ディルミアス・アーディラスの一件から数日。
つけるべき話も終え、ユーリはいつもと変わらずの日を過ごしていた。
ユーリ達が過ごす小さなこの教会も王女による命で壊されてしまう。
『汝は、王女を憎むか』
「・・・ううん、別に」
『思い入れが、あるのだろう』
精霊の言ったことは間違いではない。
ユーリとて数年だが過ごしていたのだ。
思い入れが無いわけではない。
『・・・王女を殺せ、とは到底言えぬ。動機として動くには薄い』
「・・・本当にそう、思うの」
冷酷な声色で精霊に問う。
今まで生きるため、ユーリも手を汚すことなどはあった。
殺生も生きるため、という名分で何度も何度も行っていた。
『逆に問おう。そなたに殺す動機はあるのか』
「・・・」
何も言えなかったユーリに精霊は暖かな視線を送る。
生まれながらにして精霊に愛されていたユーリを良く知っているのもまた精霊達。
『・・・世界は、精霊を尊ぶ。我らは自然そのものを具現化したような存在。故に人族の事などは心底どうでもいいのだ』
「・・・うん」
『だが、汝は精霊に愛される方だ。最も、全てではないがな。だが、難しく考える必要はない。我ら精霊が勝手に好いていく事と同様に、汝も己に従って行動すれば良い』
「・・・そう、だね」
精霊というのは自由奔放で、強制的に縛り付けるのは禁止されている。
そのようなことを行えば精霊自身の力を扱えず、精霊も従わない。
多くの精霊に好かれ、愛されているユーリは《精霊の愛し子》と呼ばれる存在だ。
世界の理が精霊を尊ぶ為に、その精霊に愛されている愛し子は国が喉から手を出すほど欲しい存在。
王族へそれを言えばユーリの衣食住を約束されるが、それはただの操り人形とユーリは思う。
自分のためではなく、国のために精霊に命じないとならなくなるからこそ己の存在を隠す。
『提案ではあるのだが』
「ん・・・」
『猫になってみる・・・というのはどうだろうか』
「・・・猫?」
『うむ。変化の魔法を使い汝を猫へと変化させる。表面的ではなく存在そのものを変化させるため、気付かれることはないだろう』
猫になってみるというのは好奇心があったが、ユーリは何故そのようなことを考えたのか不思議だった。
「・・・その意味は」
『異国へと行ったとき、どのような国なのかを自由に見れると思ってな。猫ならば気にされることも少ないだろう』
「・・・良い、かも」
『術そのものは汝でも行使できるだろう。元より精霊に愛される存在からか精霊魔法も容易く行使できるのだからな』
「・・・分かった」
ユーリが日を見るとかなり傾いており、まもなく夜の光が照らす刻になっていた。
「・・・ね、むい・・・」
陽が落ちて冷えてきた体だが、ユーリの眠りは段々と迫っていた。
このまま屋根で寝れば陽があるときと違い体を冷やしてしまう為、屋根から下りると教会の自分の部屋へと向かう。
「は、ふ・・・」
ぼふっとベッドへ倒れ込むとそのまま瞼を閉じて夢の中へと誘われていった。
小鳥が鳴きはじめる頃。
ユーリは目が覚めると、顔を洗いに水場と向かう。
その時、一つの考えが頭をよぎった。
「・・・冒険者」
冒険者は基本的に自己責任の職業。
薬草集めから魔物など依頼は様々だが、確実なのはユーリが猫として変わるための口実の一つにはなるということだった。
ただただ子供達に告げるだけでは納得しないために、ユーリが冒険者になることを伝えれば大丈夫だろうと考えた。
戦闘経験は数える程しかないものの、技術こそはあった。
ユーリの扱う魔法によって、他者の経験を己に模写し、自己の経験にする物がある。
自分自身を他人に憑依経験させることによる知識の転写でもあるそれは超高等魔法の分類でもあった。
「・・・決めた」
自分の頬をパンパンと二回叩くと、顔を拭いてシスターと子供達に伝えるべく部屋を出る。
「今は、まだ台所、かな」
夜が明け、朝が来たばかりの時間はシスターが朝御飯を作るため台所にて料理をしている。
台所へと入るとエプロンを身につけてシスターの隣へと移動する。
「おはようございます、ユーリ」
「ん、おはよう」
「今日はあっさりなのを作ります。お手伝いしてもらってもよろしいですか?」
「ん、良いよ」
「ありがとうございます」
これが何時もの朝の会話。
話自体は食べるときにでも言おうと思い、ユーリは調理に集中した。
数十分で作り終えた二人はテーブルへと並べていくと子供達が続々とやってきていた。
「おはよー、ユーリ姉ちゃん」
「ユーリお姉ちゃん、おはよう」
「ん、二人ともおはよう」
料理を並べ終えると子供達は椅子に座り待っていた。
ユーリとシスターも座ると、祈りを捧げると手を付けはじめた。
「ん・・・みんな」
「どうかしたのですか?ユーリ」
「私、ね。教会出ようと、思う」
「えっ!?」
「な、なんで?」
ユーリの突然の言葉に子供達は驚いていた。
まさか出るとは思っていなかったのだろうと。
シスターも動揺はあるが、その言葉の真意を汲み取るべく静かに聞いていた。
「ユーリ、何故ですか?」
「ん・・・今でこそ、寄付で何とかなってる。だけど、いつか回らない」
「・・・やはり、分かっていたのですね」
「ここに、帰ってこないわけじゃない。だけど、今は出たい」
「・・・宛は。出たとして貴女の行く先は何があるのですか」
「・・・それ、は」
そこで言葉が詰まる。
冒険者になる、という言葉が喉を詰まらせていた。
言えば自分もなると子供達が言うかもしれない。
だから言えなかった。
「・・・ユーリ。貴女が決めたことなら構いません。ですが、時々・・・たまにでも構いません、子供達へ私へ顔を見せに来てください」
「ん・・・分かった」
「ユーリ姉ちゃん・・・出ていっちゃうのか?」
「ん、そだよ」
「なんでだよ?今でも充分過ごせるだろ?」
「・・・今でも、今後は分からない。難しいかもだけどね」
「・・・そっか」
名残惜しさはあったものの、ユーリはここを出ることを決めた。
それを覆すことはしない。
目的のためならば手段をいくらでも考え実行する。
それを可能にする力量も技術も思考もある。
それがユーリの本領であり、真髄だった。
「・・・ん」
今日中にでもこの教会を去ろうとユーリは考え、ご飯を食べ終えるとすぐに片付けを行った。
食器を洗い終え、自分の部屋の荷物を纏める。
空間魔法で無限収納が出来るため、いくらでも荷物は収納でき運べる。
持って行くものと掃除して置いておく物を分け纏め終えると時間は夕方の刻になっていた。
「・・・ん、しばらくお別れ」
少し名残惜しそうにしつつもユーリは魔法の言を唱える。
その幼い身体からは考えられないほどの濃密で純粋な魔力が溢れ出す。
「
詠唱を終えるとユーリの姿が人間から小さな姿へと変わっていく。
ユーリだけが扱える《幻想魔法》は己のイメージが大切となる。
イメージというのは難しいがユーリの情報収集能力は高く、聴覚・嗅覚・味覚・視覚・触覚といった五感から情報を集める。
集めた情報は決して忘れることの無い記憶能力は《幻想魔法》にとても最適ではあった。
通常の魔法や精霊魔法等は扱えるものの、流し込む魔力が多すぎる故に初級魔法でも中級や上級の火力になり得る。
(身体が軽い。すごく動きやすい、かな)
猫の姿になったユーリは今まで使っていたローブも収納すると窓から外へ出ていく。
見た目は先ほど鏡で見たが、ユーリの元の姿を猫に写した物で真っ白な毛並みの白猫だった。
目は様々な角度から見ると色が違って見える為に決まった色はない、強いて言うならば宝石色みたいなものだろうとユーリは考えながら。
(沢山、歩いてみよう。いざとなれば、精霊達が守るって、言ってくれた)
あまりユーリは甘えるという行為を行わず、我が儘も殆どしていなかった。
それゆえに精霊達は出来ることをやりたかった。
その結果、猫の姿になったユーリを全力で守護するというものだった。
常にユーリの近くで集まっていると精霊を見ることが出来る者に怪しまれるため、基本的には離れてもらっているのが現状だった。
(~♪)
猫になった途端、探検をしてみたくなったユーリは自分のいる国をポテポテと足を動かして歩いていった。