Báleygr   作:清助

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第二十一話「そして盤上に降り積もる」

 

 

 天空闘技場を去る日がやってきた。

 期間にして約7ヶ月程度だろうか。師匠のノルマを順調にこなした俺たち――というよりほぼウィルだが――は荷物を纏めて部屋を後にする。

 相変わらず喧騒が激しい。

 地上からは程遠い場所だというのに、此処には地上よりも多くの熱気が渦巻いている。   

 騒がしい歓声が廊下に漏れ出ている中、俺たちは感慨深げに歩いていく。

 いつもの角を曲がりエレベーターに向かおうとすると、ロビーでは当然のように見知った面子が待っていた。

「こりゃまた、揃いも揃って暇人なんだな」

 仁王立ちしているオーシャンを筆頭に、奥の方では双子がテーブルを挟んで飲み物を飲んでいる。向かいの大型テレビの前にはアイシャとユーロウの二人組。

「別に暇人ではないが――」

 すぐ傍のソファーで新聞を読んでいたハルドが背中越しに言った。

「別れの挨拶ぐらいはする。同郷なら尚更な」

「それを暇人だって言ってるんだよ」

 握手を交わしていると、俺たちに気づいた他の奴らもこちらに来た。

「短い間でしたんけど、ようお世話になりました。キシュハはんにも宜しく言っといてくださいな」

「はいよ」

 返事をしながら声の方向を向くと、ユーロウが頭を掻きながら明け透けに告げた。滞在中によくオーシャンと一緒に組み手をして貰っていたらしい。もちろん報酬は大量の食料だったみたいだ。 

 餌付けてあの女を釣るとは恐ろしき策士たちである。

「その通りだ!」

 件のオーシャンもぴんと背筋を正しながら両肩を掴んでくる。

「ルカ君! 出来ればキシュハさんの携帯番号とか、教えてくれないか!?」

 声がでかい、唾が飛ぶ。

 顔を背けていると視界に聖天使アイシャが目に入る。

 口をへの字にしたままの真っ赤な顔。加えて音速のお辞儀三連続とはなかなか出来る子だ。イケメン顔のまま片手で挨拶しておく。後で連絡先を交換しておこう。そこ、ウィル君。悪い男に捕まった不憫な娘を見るような視線を彼女に送るんじゃない。

 相棒との無常な視線バトルに勝利した俺は、聞きたくもないキシュハへの熱い思いを語るオーシャンに待ったをかける。

「お前、それでいいのか?」

「な・・・?」

「見損なったぞオーシャン。お前はもっと熱い奴だと思ってたのにさ。どうやら俺の勘違いだったようだ」

「なん・・・だと・・・?」

 愕然とする赤毛の青年。俺はどんな不利な判事でも逆転しちゃう裁判の如く捲くし立てる。

「本当に相手のことを想っているのならっ、男らしく堂々と本人に聞くものじゃないのか!?」

「っ!」

 オーシャンに電撃走る。鋭い視線は外さない。

「いけよ・・・・・・男なら」

「お、おお・・・・・・」

「何時まで続くんですかこの茶番」

 横で相棒が何か言ってるが気にしない。

 現実は放っておいてオーシャンは深く頷いた。

「・・・・・そうだな、こういう事は自分から言った方がいいな。僕が馬鹿だった。何でもない、さっきの事は忘れてく――」

「ほい、キシュハの個人連絡先」

「――ふっ・・・・・・友? 違うな、僕たちは親友だ」

 差し出したメモごとがっしりと両手で包まれる。これぐらいの男気は当然見せるさ。決して何処かの鬼畜女個人に恨みがあるわけじゃない。

 精一杯迷惑を被れとか露ほど思っていない完全善意自動人間とは俺のことだし。

 ユーロウ、何故いつもの胡散臭そうな笑顔が引きつってるんだい? ウィル君も何故ガラスの瞳なんだい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局あの後、別れの挨拶だけで30分ほど掛かった。

「ばたばたしてたので、酔い止め飲み忘れました」

 閉口一番に真顔でそう告げるウィルは、当然のごとくエレベーターに乗ろうとしなかった。

 何故かオーシャンと階段降り勝負をすることになったらしい。アホらしい。

 かと言って酔い止めをすぐ飲んで効くはずもないし、一緒に地獄の階段駆け下りもする気はなかったので一人で乗ることにする。

 早朝のせいかエレベーターガールはまだいない。

 ラヴェンナ戦の時の一般人審判といい、こういう些細なところで天空闘技場の経費はケチケチしている。

 200階から1階まで降りるのは久しぶりだ。

 ショッピングセンターや映画館までついているこの建物は、引きこもり物件としても優良だった。

 独特の重低音に身体を揺すられながら下に下りていく。

「っと」

 ちょうど100階で停止する。

 ここには24時間営業の展望レストランがあるので、早朝でも人がよく通う人気階層だ。

「・・・・・・あっ、お世話になりました」

「お、ルカ君じゃないか」

 乗ってきたのは白衣を着込んだ無精髭の男だった。子ども組みに割り当てられた俺たちの担当医だ。何時もやつれた顔をしていたのが印象的な苦労人。

 ぺこぺこと挨拶を交わしつつ、エレベーターが動き出した。

 何となしに階層表示を見上げる。

 この表示が1になったら、その時が此処を去る最後の時だ。少し寂しくもなる。

 俺は薄っすらと瞑目する。

 色んなことがあった。

 最初にミモザと戦って辛勝して、オーシャンともゾル家の執事に邪魔されながらもなんとか勝利して、そして油断と慢心で最後のラヴェンナには負けた。

 その間にそいつらと仲良くもなれた。ハルドやユーロウとも仲良くなれたし、アイシャには癒された。念能力だって強力になった。強くなった。多くのことを学んだ。

 勝てるんじゃないか。

 そう思った。

 希望的な見解で、根拠なんかないけれど、決してこの場所での経験は無意味なんかじゃないはずだ。

 このままいけば幻影旅団に、勝てるんじゃないか――。

 

 

「敗北する」

 

 

「・・・・・・」

「このままでは、敗北する」

「・・・・・・っ!?」

 思考の停止が解除されて振り返ろうとするが、得体の知れない未知のオーラに威圧されて振り向くのが戸惑われる。

 それでも今この場で、背後にいるであろう人物はただ一人。

「あんたもだったのかよ、医者の先生」

「観測者――周囲からはそう呼ばれている」

 背後から返ってくる声には抑揚がなかった。氷のように平坦な声色。

 まずい。

 何がまずいかってこの男のオーラだ。

 決して強力な念ではない。量も質もたいしたことはない。

 ただ感触が違うのだ。

 なんというか、肌で感じるというものではなく、撫でられてるという表現に近い。まるで監視カメラに映った自分の姿を、ねっとりと見られているかのように感じる。嫌悪感に近い。直感でわかる。

 こいつは、特質系能力者。

 この土壇場で片鱗を見せた意図が全く掴めないが、少なくとも背後を完全に取られた無防備なこの状況。下手な動きは見せられない。

 俺に出来ることは会話で相手の目的を探ることだけ。一階についたらウィルがいるはずだ。時間を稼げば戦闘になっても二人掛かりで何とかなる。

「戦闘にすらならない。私は13階で降りる」

「・・・・・・そうかい」

 俺の内心を見透かしたかのように告げられる。パクノダのような能力者だろうか。オーラで包んでいる間、相手の思考を読む能力者、とかありそうだ。そうであった場合は精神アドバンテージを取る俺の能力とは相性が悪い。実力からいってウィルの助けがやはり必要である。

「敗北するってどういうことだ? 今あんたとやって、俺が負けると?」

 額から流れる汗を無視しながら挑発してみた。

 完全に小物臭い自分が嫌になる。男はそんな俺の様子も知っているのか、変わらない調子で続けた。

「そうではない。今の鍛錬程度では、変わらないということだ。そしてお前の考えがそこに行き着いていないことに、お前は気づいていない」

「・・・・・・」

「幻影旅団には勝てない。彼らの世界修正力はゴン・フリークス、キルア・ゾルディック、ヒソカやイルミ・ゾルディック等に次ぐ。お前たちが接触したジョネスの比ではない。何故なら彼らは、この世界を象徴する絶対的純粋悪のひとつだからだ」

「何を、言っているんだ・・・・・・」

 聞こえてきた言葉に狼狽する。

 なぜこの男はこちらの事を知っているのか。

 いやそれよりも、なんだこの全て分かっているかのような口調は。

 まさか未来を見据える能力?

 観測者と名乗った。有り得ない話でもない。

 でもだとしたら、俺は・・・・・・俺たちは。

 生ぬるい汗が首筋を滴り落ちる。

「因果は覆らない。確定された未来は変わらず、結果も変わらない。師は崩れ、弓は消え、砦と侍は喪失し、お前は使命の盤上から誇りを代価に降りていく」

「何が・・・・・・言いたいんだ!」

 振り返りながら拳を放つ。

 男はそこには居らず空を切る。

 真横にすれ違う形で耳元に囁かれた。

「戦闘にすら、ならない。私とも、彼らとも」

 ちらりと電光板を見る。表示には13の文字列。

 乗ろうとした観客が、中で凄まじい顔をしているであろう俺を見てぎょっとしていた。

 男は悠然とエレベーターの外でこちらを見据える。

 肩で息をしながら拳を降ろす。

 男を改めて見ると、あのおぞましいオーラは消えていた。

「また会おう、《バーレイグ》」

「・・・・・・」

 扉が閉まった。

 嫌な気分だった。

 俺は気晴らしとも諦めともいえる気持ちを、ロビーでの別れの続きを思い出すことで誤魔化すしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ・・・・・・出会いに別れは付き物という。しかしそれを乗り越えてこそ真に――」

「これから何処に行くつもり?」

「えと、一応修行期間を終えたので、ルクソ地方に滞在している師匠の所に戻ります」

 感極まって演説を始めたオーシャンをスルーするのは様式美。

 そう言わんばかりのラヴェンナの問いに、戸惑いながらもウィルが返答した。

「むー、せっかくお友達が増えたと思ったのに残念です」

 ほんわかとした口調でミモザが言うが、その瞳が潤んでいるのは気づかないことにしよう。思い出したように彼女は呟いた。

「まあでも、実家の近くだからいつでも行けるかな・・・・・・?」

「実家?」

「ルクソ地方のすぐ北の方です。これでも旧家なんですよ?」

 えへんと存在しない胸部を張るミモザ。その件について突っ込みを入れると別の意味で天空闘技場から去ることになりそうなので言わないことにする。

「あたしたちもしばらくしたら実家の方に帰ってるから、暇でもあれば来てもいいわよ。これ、ホームコード」

 そう言いながらラヴェンナがカードを渡してきた。俺は苦笑いをして素直に受けとる。 

 なんだか気恥ずかしい。

「暇があればな。まあどうせ修行で忙しそうだけど」

「修行ね・・・・・・随分と熱心じゃない?」

 目を細めながら白雪姫が言う。薄々こちらの解除条件が何であるのか気づいているのだろう。

「強くなるのに越したことはねーだろ? これでも努力家なんだ」

「サボり魔がよく言います」

 横からウィルが茶々を入れる。俺は夏休み後に夏休みの課題を終わらせるタイプだったからその辺は多めに見てくれ。

「ルカさん」

 返事がした方を向くとミモザが手を差し出していた。

 その瞳は出会ったころと変わらず純粋だ。こいつ主人公属性でも持っているのじゃないだろうか。

 にこりと穏やかに笑って、灰の姫君は口を開けた。

「またいつか戦うことになっても、もう負けませんからね。ウィルさんの方も、覚悟しといてください」

 姉の宣言に続けるように、片割れのラヴェンナが腕を組む。

「同感ね。ウィルはともかく。あたし、ルカには次も負けないから」

 

 

 ――例えこの先敵になるかもしれなくても。

 

 

 そう小さく呟いた。

 喧騒が消えた気がした。

 こちらを見つめる彼女たちの視線は、何処か遠くを見ている。

 俺は愛想笑いを薄く浮かべながら単純に思考した。

 そういえば、彼女たちは此処に来て長い筈。

 念能力もハルドやチーボ師匠のような指南役がいないのにも関わらず、歳に比べて随分と錬度が高い。戦うために相当鍛錬したと考えられる。

 天空闘技場に来ているということは、さぞかし戦闘の避けられない解除条件なんだろうか。

 その歳でそれほどまで上達しないといけないのは、俺たちのように早期に起こる大掛かりな戦闘に参加するためなのだろうか。

 さて問題だ、果たしてそれは、いったいどんな解除条件だろう。

 ――そこまで思考して、俺はその先の答えは出さなかった。

 此処から先は、少し長い冬が来る。

 そしてその先は蜘蛛との闘いだ。

 青春のような夏は終わったのだ。

 空に浮かぶ、淡く白い双子のような雲を見ることすらもうない。

 ほんの僅かな秋の空白へ、俺は笑顔で埋めることを選択する。

 

 転生者同士の解除条件は、望まなくても、何時か何処かで相反する可能性がある。

 

「・・・・・・ん、そうならないように精々足掻くさ。なあ、ウィル?」

「全くです」

 俺たちは何の抵抗もなく彼女たちと握手を交わした。

 何故ならそうする事でしか、今を笑えないからだ。

 

 

 

 

 

 

                          

 

                              第2章 Ash and Snow 終

 




2章のテーマは青春。
灰も雪も、盤上に積もる。

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