新次元ゲイムネプテューヌ THE UNITED   作:投稿参謀

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第34話 暗黒星くろめの誕生

 オプティマスらと女神たちが刑務所の暴動をなんの問題もなく鎮圧し、

 バンブルビーたちがディセプティコンを追い詰めながらも取り逃がし、

 ホット・ロッドとガルヴァトロンが激突してから、やや経って。

 日も暮れて終結祭もフィナーレに近づいてきた頃。

 

 プラネタワーのトランスフォーマー用リペアルームでは、報告を済ませたバンブルビーやハウンドらが、整備ついでに検査を受けていた。

 ゴールドサァドたちは、人間用の医務室で治療と検査を受けているので、この場にはいない。

 

「ふ~む、これは興味深いねえ」

 

 ラチェットは、何やらいくつかのサンプルを前に感心した様子で顎を撫でていた。

 並んだシリンダー型の容器に入れられているのは、バンブルビーらゴールドサァドと合体したメンバーから採取したエネルゴンだ。

 機械を操作すると、シリンダーにピンク色の液体が注入されるが、すぐにエネルゴンの青に混ざって消えてしまう。

 

「どうやら、君たちの体には合体していない状態でもアンチ・エレクトロンに対する完璧な抗体が備わったようだ」

「ケッ! これで二度とあんな真似しないで済むってワケだ!!」

 

 リペア台の上に横になったクロスヘアーズは、元気そうに悪態を吐く。

 隣には、ドリフトも同じようにして横になっていた。

 

「うむ。そもそも女子と合体などと、今にして思えば何とも破廉恥な……」

「いや、今更、それ言う?」

「合体のニュアンスが、違うような……」

 

 なにかズレた発言に、リペア台に腰掛けたバンブルビーがネプギアに整備してもらいつつ、ツッコミを入れる。

 一足先にリペアを終えたハウンドは、外していた銃を装備しなおしながら意見を出す。

 

「まあ、これでディセプティコンどもを追えるのは確かだ。連中の言うことがマジなら、向こうにはアンチ・エレクトロンが充満してるらしいからな」

 

 これには、他の全員が頷いた。

 このままディセプティコンに借りを返さないなど、ありえない。

 特にバンブルビーは何としてもバリケードを捕えるという決意に燃えていた。

 

「そうそう、抗体と言えばホット・ロッドもアンチ・エレクトロン抗体を持っていたよ。生まれつきか後天的にかまでは分からんがね」

「あの餓鬼が?」

 

 世間話のような調子のラチェットの言葉にクロスヘアーズが怪訝そうな顔をする。

 ドリフトも難しい顔になった。

 

「ホット・ロッドか……思えば奴も風変わりな男よ」

「つうか先生よ。アンタなら分かるだろ? あいつが……」

「メガトロンの息子、つまりロディマスか、かね?」

 

 クロスヘアーズの問いにラチェットが問い返すと、一同は何とも言えない表情になる。

 今まで何となく避けていた話題だが、いよいよ真実に迫らなければならないのかもしれない。

 そして、この軍医がそれを分からないはずはないのだ。

 

「残念ながら、それは秘密だ。患者の情報を漏らすのは守秘義務に反する」

「うおい! 惚けんなよ!!」

「はっはっは、どうしてもと言うなら、無理矢理聞き出してみたまえ」

 

 腕を回転カッターに変形させ余裕を見せるラチェットを見て、クロスヘアーズは不貞腐れた調子で黙り込み、他のメンバーもそれ以上は追及しない。

 この軍医が本気を出したら、色々な意味で勝ち目がないのだ。

 

「……ホット・ロッドさんもだけど、うずめさん、大丈夫かなあ?」

 

 そんな中、ネプギアは整備を続けつつも酷く傷心の様子だったうずめのことを気にかけていた。

 姉が何かしようとしているようだが、果たしてどうなるだろうか?

 

  *  *  *

 

 一方、こちらはオプティマスの執務室。

 執務机を挟んで、オプティマスとホット・ロッドが対峙していた。

 報告もそうだが、約束通り個人的な話をするためだった。

 

「報告は受けた。とりあえず、ガルヴァトロンの狙いが分かった。よくやったな」

「はい」

「明日には皆を集めて対策を話し合う。お前にも同席してもらうぞ」

「はい」

「それと、うずめと合体したそうだな。ラチェットによると、どうも私やネプテューヌの融合合体(ユナイト)とは原理が違うそうでな。便宜上、『キス・プレイヤー』と呼ぶことになった」

「はい」

「あのコンテナには驚いた。ホイルジャックが首を傾げていたぞ」

「はい」

「……ホット・ロッド、何があった?」

 

 生返事ばかり返してくるホット・ロッドだったが、オプティマスの声のトーンが低くなるとビクリと肩を震わした。

 

「報告したほど、単純な事態ではなかったのだろう? 包み隠さず、教えてほしい」

 

 ジッと若いオートボットを見つめているオプティマスの青い目が、嘘や誤魔化しはするなと言外に語っていた。

 実際にはオプティマスはパワードスーツ隊から報告を受けていたが、ホット・ロッドの口から直接聞くことに意味があった。

 

「…………実は」

 

 ややあって、ホット・ロッドはポツポツと語り出した。

 ガルヴァトロンと対峙し、うずめが人質に取られたことで抱えていた不安や怒りが爆発し、それが殺意にまで至ったこと。

 レイの映像が再生されたことで、それが鎮まったことを。

 全ての話を聞いたオプティマスは深く排気した。

 

「お前がそこまで抱え込んでいたとは……すまなかったな。私の判断ミスだ」

「! そんなことは……!」

 

 オプティマスが悪いはずなど、断じてない。

 悪いのは、感情に飲まれた自分だ。

 そして今もまた、感情を抑えきれなかった。

 

「オプティマス、教えてください。メガトロンというのは……どんな奴なんです?」

「……私が話すと、どうしても私情が入るが、それでもいいか?」

「構いません。あなたの目から見たメガトロンを知りたいんです」

 

 その懇願が利いたのか、オプティマスは少し考えてから話し始めた。

 

「メガトロンという男を、一言で表現するのは難しい。最初に出会った時、彼は理想に燃えていた。社会的に扱いの良くなかったディセプティコンを救うという大志を抱いていた。それは嘘偽りでは断じてない」

「資料で見ました。しかし……プライムに選ばれなかったことで、歪んじまった。恐ろしい、モンスターになってしまった」

 

 ここまでは、ホット・ロッドが自力で調べた中にもあった話だ。

 プライムになれなかったことだけが理由でないにしても、切っ掛けとなったのは確かだろう。

 

「彼は恐るべき力の持ち主であり、軍事や政治においても素晴らしい才能を示した。それ以上に驚くべきは、その精神力だった」

「そして、その全てを宇宙征服の野望に費やした」

「それもまた、彼の一面であることは否定しない。大きすぎる野心、強すぎる向上心、そういった物が、彼の心を歪めたのも事実だろう」

 

 重々しく語れる言葉に、ホット・ロッドの中で陰鬱な物が大きくなっていく。

 

「しかし、彼は変わった。この世界に来て、レイと出会ったからだ」

「利用する気で攫ったんじゃないですか」

「最初はな。しかし、ガルヴァたち……子供たちが生まれ、二人の間に確かな絆が芽生えた。メガトロンをして、野心も憎しみも忘れさせるそれは、愛と呼んで差し支えない」

「本人は、別に野望を忘れたワケじゃないと公言してるそうですが……」

「よ、良く調べてるな……」

 

 適格に反論してくるホット・ロッドに、オプティマスはううむと唸る。

 実際、ホット・ロッドは様々な資料を集めてメガトロンについて研究していた。それは親かもしれない人物の良い所を一つでも見つけようとしたからだった。徒労に終わったが。

 

「貴方の子供なら良かったのに。貴方と、ネプテューヌの子なら、どんなに良かったか……」

「あまり買い被ってくれるな。私は、お前が思うほど素晴らしい男ではない」

 

 苦笑気味に言ったオプティマスは、立ち上がって部屋の窓から街を見た。

 

「今なお、オートボットには戦争の責任はメガトロンにあると考える者がいる。……しかし、責任の半分は私にある。あるいはすぐに降参していたなら、サイバトロンが滅ぶことはなかったかもしれない。……いや、プライムに選ばれたあの日、メガトロンを気にかけることが出来たなら、戦争は起こらなかったのではと、今でもそう思うのだ」

「そんなこと……!」

 

 今更、そんな『たら』『れば』を言ってもしょうがないではないか。

 現に戦争は起きてしまった。それはもう変えることは出来ない。

 

 自分が、結局はメガトロンの子であることを変えることが出来ないように。

 

「あの日、私は自分のことで頭が一杯だった。皆は私を英雄であるかのように言うが、私はいつだって、自分のしていること、してきたことが正しいのか疑問に思っていた。総司令官としてそれを口にすることは許されなかったという、ただそれだけだ。今だってそうだ。お前をどうやって説得すべきか、悩んでいる」

 

 オプティマスは振り返ってホット・ロッドを真っすぐに見た。

 若きオートボットは、総司令官の表情に拭い切れない苦悩を見た気がした。

 

「ホット・ロッド、お前が調べたのはメガトロンという男のある一面に過ぎない。彼は独裁者であり、革命家であり、剣闘士であり……そして私の親友だ」

 

 果たして、オプティマスが再びメガトロンを親友と呼べるようになるまで、どれほどの葛藤と苦悩があったか、ホット・ロッドには計り知れなかった。

 それでも。

 

「それでも俺は、あいつを父親と認めることは出来ない。……出来るはずがない」

「そうか? 私の見た所、お前は()()()()()()()()()()()()

「ッ!」

 

 それは、ホット・ロッドにとってどんな罵詈雑言よりも残酷な言葉だった。

 彼は思っていたのだ。オプティマスなら、そのことを否定してくれるのではないかと。

 ガラガラと足元が崩れていくかのような感覚に、ホット・ロッドは陥っていた。

 

「型に捕らわれず、多少無茶しがちなところ。逆境にも怯まない勇敢さ。何よりも、理不尽に立ち向かい弱い者を守ろうという精神、家族や仲間のために戦う姿が、若き日の彼によく似ている」

「……それはあいつが持っていない物ばかりだ。仮に持っていたとしても、もう失ってる」

 

 目線を逸らし虚ろに言うホット・ロッドに向かって、オプティマスは力強く笑んだ。

 

「そうだ。彼が一度は失った、しかし確かに持っていた、そして取り戻した美徳だ。なあホット・ロッド。メガトロンはな、私の知る限り誰よりも家族を愛する人物なんだ。もしお前が彼の息子だとしたら、それこそが何よりも重要なのではないか?」

「…………」

 

 ホット・ロッドは椅子に座ったまま項垂れて、答えなかった。

 オプティマスは立ったまま、机に備え付けの情報端末にアクセスする。

 すると、机の上に立体映像が現れた。

 

「とりあえず、これを見てくれ」

「これは?」

「まあ、見てのお楽しみだ」

 

 そういうオプティマスの顔は少し悪戯っぽかった。

 

 映像は、何やら大きなトランスフォーマーが、子供のトランスフォーマーに向かって怒っているという物だった。

 

『まったく、知能テストでこんな点数を取りおって! だからあれほど予習復習はちゃんとしろと言ったではないか!!』

 

 大きな方は、灰銀色の厳めしい姿をしていて、赤いオプティックを吊り上げていた。

 

『だって……』

『だってではない! よいか、俺はテストの点が悪いことを怒っているのではない。お前は俺と『今度のテストでは合格点を取る、そのために努力する』という約束をしたのに、それを破ったことに怒っておるのだ!! 全力で取り組んでこの点ならいざ知らず、テスト前に遊び惚けていたこと、気付かないと思うたか!!』

『ううう……』

 

 灰銀色のトランスフォーマー……メガトロンに怒られて、赤とオレンジの子供は、体をさらに縮こまらせる。

 それを見て灰銀色は大きく排気し、屈んで子供に視線を合わせて頭を撫でる。

 

『よいか、息子よ。男たる者、約束は守らねばならん。これはな、とても大切なことだ』

『はい、父上……』

「こ、れは……」

 

 ホット・ロッドが言葉に詰まっていると、子供……幼きロディマスが頷き、映像が切り替わる。

 どういうワケか、メガトロンが正座していた。ディセプティコンのリーダーが綺麗に正座している姿はシュールを通り越してなにか前衛芸術のようですらあった。

 その前には仁王立ちする女性が一人。

 

『あ、な、た! 私、言いましたよね! 戦闘訓練はロディマスにはまだ早いって! あなたも、納得してくれたものと思っていましたが!!』

『そ、そう言うな、妻よ。俺はただ、良かれと思って……』

『それで! ロディマスに怪我させたと!?』

『あんなの、ほんのかすり傷ではないか。それにロディマスは喜んで……』

『言い訳しない!!』

 

 自分よりだいぶ小さな青い髪の女性、妻のレイに怒られて、メガトロンはタジタジだ。そこに破壊大帝の威厳とかはまるでなく、ロディマスが怒られている時にそっくりだった。

 

『だいたい! これからは、時間をかけて子供たちの成長を見守っていくって、二人で決めたじゃないですか! なのに私に黙って……理由を言いなさい、理由を!!』

『いやだって、反対するのが目に見えてたし……』

『理由!!』

 

 ピシャリと怒鳴られて、メガトロンはビクっと体を震わせる。明らかに尻に敷かれているようだ。

 眉が八の字になっている妻を前に、メガトロンは深く排気した後で語る。

 

『ロディマスには……いや、ガルヴァやサイクロナス、スカージも、子供たちには強く育ってほしいのだ。あいつらは、きっと苦労するだろうからな』

『……それは』

『なにせ、俺の子だ。色々と言ってくる輩もいるだろう。それを乗り越えられるような、強い子になってほしい』

『あなた……』

 

 何処か哀愁を帯びた夫に、レイはフッと相好を崩す。

 

『でも戦闘訓練はもうちょっと大きくなってからで』

『分かった分かった。お前がそういうなら、そうしよう。愛する妻よ』

『お願いしますよ、愛しいあなた。それはそうと……またあなたはご飯の前におやつをあげて!』

『い、いやあれはだな。餓鬼どもが欲しがっていたからつい……』

 

 その後も映像は切り替わる。

 ある時のメガトロンは幼い子供たちに稽古を付けていた。

 またある時は、妻と仲睦まじくしていた。

 

 それは独裁者でも破壊者でもない、一人の男、夫、そして父親としてのメガトロンの姿だった。

 気が付けば、ホット・ロッドの目から液体が漏れ出していた。

 

 人はその液体を涙と呼ぶ。

 

 涙を流す彼の肩に、いつの間にか後ろに回っていたオプティマスが手を置いた。

 

「ホット・ロッド。……今はまだ、メガトロンを父親として見るのは無理かもしれない。しかし、彼が家族を深く愛していることだけは、どうか認めてやってはくれないか?」

 

 ホット・ロッドは嗚咽を漏らしながらも、頷くのだった。

 

  *  *  *

 

 同じころ。

 うずめ……いや、『うずめ』はプラネタワーに用意された自分の部屋にいた。元々は来賓などのための広い部屋で、専用のバルコニーに通じる窓まである。

 部屋の一角に用意された化粧台の前に座り、『うずめ』自分の唇を撫でた。

 

「ふふッ」

 

 思わず、笑みが漏れる。

 この唇がホット・ロッドの口に触れ、自分たちは一つになったのだから。

 そもそも、これが『うずめ』が天王星うずめに化けて、彼の傍にいた目的だった。

 パラサイテック融合によって彼の体に溶け込んだ時、『うずめ』の一部が彼の中に残った。

 

「そして、このまま何度も融合を繰り返していけば、そのたびにオレの因子がロディの身体と心を侵食してゆく。そして最後には、ロディの中は、オレでいっぱいになるんだ……!」

 

 ホット・ロッドは、これからも戦い続けるだろう。うずめのために。

 身も心も傷つきながら。

 

「はは、ははは、そうとも。そうなれば、あの搾りカスのことなんか忘れて、ロディはずっとオレの傍にいてくれる! オレだけを愛してくれる!! オレの、オレだけのロディ! なんて素敵なんだろう! あははは!」

 

 虚ろな嗤い声が室内に響く。

 だが『うずめ』は、不意に嗤うのを止めて空虚な表情で天井を仰いだ。

 

「……オレはいったい、何をやってるんだ?」

 

 ホット・ロッドと融合した時に見えた、彼の感情。

 不安、怒り、憎しみ、痛み、悲しみ……そんな物で満ちていた。

 メガトロンにガルヴァトロン、地球人たち、自らを取り巻くあらゆる理不尽への怒りがあった。

 未だうずめへの恋情を捨てきれず、海男に嫉妬と同時に申し訳なさを感じていた。

 バンブルビーに負けてグランプリに出場できないことだって、本当は泣きたいくらいに悔しかった。

 明るく振る舞っているのだって、嘘ではないがほんの一面に過ぎない。

 

 それを感じた時、酷く悲しかった。

 彼が、そんな風に苦しんでいる事実が。

 自分が彼のことを驚くほど知らなかったことが。

 

 そして、そこまで苦しんでまでもホット・ロッドが戦うのは『うずめ』ではなく今も地球にいるはずの天王星うずめのためなのだ。

 

 そう考えると激しい嫉妬と共に、言い知れぬ虚しさと敗北感が襲ってきた。

 

「……ははは、なんだ簡単じゃないか。オレが地球にいる、君が好きなうずめじゃないって打ち明ければ、ロディはこれ以上苦しまずにすむじゃないか」

 

 それは良い考えのように思えた。

 同時に、淡い期待の入った考えだった。

 

 ホット・ロッドなら、自分の正体を知っても傍にいてくれるだろうという期待だ。

 

『本当にそう思うか?』

 

 ハッと鏡を見た。

 鏡には『うずめ』が……裂けたような笑みを浮かべたうずめが映っていた。

 この世の一切合切を小馬鹿にしたような表情で、瞳には一切の光がなくブラックホールのようですらあった。

 

『オレみたいな奴を、あいつが愛してくれるなんて、本当に思うのか?』

「それは……」

『思わないよなあ。だって、人に愛される要素はぜーんぶ、あの搾りカス……『俺』の方にいっちゃったもんなあ』

 

 クスクスと、鏡に映ったうずめは嗤う。

 『うずめ』は鏡像の自分がいうことに反論できなかった。

 あの地球のうずめは、自分が復讐に邪魔になるからと切り捨てた良心や優しさ、そういった感情が意思と肉体を持った、言わば分体だ。

 しかし、その切り離した部分こそが女神うずめの魅力だとしたら、搾りカスは果たしてどちらか。

 

『だから海男だって、『俺』についていったんだ。一度は、ロディマスだって。マジェコンヌだって本当はそうさ。彼女がオレに従っているのは、あくまで前にオレを見捨てることになった罪悪感からだ』

 

 鏡像のうずめの言葉は、『うずめ』の中に致死性の毒のように浸透していく。

 そもそも、鏡像が語りかけてくるという状況そのものが異常であることに、『うずめ』は何故か気付けなかった。

 

『だいたい、オレはもう事を起こしてしまったんだぞ。今更、謝って許されるはずもない』

「そうだ……オレはゲイムギョウ界を孤立させてしまった。もう、『俺』のフリを続けるしかないんだ」

『それとも、あのころに戻るか? あの、暗闇の中に』

 

 その瞬間、部屋の明かりが消える。

 窓から入り込んでくる街の明かりも消えてしまう。この時、街で停電が起きたワケでもない。しかし、部屋の窓は一切の光を通さなくなった。

 

「い、嫌だ!」

 

 暗闇に包まれた部屋で、『うずめ』は頭を抱えて体を震わせる。

 嫌な汗が噴き出し、恐怖に目を見開く。

 

「もう暗いのは嫌だ! 寒いのは嫌だ! 一人ぼっちは、嫌だ!!」

 

 半狂乱になって立ち上がり縋り付くようにしてドアを開けようとするが、押しても引いてもドアはびくともしない。

 

「やだ! やだ! お願い、ここから出して!! マジェっち! イストワール! ロディ!! 助けてぇ!!」

 

 子供のように泣き叫ぶ『うずめ』を見下ろし、鏡像は飛び切り邪悪な笑みを向ける。凡そこの世で美徳や良心と呼ばれる物の一切を嘲るかのような笑みだった。

 

『思い出せ、冷たく苦しい、あの孤独を。お前を裏切り、お前を忘れ、あの闇の中にお前を堕としたのは誰だ?』

「げ、ゲイムギョウ界の……奴ら」

『そうだ。奴らが憎いだろう?』

「憎い……」

 

 蹲って鏡像の言葉に応じるうちに、『うずめ』の目から光が消えていく。残されたのは、底なしの沼のような暗く淀んだ瞳だ。

 

『当然だ。ならば、どうする?』

「復讐を。ゲイムギョウ界に、復讐を……!!」

 

 『うずめ』の身体から黒いオーラが吹き上がり、鏡像が笑みをさらに大きくする。

 だが。

 

「ふ~ん、そういう感じかー」

 

 不意に、場違いなほど能天気な声が聞こえた。

 振り向くと窓辺に、長い紫の髪の女性が立っていた。

 

 ネプテューヌだ。

 

 女神態なら飛べる彼女は、バルコニーからこの部屋に入ってきたらしい。

 今夜は大人の姿をしている。

 

「ねぷっち?」

『……チッ』

 

 『うずめ』が纏っていた黒いオーラが霧散し、鏡像のうずめは大きく舌打ちして消える。

 気付けば、窓の向こうの明かりが見えた。

 ネプテューヌは、笑みを浮かべて『うずめ』に歩み寄る。

 

「いやもうビックリしたよ! ちょっと話したくてさ、変身して窓から入ろうとしたら、うずめが鏡に向かってブツブツ言ってるんだもん」

「そこで、何故窓から入るということになるんだい?」

 

 いつもと変わらない調子のネプテューヌに、『うずめ』は涙を拭って力なくツッコミを入れる。

 紫の女神の言葉からするに、鏡像のうずめは彼女には見えなかったらしい。

 いや、それよりも重要なことがある。

 

「ねぷっち、どこまで聞いた? どこから聞いてた?」

「ん~、『オレが地球にいる、ロディが好きなうずめじゃないって打ち明ければ~』の当たりから、後はだいたい、かな?」

 

 つまり、ほぼほぼ聞かれてしまったということか。

 

「いや~、急にドアに縋りついた時は、さすがに入ろうと思ったんだけど、なんでか窓が開かなくてさー。鍵壊しちゃったよー」

「…………」

 

 ごめんねー、と笑う彼女に構わず『うずめ』は立ち上がり、拳を握って力を籠める。

 秘密を知った者は、消さねばならない。

 

「君はいい友人だったが、君のお節介な性分がいけないのだよ……」

「ち、ちょっと待ってよー! わたし、別にみんなに言いふらしたりしないよー!」

「いや、そんなワケがないだろ」

 

 素っ頓狂なことを言い出すネプテューヌに、『うずめ』は腰を低く落として正拳突きの構えを取りながらツッコミを入れる。

 

「いいかい? ゲイムギョウ界が他の次元と行き来できなくなったのは、オレの仕業だ」

「それは確かに困ってるけどさ。そこまで実害はないんだよねー」

 

 確かに不安が広まっているが、言い換えれば()()()()()()()で済んでいる。

 人間もトランスフォーマーもそれ以外も、そうなる前と変わらずに生活していた。

 経済的な損害も、実はそこまで出ていない。

 

「もっというと、あのゴールドサァド。あれだってホントは君たちに勝つはずだった! そしたらオレの力で世界が改変され、彼女たちが国のトップになり、君たち女神は国を追い出されるはずだったんだ!」

「へー、それは初耳。でも上手くいかなかったんだよね?」

 

 確かにガルヴァトロンの横槍……それに『うずめ』の知らぬマジェコンヌの入れ知恵……のおかげで、世界の改変は起きなかった。

 

「刑務所が襲撃されて、囚人が脱走したのも、もとはと言えばオレが……いや、あれは計画になかったけど……でもオレのせいだ!!」

「あのくらい、大したことないって!」

「いやいや! 犯罪者野放しとか、十分大したことだろう!!」

「まあ逃げてった方は捕まえにいかなきゃいけないとだけどね。囚人が大量脱獄してアドベンチャー状態は防いだし」

 

 ネプテューヌはニッと余裕のある笑みを浮かべる。

 彼女にとって、あるいは彼女たちにとって、あの前大戦終盤の惨事に比べれば、こんなことは危機の内に入らない。

 

「ッ……それに、それに……地球のうずめだって、みんなに嘘を吐いてる」

「ああ、それはちょっと良くないね。なんでそんな嘘吐いてるのか知らないけどね。後で辛いよ、そういうの」

 

 拳を落として小さく呟く『うずめ』に、ネプテューヌここにきてようやく表情を険しくする。しかしそれは、咎めると言うよりは多分に『うずめ』を心配してのことだった。

 言葉に詰まる『うずめ』に、ネプテューヌは表情を柔らかくする。

 

「まあさ、復讐でもなんでも、まずは思い切りやってみれば? 本当に酷いことになりそうだったら、その前に止めてあげるからさ」

「…………女神として、無責任すぎやしないかい?」

「はっはっは! ダイジョーブ! わたし主人公だし! どうとでもなるって!!」

 

 あっけらかんと笑ったネプテューヌは、バルコニーに出て街を眺める。

 遠くで花火が揚がるのが見えた。終結祭もいよいよフィナーレだ。

 

「今のゲイムギョウ界はさ、()()()()で壊れちゃうほど、ヤワじゃないよ?」

「…………」

 

 『うずめ』もネプテューヌの隣に立ち、花火を見る。

 実際、『うずめ』が知るゲイムギョウ界と、今のこの世界はイコールではないことは感じていた。

 四つの国が仲良くなり、トランスフォーマーと人間が共存する。

 ここは多くの出来事を経て、皆が成長してきた世界なのだ。

 

「それより、わたしが心配なのはホット・ロッド……ロディマスのことかなー?」

「ロディの?」

 

 唐突に振られた話題に、『うずめ』は怪訝そうな顔をする。ネプテューヌがホット・ロッドの正体に気付いていること自体は、意外ではなかった。

 しかし確かに、彼の内面は苦悩に満ちている。

 

「確かにガルヴァトロンのこととか……」

「ああ、それもあるんだけどね。なんて言うかさ、彼って()()()()()()()()じゃん? いやメガトロンとも似てるんだけどね。あの二人、似た者同士なトコあるし」

 

 ネプテューヌは夜空を見上げる。

 その長い髪が風にたなびき、瞳が花火の光を反射して輝いて見えた。

 

「無茶ばっかりして、そのくせ強がって色々一人で抱え込んで、限界まで溜め込んじゃう。なんていうか、ヒーロー気質なんだろうね」

「ヒーロー」

「そ、ヒーロー。英雄とか勇者でもいいかな? そういうのってさ、極論しちゃうと……あくまで極論の中の極論だけど、貧乏くじなんだよ」

 

 笑顔のままだが、何か重苦しい実感の伴った言葉だった。

 

「だってそうでしょ? 全然知らない人を含めた皆のために、傷つくことになるんだよ。しかも感謝しない人や、面白半分に悪口言ってくる人、逆恨みしてくる人までいて、そういうのも全部守ってかなきゃならないんだから。そのくせ失敗したり逃げたりしたら、やれ臆病だ悪堕ちだって言われるんだから、普通ならやってらんないよ」

「…………」

 

 正に、ホット・ロッドを英雄に仕立て上げようとしている『うずめ』は何も言うことが出来なかった。

 

「……でもさ、いるんだよ。世の中には、そんな貧乏くじを、他人に引かせるよりはマシって自分から引きにいく人が」

 

 スッとネプテューヌの目が細くなり、表情に悲しさが宿る。

 その、自分から貧乏くじを引きにいく相手を知っているのは明らかだった。

 

「それが、オプティマスかい?」

「まあね。それにメガトロンもかな? 本人たちはそんな風に思ってないんだろうけど、他の人なら絶対に進みたくないような辛い道を、誰に強制されたワケでもなく、歩いていっちゃう。おかげでこっちは余計なシリアス設定背負う破目になっちゃったよ。原作崩壊も甚だしいよねー……これ、言わないでね? オプっち、ぜっーたい気にするから」

 

 『うずめ』に向き直ったネプテューヌは茶化すように言うが、表情からは悲哀が拭い切れていなかった。

 

「いつか……いつか必ず、他の人なら目を背けるような辛い選択肢を自分以外のために選ぶ。そんな時が、ロディマスにもやってくる。その時に、彼の傍に誰かいてあげてほしいんだ」

「それが、嘘つきで復讐心に塗れた奴でもかい?」

「捻くれてて泣き虫な人でも、だよ。本当に誰もいないよりは、ずーっとマシ。だから、あなたがいつ本当のことを打ち明けるか、いつサイバトロンに行けるようにするかは、あなたに任せる。なるべく早くすることをお勧めするけどね」

 

 『うずめ』は根負けしたように大きく息を吐いた。

 この女神に、なんだか勝てる気がしないのだ。そもそも秘密を握られた時点で、自分に勝ち目はない。

 二人の間にある空気が、柔らかくなっていた。

 

「……ふん、言うじゃあないか後輩女神。いっとくがオレは、君よりも大分先輩の女神なんだ」

「ほほう。それはそれは」

 

 強がって見せる『うずめ』に、ネプテューヌは余裕のある笑みを見せる。

 ここにいないタリの女神は、なんと歴史上最初の女神なのだから、さもありなん。そして彼女自身も、人生三回分ほどの経験が蓄積されているので精神的な成熟度は……そうは見えないが……結構なものだ。

 

「あーでも、いつまでも『うずめ』って呼ぶのも、なんかややこしいし、別の名前付けようか」

「いきなりだね。……まあオレは構わないさ。逆らえるような立場じゃないしね」

「よーし、じゃあ『トンヌラ』かー『ゲレゲレ』で!!」

「断固として却下だ!!」

 

 結局、この後花火に照らされる中、二人は『うずめ』の呼び方をどうするかを話し合うこととなった。

 

 翌日、『うずめ』は黒いインナーの上からいつものスーツとほぼ同じデザインの黒っぽいスーツを纏い、髪と瞳を暗い青紫色に変える……これはシェアエナジーのちょっとした応用と言い張った……という大幅にイメージチェンジした姿で皆の前に現れた。

 同時に、ネプテューヌとの合議の末に、何とか得たマトモな名前である『暗黒星(あんこくほし)くろめ』と呼んでほしいと宣言したのだった。

 

 この時、ホット・ロッドとの間に、

 

「これからはオレのこと、暗黒星くろめと呼んでくれ!」

「ああ分かったよ、うずめ」

 

 というやり取りがあって、ちょっと拗ねてしまった彼女の機嫌を直すに、ホット・ロッドはほんの少しの時間を費やさねばならなかった。

 そのホット・ロッドは、悩みが完全に晴れたワケではないが、少し前向きになれたようだった。

 

 果たしてホット・ロッドが、自分がロディマスだと思い出すことがあるのか、メガトロンを父親と受け入れる時がくるか。

 『うずめ』改め暗黒星くろめが、自らの正体を打ち明ける日が来るか、復讐を放棄することになるかはまだ分からない。

 しかし、それに少し近づいたのは確かだった。

 




ちなみにメガトロン家のホームムービーはフレンジー撮影で、レイ→ネプテューヌ→オプティマスという流れで流出。
それに気付いたメガトロンが恥ずか死寸前に陥りました。

ボツネタとして、映像のなかにメガトロンが子供たちにカッコいいトコ見せるために謎の覆面剣闘士マスクド・Mとして闘技大会に出場。
格闘王者のグランドパウンダー(アドベンチャーに出てきた明日のジョー擬きのゴリラ)と対戦する、というのがある。
と考えたけど長いんでカット(ついでのこの試合の司会はブロードキャストを予定していた)
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