中学時代のトラウマと再会した。   作:聖樹

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06:結局真鶴弓弦は弱いだけの人間。

 夏の本格的な暑さも過ぎ去り涼しくなっていく中、眩しいくらいに落ちた夕陽をバックに雪ノ下は冷たい目でこちら側を睨みつけていた。

 

 いや、正確にはこちら側の、部室の入り口に立つ俺の隣にいる少女に向けて絶対零度の眼光を放っていた。

 

「比企谷くん? これはどういう事かしら?」

 

「どういう事とは」

 

「何故貴方と一緒に、そこの礼儀知らずのお猿さんがいるのかと入ってくるのかと聞いてるの」

 

「ねえ、いきなり猿呼ばわりはうざいんですけど。何なの? 私今日あんたになんかした?」

 

「特に何もされてないわ。でも貴方にはこの教室の敷居を跨ぐ資格が無いから、この部活においての最高責任者である私が貴方に尋問を仕掛けてるの。理解、出来るかしら?」

 

「はあ? 教室にたかだか生徒の意思で入っちゃダメとかそんなん決めらんないでしょ。何様なの? うざ、ちょっと優等生扱いされてるからっていい気にーー」

 

 やいのやいの芸のない暴言を吐き続ける真鶴の事を無視し、雪ノ下は俺の方に視線を向けてきた。

 

「……別に俺が連れてきたわけじゃない。ここに入る前に偶然居合わせたんだよ。だからそんな、飼いならされてる家畜を見るような冷ややかな視線を向けるのやめてくれよ。泣いちゃうぞ」

 

「貴方にはこの場の露払いも任せているのにそんな簡単な仕事ひとつこなせないのね。困り物だわ」

 

「待て、俺露払いなんて任せられてたの? なにその大任、対人能力がマイナスに振り切れてる俺に務まるとでも思ってんの?」

 

「なに勝手にコント始めてんの。お客様がこうしてまたやってきたのにそれを無視するとか最低じゃん」

 

 いつもの雪ノ下とのやり取りに空気を読まず真鶴が口を挟んできた。

 

 別にこの言い争いというか、マウント合戦という俺と雪ノ下特有のコミュニケーションを邪魔されるのは俺としては対して思う事は無いのだが、雪ノ下は俺と異なり空気を邪魔されたのが心底腹立たしいといった目で真鶴を睨みつけていた。

 

「……こわ。ねー比企谷、座ってもいい?」

 

「えっ?」

 

 それ俺に聞くの? お前今まで雪ノ下と会話してたじゃん、何でこっち見て話しかけてくんの? あ、雪ノ下が怖いからか。

 

「……はあ。真鶴さん、少し真面目な話をするわ。貴方、前回この部室でどんな事をしでかしたか分かっているの?」

 

「? フツーに依頼出しに来て、懐かしの比企谷がいたから話しかけて、したらいきなり雪ノ下さんにキレられた?」

 

「今ので分かったわ。貴方の話など聞く気が起きない、ご退室願うわ」

 

「はあ事実じゃん!! 私の言った事になんか間違ってる部分あった!?」

 

「事実? それは貴方の主観に過ぎないし貴方にとって都合の良い解釈に過ぎない。それに、その説明だとまるで私が突然おかしな事を言い出したかのように聞こえるのも不愉快だわ。貴方、とことん人を不快にさせるのが得意なようね、大した長所だわ」

 

 いやー皮肉が効いてるなあ。それは世間一般で言う短所だ。雪ノ下にしては珍しく俺以外に明確な煽りを入れている、相当嫌いなんだなこいつの事。

 

「むかつく。じゃー私はどういう態度を取ればいいわけ? 一回素を見られた相手にはなんかキャラ作るのだるいし無駄な労力は省きたいんだけど」

 

「誰が貴方の猫被りを見たいだなんて言ったのかしら。私は貴方のその軽薄で軽率で自己中心的で思慮が浅く矮小で高慢な態度が気に入らないから目の前から早く失せてほしいと、さっきからそう言ってるのだけれど」

 

「……あっそ。そんな事言われても知らないし。うざ、私あんた嫌いだわ」

 

 凍てつくような鋭い目をした雪ノ下に、敵意剥き出しの獰猛な双眸で真鶴が睨み返す。

 

 ピリついた空間に一人取り残されてとっても胃が痛いよ……由比ヶ浜は一体どこで何をしているんだ。どうせ三浦達と話してるんだろうけど、一刻も早くこの空間に来てこのビリビリに張り詰めた空間をアホの空気で一新してくれ。

 

「……はあ。どうしても帰らないのね」

 

「帰らない」

 

「そう。じゃいつまでもここに居てもらっても困るし座りなさい。迅速に意見を出せば帰ってくれるでしょう」

 

 雪ノ下がそう言い、疲れの垣間見える顔で椅子に座る。それが自身の勝利であると勘違いした真鶴は鼻を鳴らし、雪ノ下の前をわざわざ通って壁に立てかけてあった椅子を持って長机の中央側、雪ノ下より僅か右に逸れた場所に置き腰を下ろした。

 

 俺もいつも通りの位置取りに座る。すると、真鶴が「何でそんな端っこに座ってんの?」とでも言いたげな視線を一瞬向けるが、すぐに興味を無くし俺から目を逸らした。

 

「それで、貴方の依頼っていうのは前回言っていた、ストーカー被害の」「やっはろー」

 

 雪ノ下が話し始めたところで長らく不在であった由比ヶ浜が底抜けに明るい声で入室した。

 

 やはり、こいつの存在はこの空間において必要不可欠な清涼剤だ。嫌な女と最低な女が醸し出した重苦しい空気を幾分か、そのアホさ加減で軽くしてくれる。この限定的な空間に限り、由比ヶ浜は小町や戸塚に次ぐ俺の癒し要因になった。

 

「あ、真鶴さんだ。また来たんだね」

 

 が、由比ヶ浜も由比ヶ浜で真鶴には思う事があるらしく、歓迎はしていなかった。しかしそこは空気を読む事に長けた由比ヶ浜、嫌な顔は一切せず、あくまで社交的な顔で軽く話しを振り、警戒していないとアピールしながら雪ノ下の横に着いた。

 

 大したポーカーフェイスだ。この世の面倒ごとは、そういう当たり障りない八方美人が事態を早急に解決せず、先延ばしにするんだよなあ。

 

「真鶴さんがいるって事は、前のストーカーの話?」

 

「……そ」

 

 由比ヶ浜の質問におずおずと、相手を見定める目で観察しながら慎重に真鶴は返答した。

 

 やけに由比ヶ浜を警戒しているな……そういえば、三浦が真鶴を追い払った時はこいつも横に居たんだった。だから三浦と同類だと判断し警戒してるのか。下手な事言うと、三浦にチクられるかもしれないから。

 

「ええと、真鶴さん? でいいのよね、お猿さん」

 

 雪ノ下が横から真鶴に、一応の確認を取って話しかける。

 

「喧嘩売ってる?」

 

「いいえ別に。前回も言ったと思うけれど、ストーカー被害は警察に頼るのが一番だと思うわ。そもそも犯罪行為を行なってる相手に一介の高校生が何らかの形で妨害、もしくは貴方に援助する形を取ったとして、逆上したその人の矛先がこちら側に向いて危害を与えて来た場合、貴方は責任を取れるのかしら?」

 

 前回に伝えた通りの内容を、それでもと曖昧な言葉で返さないよう『責任』という単語を駆使した上で雪ノ下がなぞって話す。ようやく相談が始まって早速釘を打たれた真鶴は俯き、無言の後に顔を上げて言葉を返した。

 

「リスクとかはまあわかるけど、じゃあそれは置いといてさ。仮に私がどうしても警察の力を借りたくないって主張し続けた場合、ここの人らは協力してくれるの?」

 

「現状だと肩入れする事はできないわね」

 

「……っ」

 

「睨まれても困るのだけれど。私、貴方のような小動物に恐れを抱くほどの弱い心は持ち合わせてないの」

 

 煽るなあ。座ったまま腕組んでる真鶴が上履きで床をトントンと叩き始めたよ。かなりイラついてるよあれ、由比ヶ浜も少し距離離してるもんさっきより。

 

「前来た時にさー、雪ノ下は私に事情は分かったつって然るべき機関? に助けを求めない理由は聞かないみたいな事言ってたじゃん。そこまで言っておいてさー、色々難癖付けてやっぱ仕事怖いから出来ませんはまじむかつくんだけど」

 

「あら? 確かに発言の意味は同じだけれど伝わり方が違うわね。そもそもあの時点で貴方の依頼なんて受ける気無かったのだから、貴方が他者に助けを求めない理由なんて単純に興味が無かっただけよ」

 

「何そもそも受ける気無かったって。あんた私の事舐めてるでしょ? 断るつもりだったのに聞くだけ聞いてでも興味ないとかなんなん? 性格まじ悪すぎだと思うわ」

 

「ゆ、ゆきのんは性格悪くなんかない!! ちょっとだけ回りくどいだけだよ!」

 

 険悪さが加速していく中ですかさず由比ヶ浜のフォローが入る。そこで一度クールダウン、する事なく、両者は炎を再燃させて瞳を交差させる。

 

「貴方の巻き込まれてる問題はあくまで個人間の痴情のもつれ、そうでなくても個人的なやりとりでの人間関係の歪みが生じさせた結果論なのだから、無関係である私達がさして知り合いというわけでもなく助ける義理もない貴方の為に、危険を冒してまで貴方の『解決する気のない無駄な引き延ばし』に付き合う必要性は無いとしか判断できないわ」

 

「はあ? なに、解決する気がないって馬鹿じゃないの? 私はストーカーがめんどくさいからあんたらに助けてって頼んでんじゃん。何でそれが解決する気のないって話になるのさ」

 

「ストーカーがめんどくさい、身の危険を感じてるのであれば親を通し、警察に寄り、教師を通して学校に説明を入れるのが筋でしょう? 私の記憶が正しければ貴方のストーカーはこの学校の三年生、受験も控えてるこの時期にそんな問題を起こせば学校の評判は地の底まで堕ちるのだから、実態は確認されなくとも話が出た時点でその先輩には厳重注意や校内での監視など最低限の処置が成される筈よ」

 

「分かんないじゃん。学校って言ってもそこまで生徒の悩みに真摯に応えてくれないかもだし。それに警察だって、ハッキリとした被害が出ないと注意すらしてくれない可能性あるらしいし」

 

「憶測だけでそう決めつけ、無意味だと早合点するのは馬鹿のする事よ。貴方は猿なのだからその点では高知能ではあるけれど、人間社会に溶け込むにはまだまだのようね」

 

「ゆきのん言いすぎだよ!」

 

 本当だよ言い過ぎだぞ。真鶴の顔真っ赤じゃん、怒り通り越して多分泣きそうになってるぞ。

 

「……別に、憶測だけで決めつけてるわけじゃないし。そう言われたし」

 

「言われた? 情報源があるのね。それはなに? ソースは?」

 

 ソース。雪ノ下、今ソースって言ったな。

 

「お母さんが、言ってた」

 

 真鶴の回答に、雪ノ下はため息をついた。

 

「そう。それは外部に厄介ごとを持ち込まない為に貴方に言い聞かせたに過ぎないわ。警察はキチンと説明すればある程度の対応をしてくれるし学校も同様。貴方が大人を頼るのがそんなに嫌っていうなら、私から顧問を通じて話を付ける。これで依頼は完了、良かったわね。もう帰宅しても大丈夫よ」

 

「ゆきのん……」

 

「何かしら由比ヶ浜さん。私の発言にどこか、不明な点でも?」

 

「じゃなくて」

 

 由比ヶ浜が視線を向ける先には俯いてプルプルと震えてる真鶴の姿があった。まるで怒りを我慢してるように見えるが、実際は泣き出しそうになってるのを耐えている。一度この状態を見た俺は、一目で彼女が今どちらの感情で震えてるのかを理解した。

 

 ……まるで長年付き添ったバディみたいな説明をしてしまったが、仲が悪いというか敵視してるからこそ相手の事をよく見ている。だから俺がこいつの感情の機微に気付けるのは、至極当然の事なのである。怖いからな、知っておかないと。

 

 黙り込んでしまった真鶴がいつ泣き出すか知らず、アホらしいと目を離したら由比ヶ浜と目があった。

 

「ヒッキー、何か知ってるの?」

 

「何か? 何かってなんだよ。何の事だ」

 

「真鶴さんの事」

 

「今の流れでなんで突然そう思ったんだよ……俺蚊帳の外だったろ」

 

「勘というか、何となくだけど」

 

「根拠ねえのかよ。ったく、俺がこいつの何かを知ってる素振りなんか見せてないだろってのに」

 

「見せてないって事は知ってるんだよね。何か」

 

 しまった八幡超オバカ! てか由比ヶ浜勘が鋭過ぎ!!

 

「ああ、その、なんだ。あれらしいぞ。真鶴の親、厄介事は御免だとか何もされてないのなら無問題だとか言って取り合わなかったらしい。……恐らくだが、真鶴の証言が本当だろうと嘘だろうと関係無く大事にされるのを嫌ってるんだろうな。じゃなきゃ、何もされてないなら無問題だとか馬鹿げた事は言わないだろうし」

 

「それで? 親に言われてるから公には助けを求めないって? どんな理屈なのかしら、まるで親の言いなりね」

 

 と言ったところで何故か雪ノ下も苦虫を噛み潰したような苦い表情を浮かべた。それに対し真鶴は恨めしそうに雪ノ下を睨む。

 

 なるほど、こいつが割とすぐ暴れたり不機嫌になったら泣いたりとストレスに過剰とも思えるほど弱い事を考えると、典型的な外弁慶タイプで親には逆らえないのか。

 

「話は聞かせてもらったぞ」

 

 突然第三者の声。いやこの場には既に人間が四人いたので、数を合わせるのであれば第五者の声がした。

 

 奉仕部の顧問、平塚(ひらつか)先生だ。平塚先生は当然の如くノックもせず、部室に入ると真鶴の背中を見た。

 

「真鶴弓弦、以前相談事があると言われ奉仕部を勧めて以降音沙汰無いから何かあったのかと思いきや、そんな深刻な事情を抱えていたとはな」

 

「事情を知らずにここ教えたんですか?」

 

「ん、ああ。授業終わりにチラッと言われたのでな。次の授業があるし時間ない中で説明する暇もなかったので、とりあえず奉仕部の面々に話を付けてもらってその様子でも見てやろうかと」

 

「丸投げじゃないですか」

 

「丸投げじゃない。君たちを信頼してるからこその判断だ。……しかし、事態は生徒のみに任せられる問題じゃないようだね」

 

 真面目な顔で考える平塚先生に、真鶴は縋るような顔で言葉を待っていた。

 

 警察に頼るのは嫌とか、学校に頼るのは嫌とかほざいてた割にはアッサリと教員の介入を許してしまっているが、これは単純に彼女に『ちゃんと相談する勇気がなかった』と捉えるべきなのだろうか。

 

 確かに彼女みたいな、フレンドリーな間柄や同じ身分、自分以下の身分の人間には横暴で自分勝手に振る舞って教師や大人の出る幕になると途端に借りてきた猫のように静かになる奴はいる。それの一部、と考えるのが自然か。

 

 なんというか、昔の俺はこんなのに告ったのかと考えると頭が痛くなった。こいつ、何から何までダメダメすぎて良い所の欠片もないじゃんか。

 

 

 結局その日は平塚先生が上に話を付け、警察と連携して何らかの手段を打つという形で片がついた。

 

 まあ再三言ってきた一番妥当な結末だ。これまで奉仕部が請け負ってきた依頼と違い、彼女のは初めから危険の伴う実害的な意味でリスキーな物だったから『餌を与えるのではなく、餌を取るやり方を教えて成長を促す』などと言ってはられなかったし、丁度良い。

 

 その日は平塚先生が真鶴の不安な気持ちを汲んで、車で家まで送って行ったそうな。あいつ学校に自転車が置きっ放しだが、元々バス通だしそこまでの痛手はないと言っていた。

 

 自分から歩み寄れはしないものの、教師という心強い味方に守られる事が保証された真鶴は緊張が少し和らいだせいか、中学時代に何度か目にした恐らく素の気の抜けたを見せた。そして、その顔を見るたびに過去の思い出が掘り起こされるようで、その夜は無性の苛立ちと悶々とした感情に板挟みにされる羽目になった。

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