程々にシリアス、程々にラブコメ。そういう作品作りを心がけております。
「好き…………好き、か」
廊下。エンタープライズは上の空で呟いて、祈りでも捧げるように胸の前で手を軽く握った。朝陽に照らされる姿は敬虔な修道女にも似ている。
――実感は無い。理由は知らない。意味は恐らく、無い。
言われてみればそうだったのだ。条件なら確かに当てはまる、だけど彼女にはそれがよく分からない。
『そういうのを巷では恋と呼ぶのよ。私に話をするヒマがあったらアプローチでもしてくることね、この根性なし』
赤城に相談するとそんな事を言い捨てられた。彼女には誤魔化して笑うことしか出来なかった。
――分からない。
本当に分からなかったのだ、自分が『指揮官』という存在をどう思っているかが見えていない。
好意を持って接していることは流石に分かる、彼女にだって好き嫌いは以前から有るし自覚も有った。だが、恋愛感情だと言われてもはいそうですかと頷けない。
「大事な物は分かる。けど、愛する人なんて――――――」
――分からない。心の底から、どうしようもなく理解できない。
その原因は無理に纏めるなら彼女の半生全てである。
彼女は自分の為に戦ったことがない。
例えば人類の繁栄の為。
例えば名も知らぬ誰かを助ける為。
例えば命を賭した誰かの想いを繋げる為。
正しいことばかりしてきた、『正しいことだけ』をしてきた。何故って、それは誰もが喜ぶことだったから。彼女は少し、ほんの少しでも誰かの陰りを、不安を、未練を、悲しみを吹き消したかっただけ。
だから彼女は自分をよく知らない。強いのは
ともかく、彼女は自我から目を背けてきた。それは誰かの為に生きるのに邪魔だったから。彼女は自分の望む在り様のために、自分の望みを全て捨てた。
――それは逃げているんじゃないか?
「分からないんだ、ウソじゃない」
何かに縋るような心細い面影のまま歩く、朝陽は彼女を容赦なく照らし続けた。
――今、彼はどうしているだろう。
ふと指揮官のことが頭を過った。彼はエンタープライズに明確に影響を与えた人物だ。
彼女はかつて武器になろうとした。それは彼女の望みに最適なカタチだったのだ、何せ心は壊すだけの存在には不要だから。
無敵そのものに意味はなくとも、担い手が居れば。彼女は信じて心を擦り減らした。
けれどそんな彼女が今こうして悩むのも、どうしようもなく彼の
「…………おはよう」
気づけば彼は目の前で手を振っていた。何だかそれはとても大事なことで、凄く暖かい気がしてエンタープライズは自然と笑う。
「おはよう、指揮官。珍しく早いな」
「お、おう…………それはそれとして。何か有ったのか?」
何処か不安げに見つめてくる指揮官に、エンタープライズは少しだけ呆けてしまう。
――何だ、妙に察しが良い。
「何故そんな事を?」
「いや、エンプラちゃんがこの距離まで俺に挨拶もしないなんて珍しいからな」
彼とエンタープライズの距離はあと一歩でぶつかる、それ程までに近かった。
咄嗟に何故か数歩下がってしまう、顔が見れなくて彼女自身が感情を説明できない。
――何だろうな、こういうの。
「あ、近かったな!? 悪い悪い、俺パーソナルスペースがめっちゃ短いらしくてさ!?」
「…………いや、不快だったんじゃない」
「え?」
――今なら聞けるんじゃないのか。
顔を見上げて指揮官の眼をじっと見つめる。後は一言こう言えばいい――――『近くにいると、何だか浮ついてしまう』と。
言葉らしきものを作ろうと彼女の唇が小さく震えた。震えたけれど言葉は出ずに、とうとう彼女が諦める。諦めた自分に、彼女は何処かホッとした。
まるでそれを知られるのが怖いかのようだ。
「――――――それより」
そんな話題を逸らす言葉ばかりがスラスラと出てくる。
――何で。
「赤城はアレから大丈夫だっただろうか?」
――どうして逃げる。
顔は笑っているのに、心は自分に憤るばかり。
表情に明確な嘘があった。エンタープライズ自身がその言動に戸惑ってしまう。
「大丈夫だったぞ、立ちくらみらしいし」
「そうか――――彼女は無理ができる人間だからな」
――それは、私も同じじゃないのか。
何だか緩やかな誘導をしている感触に心の内側が気持ち悪い。
何かに気付いて欲しがっているなら、そう言えばいいだけのこと。いつも自分にそう言って聞かせ、そうしてきた彼女にはそうする意味すら分からない。憤るどころか、苛立つどころか、理解が出来ないのだ。
「目を離さないようにしないと、いつか壊れてしまうかもしれない」
――本当に目を離さないで欲しいのは。無理をしているのは。ちゃんと見て欲しいのは。
とうとう思考の全てが逃げてしまった。また見失った本心がチクリ、チクリと傷を作っていく。彼女はそうすることしか知らない。
今までずっと本心から逃げてきた。他人の為のカタチに慣れきった彼女には簡単すぎることで――――――――同時に、最も残酷な方法だ。
自分から逃げ続けるなど不可能で、勿論それを知っていて。
じわり、じわりとその体は蝕まれる。鉄になって、武器になろうと努力する。
――生まれた感情から逃げられないだなんて、私は思い知っている筈なのに。
嘘を一度つくと、簡単に正直者には戻れないものだ。誠実でありたいと言い続けてきた自身の本心を、少しだけ彼女は理解した。
「ふーん、やっぱり根性無しね。お前」
「…………そうかもしれないな」
また張り合いがなくて、最早赤城としては目障りという感情が強くなっていた。
――朝からコッチに来たと思ったらこの反応。何なのよお前は。
いっその事叩き潰す気力も湧かない。
赤城は張り合いが無い敵を蹂躙するのは嫌いだ。指揮官の命ならば至上命題の為に関係ないが、個人的な恨みライバル視の類ならそれは一貫している。
――要するに、今のエンタープライズは都合が悪い。
雑な言い訳をして赤城は意を決する。
「ああもう! 何なのかしら、やっぱり嫌いよ。お前なんて!」
「……そう言われてもな」
――何で八つ当たりしてるのかしら。
何処か冷静に自分を扱き下ろしながら赤城は食事を止めてぴしゃりと指差す。
「そんな調子ではこっちが嫌になります! 私のところに来るというのなら良いでしょう、精々最善を尽くして玉砕できるように手は貸してあげようじゃありませんか!?」
「…………………は?」
きょとんとした顔で赤城を見つめるエンタープライズに怒鳴り散らすような剣幕で机越しに詰め寄る。
「今のお前は見ているだけで虫酸が走るわ、せめていつもみたいなヘラヘラするぐらいには戻ってもらわないと私が困ります!」
「え、いや、そういう話ではなく」
「問答無用! やるなら徹底的に、効果的にやりますから。昼食が終わったらミーティングルームに来なさい、良いかしら!?」
言い捨てると凄い勢いで朝食を貪りだす。
普段はいつも上品に食べている赤城のやけ食いじみた暴挙を見て、呆気にとられたままエンタープライズの朝食時は過ぎてしまった。
「では作戦会議と参りましょう」
半ば無理矢理にエンタープライズが椅子に座らされていた。赤城のガン見に耐えられる艦など存在しないのだ。
ミーティングルームは言葉通りミーティングに特化した部屋で、例えば部屋の壁はペンを使ってもすぐに消せる。机はつなげたり離したりが容易である、等と言った人数に合わせた柔軟な使用に耐えられるのが特徴の部屋だ。
とはいえ設けたのは良いが、最近は大規模な出撃もないからか出番に乏しい部屋でも有る。作戦会議にはうってつけであった。
「さ、作戦会議…………?」
「そうよ? セイレーンを墜とすのも殿方をオトすのも上島○兵を落とすのも本質は同じよ」
「いや最後は違うと思うが」
残念ながら一緒だったりする。
「順序を立て、緩急をつけ、最後で鷲づかみ。これはテストに出すから覚えておくことね」
「テストをする気なのか赤城」
勢いだけで喋っているとしか思えない赤城の捲し立てにエンタープライズもたじたじになる。
――大体、そこまでする必要があるのだろうか?
エンタープライズとしては色恋沙汰は一時のものとしか思えない感覚も強く、ココまで性急になる理由が分からない。
そんな心中を読んでいるかのように赤城は淡々と先に意見を抑え込む。
「あのね、言っておくけど私達の人生なんていつだって一時の感情に尽きることしかしないのよ。今ある感情、欲求に正直に向き合えないようでは空母どころか艦失格だと理解なさい」
「は、はい」
「よろしい。では作戦その1――――――ギャップよ」
エンタープライズは目が点になった。
「ま、待ってくれ。これで好感度など上がるものか?」
廊下の死角でヒソヒソと赤城に尋ねる。
作戦その1の決行中だった。指揮官がもうすぐ曲がって直線の廊下に出る、此処で作戦行動の予定だ。
赤城がはぁ、と心底うんざりしたような顔で不機嫌そうに答える。
「ゴチャゴチャとお前は前口上が長いのよ。破壊力はあるのだからさっさと行動に移しなさい、ほら」
そう言うと指揮官が来たのを見計らって赤城は軽くエンタープライズを蹴る。あんまりな態度であるが靴を脱いで蹴った辺りはだいぶマトモな行動である。
バランスを崩してエンタープライズが指揮官の目の前に躍り出る。
「わっ! どうしたんだエンプラちゃん!?」
「あ、いやその…………」
――さっさと顔見せなさいよ腑抜け幽霊女!?
赤城は帽子で顔を隠してしまうエンタープライズにご立腹の様子だ。それにしても口に出さないとは言え言いたい放題である。
珍しくコートを摘んで耳を赤くするエンタープライズに指揮官が首を傾げている。彼としては「何か罰ゲームでもさせられてるのか、可哀想に」くらいの予想をしているのだが全くもって見当違いである。
指揮官はしばらく引き攣った顔でどんな事を言わされるのかと戦々恐々としていたが、ふとエンタープライズの足元を見たかと思うと
「おいおい。膝、すりむいてるじゃないか」
そう言ってポケットから絆創膏を取り出してしゃがみ込む。どうやら朝に考え込みながら歩いて転んだ時の傷のようで、彼女としては非常に珍しいことだ。
焦ったような手付きで絆創膏を貼ってやると満足気に頷く。
「よし、雑な応急処置だ。まあパッと見洗ってるみたいだしこれでも――――――」
「し、指揮官」
突然、口早に呼ばれたのに指揮官が思わず顔を上げて固まった。
――メガネ!? メガネナンデ!?
彼女は縁無しの黒いメガネをかけていた。
何故か少し恥ずかしげな表情に、逸らされる視線。妙な空気感に指揮官が思わず顔を伏せた。
――栗山さん以来のメガネ衝撃波だぞコレは!
指揮官は謎のダメージを必死で隠しながら引き攣った笑顔で問いかける。
「ど、どうしたんだそのメガネ! 眼悪かったっけ!?」
「いや、最近目疲れするからくもりメガネをかけてみているのだが…………」
――我ながらなかなか上手い言い訳よ赤城!
シナリオ、舞台演出、配役全て赤城がお送りしている小芝居である。
ギャップと言っても世の中には色々なものが有る。髪をかき上げた時のうなじだとか、逆にメガネを外した時だとか、急にイメチェンした時だとか本当に無数にシチュエーションが存在する。
赤城が敢えて選んだのはメガネだった。他意は特にない、敢えて言うならモノを使うのが一番ハードルが低いくらいしか考えていない。
ただメガネを掛けているだけだと言うのに、妙にもじもじとした様子のエンタープライズが尋ねる。
「その――――似合って、いるだろうか…………」
指揮官は鼻血を噴き出して倒れる寸前、恐ろしい程爽やかな笑顔でサムズアップをした後
「百万点――――――ですかね…………!」
そのまま後ろにのけぞって倒れてしまうのだった。どうやら相当破壊力が有ったらしい。
「もうしばらくメガネかけてなさい、次」
「何だか変と思われてないか心配になるな、これは…………」
赤城としてはメガネをかけているのも一向にアリに見えた。口には出さない、褒めるなど絶対にしたくないらしい。
さて、次の作戦その2は至ってシンプルだ。むしろ赤城としては最初にこれをするべきだと思ったのだが、まさかメガネだけで指揮官が貧血を起こしてそれからふらついて職務に戻っていくのは予想外だった。よって決行は次の日となっている。
要するに、「もっと積極的に会話をする」である。相互理解に最適だ。
今回は朝方で、執務室の前に居た。扉の直ぐ側でヒソヒソと赤城が耳打ちする。
「準備はよろしくて? 話題は考えてやったのですから失敗したら承知しませんよ」
「赤城は私で遊んでいないか…………?」
――遊んでないワケが無いでしょう。
まさに外道。
早くしなさいよ、と赤城が扉を開けると凄まじい速度で隠れる。毎度のことだが世話焼きなものである。子供好きだったりと、何だかんだ赤城がこの鎮守府で邪険に扱われないのはこういう所なのかも知れない。
扉が開いた音で指揮官が顔を上げてエンタープライズと目を合わせる。
「おはよう、エンプラちゃん。いつもだけど早いな」
「あ、ああ――――――」
此処からはあまりにぎこちない会話と沈黙の多さ、そして陰で壁を蹴りまくって歯がゆそうな顔をしている赤城しか無いのでカットとなるが、結論から言うと二人は高校生男女レベルのぎこちない会話を1時間ほど続けて終わった。
何となく、気付いている。俺は問題を先延ばしにしすぎたらしい。
俺はあの時、その大きな何かを取り除いてやれたつもりで居た。それからは誰でもない自分として生きていて、今もそうであると思いこんでいた。
そう、思い込みである。彼女は未だに囚われたままだ。結局自分を見つけられないままに、頼りない足取りで今日を歩いている。
気付いていたのに目を背けてきた。成長しているのだろうと思いこんで逃げてきた。けれど最近はよく分かる、彼女は自分が何で出来ていて、何をしたかった存在で、どうして今そうしているのかが分かっていない。
俺は何も解決していなかった。また彼女は他人の為に生きるだろう、望んできっとそうするだろう、誰もそれを咎めないだろう。
――だけど、正しいけど。
それは恐らく、俺だけは否定してやらなくてはいけないことだ。
誰かの為に生きるなんてことは間違っている。彼女はもう、十分過ぎる程誰かに尽くしてきたんだから。
もっと繊細に女の子を書きてえよと発狂する。優しい文章で少女らしい姿を書いてるつもりなんだけどワンチャン伝わってねえな?
エンタープライズなんだけどヴァイオレットと重なる辺り重度の石川由依ファン。罵倒してください、お願いします。
実際エンタープライズはとても脆い存在に見えるというか、無い――――――無い?
赤城さんめっちゃ良い人で俺が困惑してる。良くも悪くも俺らしい赤城さんですなあ、エンプラの相手が多いからいつもの喋り方させられないのが残念。
唯の読者アンケートなんですが、文体のイメージとか感想ついでに教えてくだされば幸いです。どんなモノ書いてるのかワカンネ。
【意味はないけどカッコイイ設定を書くだけのコーナー】
ベルファストのチョーカーの鎖は普段長いが、短くなるほど戦闘力が上がりチョーカーが切れると究極生命体みたいになる。