪くないって。そんな訳あるかってんだ。自分の非を素直に認められない奴なら恨みを買ったってハブにされたって当然の報いだろ。空気を読むでもなく周りを自分より下に見てんだから」

 

「ち……がうし……っ、私の事……何も知らないくせにっ……、好き勝手、言ってんな……!」

 

「はあー? 馬鹿言うな、お前が俺にしでかしてきた事を考えればお前の『負の部分』に関してはお前以上に熟知してるわ。だからこうして教えてやってんだろ、お前の理想とは異なる本当の真鶴ってのを」

 

「今回は……ほんっ……本当に……違うもん……うぐっ……ぅ、うぅぅ!」

 

 そこまで言うと真鶴は本格的に声を上げて泣き出してしまった。めんどくせえ……なんか道行くモブどもに俺が泣かしたみたいな目で見られてる。勘違いしないでほしい、俺とこいつの話し合いで非があるのは100こいつで被害者は俺なんだ。八幡悪くない。

 

 ……と言って泣いてるこいつを放置して帰るわけにも行かず、俺はなんとか泣いてる真鶴を泣き止ませて今日は渋々共に帰る事にした。

 

 帰ってる最中、相手は泣き腫らした後だからか一言も話題を出さなかった。勿論俺からも出さない、無言の帰路。

 

 そうして彼女の言う通りに帰ってみて、一つ気付いた事があった。それは、確かに彼女の地元(つまり俺の地元)のバス停を過ぎた辺りから何者かがこちらを監視し、付いてきている気配と足音だった。

 

 まさか妄想じゃなかったとは……と思ってつい彼女の方を見ると、真鶴は俺に対し「ほら!」と言った目線で主張するでもなく、ただ純粋に不安そうな顔でチラチラと後ろを気にしていた。

 

 ……本当に僅かだが、彼女の事が心配……にはなってないな。ストーカーの事が気掛かりになった。これはちゃんとした案件であり、奉仕部の力を借りるに値する問題なのだと分かった。まあ一番は警察なんだが。というか思いの外ガチじゃねーかよ、本当に警察に頼れって。

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