華人小娘と愉快な艦娘たち   作:マッコ

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第50話 軽巡たちの戦い

夕張「なんだかよく分からないけど、ヲ級が混乱している今が逃げるチャンスかしら?」

 

 急に飛んできたハンモックによって、混乱しているヲ級を見た夕張は、低下した速力の中で必死に撤退しようとしていた。

 

 司令塔であるはずの母艦が混乱状態であるため、ヲ級の艦載機たちも統制がとれておらず、逃げようとする夕張を追撃しようとするものはいなかった。

 

夕張「今のうちに、ヲ級から見えないところまで離れれば……」

 

 自分の役割はもう十分に果たせているはずと考えた夕張は、何としてでも鎮守府に帰投しようと、懸命にヲ級から離れ、戦闘海域から離脱しようとしていた。

 

 しかし、そんな夕張の想いとは裏腹に、ヲ級はハンモックを何とか振り払い、近くまで戻って来ていた艦載機たちに夕張の追撃を命じる。

 

    ギュゥゥゥン ギュゥゥゥン

 

 独特の飛行音を立てながら、次々と夕張にヲ級の艦載機たちが迫ってくる。

 

夕張「うそっ!? もう来たの! もう逃げられない!!」

 

 艦載機の接近に気付いた夕張は、悲鳴にも似た声を上げる。

 

    ズダダダダ ズダダダダ

 

 その時、北西方向から7.7mm機銃の射撃音が鳴り響く。

 

天龍「硝煙の匂いが最高だなぁオイ!」

 

 その射撃音の主は、夕張の救援に駆けつけた天龍だった。

 

夕張「え、援軍なの!?」

 

天龍「オレの名は天龍。フフフ、怖いか?」   

 

 天龍は夕張に軽く視線を向けながらも、迫り来る敵艦載機に対して機銃を撃ち続けていた。

 

夕張「天龍っていったら日本初の近代型軽巡洋艦で、開発当初は世界をあっと言わせたっていうあの……」

 

天龍「フフッ、オレの装備は世界水準軽く超えてるからなぁ~」

 

 夕張の発言に気を良くした天龍は、7.7mm機銃で次々と敵艦載機を打ち落としていく。

 

夕張「す、すごい! (あんな旧型の装備で)敵の艦載機を圧倒しているなんて!」

 

 自分の艤装よりも旧型の装備で善戦する天龍を見た夕張は、何だか勇気がわいてきて体中の痛みをこらえながら、12.7mm機銃を構えて敵艦載機に照準を合わせる。

 

夕張「よぉし、私もやるわよ!!」

 

    ズダダダダ ズダダダダ

 

 夕張は、天龍に合わせる様に対空射撃を開始し、再び敵艦載機の迎撃を開始する。

 

 

 

 

天龍「んっ? 逃げ回っていたかと思ったが、やるじゃねぇか!!」

 

夕張「同じ軽巡なのに、(そんな旧式の装備で)こんなに戦える姿を見せられたら、私も負けられないって思っちゃいましてね」

 

天龍「そのやる気は買うが、そんな負傷してるなら、ここは下がっても良いんだぜ」

 

 中破状態でありながら、自分に合わせる様に対空射撃を行う夕張に対し、天龍は撤退を促す。

 

夕張「あはは、実は元々足が速いわけでもないのに、損傷でだいぶ速力が低下してて……」

 

天龍「なるほど、ならあのヲ級を仕留めるっきゃないな!!」

 

夕張「えっ!?」

 

 完全に不意を突いた奇襲で小破させることすら出来なかった、航空母艦ヲ級に対して自分よりも旧型装備である旧型軽巡洋艦の天龍が、自信満々の表情で「ヲ級を仕留める」と言ったことに対して、夕張は驚きの声を上げる。

 

天龍「この天龍さまが、ヲ級の至近距離まで到達できれば必ず戦闘継続不能にしてみせる! だから、それまで艦載機を何とかしてくれ!!」

 

夕張「えっ……、あっ、はいっ!」

 

天龍「頼んだぜ、夕張!!」

 

 天龍は左手に持っていた刀を両手でしっかりと握り直すと、一直線にヲ級に突撃していく。

 

夕張「天龍さん、熱くて真っ直ぐな人みたいね……、嫌いじゃ無いわ!」

 

 夕張は、体中の痛みをこらえながら使用可能な艤装を全て展開し、上空の敵艦載機に狙いを定める。

 

夕張「ろくな戦闘能力も無いのに、提督を守ろうと必死に敵艦載機に向かっていた明石、旧型の艤装しか持っていないのに恐れることなく敵に向かって行く天龍、まるで熱血スポ根アニメの展開じゃない……」

 

 美鈴や龍星鎮守府の艦娘たちと出会ってから、これまでの事を思い出しながらニヤけながらも心の奥底から湧き上がる熱いものを感じていた。

 

夕張「艦娘として生まれ変わった初日からこんなに熱い展開を味わえるなんて、絶対に死ぬわけにはいかないわよね!!」

 

 

 

 

    ズガガガ ズガガガ

 

 一直線に迫ってくる天龍に気がついたヲ級は、艦載機たちに天龍を撃墜する様に指示を出し、天龍の近くにいた艦載機たちは機銃で攻撃を仕掛けるが、天龍の素早い動きに命中させることが出来ない。

 

ヲ級「ヲ、ヲヲ! ヲヲヲッ!!」

 

 救援に現れた天龍に焦りをあらわにする、ヲ級は冷静な指示を出すことも出来ず、艦載機は各個に攻撃を繰り返すのみで、全く連携がとれていないため、これまでの戦闘や訓練で経験を積んでいる天龍にとっては回避は容易であった。

 

天龍「ふっ、こんな攻撃、鳳翔さんとの演習に比べたら目をつぶったって余裕だな!」

 

 しかし、ヲ級の戦闘可能な艦載機は未だに40機を超えており、連携がとれていないとはいえ、数で圧倒されれば天龍も長くは持たないという状況であると言うことも天龍は把握していた。

 

ヲ級「ヲヲッ、ヲヲヲッ!!」

 

 焦りにより、全くと言って良いほど指揮もとれず、周りの様子も見られなくなっているヲ級は、完全に夕張のことを忘れていた。

 

 

夕張「ヲ級の目には天龍さんしか見えていない様ね、天龍さんを援護する為にも、ここは私も頑張らなくっちゃね!!」

 

 天龍の後方にいた夕張は、体の痛みをこらえながらも前進を開始し、天龍に迫る敵艦載機に対空射撃を仕掛ける。

 

    ドォォン ドォォン

 

 不意を突かれたヲ級の艦載機たちは、夕張の対空射撃をもろに受ける形となり、10機ほどの艦載機が撃墜された。

 

ヲ級「ヲヲヲッ!?」

 

    ドォォン ドォォン

 

天龍「よそ見してると危ないぜ、天龍さまの攻撃だ!!」

 

ヲ級「ヲォ、ヲヲヲォ……」

 

 夕張に気をとられていたヲ級は、天龍の攻撃により小破したのであった。

 

 

 

 

町井田「こちらミディア、北方海域から帰投した那珂たちを収容した、これより龍星鎮守府に帰港する」

 

大淀「了解しました、皆さんお疲れ様です」

 

町井田「ところで、南西方面の状況はどうなっている? 白雪たちは無事か?」

 

麗美「こっちも無線が届かなくて詳細は分からないわ、モニターを見る限りだと天龍が夕張の救援に行って、白雪と深雪が榛名や雪風の救援に向かっている途中だわ」

 

鳳翔「私も再出撃の準備は出来ました、どうか出撃の許可を」

 

 町井田の隣で、通信を聞いていた鳳翔は、自身の艦載機の補給と修理が完了したことから再出撃の許可を求める。

 

美鈴「今は、南西側の状況が分からないから、鳳翔さんに出撃してもらって状況を確認してもらうのはどうでしょうか?」

 

あかぎ「良い考えだと思います、ただ、他方面警戒も必要な状況ですから、あまり鎮守府からは離れない様にしてもらう必要があると思います」

 

明石「修理が必要な電はまだ無理ですが、雷の艤装の整備も終わっています、紅月准将の協力をもらって雷にも警戒を頼んでみるのもありだと思います」

 

大淀「私も2人の意見には賛成です、良い考えだと思います」

 

 鳳翔からの進言を受けた美鈴が、あかぎ達と相談していると、モニターで戦況を確認していた麗美が、美鈴に歩み寄ってきて声をかける。

 

麗美「メーリン、今の話は聞こえたわよ。 雷の件は了解したわ、龍星鎮守府周辺の警戒や支援くらいなら問題ないわ」

 

美鈴「麗美さん……、いやレミィ、ありがとうございます」

 

咲樂「(ちっ、お嬢様のことを「レミィ」だなんて、本当に馴れ馴れしい人ね)」

 

 美鈴は、背後から咲樂の鋭い視線を感じ、思わずゾクッとする。

 

麗美「友好関係にある龍星鎮守府を支援するために、この付近の海域にいる紅月艦隊は更なる深海棲艦からの攻撃には全力をもって対応するから、この南西方面の戦い必ず勝つのよ、メーリン!!」

 

 麗美は腕を組みながら力強く美鈴に言葉をかけると、その麗美の表情から不意にレミリア・スカーレットの面影を感じた美鈴は、思わず跪いて両手を前に組み、三国志の武将の様な敬礼の姿勢をとる。

 

美鈴「は、はい! ありがとうございます! お嬢様!!」

 

麗美「えっ、お嬢様って……、咲樂の真似?」

 

咲樂「(そうよ、それでいいのよ、やれば出来るじゃない美鈴)」

 

 思わずとってしまった美鈴の最敬礼とそれに驚く麗美、その様子を後方から見ていた咲樂は何故か満足げであった。

 

 

 

 

ヲ級「ヲッヲ ヲヲヲッ……」

 

天龍「ふふっ、この戦いで、オレはまだ活躍してねぇからな…… ヲ級の1体くらい潰しておかなきゃ、紅月艦隊のチビ共にでかい顔されちまうしよぉ!」

 

 天龍は、北方海域での戦いで暁がヲ級2体を撃墜する殊勲を挙げていた事を聞いており、対抗心に燃えていると言うわけではないが、自分だって今までに金剛や鳳翔と演習を繰り返し、更には美鈴から人間としての体の使い方や戦い方を学んで来た事を思い出しながら、これまで巨大に感じていたヲ級が今は手の届く所にいると言う実感があった。

 

天龍「前までなら、ヲ級やル級なんて絶対に敵わないとビビっちまっていたが……」

 

    ヒュュュュン ヒュュュュン

 

 ヲ級の艦載機から、天龍に目掛けて爆弾が投下される。

 

夕張「危ないっ、天龍さん!!」

 

天龍「このくらい!!」

 

    ドォォン ドォォン

 

 天龍は、体を翻しながら素早く旋回しつつ、一瞬で投下された爆弾を狙撃する。

 

ヲ級「ヲォ!?」

 

天龍「オレの名は天龍。フフフ、怖いか?」

 

ヲ級「……テンリュウ?」

 

 天龍はヲ級の懐に飛び込むと、両手で握っていた刀をヲ級に向かって振り抜く。

 

ヲ級「ヲヲッ……」

 

 ヲ級はとっさに回避しようとしたが、頭部にある巨大な艦載機とも触手付きの帽子とも思える艤装を真っ二つに切り裂いた。

 

ヲ級「ヲ、ヲヲヲ……」

 

 透き通る様に白く長い髪と、雪の様に白い素顔を見せたヲ級は恐怖に怯えているようにも見えた。

 

天龍「怯えているのか……、ふんっ、降参してもう攻めてこないっていうんなら、見逃してやる!」

 

ヲ級「……コウサン?」

 

 天龍の言葉を聞いた、ヲ級は一瞬動きを止めたが、力のこもった瞳で天龍を睨み返す。

 

ヲ級「……シナイ!!」

 

 空母で言うところのカタパルトにあたる頭部艤装を破壊され、中破状態となったヲ級であったが、天龍の降伏勧告に対し強い拒絶を示した。

 

 

 

 

夕張「何だろう、だんだんあのヲ級が力強くなってくる様な感じが……」

 

天龍「何だ、最後の力を振り絞って抵抗してくる気か!?」

 

 頭部艤装を失ったヲ級ではあったが、すでに発艦している艦載機たちに指示を出すかの様に右手に持った杖の様な艤装を振り上げ、天龍を指す様に振り下ろす。

 

    ギュゥゥゥン ギュゥゥゥン

 

 するとヲ級の艦載機たちは、これまで統制がとれていなかったのが嘘の様に、編隊を組み直しながら一糸乱れぬ動きで天龍に向けて一斉攻撃を仕掛けてきた。

 

天龍「そう来なくっちゃなぁ!!」

 

 天龍は、上空の敵艦載機に向かって対空砲撃を行いながら、静かに夕張に目線で合図を送る。

 

夕張「えっ、アイコンタクト?」

 

 天龍が夕張に合図を送った先には、完全に天龍を仕留めることに集中し、夕張には目もくれていない中破状態のヲ級の姿があった。

 

夕張「そうか、天龍さんはこの隙を作るために、あんな目立つ行動を……」

 

 

    ズダダダ ズガガガガガ

 

 天龍の対空射撃によって、前線の艦載機を落とされてもなお突撃してくるヲ級の艦載機の猛攻によって、天龍も着実にダメージが増えてくる。

 

天龍「大丈夫だ、この隙に夕張が決めてくれるはずだと信じているぜ……」

 

 激戦の中で天龍が呟いた言葉は、夕張の耳には届いていなかったが、天龍の意図を汲んだ夕張は残っている魚雷3発をヲ級に向けて発射する。

 

 

     ドォォォォォォン

 

 夕張の放った魚雷は、吸い込まれる様に全弾ヲ級に命中し、ヲ級は大きな水柱を上げながら海に沈んで行った。

 

 指揮艦を失ったヲ級の艦載機たちも、次々と海面に墜落していった。

 

 

 

 静かになった海上には、ボロボロになった天龍と夕張がやりきった表情で互いにガッツポーズをとっていた。




前話を今年の初めに投稿して以来、約8ヶ月となってしまい申し訳ありません。

この間、世界では新型コロナウイルスの影響で皆さん色々と大変だったかと思いますが、私自身も引越しなど生活環境が大きく変わり、なかなか執筆時間がとれない状況が続いてしまい、こんなに遅くなってしまった事をまずはお詫びいたします。

気付けば、もう50話に到達した『華人小娘と愉快な艦娘たち』ですが、以前から言っていたかもしれませんが、現在の戦いに終止符がついた時点で第1部の終了と区切りをつけて、番外編などを挟みながら第2部に突入しようかと考えております。

番外編では、とある別の鎮守府に焦点を当てた話や、この世界観の過去の話なんかを考えております。

まぁ、その前にきっちりとこの第1部を完結させることが肝心だと思いますので、あと何話になるかは断言は出来ませんが、
気合い、入れて、行きます!!

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