鎮守府は恋に踊る   作:杜甫kuresu

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よく思いますが、エンタープライズって本当に強いんでしょうか?

尖った艦の中でも一般的な性格だと思うのですが、そんな彼女が果たしてあれ程強く存在できるかと言うと、俺は無理だと断言します。
どう見ても根が普通なんですよ、あんなに達観してて強い子な訳がない。

今回のシリーズはそういう話をしています。これからもそういう話をします。
何だか突然崩れ落ちそうで見てて心配になりませんか、エンタープライズ。


3

「指揮官様、少しお話よろしいですか?」

「え?」

 

 昼間のことだ、赤城が突然俺に話しかけてきた。

 いつも無軌道で少し怖い空母なのだが、今日は何時になく真剣。俺は大層適当な男であると自負しているが、その赤城の表情に巫山戯て答えるほどにも適当になれない。

 

 書類を整理して横に重ねる。

 

「構わないけど、どうした?」

「エンタープライズの事です」

 

 珍しい、と素直に思った。赤城はエンタープライズとは基本的に犬猿の仲で、話題に出すだけでも嫌な顔をするほどだ。

 むしろプレゼント選びの助力を快諾したのには驚かされたぐらいだ、何度か土下座するのすら覚悟したぐらいである。本当に基本的には滅茶苦茶嫌いらしいのだ。

 

 赤城は内容を掴みそこねた俺の眼をじっと見つめてくる。

 

「具体的には?」

「アレは妙です。自己理解があまりに乏しい、私も客観的な目には自信がありませんが――――――あそこまで『自身のことだけ』に一貫しているのは異常です」

 

 赤城の指摘は最もだった。基本的にエンタープライズに異常など見当たらない、むしろ変わり者だらけの鎮守府では飛び抜けて普通の感性だとすら言っても良い。

 

 だからこそあの自分の見えて無さは気色悪く映るだろう。そこだけ別人のように疎くて、鈍くて、錆びている。

 

「まるで自分について考えるのを拒んでいるようです」

「それが正解だよ。俺に聞くまでもなく赤城はちゃんと真理をついている」

 

 端的に事実だけを答えた。

 エンタープライズは自分について考えることだけは出来ない。何故かは明白だ。

 

 それをしてはあの娘自身が困るから。

 

「何故ですか」

「本人に直接探りを入れてみたらどうだ? 俺からは明言しかねるな」

「とぼけないで下さりますか、誤魔化す時にいつも左目だけを瞑るのを赤城は知っていますよ」

 

 そんな妙な癖がついていたのか。自分でも思わず確認してびっくりする。

 気障ったらしいことこの上ないのですぐさま辞めようと決意しつつ、バレてしまっては仕方がなく弁明に入る。

 

「――――――エンプラちゃん、いや。エンタープライズは自分の事を考えられないよ」

「何故と聞かれても発端は知らない。ただ、どうしてそう言い切るかの理由は有るよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ヨークタウン型二番艦エンタープライズ、着任した』

 

 出会った時点でエンタープライズという空母は完成していた。

 当時新米だった俺にだって空気感の違いが分かる。『壊す事』を知っているのと知らないのだと心の在り様は全く違うからな。

 

 彼女は今でもそうだと思うが、殺す、壊す、奪う――――――それがどういう事かを理解している。勿論それは赤城だって、他の空母だって、駆逐艦だってそうだろう。

 だが一際彼女には死の匂いが染み付いていた。どう言えば良いんだろうか、出会った時に既に

 

【慣れてしまったんだな】

 

 それがはっきりと感じ取れるんだ。

 

――ハッキリ言うと、今でもあの子は俺を躊躇なく殺せるよ。俺は情が邪魔して、目的がどれほど重要でも正直殺そうなんて中々出来ない。

 でも、エンタープライズは俺を殺せる。それが必要なことだって割り切れる。俺がそういう風に強要してしまったのかも知れないが…………。

 

 要らない話をしすぎたな、戻ろう。

 

 彼女は鎮守府に来て間もなく艦隊の主力になった。カンレキからして別格の存在だからきっとそうなるのは必然だったんだろう。

 装備も覚束ない走りたての鎮守府には過ぎた存在だったけれど、彼女に今でも

 

『あの頃の経験はずっと活きているよ』

 

 と言ってもらえるのは俺の数少ない自慢だ。

 彼女以外にも多くの艦が集まり始めた時期だったから、そりゃあ沢山出撃した。全てが芳しい戦果を得られたわけではないにしろ、結果を出し続けて、戦力が増えて、また出撃を重ねて。繰り返しだった。

 

 いつだったろう。そんな中で少しずつ。エンタープライズの被弾数が増えていることに気付いた。

 

 さて、本格的に歩を進めよう。ここからは個人的に短く纏めて良い話じゃないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたんだ? らしくもないな」

 

 真っ先に当人に尋ねる、自覚がないだけなら直接聞けば答えてくれる。そういう経験からだ。

 最初に俺に言ってみせたように彼女は誰であれ誠実さを重要視する性格だった。例えば俺がふと聞いたような下らない事にも、彼女はいつも考え込んだり即答したり、謝ってみせたりする。

 

 そういう意味で俺は妙な信用をしていたと言っても良いだろう。「彼女に限って誤魔化しなんか」、そういう意識が有った。

 キャラクターなどそんなものと侮って失敗したのは腐るほど有ったのだが、所詮俺は凡人。何度も失敗して漸く覚える程度なのだ。

 

「…………別に。集中力を欠いているのかも知れないな」

 

 俺は返答の曖昧さにも驚いたが、それ以上に少し機嫌が悪そうなのが一番衝撃だった。というか初めてだった。

 若干引き気味になるとお決まりの文句を告げて離れた。

 

「そ、そうか。一大事にならない事だけは気をつけろよ、怪我してる女なんて俺は見たくないから…………」

「ああ、分かっているよ」

 

 刺々しい態度を取られた理由は結局今でも分からない。

 その後もエンタープライズの被弾は増すばかりだった。全てではないものの俺もついていってみた訳だが、アレは「死に急ぎ」そのものの動きだった。徒に自分を投げ出すような、作戦にのめり込んで自分を捨てているような危ないものだった気がする。

 

 

 

 

 

 そして、俺が結局上手いこと何も言ってやれない内に問題が起きた。

 ある出撃で想定外の強襲を食らったのだ。海域の制圧は八割方終わっていただとか激しい前からの増援に偵察機を割き過ぎただとか、言い訳は色々出来るが要するに俺の注意散漫のせいだ。

 

 面子としては前衛に軽巡二隻、駆逐艦一隻。主力に空母二隻と戦艦一隻を配置した航空戦重視の編成だった。海域の性質上その編成が最適だったのだ。

 横からの急襲だったのも有るがそんな編成ではまともな戦艦なりが居る『セイレーン』の艦隊を捌きながら前方向を叩けない。軽巡がいる時点で対空に寄った編成だから主力への砲撃を防ぎきれないからだな。

 

 さて、これが俺の数少ない美徳なのだが『すぐに撤退を決定した』。引き際というか、成否の天秤の掛け方だけは自信を持って有ると言える。まあ諦めが早いとも言うか。

 

「下がろう。今回は俺の失敗だった、このままだと沈む艦も出かねない」

 

 艦隊の全会一致で撤退が開始する。

 とはいっても艦隊というのは六隻居て、例えば空母が殿とかいうのはアホである。脆いし咄嗟の反撃の能力に欠けるしからざっくりいうと「唯の的」になる。

 だから簡単に言えば熊に出会った時の対処に似た様子になる。相手の方を向いて姿勢を崩さず下がっていく訳だな。熊のアレは賛否両論だが、この撤退の鉄則はセイレーンとの海戦では専ら常識だ。

 

 勿論撤退するなら劣勢な訳だから砲撃の雨あられ、感謝祭、猛吹雪。地獄だった。

 被弾は防げず前衛も少しずつ消耗してきて、海域脱出まで後数割となると二隻は戦闘不能に追い込まれていた。

 

――どうしたもんかな。

 俺も奇策を思いつくほど主人公でもなく、黙って蜂の巣になる前に逃げるお祈りに入ったその時だった。

 

『私が前に出て時間を稼ごう』

 

 唐突に前線に立ったのがエンタープライズだった。

 言うまでもないが俺は止めた。何せ無駄としか思えなかったし、無闇に傷つくだけになる――――――筈だったからだ。

 

 俺の制止も聞かずに前線で発艦を始めたエンタープライズは控えめに言って凄まじかった。今までも驚くような機転や技術を俺に見せつけてきていたが別格だ。

 雷撃はたった一撃の致命傷しか打ち込まない。亡霊どころか動く飛行場だ。

 

 だけど問題は有った。段々と、段々と前に出ていたのだ。

 

「前に出過ぎだ! コッチに戻れなくなる!」

 

 俺の注意も聞かずに発着艦を続けた。少しずつ被弾してきて、発着艦がやっとのこと――――――それぐらいで漸く海域を抜けた。

 帰投してすぐにエンタープライズは倒れた、後で聞くと「むしろマトモに動いていたのが不思議だ」と言われてしばらく目の前が真っ白になったな。

 

 

 

 

 

 ここからが本題だ。彼女は数日と経たずに目覚めたのだが、俺が見舞いに行っても目も合わせてくれなかったよ。やっぱりこれも初めての事だったから驚いた。

 理由は分からなかったけどもエンタープライズに限って不当な扱いというのはありえない。俺は当たり障りのないその日の出来事とかを話しながら毎日リンゴを剥いて仕事に戻るようにすることにした。

 

 偶に俺の目を見て何か言いたげな顔をするけど何も言わない。

 

 ともかく待つことにした、だって――――正直な所、今までに比べてエンタープライズはずっと『普通の女の子』っぽかったんだ。

 気持ち悪いだろうが俺は嬉しかった。人並みに要求が有って、我儘になれる子だったんだなって――――安心した。

 だから不満はなかったし、むしろその様子を見るほどに笑った。

 

 それが機嫌を損ねたんだろうな。一週間経って訓練に戻れる直前ぐらいの頃に、漸く彼女は口を開いた。

 

「…………一つ、聞いて良いか?」

「良いよ。何?」

 

 即答だった。そりゃあ一週間も一方的に喋ってリンゴ剥いてりゃ、話しかけてくる内容のシミュレートも腐るほどした。返答も考えてあったんだ。

 だが質問は意外な内容だった。

 

「私は何なのだろうか?」

 

 顔を手で覆うと少し怯えたような顔で俺に続ける。

 

「兵器か? 兵士か? 少女か? 最近、それが全く分からない。私は軍艦にしては感情豊かで、人間に似たものだと言い張るには情に欠ける」

 

 泣いているのか、笑っているのかも分からない。

 

「指揮官、教えてくれ。一体私は――――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 その顔と言葉に俺は壁を殴りそうになった。大きすぎるものを失念していたらしい。

 

 今となっては当然に俺が考えていること。

 やっぱり、エンタープライズは『普通の女の子』だったんだよ。強いのは求められたからで、正しいのも求められたから。どれだけ強くなったフリをしても、正しさで上塗りを続けてもそれが変わらない。

 

 忘れてはいけないことだった。俺は平凡な癖に、他人が非凡でないことに気づけなかったんだ。

 エンタープライズは俺が思うより、ずっと俺に近い存在だったのに。

 

「私は人を容易に殺せる。心は中途半端で果たして本物なのかも分からない。普通なんて知りもしない――――――なのに私は『エンタープライズ』と呼ばれ、エンタープライズとして生きているし、そういう風に記憶を持っている」

「――――――――自分を何だと思えば良いんだ?」

 

 震える肩を見て、俺は手段を選べないと思って抱き締めた。

 

 嫌われても構わないし、二度と言葉を交わさなくなっても構わないし、会う度に罵倒を言われたって構わないし、距離を置かれても構わなかった。

――今此処で『人の温かさ』を忘れたら、壊れてしまう。

 

 俺は主人公じゃなくて、解決策なんて提示できなくて、正義はあやふやで、弱い。

 だから、強く強く心臓の音だけを伝えた。必死で言葉を考えながら、『お前は俺と変わらないんだ』って表現し続けることしか出来なかった。

 

「それは答えられない。俺も迷うし、それで自己嫌悪するし、どんな答えにも穴は有るから」

 

 俺に出せる結論なんて精々一つだった。

 

「だけどお前は『エンタープライズ』なんだよ。軍艦じゃなくて、兵器じゃなくて、兵士じゃなくて、女の子じゃなくて、お前なんだ」

「それだけは絶対言える――――――だからお前は、何にもならなくて良い」

 

 それが求めていない答えだと知っていた。エンタープライズはそれで救われないなんて知っていた。

 でも偽善者にはそれが耐えられない、ハリボテでも答えを渡して誤魔化してやりたかった。だって――――あまりにそれは惨すぎる。

 

 俺が耐えられないのに彼女が耐えられるわけがない。学んだ所なんだから。

 

 背中を叩いてやるとすぐに耳元で嗚咽が漏れた。馬鹿なことをしたと思ったよ、俺が問題を見つけもせずに放置してきたせいで――――――エンタープライズは苦しんだんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………だから、エンタープライズは自分を知らないよ。だって俺がそういう呪いを与えてしまったから」

「考えなくていいと、逃げれば良いなんて安易に俺が言ってしまったんだ。その場凌ぎで苦しみから逃げろなんて、無責任なことを言ってあの娘の問題を先延ばしにさせた」

 

 その目は何処か遠くを見つめていた。赤城でもなく、その先の扉でもなく、もっと遠くて昏くて届かないもの。それはとても10代を抜けたばかりの青年の目などではない。

 かつての「つまらない人生」を含めた、『指揮官』ではない『彼』自身の目をしていた。

 

 錆びきったその表情に赤城も言葉が詰まってしまう。

 

「だからそれは俺のせいだ。元々分からなくて困っていたのを、じゃあ見るなと言ったんだから――――――俺のせいだろう?」

 

 枯れきった笑顔が赤城に同意を求める。まるで刈り取られるのを待っているようで、目を見れなくなった。

――それは。だとしても。

 

 赤城は言うべきか言わないべきかかなり迷ったが、しかし指揮官だけの問題とも言えないと見たのだろう。

 目を再び彼と合わせると、今まで以上にはっきりとした口調で答えた。

 

「確かに原因は指揮官様でしょうし、正解とも言いかねます」

 

――だけどそれで否定するには。

 

「ですが間違いではなかったと、私は答えさせていただきます」

「指揮官様は難題に対してもがき、足掻き、理不尽に嘆き――――――それでも諦めず、一つの答えを見せました」

「私はその答えを否定できません――――――正解ばかりの人の営みなど、何と意味のないものだろうと思ってしまいますもの」

 

 世の中というものは大層身勝手で、答えを迫るのに答えにも良し悪しが有るし、幾つも有ったりすることばかりだ。

――だから、それはその中ではとても「良いもの」では有った筈。

 

 それは彼を愛するからではない。誤魔化しからではない。優しさからではない。

 一つの問題に向き合った人間の答えなど、決して容易に否定してはならないのだ。

 

 例え当人が否定しようとも。

 

「…………赤城には敵わないな、いつもの事だけど」

 

 指揮官はいつもどおりの表情で頬を掻いた。その仕草が決まって誤魔化しであるのを、赤城は最初から知っていた。

 だからこそ愛しているなどと言うのだ。そういう彼を知った上で、尚愛しいと嘯けるから宣い続けているのだ。

 

――けれど今は片付ける問題が多そうね。

 赤城は肩の力を抜く。

 

「指揮官様、赤城は少々お暇を頂きますわ」

「――――――? 良いけど、何でだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「女の急用などというものは、大抵殿方絡みと決まっていましてよ? 指揮官様」

 

 艷やかに嗤うと赤城は踵を返し、あっと言う間に執務室を後にした。

 指揮官は少し見惚れてしまっていたらしく、呆けた顔を叩いて直すと

 

「ようやく好きな人出来たんだな!」

 

 と大変馬鹿なことを言っている。聞こえていたら赤城が倒れてしまうのではなかろうか。

――あの女、本当に手が掛かるわ。

 

 そんな迷言など露知らず、赤城は心の中で悪態をつき続けながら彼女の元へ向かう。




今回は今まで以上に読者を振り落としそうな回だなあとしみじみ。基本的にこういう話を書きます。

指揮官は基本ダメダメですしネガティブ気味だしこの通りですがガチのシリアスではメッチャクチャカッコイイキャラだと考えておいてもらえると想像が楽。

個人的な考察ですが、艦船擬人化モノの指揮者って要らないと思うんですよ。
時に精神的欲求を満たす道具として、時に人類の代弁者として共に艦と犠牲になるものとして存在するんだと思います。
国民はいつも思うんですよ、「私じゃなくて良かった」って。
指揮官は鎮守府を制御する司令塔ではなく、ただの人身御供ってオチの気がする。


と本文も後書きもシリアスった所で唐突に一言。
うわっ……私の赤城、マトモすぎ…………?

後エタる直前だから急ピッチで作る。これも予定より早い投稿でございます。

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