Báleygr   作:清助

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第十五話「テンプレ小物」

 

「放出系だな」

 俺はがちがちになった二の腕をさすりながら、思考を纏めつつ立ち上がる。

「……誰がです?」

「ラヴェンナだよ、ラヴェンナ。だったら面倒だなと」

 日課となった腕立て伏せをこなしながらそう結論づけた。

 二人部屋となっている自室には同じく汗を流しているウィルがいる。もちろん筋力トレーニングの運動量は後から始めたはずのウィルの方が多いのはもう慣れたので気にしない。天才爆発しろ。

 病室での対談でラヴェンナとの戦いは2週間後に決定した。

「まあ、ハルドと戦う羽目にならなかっただけマシだが…」

「押し付けられたこっちの身にもなってください」

 ついでになし崩し的にウィル戦闘大臣の試合が同日となった。

 天空闘技場で修行すること約3ヶ月。

 既にウィルの勝利数は師匠の課題を超えようとしていて、俺が戦う意味は正直あまりなかった。

 このまま順調にこなしてクルタ族の集落に向かえば良いのだが、ここにきて俺の中の懸念がひとつ。

 此処のところ俺の成長速度に比べて、ウィルの成長速度が相当に目覚ましい。単純なオーラ量で見て俺の1.7倍ほど、傍から見ても圧倒的な攻防力になっていた。

 基礎パラメーターが高いというのだろうか、既に組み手では手加減して貰っている状態だ。

 それがかなり歯痒かった。

 足手纏いは御免だ。

 おそらく天空闘技場での戦いはラヴェンナ戦が最後となるだろうが、一応情けなくも兄弟子という形で自分なりの刺激が欲しかったのである。

 身に纏うオーラから見て、ラヴェンナはミモザに劣っているが、それでも双子という立場。決して弱くはないだろう。負けるとは思えないが、必ず勝てるとも思えない。

 この戦いである程度今後の糧になれば万々歳だ。

 今回の戦いは慣れてきたおかげもあり、ある程度時間に余裕があった。

 そろそろ相手について何かしらの対策をたてるべきである。

 椅子にかけてあったタオルをウィルに投げ寄越す。

「ラヴェンナさんが放出系、ですか……根拠は?」

「詳細はわからないが、情報収集系の能力持ちだからだ」

 片手で受け取ったのを確認しながら、俺は冷蔵庫に向かいつつ説明を続けた。

「監視に適した能力っていったら操作系か放出系、次点で具現化系くらいだ。だが今までの彼女の発言から推測するに、『離れた複数の対象を見ている』節がある。十中八九、放出系能力者だろ」

 第六感のようなものを強化している原作のパームのような能力者は稀有だ。実際問題「視る」という行為そのものはそういう役割をもった物体を操作、または具現化しない限りどうしても遠距離技術である放出系統の能力が必要である。

 そしてラヴェンナがそういった物体を操作、具現化したところを見ていない。

 ハルド達の接近にいち早く気づいた病室でのやりとりが決定的だった。

 どんな能力者にせよ、キシュハレベルの念能力者でなければあの速さの反応は無理だ。そのキシュハでさえも気がついたのは俺達と同じくらいだった。

 この時点で感知タイプの能力者の可能性が濃厚。

 仮に即座に具現化した何らかの監視道具を用いる具現化能力者だったら――傍にいた俺達に気づかれないレベルの隠で隠し通せるくらい優秀な念能力者だったら、そもそも対策をたてるだけ無駄だ。

 この場合、あらかじめ遠くに発現させていた何かを使用しているのならば、放出されたオーラを留めることに長けていると考えるのが最も自然である。

 そしてラヴェンナ自身能力を吹聴している節があったことからみて、それは能力の一部分に過ぎないことを示唆している。

 つまり例え能力がばれたとしても対処の難しい、または白兵戦で戦える能力。これらのカテゴリーから導き出されるに、間接攻撃を主体とする放出系能力者と見ていいだろう。

 そんな俺にウィルの疑問の声がかかった。

「そうでしょうか?」

「じゃあお前はなんだと思うんだよ」

 小型冷蔵庫の中身を漁りながら俺は投げ返す。

「放出系だと思います」

「一緒じゃねえか」

「断定するのは良くないってことですよ」

「予想するのは自由だろ。仮に放出系以外の能力だとしても、能力の方向性の型に嵌っていないなら能力そのものに穴ができるはずだ。ラヴェンナが放出系能力者じゃなかったらむしろやり易い」

 そう言いながらも一番まずそうなのは操作系だったりする。

 視認できないほど小さな「監視者」だったりした場合、戦闘にも応用できそうで恐ろしいし、人間を操作して監視行為をする操作系の能力だった場合も、接近する必要がある俺は気をつけなければならない。

 次点でまんま放出系。これも近距離攻撃が主体の俺とは若干相性がよくない。

「んー」

 思考を纏めながら冷蔵庫の中に2本の牛乳瓶を見つける。

 ついでに昨日作った野菜炒めも発見した。ちなみに調理したのは一流シェフ予定の鬼才ルカ君、つまり俺だ。

 ここのところ前の世界の家庭料理が恋しくなってきたので、外食しないで自炊に励んでいたりする。

 飲み物と一緒に取り出しながら振りむき様に声をかける。

「朝の鍛錬も終わったし、飯にするか。昨日の残り物でいいよなー?」

「はーい。お茶いれますね。食材も少なくなってきたので、お昼は100階の展望レストランにしましょうか」

「ほいほい。あとお子様はこれ飲んどけ」

 いたずら心発動、疑問符を浮かべたウィルに対して瓶を放り投げる。

 プライベートライアーで覆ってみた牛乳瓶を、相棒は眼を細めながらも確かな手で受け取った。

 その結果に顔を顰める。片眉をあげることで返された。

「……見えてたか?」

「ぎりぎり……という感じですね」

 うがーと片手で髪を乱す。

 手元から離して扱うと、相変わらずこの能力の精度は最悪だった。

 ミモザ戦以降からずっとだ。プライベートライアーを補佐するために新たな能力を開発中なのだが、これがなかなか上手くいかない。

 当初想定していた糸状の念能力で対象を繋ぎ止めて隠す行為は、オーラの持続時間と隠密性に対して燃費が悪すぎるので却下。ネフェルピトーのような円といっても、その特異なオーラ形状を再現するのは困難を極めた。

 そもそもイメージとして何かの性質に近づける感覚がまったく湧かなかったのだ。離れた物体を隠すことがコストや持続性から見て非常に難しい。

「ラヴェンナ戦までにはモノにしてえな……」

 そんな俺に笑いを押し殺した激励が届く。

「ルカさんならきっと形にできますよ」

「……そんなほいほい思いついたら苦労しねーよ」

 呪詛と共に肩を落とした。

 ――確かに、確かにだ。

 糸状のオーラは上手くいかなかった。それは伸ばすことによる操作概念のオーラも無意識に取り入れてしまったからだ。

 変化系と最も相性の悪い操作系の能力にするくらいなら、離れた物体を覆い隠す放出系寄りの能力にした方がまだ機能するだろう。そう思って行使してみた牛乳瓶の成果はいまひとつ。

 やはり俺自身の能力に上手く合う、というよりも俺自身のインスピレーションにあった能力の方向性が必要だ。

 消費オーラコストは低く、離れた物体を瞬時に覆い隠し、しかもしばらくの間その物体の隠蔽を固定させる性質変化……。

 そんなご都合性質変化あってたまるかっていう。

 ため息を付くしかない。

 悩める羊となった俺はふと片手に持ったままの野菜炒めを見た。

「……そしてほいほい思いついた」

「はいはい、よかったですね……へ?」

「昼飯も自炊な。買出し行ってくるわ。調理と後片付けも俺がやるから」

「……へ?」

 呆けたウィルを尻目にスキップしながら俺は部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

「ふんふん」

 1時間後、フランスパンのはえた紙袋を胸に抱えてエレベーターに乗っている主夫がいた。

 目的の品だけ大量に買い込む姿に店員さんが唖然としていたが、修行のためなので安定のスルーをしてもらった。

 鼻歌交じりの俺にエレベーターガールも物珍しそうな視線をしていたが気にしない。

「ん?」

 エレベーターを降りてそのままロビーを通り過ぎようとすると、真ん中に人が集まっていた。野次馬気質に首を伸ばして様子を伺ってみる。

 囲まれた中にいる人物たちは見知った面々だった。

 どうみても厄介事のようなので瞬時にプライベートライアーを発動、その場を離脱しようとする。

 ――が、発動する直前にその中の一人と視線が交錯。物凄く嫌な顔をされた。

 泣く泣く解除してさも今気づきました風に声をかけることにする。俺ってば紳士。

「よう、お嬢さん方。厄介事に巻き込まれたら死んじゃう病なんだけど巻き込まれてないよな?」

「予想通り現在進行形だから安心していいわよ」

「あ、ルカさん……ごめんなさい」

 ゴスロリ双子が背中にセーラー服の少女を庇うようにして立っていた。

 声はこちらに向けるも、その視線の先は油断なく前を見据えている。

 対峙しているのは男だった。

「……あー、帰っていい?」

 ほつれた黒髪に分厚い眼鏡。滲み出た油がてかてかと額に光って眩しい。紫色の唇が小刻みに動いてその度に口内の粘液が細い糸を伸ばしていた。見開かれた瞳孔は完全に何処かに向いている。

 あれだ、生理的に無理な人種だ。

「……」

 視界に強い違和感がしたので凝を展開する。

 男の両脇に微弱な人型のオーラを発見。形から見て恐らく人間の女性。服を着ているような様子はなかった。漏れ出ているオーラからは瀕死の様態が垣間見えるが、かろうじて肩が上下しているので 生きている人間だろう。念で見えなくしているのだろうか。

 双子も当然気づいている。

 生理的に、無理な人種だ。

 操作系か具現化系の確率が高いと結論して戦闘を想定する。

 いつでも面を殴れるようにだ。

「大体状況はわかった。悪質なナンパか何かだな?」

「絡まれたのはアイシャだけどね」

 ラヴェンナが殺気を出しながら答えた。表面上は冷静を装っているが、噴火前の火山のように見える。

 アイシャというのは後ろの女子のことだろう。

 確かハルド組のメンバーだったはずだ。姫様のピンチだというのに、肝心の男どもは何処に行っているのやら。

「ん、ん。何ですかー? 何なんですカー? 邪魔、邪魔だよ君。今私はミモザと話しているんだ」

 鼻息を荒くしながら男が言う。喋るたびに唾が出ている。

 この世界に来てここまでモブキャラ兼、下衆野朗臭がある人物がいただろうか、いやいない。

 無視して唯一落ち着きのあるミモザに訪ねる。

「誰こいつ」

「例のグレイシアさんです」

「あー、何度か愚痴に出ていた件の人物かい。なるほど、こりゃ確かに嫌悪感が湧くな」

 この場にウィルがいなくて良かった。

 あいつなら問答無用で殴り飛ばしそうな気がする。

 背後の透明人間が同意の上でそうなっているという可能性もなくはない。

「無視するなよう! 悲しい、悲しいぞ私は!」

 こちらの会話が癪に障ったらしい。グレイシアは怒りを露わに叫んできた。

 麻薬中毒者だろうか、言動に統一性がない。

 この手の輩はなるべく刺激しないようにする事は幼少期の貧民街で学んだ。

 溢れ出る雑魚臭とは裏腹に出てきたオーラは割と強かったので、警戒させないように絶の状態で両手をあげる。もちろんフェイクである。

「あー、悪かった。ルカだ。このお嬢さんたちとは友人でして――」

「そんな事はああああ……、うん、聞いてない」 

「……」

 いかん、思考がメルトダウンした。

 顰め面の俺を置いて、双子とグレイシアは口論を再開する。内容は聞くに堪えないグレイシアの「奴隷要求」だ。普通のナンパ行為を逸脱している。

 生成した薬を飲めば透明になれる上に快楽に浸れるらしい。

 どうやらドラッグの具現化系能力者みたいだ。透明になれるという点において特質系能力者かもしれない。

 どちらにせよ最低の糞野朗というのは理解した。

「とにかくアイシャさんは友達なんです。わたし、一応貴方との試合にも条件通り勝ちましたし、出来ればもう自分たちに関わらないでくださいませんか?」

 怒りを押し殺したミモザの懇願も、グレイシアには何処吹く風らしい。

 両手をぴんと左右に伸ばしながら手首を小刻みに動かしている様は、出来の悪いクリオネを見ているようだ。

「ミモザとの約束はあったかもしれないけどお、アイシャの方とはそんな約束してないよー。友達だからとか言う理由で私の邪魔はしないでくれるか?」

「そんな……」

「んんんんん、やっぱりやっぱり! 3人とも私の奴隷にしてあげよう。私の薬を使えば絶対気持ちよくなるからっ! ね!? ね!? ねっ!!」

「……ちょっと、止めてください!」

 興奮したグレイシアがぐいっとミモザに詰め寄るが、我慢しきれなくなったミモザは思い切り顔を仰け反らせる。

 それを見たラヴェンナが凄まじい殺気とオーラを放ち始めたので慌てて肩を叩いた。

 振り返る彼女に買い物袋を押し付ける。

「……何?」

「俺がやるよ。お前じゃ殺しちまう」

 言いながらプライベートライアーを発動させて即座に動く。ラヴェンナが俺の念能力の概要を察して眼を見開くが緊急事態なので仕方がない。

 眼前では怒り狂ったグレイシアがミモザに殴りかかろうとしていた。

 何気に爆発寸前の彼女もカウンター狙いで足にオーラを集めているのがばればれだ。内心どちらも手ごわい能力者で、どちらも頭に血が昇りながらも相手の挙動を逃していない。

 第三者が介入しなければ一触即発必須。

 迂闊に近づいて巻き添えを食うのはごめんだ。気配を隠して一瞬の空白を突く。

 左手でぱしりとグレイシアのフックを止める。

 認識外からの俺の乱入で戦いを始めようとしていた二人が硬直する。

 空いた右手で人差し指を立てて静かにポーズ。

「女の子は、殴っちゃいけない」

「!?」

 営業スマイルのまま握りこぶしに戻してそのまま振りぬく。

 十全の念を込めた右ストレートが顎に命中。

 グレイシアは声を発することなく背後の自販機に放物線を描きながら突っ込んでいった。

 衝撃で自販機のスロットが派手な音を鳴らした。

 周囲は無言である。

「……」

「………」

「……はい、解散解散」

「って、何してるんですかルカさん!?」

 我に返ったミモザとどよめく野次馬を無視してラヴェンナの所に戻る。

 無言で出されたガッツポーズには、同じく親指をあげて返しておいた。

 

 


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