世にも不思議な転生者 作:末吉
「…………」
立ちっぱなしで俺はじっと待っている。
空は晴れやかで日差しが少々強いと思えるが、そんなもの、前世での砂漠ランニングよりは問題ない。
川のせせらぎが聞こえ、風に吹かれて揺れる木の音と周囲からの喧騒が聞こえる中、俺は一人滝っぽくなっているところで釣りをしていた。
「…………」
竿の先端が動くまでじっと待つ。それこそ、動かざること山の如しといった感じで。
すべての神経を指先に、集中力を竿の先端に集めてやっていると、微かながら竿が反応した。
「!」
見逃さなかった俺は反射的に竿を引く。リールなどはないので、思いっきり引っ張る。
ザパァ! と水しぶきを立てながら出てきた結果に、俺は落胆の意を感じずにはいられなかった。
「……中々釣れない」
俺の現在の釣果。ヤマメ一匹にどう考えても釣れたら困る存在――――人間一人である。
しかもびしょ濡れで意識がない女。
一応心臓マッサージだけをして放置したが、水を吐いたのに起きる気配が感じられないので人工呼吸をやらないといけないかもしれないと釣りをしながら思っている。
とか言いつつ餌を変えて川に投げる。
さすがにヤマメ一匹だけだと死ねる。主に空腹感で。
そんなことを思いながら待っていると、後ろで身じろぎする気配を感じた。
が、もう釣り針を川に入れてしまった俺は振り向けないのでそのまま放置することに。
………………。
「…………だ、れ?」
後ろからかすれた感じでそんな声が聞こえた気がしたが魚を釣りたい俺に返事をするという選択はない。むしろ意識が戻ったのなら自分で何とかしてくれとさえ思っていた。
下手したらこれ以降ボウズになりかねないな……そんな最悪な結果を想像しながら待っていると、後ろからひたひたと水を垂らしながらも歩いてくる女の気配を感じた。
邪魔をされたくない俺は、近づいてくる女にぴしゃりと言った。
「それ以上近づくな。魚に逃げられても困る」
ピタリと立ち止まった。
それを確認せず、俺はただじっと待つ。
釣れろ釣れろ釣れろ釣れろ…………なんて念を込めながら待っていると、その思いが通じたのか竿が引っ張られる感じがしたので反射的に力強く引っ張った。
十分加減したはずなのだが強かったのか、水面から何かが勢いよく飛んで……って。
「鱒とかなら食えるがブラックバスは食えないぞさすがに……」
ブラックバスが釣れた。
即リリースしたいところだが、生態系の破壊を促すようなことをする気など起きず、どうしようかと悩んでいると、後ろから声が聞こえた。
「……あ、の」
「ん?」
思わず振り返ると、俺が釣ったブラックバスを指さしている服やら何やら全部濡れているのに気にしていない女が、よろよろの状態で立っていた。
大丈夫なのかと心配せずにはいられない姿であるがそれよりもブラックバスを指さしていることが不思議だったので、訊ねる。
「これが欲しいのか?」
「……は、い」
掠れかけている声。肩や膝が微かに震えているのを見る限り、川に浮かんで時間が経っていたのだろうと推測できる。
何があったかは聞く必要ないか。そう思った俺は、ブラックバスの口から針を取り、女に渡す。
「俺には食えないからやる」
「…ありがと、ございます」
そう言って俺から受け取った瞬間、ブラックバスが消えた。続いて聞こえたのは口の中で噛む音。
……大分腹が減ってたんだな。調理する気もなく文字通り丸のみか。
俺はさすがに真似出来んと思っていると、女が急に倒れこんだ。
「大丈夫か?」
しかし返事がない。
まさか丸呑みした影響なのだろうか……と思っていると、規則正しい寝息の音が聞こえてきた。
どうやら寝たようだ。たった一匹だけ食べたというのになんと燃費のいい奴だ。
少し羨みながら、もうこれ以上釣れないと思いおとなしく野草を取りに行くことにした。
…………しかしこの女、魔力を持ってるんだな。何者だ、一体?
「あんた一体どこまで釣りしに行ったのよ?」
「もう諦めた。一匹しか釣れないとなると方針を変えることも余儀なくされる」
「だからどこに行ったのって聞いてるんだけど」
「あっち」
川辺周辺で何かないかと歩いていたら、まだ釣りをしていたのかバニングス達と合流した。
…………意外と釣れるんだな、ここ。
バニングスの釣果を見て、俺はへこみながらそう思った。
一方バニングスは俺が指差した方に興味があるのか「一匹しか釣れないって本当なの? 案内しなさいよ」と言ってきた。
釣れないからこうして食べられるもの探してるんだろうが……そう思ったが、百聞は一見にしかず。本人にやってもらった方がわかるだろうと思い直し、野草探しを中断してバニングスを案内するために来た道を引き返すことにした。
その後ろから誰かが見てくる視線を感じたのだが……果たして誰だったのだろうか?
「ここだ……って、まだ寝てるのか」
「誰が……って、ダダダダダメよ長嶋! ジッと見るなんて!!」
「いや。釣り上げて心臓マッサージした時からこんな感じなんだが」
「…………ハァ。なんか慌てるのがバカらしくなってきたわ」
俺が先程まで釣りをしていた場所にバニングスを連れてきたところまだ女は寝ており、それを見た後ろにいたバニングスが顔を真っ赤にして俺と女の前に立ちふさがったのだが……なぜかすぐやめた。
俺は釣り道具をそのまま放置していたのに気付き片づけると、バニングスが不思議そうな顔をした。
「どうして片づけるのよ?」
「釣れないからな。ないものねだりをするほど夢想家じゃないのでね」
「割とお魚いるのに?」
「は?」
そう言って俺はバニングスと同じように川を覗きこむ。すると、大量、という訳ではないがそれなりに種類がいた。ヤマメもいた。
「釣れないの、これでも?」
「…………ああ」
おかしい。これほど魚がいるならさっさと釣れてもいいはず。なのになぜヤマメ以外釣れた魚がいないのだろうか?
そこまで考えて自分の釣りの仕方を思い返し……そこで気付いた。
「そうか……自然と気配を一体化し過ぎたせいで気付かれなかったのか……」
「サラリとよくわからないことを口にしてるけど、要するにあんたの釣り方が間違ってたわけね?」
「そのようだ」
「なら釣りましょ?」
そういうやいなやすぐさま釣り針に餌をつけようとするバニングス。しかしつけ方がわからないのか、そもそもつけるのに抵抗があるのか中々に苦戦していた。
その様子を見かねた俺は何も言わずにバニングスの釣竿を奪い取り、抗議の声を無視して餌を取り付け、そのまま返した。
「ほら」
「……わざわざ取り付けてくれたの? ありがと」
「…どういたしまして」
受け取った竿の先を見て俺が何をしたのか分かったバニングスが礼を言ったので、少し遅れて返事をする俺。
未だに「ありがとう」という言葉を聞くとむず痒くなる俺だが、それでもなんとか慣れてきたのか返事ぐらいは普通に出来る様になった。
さて俺も釣るか。バニングスが釣っている姿(椅子は持ってきたようだ)を見てそう思い直し、自分の釣り針にも餌を取り付けた。
ひゅっ チャポン
「「………………」」
釣り針を川に投げ入れ、互いに集中しているからか喋らずにいる俺達。
木々のざわめく音や川の流れる音などが支配しているようなこの空間で黙って釣竿の動きに集中していると、バニングスが水面を見ながら訊いてきた。
「ねぇ。どうして一緒に釣りをしないわけ?」
「それは」
理由を言おうとしたら空腹感が極致に達したのか、ギュルルル!! と激しく音を立てた。
「……今の」
「ああ。朝食も食べていなければ昼食すらないという状況故に一人で釣りをしている」
一応食べなくても生きていけそうな気がするのだが、毎日食べているせいか一食でも抜くと空腹感が襲い掛かる。
ましてや今日は両親の意識保持のために色々やった上に準備等で動いたのだ。ここまで腹が鳴らなかった事がすごいだろう。
そのような理由で釣りをしに行き、自分の分は自分で、という精神で一人で釣りをしていたわけなのだが、バニングスは何を察したのか呆れていた。
「あんたね……勉強もできて運動もできるのに、どうしてそう協調性がないの?」
「よく言われる。そこまで我が強いと思ったことはないのだが」
「そうね……我が強いというより、関わろうとしない方が正しいわね」
「なるほど。では、関わるとはどうすればいいのだろうか?」
「はぁ? 何を言ってるの?」
ジロリ、とバニングスがこちらを見てるのが横目で分かったが、俺は気にせず続けた。
「例えばの話だ。俺とバニングスはこうして会話していることで『関わっている』。そしてあそこで寝ている女は姿を見ることで『関わっている』。これですでに関わっていることになるのだが、協調性とは一切関係がない。だとすると協調性に関係のある『関わる』は何の行動を以てそう定義されるの」
「何言ってるか分からないわよ! あんた本当に私達と同じ年なの!?」
「そうだが?」
「………………委員長ってすごいわね。あんたと普通に会話出来て」
知らぬ知らぬうちに委員長の株が上がった。しかし俺の疑問は晴れていない。
誰か具体的回答を教えてくれる人がいないだろうかと思いながらぼんやりと釣竿の先端を見ていると、ピクッと反応した。
少し待つ。
今度はピクピクッと沈み、食いついたと思った俺はそのまま引っ張った。
すると、やっとこニジマスが釣れた。
「よしっ」
思わずガッツポーズをする俺。ヤマメ以来食える魚が釣れていなかったので、自然と出た動作だったが、嬉しかったので別段気にしない。
この調子でもっと釣るかぁと思いもう一度餌をつけようとしたら、バニングスが慌てていた。
「あ、この、逃がすものですか!」
そう言って竿を引いているが、魚の方が強いのか引っ張られそうになるバニングス。
見ていられなかった俺は咄嗟に動き、バニングスの後ろに回って一緒になって竿を握った。
「ちょっ、バカ! な、なにを……」
「静かにしてろ。このままだと川に落ちるぞ」
そう言ったおかげか知らないが急に黙るバニングス。
一応後ろから手を回す形になっているが決してやましい気持ちを持っているわけではない。単純にバニングスが濡れないためにしているのだ。
そのまま一緒に、というか俺が思いっきり引っ張ると、今までの中で一番デカい魚が宙を浮いていた。
その魚を見て、俺は思わず叫んだ。
「って、川魚じゃねぇよ!」
そう。渓流に棲む魚や川魚なら理解できるが、なぜか海水魚である真鯛が釣れたのだ。
この世界に魔法が存在するならこれもアリなのかと一瞬頭をよぎったが、それは絶対にないと首を振った。さすがに生態系をいじるほどこの世界もおかしくないだろ。
そう思いながら鯛の口から針を取り手に持ってバニングスへ近寄ると、何故か顔が赤かった。
ひょっとして先ほどの行為に怒っているのだろうかと思いながら、俺は声をかけた。
「おいバニングス」
「な、なによっ!」
声が上ずっている。これは完全に怒ってる証拠だな。
やってしまったか……そう考え俺はバニングスの大量のバケツの中に鯛を入れ、謝った。
「悪いな。いきなりあんなことをしてしまって」
俺の謝罪が意外だったのかそれとも別なことを考えていたのか知らないが、少し間をおいて「……別にいいわよ」と小さい声で言ってきた。
これに返事は必要なのだろうかと思っていると、ゴクゴクゴクと何かを飲み干す音が聞こえたので振り返ると、俺のバケツに入っていたものを飲んだらしい女がバケツを地面に置いていた。
…………あ。
「ふぅ。ごちそう様。ありがとよ、少年」
「俺が釣った魚返せ! あれ飯だったのに!!」
先ほどまで寝ていた女がバケツを置いた後そんなことを言ってきたので、反射的に俺は詰め寄って怒鳴った。
しかし女はどこ吹く風。聞く耳を持たずに服を絞って水気を飛ばしていた。
こ、こいつ……っ!
こぶしを握って肩を震わしていると、絞り終えたのかその女はズボンに手をかけ……俺を見ていた。
「なんだよ? 今すぐ魚を返してくれるのか?」
「いや、お姉さん少年に肌を見せて喜ぶような変態じゃないからどこかへ行ってもらえないかなぁと」
「飯返せ。そしたらどこへなりとも消えてやる」
「……なんか、ゴメン」
「謝罪で済むなら戦争なんて起きねぇよ!」
何やら申し訳なさそうにしてるがこちとら一食も食べれてないんだ。苛立ちが収まらん。
腕を組んで不機嫌な顔のまま女を見続けていると、後ろから急に引っ張られた。
「お、おい!」
「す、すいません! 少し外しますから!!」
誰が引っ張ったんだと思い振り返ったらバニングスで、そのまま俺は引きずられた。
「……なんか、悪いことしたみたいだねぇ。子供にする気はなかったのに」
そんなことを呟いてた気がしたが、キレていた俺は喚くという、年相応のような行為をしていたので気付かなかった。
読んで下さりありがとうございます。