Báleygr   作:清助

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第十九話「愚者たちの日常・前」

 

 

 ――ころころ、ころころ。

 

 

 

 歩いていく道先に、ふと消しゴムが落ちていた。

 周りはそれを拾わない。

 群れに群れて固まって、じっと何かを囲んでる。

 手にすれば持ち主を探さなければいけないと、最後まで面倒を見なければいけないとわかっているからだ。

 

 

 

 

 ――ころころ、ころころ、ころころ。

 

 

 

 正義を気取った愚か者が一人。

 俺はまだ子供で、世の中の仕組みなんか知らなくて、現実はハッピーエンドで溢れているのものだとばかり思っていた。

 

 

 

 

 ――ころころ、ころころ、ころころ、ころころ。

 

 

 

 だからどんなに残酷な行為か理解してなかった。

 救うってことには、覚悟が必要だということが。

 

 

 

 

 ――ころり。

 

 

 

 愚かなのは俺だった。

 拾った消しゴムをもう一度地面に落としたのは、俺だった。

 馬鹿だったから、それがわからなかったんだ。

 

 

 

 

 ――ころ。

 

 

 

 

 人の垣根の向こう側。

 流れる朱色。動かない少女。

 振り返る人々の視線は語る。

 お前が悪い。お前のせいだと。

 逃亡と裏切り。

 慟哭。

 そして消失。

 

 

 

 

 

 ――消えてしまいたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眼が覚める。

 呼吸は荒い。身体中の至る所が痛かった。

 白い壁と天井に、洗浄された清涼な空気が鼻腔を通る。

 いつもの病室だ。

 どうやら長い間眠っていたらしい。

 小鳥の声が朝日と共にカーテンを揺らしていた。

 「夢か……」

 嫌な光景を見たものだ。此処の所しばらくなりを潜めていたのに、忘れた頃にやってくるので性質が悪い。

 ため息をつきながら視線を横にずらすと、傍らの椅子にこちらを覗き込む形で座っている人影が視界に入る。

 キシュハやゴスロリ姉妹、アイシャ辺りだろうか。普段はそっけないが、こういう時に看病してくれる女性陣は正真正銘のツンデレだ。やれやれ、ハーレム主人公は全くもって罪深いな。

 俺は爽やかな笑みに切り替えつつ視線をさらにあげた。

 オーシャンだった。

 腕を組みながら鼻息を荒くして爆睡している。

 垂れた涎が包帯に巻かれた俺の右腕に前衛アートを描いていた。静まれ俺の暗黒龍。

「……夢か」

「あ、起きましたか、ルカさん」

「このまま永眠させてくれ」

 ウィルが奥の方からお盆を持ってやってきた。

 片手に握られた林檎が瑞々しい。気持ちは嬉しいが、出来るなら女性にやらせて欲しかった。この際ウィルが実は男装の美少女だったとしても一向に構わない。来たれご都合設定。

「丸一日寝てたんですから、そろそろ起きてください」

「そんなにか」

「そんなにです。オーラを完全に使い切ったのが原因ですね」

 爆睡中のネタキャラとは反対側の椅子に腰掛けて、相棒はため息をつく。

「怪我そのものは全治2週間だそうで」

 ほとんど打撲程度ですけど、と付け足された。

 1ヶ月以上のドキュメンタリーばりの重症を覚悟していたが、予想外に傷は浅かったらしい。それとも手加減して貰ったのか。

「治りが早いのは、アイシャさんが看病してくれたおかげですよ。僕も治癒系の発を作ろうかと思いました」

「似合わねえから止めとけ……で、その天使はどこだよ」

「ちょうどミモザさん達と買出し中ですよ。後でお礼でもすることをお勧めします」

「そうしとく」

 俺は隣を顎で指す。

「なんでオーシャンいるの?」

「昨日の敵は今日の友理論だとか」

「わけわからんわ」

 臓器に異常はないようだ。

 酷いのは左腕くらいだろうか。それでも指先は柔軟に対応するので神経は大丈夫らしい。

後でラヴェンナの胸でも揉んでリハビリしよう。

 指先をわきわきと運動させていると、林檎を食べやすいように調理しているウィルの腕に包帯が巻かれていることに気がついた。

 テーブルに置いてあったペットボトルを取りながら聞いてみる。

「そういや、ハルドとの試合はどうなったよ?」

 確か俺の試合の後だった筈。

 話題変更の問いかけにウィルは嫌そうに顔を窄めた。

「引き分けです」

「ドロー? 珍しいなおい」

「ポイント制じゃなかったら勝ってました。第一に審判さんが非念能力者のかたで、碌に念の有効打もカウントしてくれないので長引きましたし」

「お前のとこもかよ」

「大方、僕たちの交友関係を吟味しての判断ですね。闘いを見世物にする事の何が楽しいんでしょうか」

 口調から察するに本人は不服らしい。

 脳筋同士の殴り合いなんて聞いていて面白いものでもないし、それ以上の追求はしないことにする。

 逆にハルドと長時間戦って、その程度の傷で済んでいることを小一時間ほど問い詰めてみたい。

 からからになった喉元に水を流し込みながらそう思った。

「汗、すごいですね」

 皿に切り揃えた林檎を移しながら、ウィルが言った。

 額を拭うと、べっとりとした感触が服越しに伝わる。

「変な夢見たからな」

「変な夢?」

「海岸でお相撲さんの軍団に追いかけられる夢」

「……」

「びたんびたんしながら、ごっつあんごっつあんって……続き聞きたい?」

「結構です」

 此処から王道ファンタジーの展開になる予定なのに。

 相撲取りを真似て声を出した辺りから、横で寝ているオーシャンがうなされ始めたのは気にしない。

 俺は心底残念そうにしながら林檎の欠片を口にした。

 甘味が口腔に染み渡る。確か旬は概ね秋から冬だ。そんな季節も近いのだろう。窓越しを通して群青色の空に浮かぶ飛行機雲が、夏の終わりを印象付けた。

「・・・・・・」

 ――負けた。

 外を見ながら思い出す。

 ラヴェンナは想像以上に強く、聡かった。

 能力の相性もあるが完膚なきまでに敗北した事実は覆らない。

 悔しくないかと聞かれれば嘘になるし、油断していたという免罪符もある。

 それでもあれが命をかけた闘いだったら、自分はどうなっていたのだろうか。

 綱渡りの戦いでは駄目だ。おおよそ幻影旅団を相手にするとなると、今よりさらに遥か上を目指すことになるだろう。

 もっとだ、もっと強く。

 じんわりと汗の浮かぶ掌を握りこみながら、俺は低迷する思考から浮上した。

「・・・・・・部屋に戻ってシャワーでも浴びるか」

「タオルは棚の2段目ですから」

 ぽつりと呟いた言葉に当然のように返された。お前は何処の熟年主婦かと問いかけたくなる。

 身体を慣らしながら起き上がろうとすると、傍で夢の世界にいた住人が跳ねるように飛び起きた。

 悪い光景でも見ていたかのように肩で息をしている。

「・・・・・・夢か」

「……おはようオーシャン」

「ああ、おはようルカ君。ウィル君もおはよう」

「おはようございます」

 垂れた涎を拭いながらオーシャンは深くため息をついた。

 その表情は覚束ない。どうしたのか聞こうとしたが、なんとなく想像がついたので止めた。

「夢を見たんだ・・・・・・海岸で美少女たちに追われている夢だ・・・・・・。困りながら走っていたんだが、ふと後ろを見ると大量のお相撲さんたちが――」

「先、部屋戻ってるからなウィル」

 聞かなかったことにしてベッドから起き上がる。

 気だるさを感じるが痛みはなかった。軽く首を回して部屋を出ようと脚を動かす――と、後ろの方で思い出したかのように響く声。

「大浴場に行こう諸君!」

 いきなり何だろうこの変人は。

「汗もかいただろうに調度いいだろう?」

「めんどくせー、一人で行けよ」

「ふっ、わかってないなルカ君・・・・・・友ならば一緒に風呂に入るのは自然の摂理だよ」

「友達になった覚えもないし初めて聞く節理なんだが」

 助けを求めるようにウィルの方へ顔を向ける。

「そういえば行ったことないですね。220階でしたっけ?」

 意外にノリノリだった。

「湯治の効果も高いと聞いたことがあります。愛用する闘技者さんたちも多いそうですよ」

「やけに詳しいな・・・・・・」

「キシュハさんから聞きました。一般の方も入れるらしくて結構人気みたいです」

「浴場ねえ・・・・・・」

 ちょうど汗をかいた所だし、たまには一息つくのもいいのだろうか。いまいちオーシャンという暑苦しい存在がいるのが気がかりだが。

 視線を戻すと輝く熱血男の瞳が射抜く。

 俺は口元を斜めにした。

「わかったからそんな純粋な眼で俺を見るな。行くよ、行く」

 そう答えるとオーシャンは満足そうに頷いて先陣をきった。俺はウィルと顔を見合わせ肩を軽く竦める。そのまま後について病室を出た。

「なっ!?」

 驚きの声が後方から聞こえたので振り返ると、ばさりとカルテを落とした白衣の男がいた。見慣れた無精ひげを俺は見なかったことにして視線を逸らす。

 此処に来て頻繁にお世話になっている担当医だ。

「だ、駄目じゃないかルカ君! 君はまだ安静にしてないと・・・・・・」

 泣きそうな顔で俺に詰め寄ってくる中年男性。

 この前ミモザの動向について嘘を教えたときから、俺に対するチェックが厳しくなった気がする。誰のせいだ。俺のせいか。

「どうして私の患者たちは大人しくベッドにいられないんだ。強面の男たちじゃないからそれほど手間が掛からないと思った私が悪いのか!?」

「いや俺に言われても・・・・・・」

 半泣きで両肩を強く揺さぶられた。先生、俺怪我人です。

「ふっ・・・・・・ドクター、僕たちはこれから共にお風呂で汗を流しに行くんだ。無粋なことは言わないでくれないかい?」

 赤髪をかき上げながら無自覚に場を乱す青年に、隣の弟弟子が頭を痛そうにした。

 いかん、オーシャンに対する扱いが俺と同じだ。キシュハの対応の時といい、俺はこいつと同レベルなのだろうか。激しく心外である。

 そのまま見かねた様子でウィルは頭を下げた。

「すいません先生。ぼくも湯治として良いと思ったのですが、ご迷惑をかけるようなら部屋に戻ります」

「う、ウィル君もか。しかし君がいるならまあ・・・・・・」

 優等生の真摯な仲裁に医者がたじろぐ。

 俺は余計なことを言わないように素早くオーシャンの口元を塞いだ。ついでに不本意だが自分の口も塞いで見守った。 

 ――結果として数分後、辿り着けた大浴場。

 さすがウィル、やはり天才か・・・・・・。 

 

 

 

 




まったり回。
この話の書き上げたプロット、全10章で少年期と青年期に別れてたりするけどこんな亀進行で大丈夫か?

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