エスター・ポッターという少女   作:飴の川

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死んだエスター

 

 

 

 

エスター・ポッターは不思議な子だと大人達は言う。

リリー・エバンズ=ポッターと瓜二つであり、瞳の色は夫であるジェームズ・ポッターと同じ榛色をしている。

一目でポッター夫妻の子だと分かると言うのに、その性格はポッター家やエバンス家の人間とは違うスリザリン気質であった。

血の繋がった『生き残った男の子』である弟ですらどうしてあのような性格になったのか分からない程、彼女の性格は血筋的や家庭環境で作られたものでは無いらしい。

エスター・ポッターは実の弟を馬鹿と言い何時も見下していた、それどころか実の‐特に母親を嫌っている。

何故彼女が母を嫌っているのかハリーは知らない、だってエスターはホグワーツに入る前から嫌っていたのだから。

ハリーはどこでエスターが母を知ったのかわからない、母の写真を手に入れたのはホグワーツを去る時にハグリッドから貰ったアルバムからだ。だからハリーは何時何処でエスターが母を嫌う要素を手に入れたのか分からない。

そして、何故自分を嫌うのかも。

だがそんなのはもうどうでもいい事になっていた、だってハリーはグリフィンドールでエスターはスリザリン。

先にエスターがハリーを嫌っていて、ホグワーツに入ってハリーもエスターを嫌うようになったから。

敵対する寮に所属し、敵対する友人達と行動し、お互いの事を見下して。

家に帰れば、お互いいない存在として扱い、お互いの失敗をせせら笑って。

大人達は不思議な子だとエスターに言った。

同じ親から生まれて、同じ家庭環境で育ったのにスリザリンに相応しい魔女になった彼女を蔑むように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ざまあみろよ、ハリー・ジェームズ・ポッター」

 

 

 

 

 

ハリーは走る、肺が悲鳴を上げ内臓が無理だと痛みを体に伝えるのを無視して走る。

エスターはそう言って、ダンブルドアを殺したのだ。実の姉が、血を別けた双子が、恩師をその手で殺した。

杖を向け、母親にそっくりの唇で母親が絶対に言わない魔法を唱えて、ダンブルドアを殺した。

それに飽き足らずベラトリックス・レストレンジと揃ってホグワーツを滅茶苦茶にした。

自分の家を、皆の家を、大好きな校舎を、破壊の限りを尽くして。

 

 

 

 

「その眼で笑うのが嫌いだったのよ、私」

 

 

 

 

誰も予想していなかった、ハリーもダンブルドアも、ハーマイオニーも。

ヴォルデモートのスパイはマルフォイだと思っていた、スネイプだと信じていた。なのにスパイは血の繋がったエスターだった。

何時、何処で、なんで。そんな言葉が頭の中でポップコーンのようにはじけ飛ぶ。そんなのどうでもいい。

それよりも一刻も早くエスターを捕まえ、殴って叫びたかった。どうして殺したんだと。何故裏切ったんだと言いたかった。

エスターは自分の言いたい事だけを言うと振り返る事もせず、ハリーの言葉に反応する事も無く、ベラトリックス達と共に禁じられた森に入り身を消してしまった。

捕まえる事は出来なかった、エスターは歩いていてハリーは走っていたのに二人の距離は縮まるどころか遠くなるばかり。

まるで2人の心の距離を現していたように、二人はどんどん離れて行った。

一体何時から二人の距離は離れていた?エスターがハリーを嫌っていた時から?ハリーもエスターを嫌った時から?

いやきっとそれよりももっと早くから、それこそ母の母胎に居た時からかもしれない。

もう分からない、二人の距離が何時から離れていたなんか。

それを答える人はいないのだ。

エスターは笑って、ヴォルデモートに殺されたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スネイプ先生、貴方の事が好きなんです」

 

 

 

ポッター達が闇の帝王の分霊箱を探し、破壊する旅に出ている時の事だ。

スネイプが校長になり、エスターが規律監視委員の総委員長になってから何日か経った時の事だ。

日を跨ぎ、月すら存在しない夜の下でエスターは背後からスネイプに抱き着き静かにそう言ったのだ。

 

 

 

「貴方の事を愛しているんです」

 

 

 

スネイプは何を言っているんだと思った、戯言を言う暇は無いんだと言おうとした。

だけど体は動かない、金縛りにあったように指先すらも。

それもそうだろう、愛した人そっくりの少女に好きだと言われれば例え頭で理解していても心は理解出来ないだろう。

死んだ人が、生きて自分に告白なんて誰も予想は出来ない。愛した人に愛されたいという基本的な望みが叶うなんて思っていないなら尚更。

だから拒絶するような行動は出来なかったのだろう、だけどその言葉を肯定する言葉もスネイプは言わなかった。

幾ら愛する人にそっくりだとしても、今スネイプに愛を囁いているのは愛した人の娘なのだから。

スネイプが生涯で唯一愛した人は彼女の母親で、娘ではない。

たとえその愛を肯定した所で、スネイプは彼女を通して母親を見ようとするかもしれない。

だからスネイプは無言を貫き、エスターも何も言わずに去っていった。

きっと自分の言葉がどういう事を意味していたのか理解していたからかもしれない。

 

 

 

 

 

 

ホグワーツが戦場となった日の夜、スネイプはエスターに呼び出された。

エスターはいつの間にかヴォルデモートの信頼を勝ち取っていてスネイプやベラトリックス達のような立ち位置についていた。

戦場で指揮を取り、多くの生徒を捕まえ、多くの被害を生み出した。

誰よりも功績を叩きだし、次期右腕と噂される彼女の呼び出しを無視できなかった。

スネイプは正義の味方だから、悪が滅びるように持って行かないといけないのだから。

しかし彼女の元に行くと、彼女は居なく代わりに大きな蛇の遺体だけがあった。

闇の帝王が愛するナギニが、殺されて。

スネイプは闇の帝王の元へ行きナギニが死んだ事を報告した、闇の帝王は怒り狂い誰が殺したと配下の前で叫ぶが誰も名乗り出なかった。

それもそうだろう、名乗り出れば殺される。名乗り出るのは自殺願望のある人間だけだ。

だから誰も名乗り出ず、闇の帝王直々に捜査に乗り出し、日が上り約束の時間になるまで闇の帝王は配下の前に現れなかった。

 

 

 

 

 

ハリー・ポッターを差し出せば他の魔法族は殺さないという約束の時。

闇の帝王はハリーよりも先にある事をした。

配下の公開処刑と、それには敵も味方も驚いたが死喰い人側は何を意味しているのかすぐに理解した。

ナギニを殺した魔法族が分かったのだ、それの処刑だと。

そして自分達の下についてレジスタンスとして行動しても、分かり次第その場で処刑するという意味合いも含まれている処刑に、スネイプは誰がこのような危険を冒したのだと思った。

だが処刑実行中の隙をついて闇の帝王を倒す作戦を実行できるかもしれないと作戦のシュミレーションをやろうとした時だ。

闇の帝王はエスターを呼びだし、エスターに杖を突きつけた。

ナギニを殺したのは、エスターだったのだ。

誰もが驚いた、帝王の次期右腕だと言われたエスターが何故このような反逆行為をしたのだと。

闇の帝王に何故このような事をしたんだと問われても、彼女は笑ったまま。

彼女はリリーが絶対にしない皮肉を込めた、悲し気な笑みを浮かべたまま。

 

 

 

 

 

「わたしをみて」

 

 

 

 

 

ちらりと動く視線。微かな唇の動き。劈く悲鳴。遅れる遺言。

赤い閃光がエスターの体を貫いた。榛色の瞳から光が消えた。傾いた体は重力に従い石畳に叩きつけられた。

ピクリとも動かず、地面と空の境を虚無の瞳がジッと存在し、人々は気づいた。

殺されたのだ、エスター・ポッターは。

その事実を人々が受け入れるよりも先に戦争は再開し、エスターの遺体は大勢の命ある者達に踏まれ無機物に押しつぶされ熟し過ぎて潰れた果実のように潰された。

人の形を保っているのが精いっぱいな遺体が、戦争終わりの星の少ない夜に放置されていた。いや、放置するしか無かった。

多くの命が春風とともに何処かに去ったのだ、ホグワーツの校舎から誰も知らないがやがて行きつく何処かに。

それに出来るだけ綺麗に遺体を維持したいのはどれもこれも味方の遺体だけ、誰が好き好んで敵の遺体を綺麗にしたいのだろうか。

もしかしたら、エスターの事を皆が忘れているだけかもしれないが。

 

 

スネイプは一人、戦争終わりの醒めやまない宴から抜け出し外に出てエスターの潰された右手を握る。

酸化し固まったくせにベッタリと手につく血を通して感じる死人の体温に息が零れ落ちる。

ぐにゃぐにゃの、生肉のような柔らかさとそれなりの重さを含んだ手は人を感じる。

割れた爪から露出する小さな骨は、人としての形を保っていた名残なのだろう。

人としての尊厳などまさに踏み潰されたエスターの遺体を見て、肌で感じて、臭いを嗅いで、音で聞いて、スネイプは涙を流した。

彼女は裏切った。ハリー達を、ヴォルデモート達を、正義を、悪を、自分を。

何故裏切ったのだろうか、何時裏切ろうと決意したのだろうか、何処で裏切りを思いついたのだろうか。

どちらかについていれば彼女は生きて行けたというのに、何故死を選んだのだろう。

 

 

 

「エスター…」

 

 

 

何故、好きだと告げたのろう。

何故、自分の事を愛していると言ったのだろう。

何故、あのような嘘をついたのか。

 

 

 

 

「エスター」

 

 

 

 

リリーと同じ長髪の赤毛、リリーと同じ頬に散りばめられたそばかす、リリーと同じアーモンドの瞳。

リリーそっくりの、女の子。リリーの生き写し。リリーの肖像画。人々はそう彼女を呼んだ。

スネイプもまた、エスターをリリーと重ねていた。心の底から愛した人と瓜二つのエスターを。

生涯で唯一愛した女性と同じ姿をしたエスターを。

なぜ、なぜ、なぜ。その言葉ばかりが頭の中を泳ぐ。

何故彼女は死ななくてはならなかった、何故彼女は闇の帝王を裏切ったのか、何故彼女はナギニをころしたのだ。

何故彼女は、最後にあのような事をいったのか。

わたしをみて?私をみて?わたしを見て?私を見て?

ずっと見ていたでは無いか、ハリーと共にずっと見守っていたではないか。なのに何故。

 

 

 

 

「・・・エスター」

 

 

 

 

 

リリーの名を呟く、それは断罪を求めての声だったかもしれないし謝罪の声だったかもしれない。

リリーの子供を守れなかった、リリーの眼を持った男の子は守れた。

リリーの子供を守った、リリーの姿をした女の子は守れなかった。

リリーの子供を一人見捨て一人助けた。

リリーの子供を一人見殺しにして一人救った。

リリーの子供を、リリーの子供を、リリーの子供を。

 

 

 

 

 

スネイプは、エスターのボロボロの体を抱きしめ声をあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

茹だる夏の日、あれは私が何歳の時だったのだろうか。

バカな弟の所為で叔父が怒り狂った日だったのは覚えている。弟を物置部屋に監禁し、私を直射日光が土砂降りの雨のようにさんさんと地上に突き刺さる日の下へ追い出した。

コットンのワンピースを着ていただけの私に光は余りにも強すぎてもはや暴力と言っても過言では無かった。

じりじりと肌を焦がす太陽から逃れようと近場の公園に行き、木陰へと逃げた。光から逃げたとしても茹だる夏の暑さからは逃げられないが。

肌を焦がす痛みから逃げられた、代わりに風に乗ってやってくる熱気は体から体力を奪い、意識を朦朧とさせ私の意識を奪おうとした。

だがそこで私は彼に出会った。

 

 

偶然だったのかもしれない。

必然だったのかもしれない。

運命だったのかもしれない。

気まぐれだったのかもしれない。

 

 

 

 

私は彼に恋をした。彼から愛されたいと思った。尽くしたいと思った。嫉妬されたいと思った。彼の女になりたいと思った。

それなのにその思いは彼と眼があっただけで砕かれた。

 

 

 

 

「リリー…」

 

 

 

 

 

甘く悲し気なヴァリトンボイスは、母の名を呟いた。

 

 

 

 

 

茹だる夏の日、私はあの人に会った。

私はあの人に恋をし、あの人に愛されたいと思った。

あの人の女になりたいと思った。

なのにその思いは砕かれた。

あの人の中には、未だに母がいると分かったのだから。

あの人の心の中で、母はあの人の愛を独り占めしていたから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

茹だる夏の日、私は自分の愛を奪う人間の存在を知った。

 

 

 

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