Báleygr   作:清助

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第二話「出会い」

特質系能力「死に逝くものこそ美しい(スウィート・レイン)

 

 

1、 能力発動後、対象者にこの能力の全貌を認識させる。

2、 HUNTER×HUNTERの世界で原作に関わる内容の「誓約・制約」を対象者に課す。課す条件はE~SSSの難易度によってランダムに区分けされる。

3、 対象者はHUNTER×HUNTERの住人に原作に関わる内容をいかなる手段を用いても伝達することが不可能になる。この念能力は除念によって消すことはできない。

4、 能力発動者は対象者が指定した時間までに条件を達成できなかった場合、接触することでその対象者を己の管理する世界に追放することができ、さらにその念能力を剥奪することができる。

5、 能力発動者は能力発動時点で他の神々の世界に干渉することが可能になり、同時に神による干渉を阻害する。

 

 

制約と誓約 

 対象者はHUNTER×HUNTERの内容を一定以上知っている人間でなければならない。

 能力を発動する際は1000人の魂の前で簡単な説明を行わなければならない。

 指定時間が長いほど達成条件は難しくなる確率が上がるが、指定時間は100年を過ぎてはならない。

 能力発動後、発動した能力者は死神としての力そのものを失う。

 指定時間から13日後に世界を崩壊させなければ、この能力の発動者は消滅する。

 

 

指定時間 キメラアントの王メルエムが死んだ日から数えた最初の雨の日

 

 

達成難易度B

≪クルタ族滅亡エピソードにおける幻影旅団襲撃事件への参戦、及びそれに伴う原作登場人物クラピカ以外のクルタ族滅亡の阻止の実行。事前の逃亡、隠蔽の類は不可とする≫

未達成。

 

 

 

                            

 

 

 

 

 命がけの使命を帯びた時、果たして人は何を思うのだろうか。

 別に娯楽で強くなりたいわけでもなく、異世界を謳歌したいわけでもない。

 命の最優先。

 ならばまず何処にいくか。

 結論、ハンター協会である。

「此方にネテロ会長はいらっしゃるでしょうか?」

「……申し訳ありませんが会長は現在不在でございます。何か言伝がありましたら伝えておきますので口頭でのみお願いします」

 幼いからと門前払いをくらいそうな年齢を危惧していたが、受付嬢は見た目13、14歳児の俺――実際15歳だけど――に対して片眉を潜めるも、すぐに澄ました顔を取り戻して答えてくれた。

 迷うことなくネテロえもんへ助けを求めに行動した俺に誰か拍手を。

 さすがにハンターライセンスなしでは会えそうにないが、とにかく誰かしらの指導でいいから良い念の師範代が欲しい。

 自分の身を守れる程度には強くなりたいのだ。兎に角、念だ。念を学びたい。

 ふと目の前の姉ちゃんを見る。ハンター協会の受付をやっているくらいだから念は知っているはず。それに美人だ。むちむちだ。彼女に学ぼう。

 我ながらスマートな思考に自画自賛しつつも、いまさら純真無垢な子供を演じてにこりと微笑んだ。

「……えーと、お姉さん、ね………のこ……」

「……?」

 そうして、突然動かなくなった自身の言動に愕然した。

 薄々と想定していた懸念に該当したのでそのまま笑顔で押し黙る。

「…なんでもないです」

 受付のお姉さんが怪訝な顔をしてらっしゃる。

 ふとその顔が得心したようなそぶりを見せて、小首を傾げながら口を開く。

「メルエムさんですね?」

 それは蟻の王の名だった。

 狼狽する心臓を押さえつける。

「……違いますけど、その名前をどこで?」

「1年ほど前にこちらに訪ねてきた男性の方に『自分と似たようなそぶりを見せた人間がいたらこう聞いてみてくれ』と申しつけを受けておりました。質問をしてきたら自分の居場所を教えるようにとも」

 急に背中を刺されたような強烈な違和感を覚えた。

 びくりと跳ね上がった脊髄を軸に自分でも驚くほど反射的に後ろを振り向く。

 窓の外には都会を行きかう人々で溢れている。その向こう側の喫茶店に視線を射止めると、椅子に腰掛けている男性と目があう。

「その人って、そこの向かいの喫茶店にいる眼鏡をかけた大柄の男?」

「そうですよ。今日はいますね。3日に1度はあそこに座っていらっしゃるのでもう覚えました」

 剣呑な雰囲気を纏い始めた受付嬢に軽くお礼を告げた後、協会の自動ドアを潜って表通りに足を出す。

 向かう先はもちろん喫茶店だ。

 人ごみを真っ直ぐに抜けると、目的の人物の前で立ち止まった。

 目の前の人物はスーツ姿の金髪の男だった。長身で大きな身体の割りには随分と若く感じる。歳は20代後半だろうか。

 男は無表情で湯気のたつコーヒーをスプーンでくるくると回している。コップの中の液体は乱気流のように弧を描いていた。

 途端に先ほど感じた圧倒的な違和感が全身を覆う。

 熱湯をかけられたような感覚と目も眩むような壮絶な衝撃に、気絶しないように立ち尽くすしかない。

 二度も経験すれば習得していなくてもわかった。

 念だ。

 自分は念に晒されている。

「何歳だ?」

「……え?」

 唐突に投げられた質問に一瞬思考が停止するが、沸騰した激情が意識を無理やり繋ぎ止める。

「お前だ、お前。原作のウィングみたいな頭をしている釣り目の少年」

「15歳だけど……」

「何をしていた?」

「え?」

「お前は今まで何をしていた?」

 違和感が膨れ上がった。

 自然と自分の足から震えが全身に伝導する。

「その歳で念も覚えていないのか……」

 今すぐ逃げ出したかったが足が竦んで動かない。

「……死にたいとしか思えない」

 灼熱。

 広大な砂漠の中にいるような絶望的な感覚。

 男がかき回しているカップからはごぼごぼとコーヒーが溢れていた。

 膨れ上がり続ける念の影響下になすすべがない。

 これが、念。

 凡人と超人との壁を隔てる絶対的な境界か。

 びっしりと汗の浮かんだ額を上げながら、俺は精一杯の虚勢を纏う。

「……っせーよ……孤児だったんだ。毎日生きていくのに必死で覚える暇もなかったし……覚えようとしてもできるもんじゃなかったぞ……」

「お前は誰かに手伝って貰えないと自転車にも乗れない餓鬼か」

「何の参考書も音声教材もないのに……そうそう英語が話せるようになるのか?」

 コーヒーをかき回していたスプーンがぴたりと止まった。

「……それは難しいな。オレも英語は苦手だった」

 ふっ、とかけられていた重圧が嘘のように消える。

 俺は無意識に膝をついて荒い息を吐いた。

「オレ達にかけられた念能力《死に逝くものこそ美しい(スウィート・レイン)》の解除条件を満たすための、最初に障害となるべきものはなんだと思う?」

 分厚い眼鏡の奥の瞳は見えなかったが、投げかけられた質問の声色には鋭利な知性を感じる。

 質問の返答は受付で経験してきた。即答で返せる解だ。

 しかしながら先ほどまで死のふちにいた俺は易々と返せるような精神状態ではなかった。男もそれを察してか、静かに発声を続ける。

「《原作知識をHUNTER×HUNTER世界の住人にいかなる手段をもってしても伝えることはできない》、だ。両親に話せた事例があるが、そもそも戯言として認識されなかったという見解がある。これによってハンター世界の住人に直接事情を話して助力を乞うことが困難になった」

「他人に教わらない限り念能力も「原作知識」ってことか」

「そういうことだ。筆記や電子メール、念能力すら伝達不可。伝えられないようになっているし、そもそも伝わっても認識されない。オレ達にかけられた念能力は、小憎らしいほどによく出来ている」

 そこまでいい終えて、男は静かに俺に向き直った。

「初めましてだな、74番目の同胞。試すような真似をして悪かった。この世界では情報屋、チーボと名乗らせてもらっている」

「ルカだ。ハンター協会にやってきた人間は俺で74人目ってことか?」

 差し出された手を握り返すと、チーボと名乗った男は不敵に頷いた。

「オレも2年前くらいから調査を始めたばかりで、転生者たちの生まれた歳に微妙な差異が発生しているから正確な数値はわからないがな。転生者の3割は何らかの道場へ通っている正統派組、1割は天空闘技場やゾルティック家門前修行等に挑戦している邪道組、1割はハンター協会へ訪問する効率組、その他は3割ってところだ。残りの2割は……」

 ふと妙な間を感じる。

 目の前の男の台詞に違和感を覚えて、俺は恐る恐る尋ねた。

「残りの2割は?」

「死んだよ。今年の初めの時点で212人」

 ちりちりと瞼が焼け付くような感覚。

 予想はしていたが驚くほどに残酷な数字だった。突きつけられた死の数字に自ずと唾を飲み込んだ。

「偉く具体的な数字が出てきたな…」

「知り合いに転生者の死を認識できる能力者がいた。去年の10月で確認できた数字だ。今は4月だからまた増えている可能性もある」

「原因は?」

「半数が流星街を始めとした無法地帯や紛争地域で死んでいる。マフィア絡みの連中は特に悲惨だ。あとの半数は精孔を無理やり開いて失敗したり、ハンター試験に挑戦して死んだやつだな。中途半端に念を覚えてゾルディックや幻影旅団、ヒソカと接触して死んだ馬鹿はこの際仕方ない」

 そこまで言い終えるとチーボはコーヒーに口をつける。

 俺はというと、いつまでも膝をついているのは周囲の視線的に見ても恥ずかしかったので、近くの適当な椅子に腰をかけた。

 それから目の前の男を凝視する。

「それで……なんでそんな情報を俺に話してくれたんだ?」

「同胞と情報をわけあう事がそんなに問題か?」

 外を見ながらチーボーは面白そうな口調でたずね返す。

 俺は引き下がらなかった。

「俺自身、あの黒服の男――死神に念をかけられた者同士だから最初は仲間になれるかと思っていたけど、ひとつ問題があることに気がついた」

「検討もつかないな。言ってみろ」

「……例えばAさんは、幻影旅団員を全員殺すことが念解除の条件だとする。一見するとこの条件は、原作世界に対しては良い方向に進むのかもしれない。しかしながら仮に別の誰か、例えばAさんとは全く赤の他人のBさんの解除条件が、幻影旅団員の一員であり続けることだったりしたら? Cさんの条件が、死ぬはずのウヴォーギンを助けることだとしたら?」

 チーボは笑みを浮かべていた。

 構わず続ける。

転生者の解除条件が相反する可能性がある(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。密室型のデスゲームなんかでよく取られる手法だ。お互いの解除条件を転生者は安易に話すことができない。そして今の所、解除条件次第では敵になる可能性がある俺に、あんたが情報を分け与えるメリットは特にないはずだ。真っ先に思いついた可能性としては念能力……例えば『相手の知らない情報を渡すことが能力の発動条件』になっていたとか」

 そこまでいい終えてじっとチーボを見据える。

 場の空気が針金のように奇妙に捩れていく。

 今自分が言ったことが本当であるとしても、念にかけるということはこちらを利用するつもりだろう。少なくとも今は殺されない可能性も十分高かった。

 目の前の男は外を見ながらおかしそうに口元を歪めた。

「言い忘れていたな。転生者同士の殺し合いで死んだものも何人かいる。だがな――」

 間を置かずに小さく噴出したあと、楽しそうに目を細めたままコーヒーを一口飲む。

「――だとしたら、何だ?」

「……」

「だとしたら何だというんだ? お前の右肩に爆弾を仕掛けた。さあ、お前はどうやって生き残るつもりだ?」

 膨れ上がる圧力が大気を焦がす。

 視線を右肩に流し見るが、何も見えない。

 見えていないだけで、もしかしたらもう詰みの状態なのかもしれない。

 しかし俺はその言葉を聞いて脱力していた。

 ほっとしたのだ。

 笑みすら浮かべたこちらを見て怪訝そうな顔をしたチーボに、ため息と共に理由をいう。

「嘘だろ。あんたは強化系だ。さっき俺に念を飛ばしたとき、明らかにコーヒーが溢れていた。爆弾とか……ボマーかよ。即席の嘘にしてはお粗末過ぎる」

 暫しの沈黙。

 ふっ、とチーボから小声が漏れた。

 緊張の空気が飛散する。

「ルカと言ったか、頭の回転は早いみたいだな」

「それほどでも」

「確かにオレは強化系能力者だ。この通り化かし合いは大好きだが、いかんせん下手でな。情報を渡したのは完全に善意だが、お前の考えている懸念事項についてはどうでもいい。敵になれば関係なくぶっ倒すからな」

 お手本のような強化系思考だ。

 知的な風貌から垣間見えた肉食獣のような表情を見れば、嫌でも嘘ではないことが理解できる。

 ――とはいうものの、こいつに悪意がないと気づいたのは実はそれが理由ではなかった。

 最初に感じた業火のような感覚。

 あれは純粋な怒りだった。

 何故同じ同胞なのに、こいつはこんなにも弱いんだ、という嘆きの怒り。

 まだ念を習得していない俺ですら、見えないオーラからそんな真っ直ぐな気持ちが感じ取れたほどなのだ。ある意味気持ち悪いほどの仁義である。

 しかしながら、出会ってすぐだが信頼するに十分足りえるものだった。

 俺は内心で笑いながら口を開く。

「あんたが此処で同胞たちに情報を与えている本当の目的は、最後の戦いのためってことだろ」

「……」

 案の定当たっていたのか、驚いたようにチーボが眼を見開いた。

「《死に逝くものこそ美しい(スウィート・レイン)》の最後の項目、『指定時間から13日後に世界を崩壊させなければ、この能力の発動者は消滅する』。言い換えれば、つまり最後に世界を崩壊させようとする死神を倒さなければ、仲良く全員バッドエンドってことだろ?」

「……1人でそこまで予測していたか」

「修行の代わりに考える時間だけはあったもんで」

 これはかなり確証がもてることだ。

 念能力《死に逝くものこそ美しい(スウィート・レイン)》の大半に極悪なまでに原作ブレイクをさせようとする魂胆が見え隠れしているうえ、解除に失敗した念能力者の念を簒奪するオマケつき。  それが意図するのは、死神が強大な力で強大な何かを倒そうとしているということだ。

「此処で問題なのは、死神はどうやって世界を崩壊させようとするのか……ここまで考えればもう察しはつく。漫画の世界で漫画が成り立たなくなる最大の理由は最大のタブーを犯すこと。つまり――」

「蟻の王が死んだ後、オレ達はこの世界の主人公ゴン・フリークスを全力で守らなければならない」

 やつの目的はゴン・フリークスの殺害ということになるのだ。

「そこまで判っていたのなら情報を与えて危機感を煽ることもなかったな。皆どの程度習得していたかは定かではないが、数にして既に最大212人分の死者の念を操ることができるラスボスだ。転生者同士の連携がなければどうやっても倒せまい」

 飲み干したカップをテーブルに置くと、もう用はないとばかりにチーボはすくりと立ち上がる。それから内ポケットから出したメモをテーブルに投げた。

「ホームコードだ。最終決戦までに生き残れたらまた会おう」

 そう言いながら店から出ようとするその背中に壮絶な決意を見て、俺は寸前で呼び止めた。

「なあチーボさん、俺に念を教えてくれないか?」

 真摯に言ったつもりだ。交渉事にはこういった実直な行動がプラスに反映されるとテレビで見た気がする。

「唐突だな。答えはノーだ。お断りする」

「理由はなんだ? 俺の条件に触れなければあんたの念解除も手伝う。協力者は多いほうがいいはずだ」

 玉砕しつつも食い下がろうとする俺に、チーボは首を振り続ける。

「別にいらない。ここにはいないが、弟子は既にもう二人いる。それにこちらの条件につき合わせると、例えお前が念を覚えていたとしても死ぬ可能性が十分ある」

 代わりに知り合いの美少女念能力者を紹介しよう、と携帯電話をかけ始めた。

 魅力的な提案に俺の口から一瞬文句が引っ込んだが、果たしてこれでいいのだろうか。

 間違いなくこの男は信用できるし、弟子を抱えている時点で念能力者としての実力も高いはずだ。

 俺の解除条件に妥協は許されない。

 命をかけた使命に余裕はあるのか。

 店から出るときのこいつの背中には覚悟があった。

 

 

 俺には――?

 

 

 携帯から人の声が聞こえてきたが、耐え切れなくなって俺は立ち上がった。

「≪クルタ族滅亡エピソードにおける幻影旅団襲撃事件への参戦、及びそれに伴う原作登場人物クラピカ以外のクルタ族滅亡の阻止の実行。事前の逃亡、隠蔽の類は不可とする≫――達成難易度Bの幻影旅団とのガチ交戦が俺の解除条件だ。俺はどうしてもあんたに念を教わりたい……頼むっ!」

 チーボの瞳が僅かに見開く。

 俺はその視線から目を逸らさない。

 しばらくの沈黙。チーボはどこか諦めたように静かにため息をつき、会話していた携帯をそっと閉じた。

 その口元に獰猛な笑みが浮かぶ。

「奇遇だな。同じ系列の解除条件だ」

 言葉と共に外された眼鏡の奥の瞳は、興奮したのか鮮やかな「緋の色」に染まっていた。

 

 


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