Báleygr   作:清助

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第七話「雨」

 

 

 飛び込むように機関部に駆け込んだ。

 部屋内に黙々と蒸気があがっている。

 半壊した機関室に付けられたブレーキレバーは、血だらけの駅員の片手と共に綺麗に破壊されていた。

「くそっ! ご丁寧に壊しやがって!」

 悪態をつきながら貨物車両に飛び戻る。

 同時に機関室から数度目の爆発が響いた。車両が大きく揺れて外に投げ出されるが、咄嗟に伸ばされた師匠の腕に掴まる。

「あぶねえ、助かった……」

「手間をかけさせるな」

 貨物車両に転がり荒い息をつく。

 危うく死に掛けた。

 初戦の直後で、今の俺を守るオーラ量は極端に少ないのだ。

 今度は慎重に立ち上がって状況を確認するが、一向に景色の流れは遅くならない。

 山から下る形で降りてきたせいか、熱量の異常稼動のせいかはわからないが、車両自体の重みで止まる気配がなかった。

 むしろ刻々と速度を速めている気さえする。

 相変わらず町並みは濁流のように流れていく。住宅街に入ったのか建物の数も多くなってきた。

 前方を凝で見ると、案の定嫌な予感が的中する。

「まずい師匠、終着駅だっ!」

 言いながら咄嗟の判断で車両を繋いでいる連結部位を見下ろす。

 ――此処を破壊すれば!

 残り少ないオーラを収束させた。

「待て」

 掲げた硬の右腕をあっさりと止められる。抗議の視線を寄越すと、師匠は眼鏡のずれを直しながら口を開いた。

「根本的な解決にはならない。速度が落ちても激突して終わりだ」

「じゃあどうするんだよ!?」

 慌てるな、と軽く叩かれる。

 この状況で慌てないほうがどうかしていると思うんだが。

 釈然としない俺から離れると、師匠は槍を静かに構えた。

 穂先は真下に向いている。

 どうみても良くないことをしようとしている気満々だ。

 取り巻く念が一際に増大した。

 眼鏡の奥の瞳は、水遊びをする子供のように輝いている。盛大なフラグである。顔を引きつらせながら、大急ぎで俺は近くに手すりがないかを探した。

「捕まってろ」

「言われなくても!」

 オーラが乱気流のように回転。

 彼の構えた槍先が弾丸のように迸る。

 その顔に浮かぶのは、肉食獣の獰猛な笑み。

「――貫け」

 突き刺さる槍。

 凄まじい衝撃が身体を襲う。

 車両を貫通して線路上に触れているのか、鮮烈な火花と金属音が白い閃光となって周囲を覆った。

 笑みを零す師匠の顔が、場違いな肝試しのように恐ろしすぎてトラウマになりそうだ。

 筋肉を強張らせながら、振り落とされないように必死に車両にしがみつく。

 浮遊感がおかしい。

 しゃくとり虫のごとく後方の車両が緩く曲がり浮いているのが見えた。

 飛行機が緊急着陸すればこんな気持ちになるのだろうか。

 激しい破砕音に耳朶を刺激されながら、俺は神に祈りたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「確信はあった」

「キリッ」という効果音でも聞こえてきそうなドヤ顔で脳筋がのたまった。

 前方では地に足がつくことに感動してはしゃぐウィルがいる。隣には立ち寄ったコンビ二で購入したフランスパンにかぶり付くキシュハ。

 あんな大きな事件に巻き込まれた後だというのに、いつも通り平常運転な面子である。夜の市街を予約していたホテルまで悠々と歩く俺たち。

 抗議の眼差しを止めない俺に対して、師匠は面倒くさそうに返答する。

「あの場にはジョネスがいた」

「ああ、いたよ。それがどうした?」

「修正力については話したはずだ。おれたちは結果としてジョネスの脱獄を阻止する方向に導かれたわけだが、気づいていたか?」

 言われてみれば妙なことだ。

 たまたま乗り合わせた列車に原作登場人物が乗っていて、たまたま事件が起き、たまたま線路上を暴走した。まるでゲームのイベントのようだった。

 師匠は思案する俺を置いて続ける。

「多少強引な方法だとしても、ジョネス本人は余程の事がない限りご都合主義に守られて死なない。本人の意識がなくなり、自力での脱出が不可能になった時点で、列車が止まるのは確定していた事項だったということだ」

「修正力ってのはそこまで酷いものなのか?」

 胡散臭さよりも驚きの方が大きかった。

 実際に刹那のオーラ配分しだいで列車が吹っ飛ぶことも、脱線してしまうことも有り得たのだ。

 いくら師匠が優れた念能力者だとしても、槍一本で走り続ける列車を損害なしに止めることは至難を極めただろう。

「天秤のようなものだと思えばいい。今回はおれたちが乗ったことで結果が傾いた」

「原作沿いに有利な天秤ってことか」

「そういうことだ。反対側に乗ったあの女には、荷が重すぎた」

「……」

 修正力か。

 ますます自分たちの念解除にとって厄介な代物が出てきたものだ。

 原作とは異なる行動をすると、原作のレール上に強制的に戻そうとする力。果たして俺たちの重さだけで、神の天秤を傾けることができるのだろうか。

 遠くで鳴るサイレンの音を聞きながら、俺はふと気になっていたことを聞いた。

「そういやジョネス、念とか覚えちまわないか?」

 師匠の一撃で仕留めたのだ。

 あの衝撃で念に目覚めてしまっても何ら不思議はない。しかし言っておいてすぐに今の話に照らし合わせればいいことに気がついた。

「あれ……でもそれも結局何か帳尻ができて原作沿いになるのか?」

「多分、な」

「なんで失敗したような顔してるんだよ……」

 そこまで考えてなかったのか。

 確かにあの時の師匠は単純に怒りに任せていたように見えたが。

「大丈夫だ、多分」

 真顔でフラグ立てするな。

 先行きに不安を感じながら、俺はこれからの修行の日々の始まりに思いを馳せる。

 ――ぽつり。

 思考していた頬を冷たい何かが通り過ぎた。

「む・・・・・・雨か。少し急ぐぞ」

 師匠がいつもの憮然とした顔で告げる。

 空にはいつの間にか暗雲が広がっていた。

 まるで誰かが泣いたような、切なく細い雨だ。

 列車で死んだ眠たげな瞳の女性を思い出す。

 師匠はああ言ったが、この先どれだけ強くなっても、決して報われない人間もいるはずなのだ。

 それこそが俺たち転生者にかけられた、死神の念能力の真に恐ろしいところ。

 俺はきっとこれから先も、こんな気持ちで雨に打たれる日が来るのだろう。

 陰鬱な気持ちのまま見上げた視線の先には、ライトアップされた天空闘技場が聳え立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジョネス逮捕、ご苦労だった」

「はっ! ありがとうございます!」

「家に帰ってゆっくり休むといい、褒章は後日通達する」

「了解であります!」

 救急車に搬送されていくジョネスを横目で追いながら、若い警官は綺麗な敬礼を行った。ベテランの刑事はそれを見ると満足そうに踵を返す。

 夜の街は騒音に包まれていた。

 脱獄犯ジョネスによる列車ジャック事件が起きたためだ。

 この若い警官は仲間と共に現場に向かったただ一人の生存者であり、警察の応援部隊が現場に駆けつけるまでにジョネスを確保した人物だった。

 もっともそれまでに民間のハンターが付き添っていてくれていたが、列挙したお礼は最後まで頑なに拒まれて去られた。結果として一番の功労者となったのである。

 近くで耳を立てていた同僚が、自分のことのように嬉々として警官の肩を組んだ。

「こいつううう、やったじゃねえか!」 

「せ、先輩……苦しいっす」

「わりいわりい、給料あがったらおごってくれよ?」

「え……嫌っすよ!? たまには後輩の前で逆に太っ腹な所も見せてくださいよお」

「どの口が言うか! この口かあ!」

 ほれほれと二人で子供のようにはしゃぐ。

 周囲の警官たちはいつもの掛け合いを目にして仕方なさそうな顔をしていた。

「離してくださいよお、先輩」

「嫌だね。お前がおごってくれるまで俺は離すのを止めない!」

 満面の笑みを浮かべてじゃれ合う二人。

 その背後でジョネスを乗せた救急車が、サイレンを鳴らして走り出そうとしていた。

「離してくださいってばあ」

「なんだよ、ノリ悪い――ぶへえらっ!?」

 同僚は奇声をあげて吹き飛んだ。

 歯を何本か捻り飛ばしながら、信じられないといった表情で宙を舞う。

 現場の検証をしていた警官を何人か巻き添えにして止まっていた車両に激突した。

「いやあ、すいませんねえ先輩」

 殴り飛ばしたのは若い警官だった。

 唖然とする周囲を他所に、内ポケットに手を忍ばせる。

「でも仕方ないんだなこれが。ジョネスを殺すなんて解除条件(・・・・・・・・・・・・・・)、これを逃すとこの先チャンスは何時来るかわからない。残った修正力がくせえ息した中年男との安い友情ごっこだけなら、均衡を崩した今の状況は指先ひとつで転がりこむ」

 後ろを振り向きながら取り出した愛用の武器を投げつける。

 高速で回転したその武器はジョネスを搬送している車両に激突。貫通しながら次々と周囲の警察車両にも穴を開けていった。

 爆音を響かせながら炎が爆ぜる。

 吹き飛ぶ人々。窓ガラスが次々と割れ、警報装置の誤作動で辺りに甲高い音が反響する。

 場に立っているのはその警官だけになった。

 衝撃を和らげるために纏ったオーラが怪しく揺らいでいる。

 戻ってきた自身の武器を悠々と受け取る男。

 それは鉄球だった。

 鉄を操作する念能力――《屑鉄の案内人(スティ-ル・ボール・ラン)》。

「ようやく条件達成かねえ……」

 警帽を被りなおしながら彼は思う。

 此処まで本当に大変な作業だった。

 同胞の女をそそのかしてジョネスの脱獄を示唆したまでは良かった。

 刑務所内はハンターであるリッポーの監視の目が厳しかったし、まともにやろうとしても実に理不尽な運命の妨害を受ける。

 それらが届かないように隔離した列車、それもわざわざ自身の念能力で操作した鉄の棺桶の舞台を用意したのに、偶々乗り合わせていたハンターが列車を止めてしまったという事実。

 おかげで暴走列車からの脱出用に持ってきたミニカートも、まったくの不要の産物になってしまった。

 まさか途中立ち寄った車両に、念能力者の集団がいるとは誰も思わないだろう。

 リーダー格である眼鏡の金髪男に至っては、実力が違いすぎて去ってくれるまでジョネスに手を出そうとは考えられなかったくらいだ。

 同胞の女の能力《散り逝く残火(ホワイトベリー)》では傷をつけることすら出来なかっただろうに。

「まあ結果オーライでしょ。るんるん、るんるん!」

 燃え盛る夜の一角で男は滑稽に踊る。

 月明かりと紅蓮色の炎に彩られる影が、亡者のように狂い彷徨う。

 笑みを浮かべた口元には、眩しいくらいに輝く金歯の列。

 帽子をもう一度深く被りなおして、まるでお決まりのように奇妙な笑い声をあげた。

「ニョホ!」

 

 

 

 

 

 

ジョルア・フェイニード

 

達成難易度C

 原作開始前に解体屋ジョネスを殺害せよ。ただし暗殺依頼は不可とする。

                                  ――条件達成。

 

 

 

  

                                 第1章 Sweet Rain 終

 

 

 




念能力元ネタはそれぞれジョジョとバンド名です。
実は副題がrain(雨)とtrain(電車)を掛けたものだと誰も気づくまい!

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