Báleygr   作:清助

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第十一話「師は埃を掃わない」

 真夏の昼下がり、俺とウィルは売店で買ってきたポッキーをちまちまと食べながら眼下を見下ろしていた。

 会場はいつでも熱気に酔いしれている。

 尽きることのない歓声は人々が娯楽をあきらめない限り永遠に続くだろう。

 見つめる先、リング中央に構えている黒スーツの男のオーラには躊躇いがない。ウィルには及ばないがそう遜色のない力強いオーラ。

 洗練されているというか、落ち着きに満ちている。

 ウィルを烈火と例えるなら、その男のオーラは焔のように不気味に満ちている。職業柄おおよそ戦い慣れしているだろう転生者は、想像以上に厄介な存在なように思えた。

「殺し屋ハルド・ムトーか。やばいなあいつは……」

「ラヴェンナさんの言うとおり左手に要注意ですね。僕でも防ぎきれるか怪しい攻撃力ですし、何より初動が速すぎます」

「強化系寄りの変化系能力者だな。形状は蝿叩きみたいな感じか? 数瞬しか見せてくれないから全容はわからないが、初見で避けるのは相当難しそうだ。俺個人としてはあの堅牢オーラが破れそうにないことが糞食らえって感じだけどな」

 箱からポッキーを出して咥える。ハルドがいかにもモブキャラな残念同胞を、試合開始直後に吹っ飛ばしたのをぽりぽりと食べながら見ていた。

 やはり初動が早い。

 ノーモーションからの正拳突き、ベースは空手だろうか。前世で経験者の可能性もある。オーラにおかしな点はないところから察するに、基本的な身体スペックの違いであそこまでの差がついているように思える。

 生まれたときから戦いの場に身を置いている、そんな様だ。

 原作のキルアの身体機能のように、出自は思った以上に能力者の強さの有無を示している。吹っ飛んだ相手はぷるぷると小鹿ちゃんのように震え足で気丈にも立とうとしていた。

 いや、おそらくハルドが本気出したら即死だから。手を抜かれたことにも気がついてないとかどんだけだよ。

「次の試合、オーシャンさんの方に決定ですか?」

「ああ、ハルドはちょっと無理そうだし、俺には妥当な所だな」

「意外ですね」

「あ? 何がだよ」

 眉を潜めながら見ると、面白そうに伺う相棒のイケメン面が見える。

「わざわざ強そうな人達と戦うところが、いつものルカさんらしくありません。前の試合で何かしら思うことがありました?」

「……ほっとけ」

 内心呆れながらもう一本ポッキーを取ろうとすると、肩から伸ばされた手が素早く2本取っていくのが目に入る。同時に後頭部に一瞬だけやわらかい感触。

「ラヴェンナは1本500ジェニーな」

 盗人の手を視線で追うと、案の定赤リボンのゴスロリ少女が微妙な目でこちらを見ていた。何故わかったのかというと、彼女の豊満な身体と偉大な後頭部先輩に聞いてください。

「ケチな男は嫌われるわよ。オーシャン・アルビオンの試合希望指定日時なら2週間後の連休ね。『視た』から間違いないわ」

「便利な能力だな」

 探る手間が省けた。ラヴェンナを味方につけた事は相当な幸運といえる。

「すいません、ありがとうございます」

「いやミモザさんはどうぞ沢山お食べ下さい。いろんな意味で大きくなってください」

 片割れからお菓子を受け取っていた年齢相応な白カチューシャの少女には全力で接客しておく。

 松葉杖をついているが傷はだいぶ癒えたようだった。瀕死の重傷を負わせてしまったミモザに対してはやはり負い目があった。後遺症が残らないのは何よりである。

 顔色が優れないのはやはり何処かしらの気分が悪いのだろうか。

「まだ本調子じゃないのか?」

「いえ、大丈夫ですけど……ちょっと……」

 歯切れの悪い口調でぼそぼそと言うミモザに、ラヴェンナが鼻息を荒くした。

「気にしないで、此処に来るまでにちょっと変態に絡まれただけだから」

「変態って……グライシスのことか?」

 一瞬だけ俺のことかと思ったが悲しすぎるので誰も責めないでくれるとありがたい。肯定の意を示すラヴェンナが天使に見えた。

「あたしにぼこぼこにされたからって、今度はミモザを狙うとか気持ち悪すぎる。ミモザもあんな奴の言う事聞く事もなかったのに」

「でも試合に勝ったらもう金輪際話しかけないって……」

「あたしの時もそう言ったでしょ。ミモザの怪我見越してわざと吹っかけて来たのよ。あいつのしつこさと言ったら……あーもう、鳥肌たってきた!」

 ラヴェンナは余程嫌っているのか両手を交差させて身体をガードしていた。グライシスには出会ったことはないが、同じ男として彼女を見る心情はわからなくもない。そう厳粛に告げる後頭部先輩に畏敬の念を抱きながらうんうんと頷く。

 まあ生憎ゴスロリ少女には俺は興味ないけど。しかも胸もないミモザの方とか、とてもとても……なぜか微笑んだまま凄まじい視線をよこしてくる暴君は特質系の心を読む能力者かと判断したくなった。

 俺は全力で視線を会場に戻した。

「なに? 敵情視察?」

 釣られてラヴェンナが手すりに乗りかかりながら眼下を見下ろす。

 残念同胞の方が念獣らしきものをハルドへ向かわせているのが見える。

「まさか、俺はあんな化け物と戦うのはごめんだね。単に今日は修行の休日の暇つぶしに来ただけだ」

「というか、相手さん酷いですね。あれで隠しているつもりなのでしょうか? 専門家のルカさんと戦ったせいか、隠のお粗末さがよくわかります」

 肩を竦める俺の脇でミモザがそんな言葉を投げかける。

「専門家? 俺が?」

「え……だってルカさん、隠のスペシャリストじゃありません?」

「いや、そんな覚えはないけど……苦手な分野だしなあ……」

 俺は心底わからないと言った顔をしているだろう。

 実際は能力の根本に根付く隠に関しては達人級だと自負しているが、差異的か天然か判別できないミモザの問いに答えて、己の能力に関する情報を渡すつもりはなかった。

 背後で鋭い視線を向けているラヴェンナがいればなお更だ。彼女とは追々戦うことになるだろうから。

 そしてウィル君はとりあえず顔に出すのを止めなさい。

 ちらりと視線を戻すと念で構成された獣の頭部を、ハルドが何の気負いもなしに吹き飛ばしている光景が目に入る。相手の男の呆然とした顔が痛ましい。

「ん……あのレベルの念獣は一撃か……ウィル、できるか?」

「微妙なとこですね。少なくとも能力の攻撃力は僕の硬レベルと同等かそれ以上に感じます」

「あそこまで破壊されちゃうと具現化系サイドとしては厳しいです。同じものを作るにしろ負けのイメージが付いてどうしようもないですし……この試合決まりましたね」

 ミモザがウィルを物凄いものを見るような目で凝視しながら、こちらの会話に割り込んでくるが気にしない。

 子供の体躯ながら念の修行がまだ1年未満にして、生まれながらの戦闘者たちに迫る天才の理不尽さにはもう慣れた。

 凡人代表の俺は最近あきらめの境地という偉業に達したのである。

 自己完結した脳内の自分に敬礼しつつ、箱の影に隠れていた残り1本のポッキーに手をかける。目ざとく見つけたラヴェンナから物欲しそうな視線が注がれるが無視してかぶりつく。

 何気なく使った戦場詐欺師(プライベートライアー)は覆ったものの感知・認識の程度も下げる。

 原作のメレオロンほどの存在感の無さは再現できないが、これといって意識をしていないと見逃すほどの能力。

 他の物体に周と共にこの力を使うのは中々骨が折れるが、ミモザにも使った実戦でも使用できるテクニックだ。

 こんな小さなことに、とか思ったやつは禿げればいいと思うよ。お菓子は至福です。

「先、部屋戻ってるぞ」

 相棒の返事を待たずに俺は席を立つ。

 ラヴェンナには空のお菓子箱を渡す。もちろん押し付けた箱には修行のために能力を発動しているので、存在感は俺の手が離れるまで無いに等しい。すんなり受け取ってくれた。大事なことなので2度言うが修行のためである。赤リボンのゴスロリ少女が何か喚いているがきっと幻聴だろう、しつこいようだが修行のために観客席から出て廊下を歩く。

 やはり課題は円の強化だ。

 しかも割りと特殊なタイプの円。

 周は他の物体に対して施行した際、放出系統の念の精度が必要になってくる。

 俺はバリバリの変化系。

 しかも系統別修行をやっている感覚からして、放出系と相性の悪い具現化系寄りの変化系能力者だ。

 どうしても手元から離した念の扱いは不得意分野。

 だから完全に切り離すのではなく、オーラを繋げる、伸ばすイメージ――すなわち円に近い方向性の強化をするべきと結論づけた。

 やりたいことはつまりこうだ。

 ――投擲武器や他の物体、第3者の存在を隠す。

 先に述べたようにラジコンのように遠隔で周を操る技術は才能的に不可能。俺は身体からオーラを離して操ることに長けた放出系の能力者ではないからだ。

 簡単な方法として円で全体を包み、特定位置のみにプライベートライアーを発動させる案を当初は考えていたが、コストパフォーマンスと敵の感じる違和感の上昇デメリットが半端なそうなので止めた。

 理想は凧糸のようなオーラで物体を繋ぎとめて能力を発動させること。ミモザ戦では何とか行使できたが慣れないせいかオーラ消費量が尋常ではなかった。さらなる改善が必要である。

 さらに突き詰めるならば、つなぎとめる「回線」の役割を果たすオーラはそこまで糸染みたものでなくていい。オーラの消費量は削減できるが、下手に糸状やピアノ線状の性質変化なんかを目指して無駄な念スペックのメモリを使う必要はどこにもない。結局はそれすらも相手にとっては「見えない」のだから、堂々とぶっとい縄状のオーラでも伸ばせばいいのだ。太いことは「見えている」ものを目撃させれば逆に相手にとってのミスリードにもなる。

 一定方向に形をつけた円を伸ばす技術。

 原作でいえばネフェル・ピトーのような円だろうか。

 あそこまで超長距離はさすがに無理だが、戦闘する際の距離、20メートルほどの長さと自在に変化させられる技術が最終目標である。

 歩きながら人差し指を立てる。

 ヒソカのように骸骨を作ることはまだ不可能だ。ただ、作ったダイヤのマークをその部分だけ隠すことは、もう不可能ではない。

 着実に成長している自分にささやかな笑みを漏らしていると、視線の端を早足で歩く人物が独り。

 入院中お世話になったここの専属医師だ。

 彼はこちらを見つけると救いの女神でも見つけたかのように駆け寄ってきた。

「ルカ君!ルカ君!」

「はいこちら最強の念能力者ルカです」

「ミモザ君を知らないかね? まだ1ヶ月は安静にしてないといけないのだが……全くあの患者は!」

 お怒りである。

 ボケをスルーされた事に地味に傷つきながらも俺は誠意を込めて答える。

「ああ、ミモザなら100階のレストランにいましたよ」

 もちろん彼女に対しての誠意である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほんと、嫌になる」

 青年は椅子の手摺にいたカエルをでこぴんで弾く。色の奇抜な生物は毒物だと相場が決まっている。森林に囲まれた山脈のど真ん中に住居がある此処なら尚更だった。

 空気は薄く、冷涼な風が漂う。

 高地だが逞しく生えている草木は、この地域特有の魔生植物である。中には人を襲う危険なものも存在し、適切な対処法を知らない者たちを食らう天然の要塞だった。

 そして周囲の森の海を見渡せるこの場所は、要塞を守るものたちからすれば格好の物見矢倉だった。

 クルタの集落は閉鎖的だ。外からの来訪者はほとんどいない。

 青年は腰の低い椅子に体育座りで座りなおして対面に視線を戻す。ぼさぼさに伸びた真っ白な前髪と相まって惰性した姿勢が伺えるが、合間から見えるその瞳は鷹のように鋭かった。

 ぱちり、と駒が置かれる。

「面倒くさい話ですよね」

 クルタの集落に来る者はたいてい敵と判断していい。

 そう言ったのは目の前で顰め面をしているチーボ・レシルークだ。仏頂面に浮かぶ遮光眼鏡からは疑問の視線が漏れている。

「何がだ、アルバイン」

「その予知とやらですよ、予知。ネオン・ノストラードみたいな予知能力者は案外何処にでもいるのに、そのどれもがいい加減な言伝でしか念能力を発揮できない。これが面倒くさいって話じゃなきゃ、なんなんですかね」

 盤面に駒が踊る。チーボは軍棋が好きだったが、得意ではなかった。たいてい彼が好きな事柄は、彼にとっては苦手な分野だったりする。

 腕と足を深く組んで椅子に座るその様だけは、さながら歴戦の王者のような威容である。

「そうかもしれないな。だが予知能力者の念に根拠がないのは制約のせいとも思える。伝えられる情報が曖昧なのは仕方のないことだ」

「チーボさん、おれはあんまりそういう与太話は好きじゃないんですよ。宿命だの予言だの、自分の狙い通りに進まない物事は特にね。仮に運命なんてものが存在していたら、こんな状況におれ達を落とした神様を恨みますぜ」

 難航な盤面を進めるのに淀みないチーボに、青年――アルバインは肩を竦めて答え、片目を瞑りながら重い一手を難なく返す。

「だいたい可愛い兄弟弟子達を天空闘技場に放り投げたのも貴方でしょ? おれも挨拶ぐらいはしたかったんですけど。しかもその理由が予言だとか……」

 やってらんねー、と大げさにため息をついて背を伸ばす。

 そんな自身の一番弟子に苦笑しながら、チーボは次に指すべき駒を手に取った。いつの間にか王の駒が孤立している。味方の駒に近づかせるために素早く対応する。

「実際に応対してもらったのは《観測者》の片割れの方だがな。だが見つけるのに苦労した甲斐はあった」

「そう、それそれ、胡散臭すぎますよ《観測者》」

 背伸びをした姿勢をそのままに、天を仰いだままアルバインが呟く。

「しかもネオン・ノストラードの一生バージョンの予知とか、ご都合主義過ぎる。前にいたパチモンみたいに、能力詐称して解除条件とか聞き出そうとしてきた輩じゃないですかい?」

 チーボは静かに首をふる。

「余りにも正確にこちらの現状を把握していた。既に起きた出来事は話せるそうだ。未来について語れるのは能力が成熟したらとも言われたがな。もっとも、GI編まで完成しないらしいが」

「記憶を読む能力者とか」

 師が指した駒を狙っていたかのように鋭く突くアルバイン。

 それをチーボは軽く受け流した。

「心を読む能力者かもしれんぞ? ……だがな、最近になって予言の《詐欺師》を見つけた。他は不明慮過ぎてわからなかったが、これだけはわかり易い未来だった」

 苦笑しながら半年前にとった弟子を思い浮かべる。嘘つきは間違いなくあいつの事だ。

 脳裏に浮かんだのは寝癖頭の皮肉屋だった。

 そして予言に則るならば天空闘技場に送ることによって、自分の死のひとつが回避されていることになる。

「どっちにしろ、おれはそんな判りきった未来なんて信じませんよ……はい王手。あれ、この場合は師手とでもいうのか、軍儀の場合」

「む……」

 盤面を覗くと、いつの間にか自らの王を相手の駒が狙っている。避けようとすればこの布陣の要である砦が取られてどちらにせよ負けそうだ。

 頼みの弓も侍も忍の駒も、相手の師のいる布陣に近づいていて間に合いそうになかった。

「あちらを立てればこちらが立たず……」

 勝ち誇った表情でアルバインが呟く。

 狙い通りの展開は彼好みだった。

「……」

 チーボは眉一つ動かさないでより深く腕を組んだ。長い沈黙の後、眼鏡の奥の瞳が諦めたように伏せられる。

 それから重々しく鎮座する師の駒をゆっくりと持ち上げ

「……せいっ」

 前方へ挑むように叩きつけた。

 周によって強化された駒によって盤面ごと綺麗に叩き割れる机。

 ぎょっとしたアルバインが出来の悪い芸人のようなポーズを取って固まる。

「む、台が割れてしまったな、これは仕方ない」

「ちょ、大人気ねー……」

 アルバインは半目でため息をついた。

 HAHAHA、と外国人のようなドヤ顔をしながらチーボは笑って返した。

 死神の能力と同じように知識として直接植えつけられた文面を、残酷な予言の内容を、頭の片隅にそっと置き去りにして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何よりも残酷な盤上で 師は埃を被ることを強いられる

 大切な駒は片方しか選べない 貴方の砦か貴方自身か

 

 高き塔に昇ってはいけない 頂きが貴方を突き落とすから

 向かわせるのは詐欺師がいい きっと忍び隠してくれる

 

 合駒たちが頂きから墜とされて 残された駒たちは静寂に服す

 砦の傍なら陥落せずとも 降り積もる者たちは掃えないままに 

 

 蜘蛛の足に弓を摘まれ 忍は使命の盤上から遠ざかり槍となる

 盲目の砦は師に嘆くだろう 貴方は誇りを払わないことを選んだのだから 

 

 


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