エスター・ポッターという少女   作:飴の川

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エスターというこ

ハリーにはエスターの存在が不思議だった。

エスターはダーズリー家に居場所があった、存在する事が許されていた、人としての権利を行使する事が許されていた。

名前だって皆に呼ばれている、服だって綺麗で体型にピッタリ、美味しいご飯も甘いお菓子も貰っている。

なのにエスターは何時も笑っている、笑っているんだ。どんな時も、悲しい時も怒り狂う時も薄っすらとした笑みを浮かべて。

エスター、そう名前を呼ばれるたびにエスターは薄っすらとした笑みを浮かべる。

エスター、そう怒鳴られる時もエスターは薄っすらとした笑みを浮かべる。

エスター、そう悲し気に呼ばれてもエスターは薄っすらとした笑みを浮かべる。

まるで写真のように決まった表情しかエスターはしなかった。

 

 

 

「エスター」

 

 

 

なのにハリーが名前を呼ぶと薄っすらとした笑みを浮かべながらも、その眼には強い拒絶‐いや多分、嫌いを意味する感情が込められていたんだろう。

エスターは何時からかハリーの事を嫌っていた。榛色の瞳に嫌われていた。

最初は何故?って思っていた。そう、最初はだ。次第に当たり前になりハリーも嫌うようになったが。

 

 

 

 

「エスター」

 

 

 

ハリーはもう一度エスターの瞳を見る。双子の姉の名を呼んで。

だけどエスターは返事をしなかった、反応もしなかった。エスターは死んでいるのだから。

 

 

 

 

「・・・エスター」

 

 

 

エスターの榛色の瞳に命はない、光は無い。ただ真っ黒な瞳孔が広がって榛色が端に追いやられているだけだ。

そこに感情は無い、そもそも死んでいるのだから感情なんて無いのは当たり前だ。

靴底の痕がハッキリと残る顔は、リリーの美しい顔なんて無かった。汚れている人の顔をしたマネキンだ。

ハリーは久しぶりにエスターの顔を見つめる、何年振りのエスターの顔をちゃんと見たのだろうか。

エスターは何時も薄っすらとした笑みを浮かべている、感情が高ぶってもエスターは何時も笑っている。

怒りながら笑って、泣きながら笑って、苦しみながら笑って、傷つけ傷ついて笑って。エスターが写っている写真は何時も笑っている。

なのに見てみろ、この星空も存在しない夜の下でもういらないとダドリーに捨てたられた人形のように転がっているエスターの顔を。

 

 

 

 

 

 

エスターの顔に笑みなんて無い。

大勢の靴に踏まれ汚れた顔がそこにある。

踏まれた鼻は折れ、固まった血で生きていた証拠を必死で伝えている。

砕けた顎は変形し、舌がデロりと石畳を舐め血だまりを作って。

美しい赤毛は黒く変色し、短かったり、剥げていたり、パサパサしていたり。

榛色の瞳は黒く染まり、ただただ何処かを見つめているだけ。

無表情で、母であるリリーそっくりの顔なんて言えない変わり果てた顔をしている。

 

 

 

 

 

 

 

「ねえさん」

 

 

 

 

 

ハリーは、初めてと思えるぐらい久しぶりにエスターを姉と呼んだ。

ハリーは、初めてと思えるぐらい久しぶりに親愛を込めて呼んだ。

ハリーは、初めてと思えるぐらい久しぶりに家族として呼んだ。

ハリーは、初めてと思えるぐらい久しぶりに。

 

 

 

 

 

 

 

「ねえさんって、こういう顔をしていたんだよね」

 

 

 

 

 

ハリーは初めてと思えるぐらい久しぶりに、『エスター』の顔を見た。

 

 

 

 

『リリー・エバンス=ポッター』そっくりでは無く。

『エスター・ポッター』として。

 

 

 

 

 

 

ハリーの初めて見たエスターの顔は、笑みなんて浮かべてない無表情だった。

エスターは、ハリーと同じダーズリー家に居場所なんて無くて存在する事なんて許されて無くて人としての権利なんて持っていなかった。

ハリーは初めて思い出した。エスターが笑みを浮かべ当たり前のように持っていたそれを得た日の事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エスター」

 

 

 

 

 

初めてその名を呼んだのは一体何時だったのか。ドラコは鼓膜が痛みを感じる程の静寂が広がるスリザリン寮の自室にいた。

深々と一人用のソファに座り、緑の森を泳ぐように移動する銀色の蛇が描かれる天井を見つめて。

エスターがヴォルデモートに殺された、殺された原因は彼女がヴォルデモートが愛したペットであるナギニを殺したからだ。

誰もが驚いた、将来の右腕と言われた彼女の裏切りを。戦争が終わった今は皆が皆、好き勝手にエスターの事を面白可笑しく語った。

何故彼女は裏切ったのか、誰かに嵌められたのか、彼女は何者だったのか、彼女は何がしたかったの。

彼女は英雄にでもなりたかったのかと。

 

 

 

 

「エスター」

 

 

 

誰もエスターの遺体を見ていない、見るつもりも無いのだろう。例え最後に裏切ったとしてもエスターは敵なのだから。

ハリーを生かす為に命を懸けてヴォルデモートを欺いたマルフォイ家と違って、エスターは最初から最後までハリー達を苦しめていた。だからだろう。

自分達マルフォイ家は一時的ながらも安全が確保されて、牢等に入れられずに自室にいる事が許されているのは。

本当にそうなのだろうか?もしドラコが、ルシウスが、ナルシッサが、誰かが外で死ねばエスターのように放置されているのではないだろうか。

そんな事は無い、家族の誰かが生きていれば遺体を探して見つけ出して魔法で綺麗にしてずっと一緒にいるだろう。

じゃあ結局エスターはエスターだからあの寒空の下に人としての尊厳等無い場所に放置されているのだろう。

いるのだろう、そう考えてドラコは自分とエスターの違いを考える。

根本的な部分で違いは合った、だけど何処か似ている部分が多かった気がした。したんだ。

過去だ、今ではハッキリわかる。エスターは最初からドラコ達を利用する為に似せていたんだと。

なんのために?そんなのドラコに分かる訳が無い。ドラコ達なんかとは全く違う人種の人間なのだから。

エスターと名前を呼んだのは何時だったのか、ドラコは全く覚えてない。それだけエスターは人に与える印象の操作方法を知っていたのだろう。

 

 

 

 

「エスター」

 

 

 

エスター・ポッターという人物を、ドラコはあまり言えない。思い出は沢山ある、毎日彼女は自分の隣に立っていたのだから。

だけどいざ思い出を語ってみろと言われると、彼女はあまりにもエスターという一人の人間として独立していなかった。

彼女はさながら風景画の中に描かれた空のような人物だ。大広間のテーブルに置かれている茶器だ。図書室の片隅で本を読んでいる生徒だ。

当たり前のようにそこに存在している、いれば便利で、居なくてもさして問題は起きない。詳細な事はしらないが眼に映る。エスターという少女はそんな人物だった。

何時も薄っすらとした笑みを浮かべ、ドラコの横に立ってハリー達を見下し挑発していた。だけどスリザリン内では何時も隣にいたけど目立つような人では無かった。いて便利でありがたく、いなくても困らない。

エスターという魔女はそういう人物だった。だけどどうだ、そんな魔女があのお方に反乱を起こしたのだ!

怒りを絶対に買い、赤子ですら殺されても仕方が無いような反逆を起こした!!

便利だけどいなくても困らないような女が起こした反乱に誰もが胸に刻むだろう、裏切者は最後まで裏切者だと。

エスターという少女の印象は最後まで、誰もが目を潰す程の第一光景のままだろう。

 

 

 

 

「馬鹿な女だよ、お前は」

 

 

 

 

 

初めてエスターと呼んだのは一体何時だったのか、ドラコにはもう思い出せない。

人間味が薄く、人にどう見られるか知っていてその印象すら操る事が出来たであろう少女の中身を語れなんて広大な砂漠から一粒の砂金を見つけるぐらい不可能な事だ。

ドラコにも、きっと血の繋がった弟であるハリーですら不可能な事だ。それほどエスターは他人に自分を見せなかった。

ドラコは三回エスターの名を呟いた後、涙声で囁いた。馬鹿な女、ドラコが心の底からそう言った。

何故馬鹿なのか、ドラコしか知らない事があるからかもしれない。だってエスターと一番過ごしたのはドラコなのだから。

エスターと初めて呼んだのは何時だろうか、何故呼んだのか、エスターは一体なんの印象をドラコに与えようとしたのか。

あまりにも些細で当たり前の印象を思い出そうとしても、彼女と過ごした日々を思い出そうとしても、彼女に与えられた物事の印象を思い出そうにも。

薄っすらとした笑みを浮かべ殺された光景の前では、それらは広大な砂漠からたった一粒の砂金を見つけ出すような不可能な事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エスター」

 

 

 

 

少しだけ、瞳を細める。

 

 

 

 

 

「エスター」

 

 

 

ほんの少しだけ、口角を上げる。

 

 

 

 

 

「エスター」

 

 

少しだけ、優しさを出す。

そうすれば私は、何時だって微笑みを絶やさない女の子になる。

私が人として生きる為に身に着けた簡単に出来て絶対的な効果を発揮するやり方だ。

母親譲りの、大っ嫌いな女そっくりの顔は誰が見ても愛嬌のある顔だ。こんな顔で愛想を振りまけば男はコロッと手の中で転がり勝手に踊ってくれる。

叔母には沢山笑みを与えて、慕えば罪悪感で勝手に私を愛してくれる。愛してくれる。母にあげる分の愛を私に。

ダドリーにも笑みを振りまけば勝手に私を妹として扱ってくれる、姉として扱ってくれる。そうすれば小父も勝手に私を娘として扱ってくれる。

当たり前だ、妻である叔母は私を愛する。死んだ母親そっくりの私が構えばころりと。それを見たダドリーが私を慕えば小父もそうしないといけない。

だってそうしないと妻と子に怒られ、一度上がったランクを無理やり下げれば周囲に怪しまれる。

虐待しているのでは無いか、社長が子供を虐待しているなんて噂されれば信頼は地に落ちる、株は暴落し取引は中断。会社は潰れ一家は路頭に迷うなんて事もありえるのだ。

 

 

 

 

「エスター」

 

 

 

 

私は私の使い方をちゃんと知っているし、どう扱えばいいのか分かっている。

ダーズリー家では私は微笑みを浮かべ言う事を聞けばいい、それだけで私は下僕というランクから一般人にランクアップしたのだ。

この顔だったから、叔母の心に母がいたから、叔母が一家の精神的柱だったから。全て上手くいったのだ。

叔母の心に母がいなければ、全部最初から失敗で終わっていた。母がいなければ。

結局、私は母がいなければ普通にすらなれない。母を嫌っても憎んでも、リリー・エバンズという人物が今も人々の中に存在しなければ私は普通でいられない。

いや、私が意図して母に似せたからランクを上げられたんだ。そうしなければきっと私のランクはハリーよりも下になっただろう。

だって私は誰よりも母に似ているのだ、母が未だに心の中にいる叔母さんがいるのだ。母がいる叔母さんの理想を叶えないと私はきっと。

 

 

 

 

 

私は、普通でいたいんじゃない。

自分を出したかった、自分の好きな服を着て、自分の好きなアクセサリーを身に着けて、自分の好きなメイクをして、教養を身に着けて。

リリーの子供でも無く、リリーそっくりの女でも無く、一人の女性としてあの人と会いたかったのだ。

 

 

 

 

 

「エスター」

 

 

 

 

 

その為なら、私はいくらでもリリーを演じてやる。お前達が望むエスターを演じてやる。

私はあの人に、一人の女性として見てもらえるためなら。

だってエスターは、そうしないとリリーの子供としてしか見てもらえないのだから。

 

 

 

 

 

 

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