ぼっち缶   作:緑茶P

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いろはすデート(27歳編)②

「私、先輩に謝んなきゃいけませんね・・・」

 

「いい、一色。もう細かい事なんか忘れた。だが、この後の一杯はお前のおごりだからな」

 

「めちゃくちゃ気にしてるじゃないですか!!」

 

 先輩のアリの様なちっさな心に思わず突っ込んでしまうが、今はそんな些細な事さえすぐになごみ溶けて行ってしまう。

 

 自分の目の前に広がるのは、真っ白な湯気とうっすらとした照明に浮かぶ乳白色のお湯とほんのりと薫るヒノキの匂い。

 

 そんな空間が自分の体と頭の芯に残ったコリをほぐして行く感覚に身をゆだねて、ゆっくりと吐息を吐きだし、吐いた息の代わりに優しい木の匂いが心を更にほぐして行く。

 

 まさに夢見心地といっても過言ではない。

 

 そんな極楽気分のまま、視線をちらりと同居している人物に移してみるが、この極楽に感じ入っているのかこっちを見もせずに静かに湯船の中で目をつぶっている。

 

 こんな美女と同伴で来ているのにこっちを見もしないのは少々礼を失していると怒ってみるが、彼の普段見ない表情に口を突きかけた言葉を呑みこんでしまう。

 

 彼の代名詞でもある淀んだ目は静かに閉じられ、長い睫毛や整った顔立ちにほんのりとした朱がさしているせいか何時もよりずっと健全な雰囲気を感じさせ・・・不覚にも、綺麗な顔だと思ってしまった。 

 

「・・・ほんと、先輩って残念美人ですよね」

 

「オーケー、さっさと湯船を出ろ。今度こそお前との決着を付けてやる。卓球でな!!」

 

「そこで拳とかじゃなくて、卓球が出てくるのがいい事なのか悪いことなのか判断に迷いますね・・・」

 

 水面を揺らしながら立ち上がってラケットを構えるポーズをとる彼を見て思わず苦笑してしまう。

 

 彼の顔も、鎖骨のラインも、細いけど自分とは違うその腕も、全部好きだけどやっぱり自分の奥底をくすぐるのは淀んだ彼の双眸とくだらない事しか考えない彼の内面なのだと改めて認識させられるから。

 

「というか、不満はないですけどデートで”温泉ランド”を選ぶのは十分に”残念”と言わざる得ない気がしますけど~?」

 

 そんな照れくささを隠すためワザと憎まれ口を叩いてみると彼は不満気に顔をしかめながらまた体を湯船へと沈めながら答える。

 

「元々が、あの質問やめろッつてんのに振ってくるお前が原因だ」

 

「それでも毎回必死に考えてくれる先輩の気持ちが嬉しくて、つい」  

 

「・・・ぶっ飛ばす」

 

 憮然と答える彼が面白くてついコロコロと笑ってしまう。

 

 でも、これについては一切嘘ではない。

 

 いつも自分の中では”無い”と思っていた経験が、体験してみたら面白くて、楽しくて、つい何度でもねだってしまう。

 

 隣にいる彼の楽しんでくれるかと自分を気遣いつつも、本人が待ちわびてる顔が、大切にされていて、彼が好きな世界に触れるのだとするあの実感が本当に嬉しくて好きなのだ。

 

 逆に、彼が自分に気を使って選んでくれた様な場所を紹介されると、少し悲しくなる。罪悪感が、ある。

 

 貴方の見る景色を一緒に見て、体験してみたいのに、自分がそれを妨げている事が、悲しくなってしまう。

 

 それが身勝手な感情だとは分かっているがどうしようもない。

 

 それでも辞められないこの行為に気付いてくれない彼にだって罪はあるのだ。

 

 私曰く、”貴方色に染めて”とこんなに伝えているのだから。

 

 いろはにほへと・・・ほど殊勝な心ではないけれど、こんな凡俗な気持ちだって今を生きる私の本心だ。

 

 一色いろは、自身をそう皮肉って、愛しい男の肩へとゆっくりと寄りかかる。

 

 

 「先輩、大好きですよ」

 

 

 答える男は憮然とし、されど頬染め。 

 

 

 「・・・」

 

 

 その無言こそ最上の答えと知ってか知らずか、ただその頭をなでる。

 

 

 その不器用さこそが、彼の最大の誠意だと知る少女は更に深く息を吐いて、その身をゆだねる。

 

 このろくでなしを好きになって良かったと、心底息を吐く。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

蛇足

 

「で、ここは誰に紹介してもらったんですか?」

 

「・・・・・・・・・」

 

 優しげな笑顔で思い切り俺の太ももをひねる一色に俺は涙を滲ませながら笑顔で答える。

 

「こ、このまえ、平つかァァァァアァァあああああああああああ!!!!!!」

 

 捻られた太ももが思い切りつねられる、て言ううかいたいあたいいいいいいい!!

 

「へー、先輩はあんな生殺しの返答した後輩を差し置いて、年増の美女とこんないやらしい所にきちゃう方だったんですねー?」

 

「いや、tyyう、違い舞うjh義うあヘリhああsdfgh、ひ、平塚先生と来たのは貸切の方ではあああああ、なく!!一般の、共同スペースだけです!個室は借りてない!今と同じ!みずぎじょうたいんんんんんんのののおののの!!ごめんんなさいいいいいいぃぃxじぃい!!」

 

 絶叫と共に叫んだ謝罪と共に一色の万力のような指が俺から離れ、ほっとしたのは束の間、思い切り両頬を掴まれて無理くり正面に一色の顔が迫る。

 

「比企谷さん」 

 

 普段は絶対呼ぼうとしない名前で呼ばれ、微かに朱色が滲む湯船からの意識が無理やり引きはがされて、目の前に映るのは、泣きそうな、それでいて切なそうな少女・・・いや、ろくでなしのせいで抱えなくていいような不安を抱えた一人の女性の顔だった。

 

 あの時、あんな曖昧な選択をせずに、はっきりと彼女を選んでいたら、彼女にこんな顔をさせずに済んだのだろうかと。意味の無い葛藤を数瞬して、ゆっくりと彼女の額に自分の額を当てる。

 

 今の自分には、それしか、出来ないから。

 

「平塚先生と来たのは共同の温水プールみたいな所で、なんもねえよ」

 

 優しく、出来る限り真摯に彼女に語りかけるが、それでも彼女はお気に召さないようで。

 

「それだけじゃ信じられないです。先輩、浮気性ですから。今日、個室にした理由を述べてください」

 

 きっと自分のなかで答えはあるくせに涙目で問うてくる彼女が可笑しくて、普段は絶対に言えない言葉が口をすべる。

 

「・・・大切な女の肌を、他の野郎になんざ見せたくねぇだろ」

 

 そう口走った瞬間にあたった何かを説明するのは、後日に回そう。

 

 それを詳細に説明するには少々、長くなりそうだ。  

 

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