一度死んだ私のヒーローアカデミア~Centipede Queen~   作:燐2

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第三十四話:僕が来たよ

「ごめんなさい、ユリのお母さま……ここまで酷くなったのは僕の我儘です」

  

 見知らない人が、お母さんに深々と頭を下げていた。

 私と同じくらい背、小麦色の長い髪と金色の双眸、アイドル番組で出てきそうな可憐な容姿。

 

「……両親の突然の出張で誰もいない家に心配した百合が貴女の家で家事を手伝っていたのね」

 

 実際は違う、あの友達の家に泊まりますという内容のメールはフェイクだ。その友達というのも存在するはずがないのだ。なのに、右手に松葉杖を付けて右半身を引きずる様に歩いていた目の前の少女は、障害のある体を忌々しく見つめる。

 

「はい、具合が悪そうだったけど……お互い別々の学校に進んで、久しぶりの再会で………ごめんなさい!」

 

 ――――始柄紀(しがらき) (れい)と名乗る知らない人。偽りの仮面を被っている誰か。

 その正体は今世間を騒がしているUSJ消滅事件の中心人物である最悪の個性を持つイリスだ。

 

「………そう、分かったわ。とりあえず……家に入る?」

「よろしいでしょうか?私は………」

「百合の友達なんでしょ?……その手に持ってる果物とか薬は百合のために用意したんでしょ?……上がりなさい」

 

 お母さんの言葉に先ほどまで罪悪感の色をしていた表情が向日葵のように明るくなって、おじゃましますと言う弾んだ声に家の中にイリスは足を踏み込んだ。

 

「………あぁ、くそ」

 

 先生が誘拐された事件、その後の雄英高校のメッセージといいバレているとは思っていたが既に家も特定されていたか、玄関に潜んでいる毘天から送られてくる映像に悪態をつく。病院の診査の結果、重い風邪と診察され一息つけたと思ったらこれかと私はベッドの中で最悪だと天を仰ぐ。

 

「――――こんにちは、ユリ。僕だよ」

 

 淑やか彼女の声が聞こえドアを開く音と共に姿を現す。昨日殺し合った者が、個性を使って偽りの姿で。

 部屋に放置されている毘天達はあらゆる場所で人を簡単に殺せるほどの毒を牙に濡らした状態で客人に警戒心をむき出しにする。そんなことしても、勝てるわけないだろうと毘天達の行動にため息交じりに私は彼女と視線を合わせて、彼女の本当の名前(・・・・・)を呟く。

 

「………こんにちは、イリス」

「もう、うまく話を合わせたんだからここでは零と呼んでくれない?ちゃん付けでもいいよ」

 

 コンコンと松葉杖で床を叩きながら、体を引きずる様に歩いて私が横になっているベッドに腰を下ろす。

 胸には赤いリボン、白を基調としたベストの学生服、頭にはベレー帽と言った服装だ。

 

「……………その服」

「あぁ、これ?学生という設定のほうがスムーズだから、聖愛学院という所の制服をいただいたよ」

「……殺して?」

「僕も『私』も枯れ気味の嗜虐衝動はあるけど、そこまで蛮族みたいなことしないよ。買ったんだよ普通に」

 

 困ったように頬を掻いているイリス。昨日のことを思い出したら正直に頷けないが、前世からイリスは両方とも可愛い服を好んで着ることが多かったので納得してしまった。しかし、こいつは人を人と見ていない稀代の殺人者、彼女がこれまで行ってきた悪行は公になるようなことは知っている。大きい案件だと数百人規模のテロリスト集団を一夜で消したことだろう、大人も洗脳途中の子供も含めてだ。日本ではあまり情報が入って来ないが、この世界にイリスが存在する時点で確信している、散歩するような足取りで偶然にも進路にいた人を草木のように踏み潰してきたのだろう。

 

「怪我は大丈夫?」

「明日には普通に動けるようにする予定」

 

 まだ移植した部分が私の身体に馴染んでいない。戦闘行動のような激しい動きのためにはもう少し時間がいるが日常生活範囲の行動なら明日にはどうにかできそうだ。

 

「相変わらず火炎放射器で蝋燭を溶かすような生き方をしてるね。ユリの家族として凄く悲しいよ」

「私たちはこの世界に本来存在しないイレギュラー、私たちの知識と個性は、この世界をあの時代に突き落としてしまうかもしれない」

「超常黎明期のその先――――【人理崩壊期】ね」

 

 前世の私たちの時代、幾つもの悲劇により生じる怒りや憎しみによって人が人としてある倫理観や道徳意識が欠落していき、獣の如く他者を粉砕し、蹂躙し、犯し、殺す。子供も大人も関係なく人殺しの目をして汚染された大地で僅かな食料を巡って殺し合う世紀末時代。

 

「この世界は私達が生きた時代とは根本的に違う。人の善意により持ち直したんだ、ヒーローという星の光によって真面な道に人類は歩むことが出来ている。……イリス、どうしてあんなことをした?」

「あんなこと……ねぇ?雄英襲撃のことなら僕は出るつもりはなかったよ」

 

 イリスの中で『僕』を名乗る者は呆れたように首を振るった。

 

「『私』と違って僕は『オール・フォー・オーバー』の存在を知るものは出来るだけ存在しないようにしたいんだ。雲のように風のように、そこにいない知らないというのは暗躍するとき色々都合がいいからね。もし『オール・フォー・オーバー』の存在が大きく広められた場合、警察もヒーローとやらも威信や栄誉のために勝手にやる気をだしてくる。精神論は時に肉体の限界を超える、芸術的な数式のような計画を歪めるのはいつもそんな心さ」

 

 ―――――二重人格、後天的にイリスはこうなってしまった。人の感情である喜怒哀楽の中で『私』が喜び楽しみに『僕』が怒りと哀しみに分かれた。主人格は『私』だが、あのUSJ所か周囲一帯を根こそぎ刈り取るような大規模な個性運用の反動に今は眠っているのだろう。

 

「故に、今回の襲撃は僕は皆殺しのつもりだった。あんなゲームは必要なく、ただ雄英高校には生徒を誰も守れずしかも敷地内で殺された結果だけあれば良かったのに……はぁ、あんなに遊んでしまえば失敗はするさ」

「やっぱりイリスがあの襲撃事件そのものを企てわけじゃない?」

「僕なら()()()()()()()()()()()()

 

 まぁ、そうだよね。イリスなら雄英高校のあらゆる施設を掌握した上で大混乱を誘発、本校の守りを手薄にさせて、内部に潜ませていたスパイでシステムを一時的にダウンさせて雄英高校を落とす……それくらいするだろうと主戦力は本校に集めていたから態々回収する羽目になった。

 

「なんてイリスが尖兵のようなことを?というより誰がこの襲撃事件を考えたの?ものすごく……雑」

 

 雑兵をいくら用意してもオールマイトに勝てるわけない。あの脳無も凄い完成度だったけど、私にとっては骨董品みたいなものだ。前世ではもっと強い個体を作り出すことが出来た。そもそもどうして一体だけ?やる気あんの?遊びかな?あの程度でオールマイトを殺されたら平和の象徴になるまえに死んでるよ。

 

「―――――素質は、あるんじゃ、ないか、な?」

 

 イリスは蹲って堪えるように呟く。USJでは戦うのと1-A組を守ること相澤先生達を治すことに集中力を割いていたからイリス以外のヴィランの顔を覚える前にあの人間が黒い霧を象っているヴィランによって逃げたな。他のやつらを見殺しにしたということは、あの時に逃げた奴が司令官だったのか?

 

「……話が逸れた。イリスがいまヴィランの組織に与しているんだよね」

「色々と便利だからね、協力関係さ。隙見つけたら容赦なく乗っ取るけど」

「―――――この世界のマスターがいる組織?」

 

 私の質問にイリスは、さてどうだろう?と意味深な笑みを浮かべて買ってきていた果物をナイフを切っていく。右半身が使えないから念力を使っているのだろうか、果物が空中で停止してそこにナイフが綺麗に皮だけを剥いている。

 

「教えてくれないんだ」

「ユリは今でもお父様を慕っている。そして僕も『私』も一度殺したくらいじゃ晴れないぐらいに憎んでいる。……だから、教えない。僕たちはお父様の人形と化したユリの姿がこの世で一番嫌いだ」

 

 『大丈夫――――僕がいる』前世でもう死ぬかもしれない時にマスターはそう言って、ゴミのような姿の私を拾ってくれた。体を洗って綺麗な服を温かな食事を用意してくれた、どれもが夢のような物で、その恩に報いるために私は命を賭けてこの人のために生きると誓った。裏切りマスターと死別したとしても、もしあの人が私を必要としてくれるなら、私達(・・)は全てを捨ててあの人に忠誠を誓うだろう。イリスは、どうしてかマスターを嫌っているけど。

 

「………お父様はユリに酷いことをしたのに?」

「………………え?」

 

 イリスの言葉に私は何を言っているのか分からないように頭を傾げた。イリスはその白い指を私がオールフォーワンの容姿に変わった時に特徴的な顔中の傷をなぞるように動かす。

 

「ユリはあの時、心が砕かれ発狂した。原型が分からなくなるほどに自分の顔を切り裂いた(・・・・・)状態で『私』に会いに行き、『私』の提案でユリは顔を『私』そっくりに作り直したんだよ。僕たちには理解できない辛く痛々しい出来事はその時に全部忘れて、ユリは別人のようになった――――――そして、僕が生まれた」

「え?あ?……??」

 

 意味が分からない。どういうこと?

 マスターが私を引き取ってくれた後、なんとか恩返ししたいと伝えたら『今の君じゃ僕の力になれない』と言われ落ち込んでいるとマスターの部下の医者の誘いで改造手術を受けたような気はするが……えっと……え?

 

「互いに長生きしたし記憶は曖昧になるもの……しかし、あの時の忘れもしない悲哀と憤怒によって僕が生まれた。……何も知らないだろうけどね」

「……一体、なにを………?」

「これ以上は言う必要がないかな。僕はユリを愛している。だから悲しい顔は出来るだけ見たくないし、僕の目的にユリの過去は必要ない………『私』は必要としているみたいだけどね」

 

 はい、どうぞ。と渡された綺麗に切られた果物を口の中に突っ込まれる。

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■(胃が破損して流体物しか食べられない)

 

 正確には胃に穴が開いてる状態で下手に胃液を出したら大惨事になる。モガモガと伝わるか分からないけど、イリスは察したように念力で私の中から果物を取り出して、自分の口の中にいれて咀嚼し始めた。

 

「……いや、あの……それ私の唾液で濡れてるんだけど……」

「もしゃもしゃ」

 

 汚いから、捨てて……と言っても聞こえていないように何度も噛み続ける。……まさか。

 

「待って!前世で肉体接触的意味で凄いこと何度もしたけど!!わ」

 

 私の視界がイリスの顔で一杯になる。呼吸すら肌で感じられるほどに、繋がった口の中に注がれる甘酸っぱい流体、あまりに突然のことで体を逸らそうとするが念力で固定されているのか動けない。ただでさえ高熱が出ているのに体の熱が更に増して、目をつぶって早く終わってと切に願った。

 

「…………――――――――ん」

 

 終わったと思ったら今度は蟲同士の交尾のように激しくイリスの舌が私の舌を絡めてきました。くちゃくちゃと下品な音を立てながら、妖艶の赤に染める頬に舌の先から伸びた銀色に光る糸をイリスは落ちないように掬い取る。もしかしたら一分以上もしていたかもしれない呼吸が荒くなって、呂律が回らない。

 

「……まだ欲しい?」

「………かんべんしてください………」

「ん………僕がもっと欲しいから続行」

 

 こたえになってないよ!?い、いや……いやぁぁぁぁぁぁ!!!!  

 

『………助ケル?』

『イヤ、サッキオール・フォー・オーバー様ノ念話デ邪魔シタラ殺スッテキタ』

『ゴ主人様ノアンナ姿、初メテ見タ……ナンダ胸カラ湧キ出ス思イハ!?』

『腹減ッタカ?ゴキブリ食ウカ?』

『ワーイ!食ベルー!ッテイイノ?』

『本気デ嫌ナラ今ノゴ主人デモナントデモナルダロウ。ソレニ……』

『『『『ソレニ……?』』』』

『普通嫌ガル事ヲサセラレルト、ムシロ喜ブ人種モイルミタイダゾ』

『『『『ナルホド!ツマリゴ主人ダナ!!』』』』

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 ふぅ、とりあえず満足した。まるで目の前の御馳走を巡って一クール濃密なバトルを終えてやっと口にできたような達成感と快楽だった。ここにユリ以外の蟲がいなければ音を気にせず(自主規制)まで持っていたが、残念ながらユリのお母さまがいるのでここまでだ。お昼ごろにお邪魔したが、学生という設定故にそろそろ帰らないと不審に思われてしまう。

 

「では、ユリのお母さま、今日はありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとう。態々来てくれて、その体だと動くのも辛いでしょ」

「大丈夫ですよ。みんな優しいですから」

 

 ――――――ユリは優しすぎる。昨日のあれほどのことをしたのに、前世のように僕を受け入れてくれた。ユリとってヒーローとやらは希望の星、この世界の度し難い生贄達だ。この世界はユリが立て直そうとした夢そのもの、それを傷つけるようなことをしたのにユリに怒り(・・)はなかった。多分、この相手が弔の場合なら容赦は無かっただろうが、僕達だけ違う。憎まない、怒らない、焼き殺すような激情を向けてこない。

 

「……そう」

「では、僕はタクシーを呼んでいるので今日は帰ります」

 

 分からない分からない分からない。なのに、それを当たり前のように受け入れて甘えしまう自身が一番度し難い。個性を使って簡単にユリの身体を調べた、肉体を弄り過ぎてもう長くはない。僕たちを殺すためだけに全てを注いでいる。感情的ではなくあくまでユリは義務として僕たちを殺すつもりだ。

 

「ねぇ、始柄紀(しがらき)ちゃん」

「はい?」

 

 帰ろうとした時に呼び止められた。

 

「これからもあの子の友達でいてあげてね」

「…………………」

 

 友達じゃない僕にとってユリは唯一の家族だ。

 

「あの子、誰とも仲良くできるけど積極的ではないし壁を作っているの。だから、それを越えられた始柄紀(しがらき)ちゃんは百合にとって、とても大事な人だと思うから」

「えぇ、そうですね。僕もユリのこと大事に思ってます」

 

 それはそうだ。ユリは自身の存在をこの世界で決して認めようとしない。生きていけない、と自身に呪いのように刻んでいる。ソレに対して僕も『私』も経緯は違ってもユリに生きてほしい結果は同じだ。

 

「良かった、あの子も出久のようないい出会いがあったみたいで」

 

 僕は個性を使って相手の心理を読むことが出来る。集中力を要するので戦闘中に使うのは難しいが、それでも前世とは違い、いい母親という思考を覗いてみたくなった。

 

 見た物は嘆きだった。泣かず弱っていく子供を呼ぶ声。

 体は健康そのもののはずなのに、まるで死を望むように何も求めず死んでいく我が子に対する嘆き。

 

 『いい出会いが、百回ぐらいあればこの子は変われるかもしれない――――そうだ、この子の名前は百合(ゆり)にしましょう』

 

 

「…………どうしたの始柄紀ちゃん?」

「え?あ、………なんでもないです、はい。さようなら」

 

 偽りの名前を呼ぶ声がしたが僕は振り向かずこの気持ち悪いマンションから出た。タクシーを呼んだと言うのは嘘で、人気のない場所に行けば胤翼を羽ばたかせ姿を消す個性を使いながら帰ろうと思った。二つある『オールフォーワン』の片方と昨日奪った『創造』を交渉によりユリに預けた、何をしようとしているのか大方想像がつくが……。

 

 ふと、道路を歩いていると事情聴取が終わったのだろうユリの兄もパトカーに送られ帰ってきていた。それなりに恐怖を叩き込んでやったが、その瞳には絶望はなかった。

 

 

『『僕』聞いてくれます?私は――――――可能性を見たいですわ』

 

 

 USJ襲撃に対して反対する僕に『私』はそう言い、協力することにした。僕達の世界にはいなかったヒーローという娯楽の中で生まれたご都合主義の存在が現実で現れ、世界を歪める。蟲がいる限り湧き出す無限の悪意を止めることは善意では不可能であり、破滅という無慈悲の理。

 

 

 

「………あぁ、本当にお父様の記憶と経験から生まれたとは思えないほど、僕は出来損ないだ」

 

 




そこに答えはない。
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