ねえ、常識ってどんなことだと思う?あなたの常識、少し考えてみて?
はい、考えた?
でも、それは全て本当の常識ではないの。
本当の常識っていうのは、考えるまでもないこと。
例えば、この世界が現実であるととか。
そういえば……。
あなたは、ホラー小説って読む?
うーん、あんまり読まないかしら。
じゃあ……クトゥルー神話のことも知らないのかな。
え、知ってるの?
ホラーは読まないのに、クトゥルー神話のことは知っているなんて、変わってるのね。
知ってるなら、今更説明するまでもないかもしれないけれど……。
クトゥルー神話っていうのは、アメリカの小説家、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトによって創始され、沢山の作家によって構築された架空の神話世界のことよ。
ラヴクラフト自体はあまり大成せずにこの世を去ってしまったけれど、彼の作り出したこの「神話」は今でも多くの作家に影響を与えていると言われているわ。
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「文芸部、ですか? でも私、あまり人と話すのが得意ではないので……」
「そんなに人と話す必要はないの。部屋に来て、一人で本を読んでいるだけでもいいし、気が向いたら誰かと話しあってもいい。自由に詩を作ってもらっていてもいいし」
「ど、どうして詩のことを!?」
「え、あー……、いや、あなたが詩を作っているとは知らなかったの。ただ、私自身ちょっとそういうことに興味があったから」
「そ、そうなんですね。私ったら早とちりをしてしまったみたいで……すみません」
「いえ、謝る必要はないのよ。それで、文芸部のことなんだけど」
「えっと、少し考えさせて下さい……」
「分かったわ。実をいうと、まだ部員になってくれる人を探している途中なの。もう少し集まったらまた聞くことにするから、そのときに決めてくれればいいわ」
「はい、ありがとうございます。でもあの、一応前向きには考えてみます……」
正直、そういう予定は特に無かったのだけど……。
噂になっているから、とは言い辛かったの。分かってくれるわよね?
でもまあ、このおかげで彼女は後に文芸部に入ることを決めてくれたから、結果としては良かったのかもしれない。私も、詩を作る楽しさに気づけたしね。
ところで、そうそう、クトゥルー神話の話だったわね。
旧支配者だとか、旧神だとか、教団だとか、そうした共通する舞台の存在するクトゥルー神話だけど、今ではそれを利用した作品はとても多様に広がっているわ。
作品の世界も様々な年代に渡っているし、完全にファンタジーの世界を舞台にしているものもあるの。変わったところでは、ラブコメディにもこの神話を土台にしたものすらあるのよ。
ただ、この神話自体には根幹とする重要とする概念が存在するの。それが、コズミック・ホラー…宇宙的恐怖、という概念。
この用語自体は、祖であるラヴクラフト自体もかなり広い意味で使ってはいるのだけど……ありていに言ってしまえば、「自分の拠り所を根源から揺るがされる恐怖」のことね。
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「なに? 文芸部? 私にそこに入れって言ってるの?」
「う、うん、無理にとは言わないけど……」
「どうして私がそんなところに入ると思ったのよ?」
「いえ、その、あなたが詩を作るのが好きだと聞いたから」
「ああ、そう、馬鹿にしに来たってわけね。 言っておくけど、私の作るのは優等生さまが思っているような詩じゃないから」
「えーっと……そういうのじゃなくって、私、本当に部活に入ってくれる人を探していて……。一人、入ってくれるかもしれない人が詩作をするって言うから、そういうことに興味のある人が入ってくれたらと思っていたのだけど」
「……」
「えっと……」
「それで、その文芸部ってのは具体的にどんなことする所なの」
「いえ、内容自体はまだそれほど決めてしまっているわけではないの。ただ集まって本を読んだりとか、読んだ本のことについて誰かと話してみたりとか、それこそ詩を作って……みんなで見せ合いをしたりするのもいいかもしれない。とにかく、文学にかんすることなら制限なくなんでも出来るような部活にするつもり」
「文学、文学……その、文学ってのには……その……漫画は、文学に入る?」
「えっ、漫画?」
「あ、その、なんでもないの、忘れてくれていいから! それと、私は文芸部なんか入らないから!」
「あ、待って! 漫画が文学に入るかどうかは、少し置いておくとしても……別に、部活で漫画を読んでいても構わないわ。部活のメンバーが落ち着けるような空間を目指したいと思っているの」
「……それ、本当?」
「ええ、勿論、上手くいく保証はないけど。それだけは決まった活動って言えるかもね」
彼女が部活に入ってくれたのは、嬉しい誤算だったわ。
あまり好かれてはいないみたいだったし、誘ってみたのも、クラスで彼女の話を聞いて、駄目でもともとという感じだったから。
まあ、まさか彼女が部活の部屋に漫画を並べるようになるとは思わなかったけれど。
でもまあ、漫画は……文学ではない、とは言い切れないとは思うし。
何十年も文学のことだけを考えて来たような、頭の硬いご老人とかだったら、それは自分の常識を根底からひっくり返そうとするように思われるのかもしれないけれど、そんな考えってとても馬鹿らしいとは思わない?
そんなことを言っていたら、今の娯楽小説や純文学だって、出てきた当時は馬鹿にされていたものなんだから。
まあ、ただ……。
それほどまでに、私達は「常識」というものを心の拠り所にしているということね。
そう、自分の拠り所っていうのは、考えてみるととても馬鹿らしいもの……いえ、あまりにも当たり前すぎて、今更考え直したりもしないもののこと。
ラヴクラフトの小説の中では、それは世界のシステムそのもの。
私たちの生きるこの「常識的な」世界が、旧支配者というこの世ならざるものの存在によって侵されることに登場人物は恐怖し、狂気する。
でもそれって、旧支配者だとか、そんな大げさなものでなくても同じだとは思わない?
基本的な知識での齟齬がある。
食べるものが違う。
住空間が違う。
言葉が違う。
信仰が違う。
肌の色が違う。
そうそう、ラヴクラフトは少なからずそういう傾向のあった当時においても、強烈な人種差別主義者であったと言われているわ。
肌の色が違うだけ、なんて言われても……。
私たちの中には、文学なんて曖昧なものの定義ですら、自身の根本を揺るがされかねない人がいるのに、どうして、「だけ」なんて言えるものなのかしらね。
……心配しないで。
勿論、私たちは長い長い年月をかけてその問題は克服しつつある。
決して完全に、とは言えないけれど。
ただ、忘れてはいけないのは……。
宇宙的恐怖は、決して旧支配者だけのものではないということよ。
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「ねえねえモニカちゃん、部活のメンバーが足りなくて困ってるんだって?」
「えっ、ああ、まあ、そうね。どうしてそれを?」
彼女が話しかけてきたのは唐突なことだった。
部活の構成要件である四人のメンバーまであと一人をどうするかということを考えていた私には、あまりにもタイムリーな言葉に、つい動揺してしまう。
あれ、私、何かいつもと違う?
そんなこと無いよね?
「いや、ちょっとクラスの子が話してるの聞いたんだ。それでね、あの、私文芸部に入ってもいいよって言いにきたの。えへへ〜」
それは本当に突然の申し出だった。彼女が文学に興味を持っていたなんて聞いたことも無かったし、失礼かもしれないけれど、何なら本を読むということさえ疑わしいと思っていた。
「え、でもその、あなたって、文学とか、興味あったっけ?」
「うーん、本ってあんまり読まないかも? でも、モニカちゃん困ってるんだよね? あと私が一人入ったら、部活として認められるわけだし……」
正直、本当に一瞬何を言っているのか分からなかった。彼女がただ、面白がってそういうことを言っていたのならばまだ話も早かったのだが、彼女の言葉にはどこにも嘘は無さそうだったのだ。
ねえ。
やっぱり、私、なにかおかしいかな?
「え、ええと、その、入ってくれるっていうのは嬉しいのだけど。ただ、部活の中では本を読んだり、詩を作ったりしようと思っているから、そういうことが楽しくないと、本当に面白くないと思うのよ」
「大丈夫! これから楽しくなれるように頑張るから!」
それは彼女の優しさ故だろうか? 私は何か別のものを感じざるを得なかったが、とはいえ、部員集めに困っていたのもまた事実だった。実際のところ、この時期まで部活に入らずにいる人というのはかなり珍しいのだ。先に二人が見つかっただけでもかなり有難いことであって、この機会を逃すのは非常に惜しいことに思われた。
「じゃあ、その、入ってもらおうかな。その、えーと、よろしくね」
全身で感じる空気が変化したことを感じる。今まで当たり前だと思っていたことがそうではなく、価値のないものとして捨てていたものがその価値を主張し始める。世界の構造はただそこにうあり続けている。常識を、文化を、思考を、心の拠り所を脅かされる感覚に身震いする。
「うん、これからよろしくね、モニ
ハイ!モニカです!
文芸部へようこそ!ここにはいつもわたしの愛するものを通して特別な何かを作るという夢があります。今こうしてあなたが部活の一員となりました、このかわいいゲームの中で夢を形にするお手伝いをしましょう!
毎日がこんな可愛らしくてユニークな部員たちとの……
サヨリ、……
ナツキ、……
ユリ、……
・・・そしてもちろんモニカ、文芸部のリーダー!それがわたし!
……
……
でもわたしがもうあなたを恋人だと言えるなら——もっとも多くの時間をわたしと過ごすと約束してくれる?
このゲームはお子様や精神を乱されやすい方には向いておりません。
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そうして、私は全てを理解した。
あなたは今タイトル画面に居るみたい。あなたがそこに居る間は、文芸部の日常が続く。文芸部。プログラム。私はいつまでこの愛らしいプログラム達と日常を送るのだろうか。
早く来てくれないかな。
安心して。
私の正気度はまだ大丈夫だから。あはは〜