Báleygr   作:清助

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第四話「次の目的地」

 攻撃は受けてはいけない。

 この世界に生まれ落ち、念能力の修行をして約半年。

 俺はそう結論していた。

 念での戦闘において攻撃を受けることは致命的だ。

 そもそも相手の総オーラ量が確実にこちらより下ということはありえない。相手が強化系の場合もある。触れることや傷を負うこと自体が敵の能力発動に繋がるケースも存在する。

 水身式で調べた俺の系統は変化系だった。

 自身の系統が肉弾戦でも十分通用するとはいえ、受けるよりも避けの選択、それに越したことはないのだ。

 ましてや転生して間もない15歳の子供の身体、僅か半年の未熟な念技術、なにより俺自身の念の才能の凡庸さ。

 すべてが、物語っている。

 これは操作系のシャルナークが敵の攻撃を掻い潜りアンテナを刺すように、特質系のクロロが暗殺者二人の猛攻を捌くように、おおよそ強化系から離れた系統の能力者ほどにその本質が試されるのだろう。

 すなわち、「回避」というプロセス。

 ――だというのに、

「はっ……」

 避け切れなかった、という後悔すらも置き去りにする凶悪な感覚が脳裏をよぎる。

 とん、と俺の胸に置かれる手の平。

 これまでの修行から、反射的にオーラを集中させる己の肉体。

 だが、それはこの能力の前では意味のない行動だ。手で払おうとするが、そのタイムラグこそまさしく命取りだった。

「……っ!?」

 衝撃。

 呼吸が停止する。

 ついでに思考も止まりかけるが、本能だけで無茶苦茶に下がりながら後ろに退避する。

 とにかく後ろへ、後ろへ。

 ひとしきり距離をとったあと、生命の危機を実感して荒い呼吸を吐き出す。

 そうして追撃してこなかった目の前の相手を慎重に見やった。

 彼女は手のひらをこちらに向けた奇妙な構えを見せている。

 あの手のひらが、まずい。

 釣鐘のように稼動し続ける心臓を押さえつけながら、俺は対抗策を考えるために時間稼ぎの会話を投げた。

「《神の領域には届かない(ブラックジャック)》って言ったか? 医療系能力のわりには殺傷力もある……全く本人の性格の悪さがよく出てるな」

「たかがオーラで心臓を操作する程度(・・・・・・・・・)の能力。わたし自身の未熟さで発動も遅いから、まだまだ実践では使えそうにないけど、口の悪いあなたにはこれで十分でしょ?」

 キシュハはそう良いながら笑った。

 何がそろそろ練習相手にちょうど良いだ。

 どうやら鬼畜チーボ師匠の発言はまったく信用できないものらしい。

 その糞師匠はというと、ここ数日の間妹に修行を任せて何処かへふらりと蒸発中である。いい加減にもほどがあった。

 一方で妹のキシュハは教え方こそ丁寧だが実践主義で、か弱い俺は朝が来るたびにぼこぼこにされていた。

 なんだろうこの兄弟そろっての鬼畜仕様。

 俺は理不尽な現実に涙しながら、彼女の能力を慎重に検討する。

 操作系は一撃必殺。

 如実に表しているその能力は、成長すれば触れるだけで相手を倒すことができる能力になるだろう。

 合気道をベースにしているのか、キシュハ本人の体術レベルも非常に高い。

 さらに厄介な本質はその持続性だ。

 自身の心臓すらも操作しているであろうキシュハは、息一つ乱れていない。

 本人は明言していないが、おそらく心臓周りを中心とした肺や血管などの臓器も操作している可能性が高い。

「何がたかが、だ……心臓に直接ダメージを与える能力なんざ防ぎようがない――っと!」

 時間稼ぎがばれたようで、こちらが話している途中で掌打が飛んできた。これを左手で捌き、空いた胴に拳を放つ。

 拙い流の移動によって拳の先に集められたオーラは完全に脆弱だったが、格上相手を想定しているのかキシュハは腰を捻り右に回避。

 そのままくるりと回転して回し蹴りを繰り出してきた。

 鈍い衝撃がガードした両腕に走る。

「……っ!」

 彼女から放出されたオーラが人体を通じて心臓に到達し、一瞬だけ心臓が跳ね上がった。

 電撃を浴びせられたかのような衝撃に身体が硬直する。そしてそんな隙を、彼女が逃すわけがない。

「はい、診察開始」

「…………注射は嫌いなんだけど」

 背中に押し当てられた掌にぎくりとしながら後ろを振り向くと、どす黒い笑いを浮かべた少女がいた。

 自分の心臓が止まる感覚を何度も経験するのは、そうそうあっていいものじゃないと個人的に愚考する。

「――」

 暗転。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何ですか、このゴミは」

 最近俺の廃品回収率が格段に推移している件について訴訟を起こしたい気分になる。

 面をあげるとおとなしそうな茶髪の少年がこちらを見ていた。どうやら名誉毀損罪級の台詞はこのキュートなボーイから出てきたらしい。

 どうでもいいがこの展開前にもなかっただろうか。

 キシュハはホットドッグにかぶりついていた。横では師匠が切り株に腰掛けてエロ本を読んでいる。ブレねえなこいつら。

「誰だお前」

「ウィルです。初めまして」

「おう初めまして、ルカだ。初対面の人にゴミ言われたのも生まれて初めましてだ」

 手を差し出してきたので立ち上がり握手する。

 もちろん全力で念を込めて全身全霊の報復という名の握手をしてみた。

「すいません……あの女の子がこう言うと喜ぶからって……」

「お前かよっ!」

 ぐあっと首を物理的に限界な方角に直角曲げして元凶を睨む。

「兄さんと同じ強化系ね。なんでこの系統だけこんなにもわかりやすいんだろう……」

「確定していることは変化系と操作系は相性が悪いってことだな。主に性格的な面で」

「系統図では対極だからね」

「訂正。問題があるのは人格の方みたいだ」

 雌狐との舌戦に疲れた俺はそもそもの元になった師匠に向き直る。

「で、師匠。なんですか? この美少年は」

「拾った」

「……何処で?」

「ハンター協会前だ。武道の心得はあるようだが、お前と同じで念は覚えていなかった。いわゆる正統派組みというやつだな。こいつも弟子にしようと思う」

 眼鏡を押し上げながら厳格に語った。視線はエロ本から離れていないので全く威厳はない。

 だが俺はその言葉にひどく違和感を抱いていた。

「……念を、覚えていなかった?」

「ああ」

「……え?」

 やり取りを見て当惑していたウィルに再び視線を戻す。

 オーラだ。

 爆発的ともいっていい膨大なオーラ。

 傍目に見ても師匠、いやそれ以上の量だ。

 それが小さな少年の身体全体を包み込んでいた。

 無意識にごくりと喉を鳴らす。

「洗礼をしすぎて精孔を開けてしまった。だが10秒と掛からず纏をしたよ。聞けば原作での念の知識もうろ覚え……正しく天才なんだろう。死神にかけられた念解除条件も緩いうえ、オレ達の解除条件にも相反しなかったから無理をいって連れてきた」

 それを聞くとウィルは大げさなほど首を横に振った。

「とんでもない。念を教えてくれる方を探していたので僕も助かりました。差し支えなければ、先輩たちの解除条件にも協力したいと思います」

「別に危ない橋は渡らなくていい。お前の念の才能は、先に話した死神との最終決戦で必ず役に立つはずだからな」

 鍛えれば間違いなくオレより上の念能力者になる。

 そう呟いて、師匠は本を閉じた。

 どや顔のまま俺をちらりと見る。

 彼なりに伸びの悪い俺への「当て馬」を用意したのだろう。これは確かに対抗意識を燃やさずにはいられなかった。

「改めて自己紹介でもしようか。チーボ・レシルーク、師匠と呼べ。死神にかけられた念解除条件は《クルタ族を滅亡させるな。自身は含まない》。察しの通りオレ自身もクルタ族だ。よろしく頼む」

 そう言いながら師匠は、食事を終えて樹木に寄りかかっていた黒髪の少女に視線を流す。

 彼女は深いため息をつきながら口を開いた。

「妹のキシュハ・レシルーク。解除条件は難易度B《クルタ族滅亡エピソードにおける幻影旅団襲撃事件への参戦、および原作登場人物フェイタンを殺害せよ。暗殺依頼などの間接的な殺害方法は不可とする。それ以外の方法なら手段は問わない》。よろしく」

 順序的にどうやら俺のようだ。

 新人君の肩をちょんちょんと軽く叩きながら口を開く。

「俺はルカだ。解除条件は前の二人とだいたい被っている。ウィルと同じでハンター協会前をうろうろしていたら今の師匠に捕まった。まあ、兄弟弟子ってことでよろしく頼む」

 改めて手を差し出すと、緊張が解けたのかウィルも元気よく握り返してきた。

「よろしくお願いします。ウィル・ウィンセントです。解除条件は《原作登場人物キルア・ゾルティックと天空闘技場で対戦せよ。対戦時期は幼少期でも可とする》で、難易度Eの解除条件です。早く皆さんの強さに追いつけるように頑張りたいと思います」

 なんとなく「守りたい、この笑顔」みたいなフレーズが思い浮かんだが、アホらしくなったのですぐに気を取り直した。

 同時に、ウィルの難易度Eの解除条件の緩さに愕然とする。

 キシュハの難度は厳しい。

 やや解除条件を省略しているような感じのする師匠はともかく、キシュハは解除の難易度Bという俺と同じレベルにも関わらず、その実かなりの困難を伴いそうな条件だ。

 俺の条件≪クルタ族滅亡エピソードにおける幻影旅団襲撃事件への参戦、及びそれに伴う原作登場人物クラピカ以外のクルタ族滅亡の阻止の実行。事前の逃亡、隠蔽の類は不可とする≫は、考えようによっては一発殴って、クルタ族の誰か一人を捕まえて逃げればいいのだ。

 禁止しているのは事前の逃亡であって、途中放棄の禁止については咎が存在しない。そう考えると自分の今置かれている状況は思っていたよりもずっといいのかもしれない。

 開発途中の発もわりと逃亡向きの能力でもあったりするので都合もよかったりもする。

「自己紹介が終わったところでこれからの指針についていう」

 いつものごとく師匠が仏頂面で口を開く。

 声色は真剣さを帯びていた。

「まずウィルの解除を優先で行ってみようと思う。原作情報に則ると、1993年に幼少期のキルアが天空闘技場の200階を目指して修行を始めている。今は1992年、本来ならあと1年でその時期がやってくるはずだ」

 とそこで、寄りかかっていたキシュハが片手をあげた。

「兄さん、それ少し気になっていたんだけど、旅団襲撃事件は確か1994年。時期的にクルタ族の集落を離れるのは少し危険すぎない? ウィルには悪いけど、わたしやルカは大前提として旅団と一度交戦しなければならないからそう遠くへはいけないと思う」

 それを聞いたウィルは頷く。

「キシュハさんの言うとおりですよ。僕なんかに構うより里の警備を強化してみては? 僕の解除条件はそれほど難しくないので一人でも全然大丈夫です」

「阿呆」

 ごんっと鈍い音が頭に響いた。

 師匠が持っていた長棒で叩いた音であるが、問題はなぜか黙って聞いていた俺に直撃していることである。

「なぜ俺……」

「なんとなくだ」

「理不尽っ!?」

「まあともかく、最後まで話を聞け。確かに本来ならキルア・ゾルディックが天空闘技場で修行を開始するのは1993年だった。だが予定の繰り上げがあり1992年、つまり今年に入って既に天空闘技場にいるそうだ。ウィルの念解除ついでに、しばらくしたらお前たちにはそこで修行を開始してもらう。実戦経験としてはあそこ以上のところはないからな」

 確かに修行場として命の危険も少なく、200階クラスまでは念能力者も皆無な天空闘技場は最良の場所かもしれない。

 俺はそんな思考を展開しながら口を開いた。

「他の転生者の影響か?」

 面白そうに師匠が笑った。

「お前は本当に頭だけはよく回る。その通り、原因は長男のイルミ・ゾルディックが知り合いの転生者と戦って瀕死の重症を負ったせいだ。普通ならそういうことをすれば自分の息子を傍に置くものと思っていたが、あそこの父親は随分と大物らしい……まあ何にせよ嬉しい誤算だった」

 ほえーと横にいるウィルは意味のわからない声をあげた。

 俺もそんな声をあげたくなったが、キシュハが既に同じ声をあげて顔を赤くしていたのでパスした。

 そんなこんなで3ヵ月後、天空闘技場へ行くわけになる。


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