世にも不思議な転生者 作:末吉
*
――どうやら、俺は先に存在していた力に姿を与えてしまったらしい。
暗い中でもわかるその女の子の特徴で理解した俺は、自分の中でまだ諦め切れてない事実に驚きながら名前を考えておく。
なぜ名前を考えるのか……そんなことを気にせずに。
何がいいんだろうか。見た感じ女だから奇をてらい過ぎずに洋子とか望とか色々あるんだろうが、それだとなんか物足りない気がする。いや、変な名前つけて周りから浮くというのもなんだか可哀想だ。
独りだからか変な思考に嵌ってる気がするが、滅茶苦茶暇なのでそれを推し進める。
「ふーむ」
なかなか名前を付けるというのは難しいな。なんてのんきに考えてみる。俺がいなくなった後のあいつらがどうなったのかを考えず。
正直心配ではある。心配ではあるが……そこはもう信じてみるしかない。もう俺にできることはないのだから。
「……」
思い出してきたので目を閉じる。そして、その思考を頭の片隅に置いておき、改めて名前を考える。
なのはみたいに快活で、フェイトみたいに優しさに溢れ、アリサみたいにみんなを引っ張り、すずかのように自分の中身に負けない。そんな感じの願いがこめられそうな名前はないのだろうか。
自分自身で未練があることを棚にあげながら考えることしばらく。
俺はようやく名前を決めた。
「Vivid……意味ははつらつとした、生き生きとした。これがいいか。でも単語そのまま名前に使うのもあれだからヴィヴィオだな。語感もいいし」
と、ここまで決めてふと気づいた。
俺以外呼ぶものがいないのに、名前なんて付けてどういう風の吹き回しなのだろうか、と。
少し考えて答えを出す。
「……寂しいのか、俺も」
「……寂しい?」
声が聞こえたので視線を向けると、その子がのそりと起き上がり、こちらを見つめていた。
顔立ちが本当によく似ていると思いながら、久し振りに人と遭遇しているからか、饒舌になった。
「そうだ。ここは誰も来ないからな。一人きりだと何もすることがないだろ?」
「……そうかな」
真剣に首を傾げて考える少女――ヴィヴィオ。その姿に子供の頃の面影を見た俺は、「まぁ分からなくてもいいさ」と呟く。
「そうですか? ……ところで、あなたは誰ですか?」
「俺か? 俺は……お前を」
と、ここで俺はどう説明しようものか考え込む。
素直に言うのであれば『俺の願望が生み出した生物』なのだろうが、そんな風に説明する気は起きなかった。
まぁそのままの意味で捉えればいいか。と、深読みを避けて「長嶋大智」と自己紹介する。
「よろしくな」
「は、はい」
よそよそしいが返事が返ってきたことに俺は満足し、「何か訊きたいことは?」と質問する。
「ここは……どこですか?」
「牢屋」
そう答えながらいったい記憶はどうなっているのだろうかと疑問に思ったが、答えられなさそうなものを答えさせるのもどうかと思い直し、「他には?」と聞いてみる。
「えっと……私の名前は……?」
「名前か……」
そう問われたので決めた名前を告げようと思ったのだが、よく考えたら俺は罰を受けているとはいえ神様。言葉には力が宿ってしまう。
ここが闇の牢だという神の力を抑える牢屋だとしても。多分。
少し葛藤した俺だったが、すぐに腹を決めて答えた。
「ヴィヴィオ――それがお前の名前だ」
「ヴィヴィオ……どこか温かい響きです」
彼女がその名を繰り返すようにつぶやいたその瞬間、彼女が『彼女』として存在することになった。
『黒い何か』が俺の記憶をベースに形どり、俺が名を呼んで『彼女』として定着した。
これがいいことかどうかはこの際どうでもいい。俺自身は動くことができないのだから、どのような影響を及ぼそうが関係ない。
冷静に、神様のような横暴さでこの事態について思考を伸ばそうとしたとき、「あの、」と呼びかけられたので思考を中断して答える。
「なんだ」
「あなたは、私の、お父さんですか?」
「……」
これも困った。
彼女の大本は封印されていた力。俺という異分子が来たことにより行き場を求めるように俺に憑りつき……俺の中の彼女たちの姿を形どって存在できたのだから頷いていいのだろうが、果たして正しいことなのだろうか。
神様になったというのに『人間』らしい悩みを展開させていると、「あの……大丈夫、ですか……?」と心配された。
不用意な発言で彼女の存在情報を確定させていきたくないのだが、このまま彼女を不安がらせるのが何となく嫌だったので俺は「ああ」と短く答えた。
その答えに彼女は嬉しそうに「そうなんですか!」と驚いた。
「……」
内心で俺はホッとした。そしてほっとしたことに違和感を抱く。そして悟る。
自分の中に内包されている『人間』的な部分が表に出てきていることに。
『神様』になった自覚がある以上、『人間』的な個人に対する感情、あるいは世界の行く末を尊重しないエゴイズムな決意というのは不要。もう『人間』ではないのだから、そこに固執する人間らしさを捨てなければいけない。
「……なんて、分かっているんだがな」
「?」
ヴィヴィオが首を傾げたのを見ながら、今まで成りたかった『人間』に俺は苦しめられた。
*斉原雄樹視点
「こんな吹雪なのに寒くないって……感覚マヒしてるよね、これ」
ルシファーさんに言われこの世界で痛みと戦いながら数日。段々と痛みに襲われる回数が減ってきたし、痛みも慣れてきた。
おかげでバリアジャケットを展開させて動いてる途中に来ても我慢できるほどに。ルシファーさんからは「その分ならそんなに時間もかからなそうだな」とお墨付きをもらった。
で、今は城から出て雪の上を走っている。半死半生の状態だからか、空腹とかはあまり気にならずに行動出来てるし。
……まぁ、この世界の食べ物食べたら死者になるらしいしね。
「それはマヒしているんじゃなぅて、段々死者に向かってるだけだ」
「え!?」
並走しているルシファーさんにそう言われ、僕はたまらず驚いた。並走している事実にではなく、自分が死者に近づいてるという事実に。
そんな顔を見た彼は「まさか痛みが緩和してから急速にそっちへ行くとはなぁ」と感慨深そうにつぶやいたけど、当の本人である僕は気が気じゃない。
「え、これ大丈夫なんですか!? このまま僕死者の仲間入りですか!?」
「まぁ早く見積もって三日、か? 転生者の特徴か知らないけど、常人だったらまだ持つはずだし」
「じゃ、じゃぁ僕もうこの世界から出ないと! へ、ヘルさんに挨拶しないと!」
慌てている僕に彼は冷静に「でもお前、こっからどうやって出るのか分かるのか?」と言われたので言葉に詰まる。そもそもどうやってここに来たのかも知らないし。
それについてたらだんだん冷静になった僕は、それでも「どうすればいいか」ということについて考えていると、ルシファーさんが言った。
「まぁ俺が連れていけば出られるからそこは安心しろよ」
「本当ですか!?」
「ああ……だが、仮に戻ったとして、お前今回の黒幕にそれで勝てると思ってるのか?」
「…………」
何も言い返せなかった。
やってたことはほぼ筋トレだけ。ここ最近は体力をつけたりしただけ。多分、ルシファーさんはそれを見ていたのだろう。
言葉に詰まっていると、彼はガシガシと頭を掻いてから「親切心、というより、お前もこの物語の主役なんだからという意味で教えておくと、お前の現状じゃ最後まで生きていられねぇよきっとな」と追撃を入れてきた。
分かってはいた。分かってはいたけど、悔しい。
なんて思っていたら、「お前の彼女もな」と言われ勢いよく顔をあげて「どういうことですか!?」と反射的に叫ぶ。
そりゃそうさ。僕が死ぬだけじゃなくて彼女も……ひいては全員が死亡してしまう意味なんだから。
「風の噂で聞いた。お前が勝手に消えたせいで彼女、だいぶショックを受けて鍛錬どころじゃなかったと。あとはまぁ、大智が闇の牢の中に入ったことも関連して、軒並みやる気が落ちてるってのもな」
「それは……」
胸が痛い。彼女のことを考えると、副作用とは別に、痛む。
人間は決めたことを振り返って後悔する生き物だ。其のツケが今、来ている。どうしようもなく身勝手な決断で、自分勝手に離れたというのに。
そんな僕を見ていたルシファーさんはため息をついてから「後悔したところで次につながるのかよ」と言ってから、続けた。
「たぶん、ここに連れてきたのはどっかの誰かの意思だ。それに乗っている今、お前に残された道があるのなら、お前自身が覚悟を決めることだ。どんな犠牲を払ってもいいというな」
「覚悟……」
犠牲。言い換えれば対価、かな。この場合。たとえこの身を砕こうとも、この局面を乗り越えられるであろう力を手に入れるのに。
「……僕は、はやてを、はやてが生きている世界を守る。その決意は変わりません。そのためならたとえ何を犠牲にしても……受け入れます」
「そう。そこまでの覚悟をしているのね」
不意に聞こえた少女の声。この世界で喋れる存在は僕とルシファーさんと彼女――ヘルさんだけ。
でもどうして? なんて内心で首を傾げていると、姿を現した彼女は「ついてきなさい」と言って歩き出したので、慌ててついていくことにした。
彼女の後をついていくことしばらく。僕達は城の中に戻っていた。
「ここって宝物庫だろ? 入って良いのかよ?」
「お父様がここに連れてきたってことは、目的はここにあるものだけ。だからいいわよ」
ヘルさんの父親……ニブルヘイム……北欧神話……ロキ? ということは、ロキさんがこの世界に僕を連れてきたわけ?
それにしてもいったいなぜ……なんて混乱しながら考えていたところ、「斉原雄樹」と自分の名前が呼ばれたので我に返る。
「え、えっと……」
「どんな犠牲を払ってもいい。その覚悟が出来たようなのでここへ連れてきたのよ。ニブルヘイムでしか保管出来ない神性装備__フロラルトよ」
彼女がそれを指さしたのでつられるように指された方を見た時、「なにか」が揺さぶられた。
「っ!」
自分が分裂したかのような錯覚に思わず心臓を抑える。
だけど「それ」に僕の視線は奪われていた。
純銀製なのか分からないけれど其の鎧は傷一つなくまばゆく輝き、そして――とても冷たくすべてを凍らせんという意思を感じて。
僕がずっと凝視しているからか、ヘルさんは勝手に進めた。
「これはどこの誰かは知らないけど、ヘパイストスに造らせた物よ。ただ、完成したこれがあまりにもじゃじゃ馬過ぎてここに安置されることになったの。多分、お父様がここにつれてきた理由のひとつじゃないかしら」
「なんだこの装備……頭おかしいほど属性を盛り込んだせいで同じ方向性の奴らでも身に付けられないんじゃねぇか? こいつでも無理だろ」
「さぁ? だから覚悟が聴きたかったのよ。お父様の意図はわからないけど、ここにあるのなんてこれぐらいだし」
ルシファーさんとヘルさんが話をしているのが気にならない。ただただ目が離せないでいる。
それだけ凝視していたからだろうか。不意に、ナイトとは違う声が脳内に響いた。
“__ふふっ。私を見つめられるだけで凄いのに、声まで届くなんて。人間なのに面白いわね”
妖しく、そして聞いてるだけで自己が崩されそうになっていることに気づいた僕は、視線を何とか逸らし大きく息を吐く。
これは、やばい。戦慄する。まるで人格を溶かすかのように甘い声でこちらに語り掛けてくるのだから。
これに屈服したら僕はもう戻れずに其のまま堕ちていくことになるんだろう。容易に想像できる未来だね。
そんな僕の様子に気付いたらしいルシファーさんが声をかけてきた。
「どうした? 疲れた顔して」
聞こえてないんだろうなと想像できた僕は、それでも自分の身に起こっていることを正直に話すことにした。
「その鎧から声が聞こえてきました。まるで楽しそうに」
“あら? まだ抗えるの。これは大した人間ね”
「なんだと? おいヘル。そいつの詳細話せ。分からないって訳じゃねぇよな」
「偉そうにしないでよルシファー……知ってることなんて意思を持ったぐらいよ。作り上げてから少し経過したって言ってたわ……まさか」
二柱が僕を見てから鎧の方を見てそれぞれ何のためらいもなく、僕がいることも気にせず「何か」をした。腕が一瞬だけぶれたからそう察するだけで、肝心なことが分からない。
神様との対峙ってこれを見切らないと駄目なのかと改めて思い知らされて、
衝撃が、閃光が、破壊音が。「何か」が攻撃ならそれに際するいくつかが発生するのが常だ。至近でいる僕に降りかからないのがおかしい。
そして僕は見た。鎧に傷一つなく、その寸前に氷柱が二つ出来ていることに。そして、ルシファーさんとヘルさんが難しい顔をしたまま睨みつけていることに。
「……これは」
「ちっ。まさかこんな凶暴な性能を秘めていたとは、な」
「聞いてないわよこんなのは!」
“いきなりひどいじゃない。ずぅっとここに閉じ込められたというのに”
彼らに対して非難するような声が響く。どうやらうんざりしているようだ。しかし僕にしか聞こえないなら愚痴以外の何物でもない。
“ふふっ。この状況でなおも平然としていられる貴方。力が欲しいなら、私が契約してあげるわ”
言うが早いがその鎧は光を放ち、いつの間にか僕の首に
これは……ちょっと、怖いなぁ。いろんな意味で。
そう、思った。
待ってくれた方、読んでいただいた方に感謝を