一度死んだ私のヒーローアカデミア~Centipede Queen~ 作:燐2
ここに一人の少女がいる。ヒーローを育成する専門校としてトップに並び立つ雄英高校、ヒーローに憧れるのなら誰もが知り、憧れるスペシャル高等学校。そこに決められた者から更に厳選され難関な試験を合格した
容姿端麗、頭脳明晰、文武両道、欠点らしい欠点が見つからないそんな彼女の目元には、何日も寝ていないと思わせる黒い隈が出来ていた。多くの死傷者を出したUSJ消滅事件の中で、特に重傷だと思われた二人の内の一人なのだ。
あの悪魔が人の仮面を被ったような魔嬢に触れられたあの瞬間から、個性が使えなくなっていた。
彼女の個性の都合上、膨大な量の知識が要求される。日常生活において知らなくとも問題ない多種多様なジャンルの情報を記憶しなければ、八百万百の個性は力を発揮しない。故にヒーローを目指した瞬間から、普通の子供ならば遊んでいる時間などを全て勉学に注ぎ込んだのだ。その努力によって遂に雄英高校に入学し、夢への第一歩を進めた瞬間、今までの人生が、これから歩み続けるはずの道が音もなく崩壊した。彼女は狂乱するように叫び、嘔吐するほどに泣き叫び、目に見える全てが憎たらしくなり気づけば自室は強盗が入ったように悲惨な有様。家族の声から目も瞑り、耳も隠し、絶望に沈んでいく。
「――――お嬢さん、これから私と夜の散歩に行きませんか?」
自身の手で破いたカーテンから月の光に濡れる手を握る前までは。
◇◆◇
彼女の部屋と姿は、まるで彼女の精神状態を表したものだった。力任せに引き千切られたカーテン、投げ捨てられた椅子、散乱する滅茶苦茶な衣類達。動きやすいように黒いポニーテールで絞められていた髪はボサボサで鋭い印象を受ける目元には隈が出来ていて、凛とした振る舞いの大和撫子風な彼女は、まるで悪霊に憑りつかれた苦しんでいる様子だった。雄英高校ほどではないが高度なセキュリティが充実している豪華な館に侵入して、彼女の状態を見て、個性を返却して元通りになるとは到底思えなかったので、場所を変える事にした。差し出した手を握り返してくれたので、私の方に引き寄せてそのまま抱きかかえて移動した。
「このあたりでいいかな。はい、温かい物」
「あ、……ありがとう、ございます。オールフォーワン」
到着したのは町を見下ろすことが出来る、山の中の小さな公園のベンチに二人で座った。寒い深夜に活動していることも多いから懐にそこら辺の自動販売機で買った温かい飲み物を入れている時がある。今日は缶カフェオレだった、それを暗い顔のまま俯いている百さんに渡した。
「……………」
「…………もしかして、紅茶派?」
しばしの沈黙、缶カフェオレをじっと見たまま固まっている百さんに聞くと、顔を真っ赤にして唇が弱々しく歪んだ。まさか……
「えーーと、開け方、分からないの?」
無言で百さん頷いちゃったよ。初対面した時に感じた上品な立振る舞いにお嬢様だということは察していたけど、まさかここまでとは、配慮が足りなかったか。貸して、と告げて百さんから缶カフェオレを受け取りタブに人差し指を引っ掻けて上げるとスコア部分の金属片が押し込まれてカチッと心地いい音を立てて開口したものを再度、百さんに渡す。
「重ねて、ありがとうございますわ。あの怪我は……」
「どういたしまして、怪我は個性で完治させているから心配ご無用だよ」
安心させるために微笑み、拳を作りながら親指だけ立てて見せると百さんも惹かれるように笑みを浮かべたが、その遠い目で重々しく語り始めた。
「………私、役立たずでしたわ」
あの時、何もできずヴィランに捕らわれたこと、相澤先生が怪物に痛めつける時に何も出来なかったこと、両親から転校を遠回しに勧められたこと等。
「一番辛かったのは……私の個性を奪って、それで誰かを簡単に傷つけるものを創り出したことですわ」
本来なら生物は創れない筈だが、それをあの恐ろしいヴィランは簡単に実行した。長い時間、個性を万全に使える為に努力し続けてきた百さんを嘲笑うかのように、奪った個性で創り出された怪物が相澤先生を傷つけたことによってまるで自身がこの事態に招いたように。
「今でも忘れませんわ!あの怪物が相澤先生の目を……!!」
震える百さんに慰めの言葉は思いつかなかった。個性というものは最初から
「貴女は、個性が怖くなった?ヒーローを目指すのが嫌になった?戦うことから逃げたい?」
「そ、れは……」
別にここで終わってもいいんだよ、誰だって生き方を変えることが出来る夢を変える事も出来る。1-A組は善いヒーロー達になれると信じている、けどそれは私の期待でしかない。残された時間の中で、私は兄さんと共に雄英高校を卒業することなんて出来ない。未来に希望を抱いていても、希望の花が咲く頃には私はいない。
「これから、世間は良くも悪くも変わる。あのヴィランは平和の象徴
あの恐怖の魔王の一片をその心身に刻み込まれたはずだ。あの『真実』というタイトルの映像は見た。既に疲労困憊だったのもあるが、あの状態ではオールマイトはイリスと脳無達に打つ手がない。平和の象徴と呼ばれたヒーローが玉砕覚悟で攻撃を繰り出しても、イリスたちに届くことは無かった。
あれでも、イリスは過剰に個性を持ちすぎて弱体化していた―――――なんて、私が言ってしまえば、本当に存在するだけで抑止力になるオールマイトという絶対的な柱が崩れしまう。私もイリスもこの世界に存在してはいけないバグのような存在、数百年という長い時の中で人類を支配するためにあらゆる手段を用いて、人という枠を超えた怪物なのだから。
「これからもあの脅威は人々に恐怖を感じさせ、同業者からは崇められるようになる。今まで暗闇の中で潜んでいたヴィラン達はあの映像でオールマイトが弱体化していると確信して、動き出すかもしれない。未来は不安と恐怖の色が濃くなるかもしれない。でもね、私は――――大丈夫、彼らがいるって胸を張って伝えたい」
「……………彼ら?」
「君達のクラス、1-A組だよ」
あの時の状況を思い出し語る。悪の魔物たちの手から逃げ出して、尚且つ百さんを救う為に作戦まで経てて見事に形勢逆転の一手を打った。あれがなければ、オールマイトが死んでいたか、私が庇って死んでいたか、両方とも死んでいた可能性も大いにある。それを救ったのは、守るべきだと思われた者たちの勇気の逆襲劇だ。
「けれど、私は何も出来ませんでしたわ」
「………今の貴女が、事件に起きる前の貴女に会えたらこんなに辛いことが起きるから、ヒーローになるのを止めろ―――って、説得する?」
「……………」
私は、百さんがヒーローになるだけの思いを知らない。彼女ほどの知能であれば、別にヒーロー以外の道も見つけることは出来たはずだ。少し世間知らずな所もあるけど、ヒーローという職業がどれほど危険で大変なのか、知らないままなろうとするとは思えない。人気のない夜の山で静かに私は百さんの答えを待ち続けた。
「出来ま、せんわ」
パキパキと渡した缶に震える指の力が込められていき形が変わっていく。話している間、ずっと下を向いたままだった百さんが面を上げた。その瞳には先ほどまでとは違う活力が漲っていた。
「ずっとヒーローになる夢を追いかけてきた、それを私自身が否定できるわけありませんわ!」
泥の中で藻掻き苦しむように百さんは叫んだ。
「私は生まれた時から立場も、環境も、個性も、恵まれています。けれどそうでない人が沢山この世界に溢れています。異形型個性に対する差別、世代を重ねていくごとに進化し続ける個性、毎日のように報じられるヴィランの悪行の数々、これからの未来、たとえあの赤い翼のヴィランが生まれてなくても私たち今を生きる人間が向き合い続けなければなりませんわ」
そうだとも、そうしなければ
「13号先生の言う通り、個性が使い手次第では怖いものになると理解しました、ヒーローへの憧れを新しく思い出しました、戦いを選ぶ恐ろしさを肌で感じましたわ―――――けれど、私はそれでも諦めきれませんわ」
最後の凛とした言葉は、百さんの魂の言葉だった。個性を持っていて無個性にさせられた。持っていた物を糧に努力し続けてきた大切なものを一瞬で奪われた喪失感は百さんの今までを壊してしまうほどの絶望だった、けれど私と話して百さんは立ちあがってくれた。それが嬉しくて、私は百さんの頭に手を置いて撫でた。
「あ、あの……」
「君は、もう大丈夫」
頬を赤らめ困惑する百さんに、過剰に個性を持つことで不安定になっていたイリスの身体を調整することを条件に借りていた『オール・フォー・ワン』を使って『創造』を返して手を離した。……少し残念な顔をされたが、そんなに良かったのかな?
「個性を使ってみて」
「え?それはどういう意味で――――」
ぽん、と百さんの手の甲から人形の玩具が創造され、落ちるところを背中から生えている毘天が素早くキャッチして私に渡してくれた。
「ありがとう、相棒」
『ドウイタシマテ』
百さんは唖然するように口を開けて、缶カフェオレを落とし、信じられないように自らの掌を見つめ先ほど創造した幾つもの人形の玩具を何個も量産し始めた。それは創造するだけに思考を割いている無差別なもので、止めどなく溢れてくる。毘天達が頑張って回収しているけど、直ぐに私の両手じゃ持てないほどに増加している
「そ、そろそろやめよう?」
「あ――――」
焦る私の声に百さん正気を取り戻し、その瞳から大粒の涙を流した。溢れる感情、沸いてくる激情に口元を両手で抑えながら、私の胸に頭を預けた。毘天に両手で持っている人形の玩具を持つようにお願いして、私は嗚咽を零す百さんの背中を大丈夫と囁くように言いながら背中を摩り続けた。
「失礼いたしましたわ」
「私程度の胸ならいつでも貸すよ」
充血している真っ赤な双眸に私は
「ごめんね、あのヴィランじゃないけど貴女の個性は便利だからコピーさせてもらったよ」
「………いえ、ごめんなさい、少し驚いただけ―――――」
百さんの言葉が突然止まり、素早く私から離れた。今、初めて百さんはしっかりと私の顔を合わせたのだ。恐らく1-A組の中で一番はっきりとイリスの素顔を見た人物だからだろう。脳裏にはあの凶悪で妖艶の容姿は深く刻まれている、そして前世での私は瞳も髪の色も同じ、顔面には傷だらけでも分かるだろう――――――似ていることを。
「……オールフォーワン」
「なにかな?」
「貴方は何者なのですか、その顔は……!」
「あのUSJを滅茶苦茶にしたヴィラン、オール・フォー・オーバーって名乗っているんだけど………私と彼女は血が繋がっているって言ったら驚く?」
その発言に百さんは酷く驚いた。間違いではない、『ワン・フォー・オール・アンリミテッド』を使った代償に破損した部分を戻すために移植した脳無は元々イリスが
「………姉妹、なのですか」
「そんなところ、だから私はオール・フォー・オーバーを止めなければならない。それが私の責務、生きる理由、不滅の命題だよ」
私が体に力を込めて立ち上がる。そろそろ爆豪さんの家にも行って個性を返さないといかない。ある意味で私は百さんを誘拐したものだ。そろそろ居なくなっていることにも気が付いているかもしれないから私は百さんを家に帰すべきだ。しかし、先程の発言に警戒レベルを上げている百さんをどうやって運ぼうかと考えなければならない。部屋からそのまま連れてきてしまったから、寝間着姿で素足だ。もう春だけど、こんな夜中で家まで行くのは時間かかるから、風邪でも引いたら悪い、素足だから山の中を歩くのは非常に危ない。
「………ごめんなさい」
突然、百さんが頭を下げた。私はどういうことだろうと頭を傾げた。
「たとえオール・フォー・オーバーと血縁者だとしても、貴女は私たちを命を賭して守ってくれた。強大な力に溺れることなく、今回だけの話ではなく3年前から貴女はヴィランに震える人のために戦ってくれた。そんな貴女に疑惑を抱いてしまったことに対する謝罪ですわ」
「………姉妹組んで君たちの信頼を勝ち取り、油断させるための八百長試合をした可能性を考えないの?」
「血だらけになりながら、手足を失いながら、私たちを想ってくれた恩人をそうは思えませんわ。それに」
百さんは、頬を赤らめながら自らの頭に触れた。
「貴女の手は、とても温かった」
――――――――ソンナハズハナイ。
――――――――コノ手ハ穢レテイル。
――――――――ドレダケノ人間ヲ殺シテキタカ。
「そろそろ貴女を家に帰す。家族が心配しているかもしれないし、私も暇じゃない」
「次は爆豪さんですか?」
「………………………」
先程まで悪霊に憑りつかれて死んでしまいそうな人物とは、到底思えないほど夜の暗闇の中でも分かるほど明るく百さんは笑っている。
「時間が勿体無い行くよ」
「分かりましたわ、私のヒーロー」
「……………………」
私、この娘、苦手になりそう。
その後、ひと悶着あったが無事に百さんを家へと送り届けた。その時に彼女が創造した人形の玩具を一つ貰い(押し付けられた)私は飛び立つ――――爆豪さんの家へと。
家へと帰った八百万百がまずしたのは非公式のオールフォーワンファンクラブに加入したのでした。終わり。