ゆきのんの休日
休日
それは日々勉学や仕事に打ち込んでいる人が、体を休めるためにあるもの。
かくいう雪ノ下雪乃も、部活も学校もない日曜日くらい体を休めようと外に出たのだ。
と言っても目的がないわけではなく、新しくパンさんのグッズが出るらしい。ネットでちょっとした調べ物をしていたら見つけた、千葉限定の落花生を抱いているパンさんのぬいぐるみを。
だからこそ普段は自主勉強に使う休日を削ってまで、駅に来ていた。
千葉県以外の県から人が来る駅なら、ご当地限定のぬいぐるみがあると踏んでいるのだ。
駅の売店があるのは3階。途中のコンビニや銀行を無視して二階に登る階段に一直線で歩く。
ただ、雪乃の動きは階段の前でピタッと止まったのだ。
階段を登るわけでも見つめるわけでもなく、ピタッと。
雪乃は別のところをジッと見ている。ゲームセンターコーナーだ。
普段雪乃には縁などなく、気にもしないものだ。ただ今はジッとゲームセンターを見ている。
その目線の先にあるのはそう………パンさんのクレーンゲームだ。
どうやらゲームセンター限定のものもあったらしい。ゲームのコントローラーを持ったパンさんのぬいぐるみだ。ゲームをやらない雪乃にとっては魅力的に見えないのでは?と思うが、雪乃はパンさんならなんでもいい。パンさんだから欲しい。ただそれだけだった。
階段の前から動き、ついに雪乃はゲームセンターに入っていく。持ってきた1万円を全て百円にして、雪乃とクレーンゲームの戦いの火蓋が切って落とされたのだ。
〜〜〜
「なんで取れないのかしら…」
いつもはクールに、冷静に物事を客観視できる雪乃だが、今回は別だった。口角はヒクついて、足は少し貧乏ゆすり。イライラと擬音がつきそうなほどイラついていた。
パンさんというのもあるが、雪乃自身が負けず嫌いなのもあるのだろう。
もう既にこのクレーンゲームに2千円突っ込んでおり、ここで諦めたら負けたような気がする。という意味不明な解釈により、クレーンゲームの前から動けなかったのだ。
──もう一度っ!もう一度っ!
そう思ってお金を入れていくと、既に財布から3千円が消えていた。
おかしい、ここまで取れないはずがない。頭は悪くない雪乃なら理解はしていた、このパンさんは相場千円もしないだろうと。
でももう後には引けない。既に3千円突っ込んでおり、数十分はここに居る。
「もう一度よ」
こうしてどんどん百円が消えてゆく。何度も何度もクレーンを動かし続けても、全然取れる気配がない。
3千円使って居るとはいえ、雪乃はクレーンゲームのやり方ぐらいは心得ていた。
タグに引っかければ確実に取れるはずなのだ。なのに引っかからない。
「なぜ…?」
4千円使った頃には、流石の雪乃も絶望していた。
いくら親が有名な議員だとしても、建設会社の社長だとしても、一人暮らしをしている身。4千円の痛手は理解しているし、どんな大金かも理解している。さらに言えばこれは親の金だ。いくら一人暮らしを反対されたからと言っても、バイトのしていない雪乃は親の仕送りによって生活している。さすがの雪乃でも罪悪感があり……諦めかけたその時だった。
「あの〜…アシストしましょうか?」
ゲームセンターの店員が話しかけてきたのだ。
アシスト、それは景品を動かして取りやすい位置に動かしてくれたりするものだ。
ただ、ゲームセンターに行かない雪乃はそんな事を知るはずもない。アシストといっても、アドバイス程度の物だと思っていた。
店側の考えることなんて分かっている。人間は利己的な存在だ。
ここで大きなサービスをしてしまえば、本当に景品がとれてしまう。ここで適切なアドバイスをする利益が店側にないのだ。
「いえ、いらないです」
だからこう即答した。
疑い深いと思うかもしれないが、小学校の頃から周りに嫉妬で貶され続けた雪乃にとって、この考えは自然のものだった。
それに、アシストを受けたらなんだか負けたような気もして、そんな気持ちも混ざりアシストを断ったのだ。
こう言った手前、もう辞めるわけにはいかない。雪乃はいつの間にか百円を手に、クレーンゲームのボタンへと手をかけていた。
そして百円、百円とどんどん消えていく…。
もう、何分経ったのだろう、もしくは何時間か。
あの後何度か店員がアシストをすると雪乃の下へ来たが、雪乃は全てそれを跳ね除けた。
「あと…千円ね」
そう、もう既に9千円使っていたのだ。ただ、未だにタグには引っかからず、アームが空を切る。
ここまで来ると店員のアシストを少なからず聞いておけば…という後悔も多少は出てきていた。
九百円、七百円、五百円のところで、今度は聞き慣れた声が聞こえて来る。
「あれ、ゆきのん?」
「由比ヶ浜さん…」
そう、同じ部員の由比ヶ浜結衣だ。
別にここに居てもおかしくはない。部室で、よく三浦さんたちと行くと聞いたこともある。
ただ、いきなりで少し雪乃は驚いていた。
「ゆきのんがゲーセンに居るなんて珍しいね!何取って……あ、なるほど」
雪乃の後ろにあるパンさんのクレーンゲームを見た結衣は、完全に理解したかのような声をあげる。
雪乃はそれがちょっと恥ずかしくなり、今までムキになって居たことも後悔となっていく。
「い、いえ違うのよ?少し目についたから、どんなものかとやってみたくなっただけであって…」
「あはは…取れないようだったらゆきのん、私が取ってあげよっか?」
少し呆れたように笑った後、今度は腕を捲るような仕草をして自信満々にパンさんを取るというのだ。
普段の雪乃なら断っているだろうが、今回は別だった。もう既に九千五百円使っている身。藁にもすがる思いで結衣に五百円を渡した。
「よ〜しっ、まかせて!」
結衣は自信ありげにクレーンゲームの前の立つと…
「すみませ〜ん!」
店員を呼んだ。いきなりの事に雪乃はポカンとして、結衣をジッと見ている。
店員を呼んだ結衣は何やら店員にアシストをお願いして、取りやすい位置に移動してもらったようだ。
「よし、これで後は何円で取れるかな?」
その後は早かった。結衣は雪乃のようにタグを狙うことなく、ぬいぐるみ自体をアームで掴み、落とそうとしたのだ。
一度目はミス。結衣は残念そうな声をあげながら、すかさず二度目を始める。二度目も一度目と同様にぬいぐるみ自体を狙ってアームを動かした。
すると二度目のアームはぬいぐるみをがっちりと掴んだのだ。
そのまま上に持ち上げても落ちることはない。なんと二百円で呆気なくとってしまったのだ。
「えへへ、これはヒッキー流の取り方なんだけどね」
その言葉に、雪乃はもう唖然とするしかなくただぼーっとそこに立っていた。
〜〜〜
ゲームセンターからの帰り道、雪乃は結衣と肩を並べて帰っていた。
結衣からもらったパンさんのぬいぐるみを抱きかかえ、雪乃は複雑そうな表情を浮かべながらも、嬉しそうにしていた。
「ゆきのんもしかして2千円ぐらい使っちゃった?」
「え、えぇ」
本当は1万円使ったなど腐っても言えないだろう。
いま思えばそこまでムキになって取るものでもない。きっと通販で買った方が何倍も安い。
「あーいうのは、かくりつき?なんだって」
「確率機…?」
「うん!これもヒッキーが言ってたんだけど、ああいうのは店員さんを利用しながら、アームが強まるまでお金を入れるのが確実だって言ってた。変にタグとか狙わずに」
結衣の言葉に耳が痛い。雪乃は何度もタグを狙ってぬいぐるみを掴むことはなかった。
1万円も使えば、絶対に何回かはアームが強まった時があったはずだ。それでもタグを狙ったせいでアームは空を切り、その時を逃していたのだろう。
「そう…覚えておくわ…」
ただ、数時間クレーンゲームと葛藤していたからなのか、雪乃は相当疲れているようだ。
結局千葉限定のパンさんを買えなかったのを気付くのは家に帰ってからで、物凄く落ち込む羽目になった。
オマケ・その後の電話
『ねぇねぇ雪乃ちゃん』
『はぁ…何かしら?姉さん。私は早く寝たいのだけれど』
『今日ゲームセンター行ったんだって?』
『っ…由比ヶ浜さんね…』
『ピンポ〜ン!ガハマちゃんに偶然会ってね〜色々聞いちゃった」
『はぁ…私がどこ行こうが勝手でしょ?』
『ん〜、それもそうなんだけど〜。何円使ったのかな〜って』
『…………2千円よ…』
『ダウト』
『…………』
『あっはは!雪乃ちゃん、分かりやすすぎだよ〜』
『別にいいでしょ、姉さんには関係無いわ』
『………1万円ぐらい使っちゃった?』
『〜〜っ!もういいわっ!』
『ごめんって雪乃ちゃん、もうからかわないからさ〜』
『それじゃあっ、お休みなさいっ!』
ツーツーツー
以上、パンさんがどうしても欲しくて1万円使っちゃうゆきのんの短編でした。