ぼっち缶   作:緑茶P

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がはまるーと


Look at me only

 唐突だが、”私の彼氏はモテる”っと宣言された時に、貴方は何を思うだろうか。

 

 傍から聞けばなんて鼻持ちならない高慢ちきな台詞だ。

 

 異性から引っ張りダコの高スペックな男が自分の所有物であるというアピールする言葉であるし、それに伴う苦労によって大変なのだと外に伝える事によって優越感とヒロイズムを満たす事が出来るとってもお得な一言だ。

 

 こんな事を唐突に言われたら大概の人は言葉を濁しつつ、苦笑いを浮かべるほかないだろう。もちろん私だってそうする。

 

 そうする、はずだったのだが・・・今ならば、その苦労がちょっとだけ分かる気がしてしまう。まさか自分がこの言葉を呟いてしまいそうなほど、頭を抱える日々が来るなどと夢にも思わなかった。いままで、聞かないふりをしてやり過ごして来た自己主張の激しい友人たちに謝意を送らせて頂きたい。

 

 ちなみに断っておくが、私の彼氏”比企谷八幡”は決して、決っっしてイケメンではない。更に言えば、漢気もやる気もない濁った眼をした重度の捻くれ者でもある。

 

 そんな男のいい所を知っているのは自分ともう一人の親友だけで十分だったし、周りから”なんであんなのを選んだの?”と言われる事に密かな安心感と優越感を得る事が出来ていたのだ。

 

 だが、最近はどうにも風向きが怪しい。

 

 友人Y.M 曰く

 

『結衣―。あんたの彼氏さー。この間、後輩の女と一緒にいちゃつきながらデートしてたけど、あんたたち別れたん?』

 

 友人H.E 曰く

 

『あ、そういえば結衣の彼氏がこの前、サキサキと一緒に小さな子連れてお買いものしてたけど、どうしたの?倦怠期寝取られ萌えプレイ?』

 

 友人K.T 曰く

 

『俺も、ヒキタニ君がさーなんかチョー美人のオネーさんとお茶してんの目撃しちゃってるわけよ~。マジコレパネッショ!!』

 

 彼氏の妹 K.H 曰く

 

『あー、いや、私としてもお二人のお付き合いにアレコレ口出すつもりは無いんですけど・・・なーんか最近、お兄ちゃんの様子がおかしいんですよね?なーんか隠しごとしてるみたいな・・・』

 

 このような目撃情報の密告が両手の指に収まらないほど各所から挙げられているのは一体何の冗談だろうか?

 

 確かに、自分は彼のいい所をもっと皆に知って貰いたいと思っていた時期がある。だが、いまさらになってソレを知ったハイエナ共が自分の彼氏にちょっかいを掛けているのを見過ごせるほど寛大では無い。

 

 というか、恋人たる私が試験やバイト等が重なり、あまりデートできていないことを我慢しているのに、何で友人未満の娘たちが私以上に恋人っぽい事をしているのか!?

 

 考えれば考えるほど苛立ちと、頭痛が増してくる。

 

 そもそも、誰が倦怠期か!!気分はバリバリ新婚さんだ!!

 

 自分の中に溜まる煩悶とした感情を爆発させるようにうがーと頭を掻き毟りつつ、持っていた筆記用具を放り投げて部屋のソファーへとダイブを決める。

 

 やり切れなさをかき消すようにクッションに顔を押し付けて、ぐりぐりしていると微かに彼の匂いを感じる事が出来てホッとしてしまうのが更に悔しい。

 

 彼の部屋のカギを預けられて三年。

 

 彼と過ごした季節はあっという間で、大学の卒業だってもうすぐだろう。

 

 思い返すだけでも満たされる日々の中で聞かされる今回の報告は暖かな気持ちに浸っていた自分にさっと冷水を浴びさせられるような感覚を味わさせる。

 

 もしかして、飽きられてしまったのだろうか、と。嫌な想像が脳裏をかすめてしまう。

 

 お世辞にも自分は頭がいい方ではない。それに容姿だって、自分よりずっと上の知り合いには心当たりが多すぎる。何より、ご飯だって彼は毎日食べてはくれるものの、美味しそうな表情はほとんど見たことが無い。夜の方だって、最近は昔ほど頻繁に求めては来てくれない気がする。

 

 考えれば考えるほど、自分が浮気されそうな要因や心当たりが多すぎて、思わず、泣きそうになってしまう。

 

 問題の本質を問い詰めてしまえば、彼氏がモテる事が問題なのではなく、ソレを引きとめる魅力が自分にはあるのだろうか?という事に行きつく。

 

 ソレを肯定できるほどの自信は、どうにも、持てそうにもなく、色んな雑音が自分の耳から離れる事は無い。繋ぎとめるための努力をすることすら正しいのかどうかも判断することができない。

 

 試験やバイト、就職活動が続いたせいか、思考が悪い方向に向かっているのをどうにも止められず、溜息を一つついて、身体の力を大きく抜く。

 

 少々、だらしないけど、姿勢を正す元気は出てこない。

 

 なにより、こんな悪い事ばかり考えるのはきっと疲れのせいだと思い込む事にして目を閉じる。

 

 煩悶と頭のもやもやを抱えつつも、身体は最近のドタバタのせいか急激な睡魔に包まれてゆくのを感じて、そのまま身をゆだねる。

 

 自分が目を覚ます時に、彼はまだ自分の隣に居てくれるだろうか?

 

 最近、すれ違いばかりの生活をしていた好きな男を想い浮かべ、ほんの少し涙をためつつ、由比ヶ浜結衣は思考を手放した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 深夜ちょい前、木枯らしが吹きつける中をいそいそと帰宅してみれば自宅には電気がついており、彼女こと由比ヶ浜結衣が来ている事に気がつく。

 

 今日は来る事を伝えるメールは来ていなかったので一瞬だけ驚いて足を止めてしまうが、ほんの少し頬が緩むのを感じつつ歩みを再会する。

 

 最初の頃には自分が外出中に家に誰かがいるという感覚に戸惑っていたものの、半同棲生活を三年もしているうちに自分の帰りを待っていてくれる人がいる事を随分嬉しく思うようになってきてしまった。家族以外でこんな感覚を味わうのはいまだに少しむず痒い。

 

 だが、最近は彼女も忙しく、自分もある目的のため家を空ける事が多かったため、どうにもすれ違う生活が続いていた。久々に会えるとわかった瞬間に足がさらに速まるのだから、現金な自分に思わず苦笑してしまう。  

 

 それに今日ばかりは浮ついた気分が収まる気配を見せないのには心あたりがあり過ぎる。

 

 ポケットの中に納められた小さな箱。

 

 寒さを誤魔化すように帰宅途中もずっと手のひらで転がしていたのだが、家に待つ人物を自覚した瞬間にどうにも持て余してしまう。

 

 数か月、色んな伝手を辿って金策に走りまわり、ハズレが無いようなデザインを生意気な後輩に教えを乞い、苦労の末に手に入れた学生には少し不相応なプレゼント。

 

 自分でも少々先走っている自覚もあるせいか、これを贈った彼女の反応が恐ろしくもあり、楽しみでもある。

 

 まあ、俺が好きでやった事だ。受け取って苦笑でもしてくれりゃ幸い、引かれたらいつもの調子で煙に巻きながら押し付けてやればいい。

 

 それくらいの心持じゃないと期待値の落差で死にたくなってしまうだろうけど。

 

 願わくば、喜んでくれたらと思うのは男の悲しい性だ。

 

 そんなこんなで、ポケットのソレをどんな風に彼女に渡すかを考えているうちに、いつの間にか家の玄関の前に辿りついている事に気がつく。

 

 今の自分が、彼女とどんな顔をして向き合えばいいのか一瞬迷ったが、頭を振って思考を打ち切る。

 

 どうせコレが渡せるのは彼女の試験や就職活動が終わってからの話だ。今から一人で緊張するのも馬鹿らしい。

 

 だから、いつも通りに能天気な彼女の出迎えに”ただいま”と答える事にしよう。

 

「?」

 

 そう思い直して一気にドアを開けては見るが、一向に彼女が出てくる気配は無い。いつもならば、彼女が実家で飼っている毛玉よろしく駆けつけてきて体当たりしてくるのがテンプレなのだが、今日はやけに静かだ。

 

 それに、大体の場合において失敗した料理の香ばしい香りがしてくるはずなのだがそれもない。

 

 いつもと違う我が家の様子に首をかしげつつも、玄関で靴を脱いで中に上がると、その理由が分かった。

 

 ソファーの上で不貞寝した子供の様に身体を丸めた由比ヶ浜と、ローテーブル一杯に広げられた参考書やプリントの上に乱雑に放り投げられたシャーペン。

 

 ソレを見ればお察しするのは実に容易く、試験問題に行き詰って不貞腐れた彼女を想像して思わず笑ってしまった。

 

 可愛すぎるだろ、俺の彼女。

 

 ひとしきり笑いが治まったあとに、起こさない様に彼女に近づいてそっとその髪を撫でる。

 

 特徴的だった彼女のお団子は今はなく、今では肩甲骨辺りまで流れるように伸びた髪と、昔よりほんの少し大人びた顔立ちには昔の面影は少ないが、それでもそんな子供じみた行動は昔とまったく変わらない事が堪らなく愛おしい。

 

 そう思いつつも、撫でていると彼女の目の周りがほんのりと赤い事に気がつき少しバツが悪くなる。

 

 最近の彼女の忙しさを知っていながら子供っぽいと笑うのは少し失礼だったかもしれない。

 

 もしかしたら、そんな忙しい中でわざわざ俺に会いに来て深夜まで待っていてくれていた可能性だってあるのだ。

 

「ごめんな、由比ヶ浜」

 

 そんな事を考えると思わず言葉が口からこぼれた。

 

 ほんとなら”ありがとう”と一番に伝えるべきだが、とりあえず謝ってしまうのは日本人の悲しい性だろう。

 

 そんな益体も無い事を考えていると、やんわりと頬を撫でていた手に由比ヶ浜がそっと手を添えられ、彼女が起きた事に気がつく。

 

「お、起きたk「・・・やっぱり、ヒッキー。私に飽きちゃった?」

 

「は?」

 

 俺の言葉を遮って紡がれたその唐突過ぎるその一言と撫でていた頬を新たに伝う涙に、俺は訳も分からずに間抜けな返答しか返すことができなかった。

 

――――――――――――――――――――

 

 起きた瞬間にぎゃん泣きを始め、俺の胸元にすがりつくように暴れていた彼女の言葉はどうにも要領を得なかったが大きく纏めると以下の様なものになる。

 

 曰く、浮気してるだろ。とのことである。

 

 ソレを聞いた時の自分の心境をなんと説明したものだろうか?

 

 まずは、怒りを抱いた事は否定しない。自分が彼女との繋がりをそんな蔑ろにして来たつもりは一切なかったのにそんな事を言われれば腹の一つだって立つ。

 

 次に感じたのは、申し訳なさだ。

 

 確かに、最近は彼女と会える時間は減る一方で、別の異性と用事があったとはいえ会う機会が多くなっていた事は事実だ。それが、恋愛感情でなくとも憎からぬ・・・いや、親しげな相手とばかりとの目撃情報を聞かされれば不安に思うのは仕方がないことでもある。

 

 傍から見れば、彼女の忙しい時期を狙った浮気だと噂されて、彼女にいらぬ心配をかけた事はなんだか申し訳なさが沸き上がってくる。

 

 そんな二つの感情にどんな答えを出すべきか迷っているうちに、ちょっとずつ顔を出しつつあるもう一つの感情がどうにも扱いを決めかねているのだ。

 

 それは、前述の二つの感情とは比べもつかないほど身勝手な感情のくせに、どうにも自分の本心を現しているようでどうにもバツが悪い。

 

 端的に言えば、不謹慎にも、自分はこの状況を、嬉しく思っていたりしてしまうのだ。

 

 こんないい女が、自分の動向を気にして、捨てないで欲しいと大泣きしながら胸にすがりついてくる姿にどうしようもないくらい愛おしさを感じてしまう。

 

 捨てる訳が、無い。

 

 手放す訳が、無い。

 

 自分の身には手に余り過ぎるこの幸福を、決して手放さない事を彼女に伝えるにはどうするべきか考える。

 

 考えるが、良案は思いつきはしない。

 

 どうするべきか、どうやれば彼女の涙を止める事が出来るのか?

 

 そんな事を考えるうちに、身体が勝手にうごく。

 

 胸元にすがりつく手を取り、俯く顔にそっと手を添えてゆっくりとその唇を奪った。

 

 唐突なその行動に最初は抵抗を示していた由比ヶ浜を、いつもはしないような強引な手つきで身体を抑えつけながら続けると、彼女の吐息が切なげな吐息に変わり、暴れていた身体がゆっくりとこちらに委ねられるのを感じる。

 

 その変化に、いつものごとく理性が飛び、襲いかかりそうになるがゆっくり深呼吸して心を落ち着ける。

 

 そんな自分の動作に一瞬、傷ついたような表情を浮かべる彼女に愛おしさは更に増し、襲いかかりそうになるが・・・今は我慢だ。

 

「由比ヶ浜」

 

 唐突な呼びかけに彼女の身体が強張るのを感じながら、出来る限り慎重にその手を取る。

 

 ポケットから、箱から、取りだしたその円形の金属。

 

 ソレをそっと彼女の左手の薬指にはめる。

 

「・・・ヒッキー?」

 

 おれの唐突なその行動にまったく理解が追いついていない彼女。

 

 指に嵌められたソレの名前を知りつつも、その存在を信じられない物を見る様な眼でみている。

 

 戸惑う彼女に、俺は、なんと答えるべきだろうか?

 

 きっと、今回のように泣かせてしまう事もあるのだろう。

 

 きっと、将来には俺が彼女を怒らせて大喧嘩をしてしまうことがあると思う。

 

 きっと、苦労を掛けて泣かせてしまう事だってあるだろう。

 

 でも、ソレを自分以外の誰かに、どっかの馬の骨に譲る気にはなれなかった。だから、自然と口が言葉を紡いでいった。

 

「由比ヶ浜、好きだ。少し、予定は早まったけど言わせてくれ。・・・大学を出たら、結婚してくれないか?」

 

「・・・」  

 

 無言の彼女。

 

 それを、静かに俺は、待つ。

 

 彼女が何を思っているのか分からないが、真っ赤に染まった彼女が、どうか、俺との未来の事に考えてくれている事を願う。

 

 緊張に身体を固くしていると、彼女はポツリ、ポツリと言葉を吐き出して行く。

 

 そんな、彼女の呟く様々な欲求を全て二つ返事で受け入れて行く。

 

 そうしていくうちに、彼女の顔は遂に、苦笑ともいえる様な笑顔を浮かべてくれる。

 

 ようやく、浮かべられたその表情にほっとしていると、彼女はそっと俺の首へと身体をよせてそっと呟く。

 

「他の子みちゃ嫌。大変でも、面倒でも、私だけみてくれないと・・・拗ねちゃうからね?それでも、ヒッキーは、私と一緒に居てくれる?」

 

 その返答に、言葉なんていらなかった。

 

 思い切り、力の限り、彼女を抱き寄せた。

 

 彼女は、小さくため息を漏らしつつも、まんざらでもなく受け入れてくれた。

 

 たったそれだけでこの数か月の報われた気がしたのだ。

 

 泣き、怒り、笑い、様々な表情を浮かべる優しい彼女を、どうか、自分の力の及ぶ限り守って行こうと。

 

 そう誓った。

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