永遠の理想郷と言われた世界『スプリングガーデン』。大昔の災害により一度はその理想郷に陰りがさしたが、
今なお災害の残滓が、ほんの僅かずつではあるがスプリングガーデンを蝕もうとはしていたが、これらも今を生きる花騎士達の手によって阻まれていた。
そんなある日、スプリングガーデンに存在する七つの国家のうちの一つである『リリィウッド』を中心にとある噂が流れ始めた。
リリィウッドは深い森林に囲まれた自然豊かな国だ。が、逆に言えば木々が生い茂り、『害虫』と呼ばれる災害と同時に発生した異形の生物が身を隠すのにはうってつけの場所であるともいえる。実際、リリィウッド所属の花騎士だけでは手が追いつかず、時には他国から訪れた花騎士達も見回ってはいるのだが、それでも全ては回り切れないというあたり、リリィウッドの森林がいかに広大で管理が難しいのかを物語っている。
その森林の中で、ひそかに害虫が集まってきている…と言うのが噂の内容だ。とはいえ、これだけならさして珍しい物でもない。この噂にはもう一つ尾ひれがついていた。
曰く、その集まっている害虫達の中に人が…それも、若い女性がいたというのだ。
通常、害虫と人が共存するなどありえない。例外が無い訳では無いが、基本的に害虫はスプリングガーデンに住まう生物達の事を殺意の目でしか見ない。忌まわしきいにしえの災害に、そういう風に洗脳されてしまったのだ。
だが、不思議な噂ではあったが人々はこの件は早々に片付くだろうとも思っていたのだ。何故なら、噂が立ち始めてしばらく立った日に調査団が組まれたのだが、そのメンバーがサクラ、レッドジンジャー、デンドロビウム、クロユリ、カトレアというそうそうたるメンバーで組まれた事を知ったからだ。
全員、スプリングガーデンに住まうなら一度は名を聞いた事があるだろう…という程に有名な花騎士だ。当然、実力も折り紙付きだ。
一部の聡い者達からは「何故そんな実力者が集った?」と不思議がる声も上がったが、この強力無比な精鋭調査団に国民は…いや、国自体が既にこの噂は解決済みとでも言わんばかりの姿勢になっていた。
そして、その期待に応えるためにも調査団は早速噂の出所となっている辺りの森林の調査を開始した。
―――これが、彼女達が音信不通になる三日前の状態だった。
「ああ、サクラさんサクラさん…。待っていて下さい、今このアイビーが助太刀に行きますから、どうか…どうか無事でいて下さい…!」
サクラ達が行方不明になってから三日後、リリィウッド王城内でステッキを握りしめた眼帯の少女が冷や汗をだらだらと垂らしながらブツブツと呟いていた。
「アイビーさん、落ち着いて下さい。サクラさんやデンドロビウムさんを含めたあのメンバーが、そんなに簡単に敗れる訳がありません。きっと、無事の筈です…」
その少女…アイビーの肩に手を置いて慰めの言葉を掛ける眼鏡をかけた知的な麗人。が、その言葉が微かに震えているのを見るに、アイビーに聞かせると共に、自分にもそう言い聞かせている様にも聞こえる。
更にその隣ではもう一人少女が蹲っていた。普段は活発であろうポニーテールは力なくうな垂れており、好奇心の強そうなまん丸の瞳も今は何処か生気が無い。そして、
「カトレアちゃん…」
と寂しそうにつぶやくその姿は何処か痛々しい。
「―――な、なんだか大変な時に大変なところに来てしまったみたいです。ていうか、へ、へ? ま、まさかこの見るからに危険そうな任務に私もう参加する事になっちゃってるんですか? じょ、冗談ですよね…?」
そんな中、この三人の意気消沈した少女達を、まるで雪女のような姿をした人物が若干顔を引き攣らせながら見つめていたが、やがてせわしなく視線を周囲に彷徨わせ始めたその時。
「当然、参加して頂きますわっ!!」
雪女の後ろから着物を着て花を模した槍を携えた少女が、憤懣やるかたないと言った感じで雪女に向かって怒鳴り散らす。
「うわっ!? え、えっと…か、カンヒザクラさん…でしたっけ?」
「ハツユキソウさんっ! 貴女はもう少し花騎士としての自覚を持ったらどうなんですかっ!?」
「…で、でも、あのサクラさんですら負けてしまった相手にぃぃっ!?」
雪女…ハツユキソウを叱責する着物の少女…カンヒザクラに、しかしハツユキソウは困惑気に反論を試みようとしたが、その言葉を全て言い切る前にカンヒザクラに胸倉を掴まれてしまった。
「ふざけるなてめぇ! サクラお姉ちゃんが害虫なんぞに負ける訳ねぇだろぉが! ああっ!?」
「ひいぃぃっ! は、はいそうですそうですとも! サクラさんが害虫なんかに負けるはずがありませんっ!」
豹変したカンヒザクラにそのまま槍を眼前に突き付けられて脅されたハツユキソウは、両手を上げて降参の意を示しながら何度も首を縦に振りカンヒザクラの言葉を肯定する。
そのカンヒザクラの肩に手が置かれる。カンヒザクラが振り返ると、一人の男性が”落ち着け”と言わんばかりの視線をカンヒザクラに送っていた。
その視線を受けたカンヒザクラは、暫く男性と視線を交差させていたが、やがてハツユキソウの胸倉を掴んでいた手を離し、
「…取り乱して、申し訳ありませんでした」
と、深々とハツユキソウに頭を下げた。
「あ、い、いえ、いいんです。私の方こそ失言でした…。そ、それで団長、やっぱりこの六人で…?」
「はい、害虫が集っていると思われる場所に偵察に行っていただきます」
カンヒザクラの謝罪をなあなあでかわしながら、男性を団長と呼んで何かを尋ねるハツユキソウ。その答えは、男性の後ろから出てきた茶色い髪の女性が代わりに答えた。
サクラ達が任務に失敗した事はリリィウッドのみならず、周辺の各国にも衝撃を与えた。実際に失敗したのかは分からないが、連絡が無い以上そう判断するしかないのだ。
そして、その原因は恐らく例の噂の元凶だろう。
しかし、かの五人が敗れたとなると、おいそれと半端な花騎士を討伐に向かわせる事は出来ない。そんな事をしても各個撃破されるのは目に見えているからだ。
とにかく数が…花騎士の数が必要なのだが、実は少し前に『ナイドホグル』という古代の化け物を相手取り、その後始末に各花騎士が奮闘しており中々数が集まらない、と言うのが現状なのだ。
そんな中集まったサクラを慕うアイビー、カンヒザクラ。同じくカトレアの親友であるポニーテールの少女…オンシジュームと、デンドロビウムの弟子である眼鏡の麗人…シンビジューム。そして、たまたまこの場に居合わせたせいでとっ捕まってしまったハツユキソウ。
更に、彼女達花騎士をまとめ上げる立場である団長と、その補佐を任されている茶色い髪の女性…ナズナの七人。因みに、この中でナズナだけは非戦闘員なので、実際に戦場に立つのはナズナを除いた六人だ。
前述の通り、こんな少人数では出撃は許可されないのだが、この団長は他の騎士団の長よりも交友が異常に広く、なんと各国の女王にまで顔が利いてしまう程だ。当然、このリリィウッドにも顔が利く為、それを利用し無理を言って出撃許可をもぎ取ったのだ。
とはいえ、この出撃任務はあくまで偵察。少しでも危険を感じたらすぐに撤退するようにと言う条件付きではあったが、とにかくサクラ達を助けたい一心で集ったアイビー、カンヒザクラ、オンシジューム、シンビジュームにはそれで十分だったのだ。
かく言う団長も、調査団の五人とはかなり深い親交がある。できれば見捨てたくはないというのが本音であり、団長の決定ならそれがどのような物でも全力で補佐するのがナズナという人物だ。
そんな中、一人ハツユキソウだけはある意味では無謀とさえ取れるこの任務を前に、重いため息を吐いていた。
「いやあああっ!」「
カンヒザクラ、アイビー、オンシジュームの三人がそれぞれ気合の掛け声…アイビーだけ変な技名だが…と共に目の前に相対する害虫に対し各々の得物を叩きつける。
それぞれ、槍で突き刺され、ステッキで連続殴打され、短剣で切り刻まれ、奇怪な悲鳴を上げる害虫ではあったが、彼らも負けてはいない。即座に体勢を立て直し、三人の中で一番小柄なカンヒザクラに向かって、三位一体の連携攻撃を仕掛けてきたのだ。
「なっ…!?」
今の攻撃に十分な手ごたえを感じ勝利を確信していたらしいカンヒザクラは、予想外の反撃に驚きの声を上げる。だが、
「ほいやああっ!」
そのカンヒザクラの後ろから、何となく間抜けな掛け声。直後、常人の2~3倍の体積はありそうな巨大な氷塊がカンヒザクラの後ろから無数に飛来し、三匹の害虫を押しつぶしてしまった。
「す、凄い…」
その圧倒的な威力にしばし呆然とするカンヒザクラ達だったが、少しして氷塊で攻撃した本人であるハツユキソウが、身体を震わせ顔を青ざめさせている事に気付いた。
「うう~、さ、寒いよう…。だから、あんまり力は使いたくないんだけどなぁ~…」
言葉通りに全身を手で摩擦しながらガタガタと震えているハツユキソウ。どうやら、彼女は強力な攻撃をするたびに体温を急激に奪われてしまう様だ。
「…団長、今の害虫見ましたか?」
そんなハツユキソウに、団長は自分が着ていた騎士団長用の上着をかぶせてやっていたが、そこにシンビジュームが難しい顔で団長に語り掛ける。そして、その問いに団長も真剣な表情で頷いた。
「本能にのみ従う害虫が連携行動を取るなど、本来はありえない筈です。無論、全く同じ種族同士というのなら分からなくもないのですが、今の三匹はそれぞれ昆虫型、蝶型、蜘蛛型と種族もバラバラでした」
不可解そうに言葉を紡ぐシンビジューム。それを受け、団長も考えこもうとした…のだが、
「そんな事どうでもいいですわっ! それより早くサクラお姉ちゃんの下へ…!!」
「そうよっ! こうしている間にもサクラさんが助けを求めているのよっ!!」
「早く奥へ行こうよっ!! カトレアちゃん、もう少しだから待っててね…!!」
その思考を遮るようにカンヒザクラ、アイビー、オンシジュームの三人が団長とシンビジュームを急かす。と、その時だった。
「―――何やら騒々しいと思い来てみれば、またもや我らの領地を荒す不届き者が現れよったか…」
森の奥から響く、美しくも高圧的な声。全員がそちらを振り向くと、一人の女性が団長達の前に姿を現していた。
淀み一つなく煌びやかに輝く黄金の長髪に、この世の物とは思えない程の美貌を誇る顔。但しその額からは虫の様な二本の触角が生えている。
蜂の羽を幾重にも重ねた様なローブに包まれたその身も、非常に均整の取れた美しいプロポーションだ。ただ、腰が異様にくびれているのが少し気になるが…。
「な、何者ですかっ!?」
突如現れた謎の人物に、未だに寒さに震えているハツユキソウ以外が咄嗟に構える。と、ほぼ同時にシンビジュームが謎の人物に尋ねた。
「人に名を尋ねる時はまず自分から名乗るのが礼儀だと思うが…まあよかろう」
シンビジュームの不躾な問いに少し表情を歪める謎の人物だったが、すぐさま表情を元に戻し、そして大仰な身振りと共に口を開いた。
「我が名はセクトニア! いずれこの地に君臨する事となる女王の名を、しかと脳髄に焼き付けるのだっ!!」