イチグンからニグン落ち   作:らっちょ

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今回の話で、漸くニグンの外見が変化!

そして皆さまが気になっているであろう一ノ瀬 軍馬の過去の話がちょこっと出て来ます。
 
 
 



第15話 下準備と下心

 

 召喚した暗黒魔粘体(ダークネス・スライム)には前世の記憶があった。

 嘗てプレイしていたゲームで、俺と共に戦った記憶がである。

 

 故に俺は《R1.眷属召喚(サモン・サーヴァント)》で超激レアと呼ばれる魔物を引き当てた。

 前世でパートナーだった魔物だから。

 

 故にスライムは、俺の存在に気が付いた。

 そして嬉しさのあまり、思わず体当たりして抱き着いてきたのだ。

 

 そんなやり取りを見たアインズさんは、俺が自らの召喚した眷属に襲われていると勘違いして攻撃。

 

 その攻撃に反応したスライムが、アインズさんを俺の命を狙う敵だと判断して反撃したのだ。

 

 

 俺が即座にそんな誤解を解ければ良かったのだが、ぶっちゃけ召喚した眷属に敵意があるかどうかが判らなかった。

 

 召喚者と眷属という繋がりがある為か、一応テレパシーによる意思疎通のようなものは可能なのだが、言葉を覚えたての幼児のような片言の意志しか伝わってこない。

 

 喜怒哀楽の感情の波と、『殺す』『嬉しい』みたいな単語が頭に流れ込んでくるだけ。

 

 それで即座に状況を察しろなんて方が、無理難題に等しいだろう。

 

 

 結果として思わぬ形でバトルに発展し、デミウルゴスとソリュシャンに重症を負わせてしまい、危うくアインズさんにもその猛威を揮うところであった。

 

 

 俺はそんな事件を引き起こした眷属を断罪しつつも、平身低頭地面に頭を擦りつけて謝罪した。

 

 

「あ、頭を上げてくださいイチグンさん!

元を正せば、私が勘違いで攻撃したことが切っ掛けなんですから!」

 

 

 アインズさんはそういって許してくれるが、他の二人に関しては、そうは問屋が卸さないのを重々に理解している。

 

 俺が召喚した眷属が大怪我を負わせてしまったこともそうだが、アインズさんに危害を加えようとしたこと自体が大問題である。

 

 忠誠心の高い彼らからすれば、故意であるなしに関わらず、アインズさんを害した時点で有罪。

 

 ということは危害を加えた暗黒魔粘体(ダークネス・スライム)は限りなく黒で、その召喚主である俺もまっくろくろすけ。目玉どころか脳味噌まで穿り返されそうな存在なのだ。

 

 

 そんな風にビクビク怯えながらNPC二人の反応を伺う俺であったが、回復した彼らの反応はまるで予想外なものであった。

 

 

「我が身ながら何という体たらくッ!

大いなる加護を戴きながら、御身を守れず申し訳ありませんアインズ様ッ!」

 

 

 どうやらデミウルゴスは俺を断罪する以前に、主を守れなかった自分自身を最大の罪人であると感じているらしい。

 

 暗黒魔粘体(ダークネス・スライム)の反応に関しても、眷属としては当然の反応であり、アインズさんにも実害は無かった為、然程怒りは無い様子。

 

 寧ろ何故その可能性を予期することが出来なかったのだと、更に自分を追い込んで落ち込む始末。

 

 責任感の強すぎる悪魔である。

 

 

「有難うございますイチグン様。

身を挺したその覚悟、しかとこの目に拝見させて頂きましたわ」

 

 

 そしてソリュシャンに至っては意味不明。

 何故か深々と感謝された。

 

 あんだけボロボロにされながら感謝とか、君マゾなの?原作では超が付くほどにサディスティックだったのに。

 

 そんな風にドン引きしていたのだが、どうやら違うみたいだ。

 彼女は俺がアインズさんを暗黒魔粘体(ダークネス・スライム)の攻撃から庇っていた場面を目撃していたらしい。

 

 動けなかった自分の不甲斐なさを恥じながらも、唯一あの場で機敏に動き、配下の暴走を諫めた俺を神聖視している様子。

 

 

 凄まじい勘違いである。

 何故なら俺が動いたのは、打算染みた確認の意味合いが大きいのだから。

 

 召喚した暗黒魔粘体(ダークネス・スライム)の言動に、俺に対する敵意が一切見えなかったし。それまでの意志疎通のやりとりで、粗方の状況には察しがついていた。

 

 もし仮に俺が暗黒魔粘体(ダークネス・スライム)の攻撃で死んだとしても、アインズさんなら後で復活させてくれると信じていたし。我が身を盾にするリスクは限りなく低い。

 

 俺が死ねばゲームの仕様上、暗黒魔粘体(ダークネス・スライム)も消えるはずなので、最悪眷属に殺されたとしても、事態は収拾出来たはずである。

 

 そんな打算の塊のような行動の結果が、このような状況を産み出したに過ぎないのだ。

 

 

 アインズさんはチラリとコチラを見ながら、

《伝言/メッセージ》でコッソリと話しかけてくる。

 

 

『……そういう事にしておいた方が全て丸く収まりますし、此処はソリュシャンに話を合わせておきましょうよ』

 

 

 嗚呼、またこうやって誤解が誤解を招いていくのだな。

 

 まるで出来の悪いマッチポンプを見ているようだと俺は苦笑してしまった。

 

 

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、眷属召喚も含めた様々な検証実験は終了。

 

 結論から言えば、職業として発現した【混沌召喚士】(カオス・サマナー)は出鱈目に強かった。

 

 最早チートと言っても過言ではないとアインズさんは断言する。

 

 

 その理由は三つある。

 

 一つ目は、召喚した眷属。暗黒魔粘体(ダークネス・スライム)が余りにも強すぎること。

 

 状態異常完全無効化の高速壁モンスターは凶悪だ。状態異常をばら撒き、敵の行動を阻害する力もぶっ壊れ性能。

 

 更に隠密性能にも長けており、分裂体との情報は随時共有できるようなので偵察任務も熟せる。

 

 ソリュシャンのように体内に荷物を仕舞える特性も持ち合わせていたため、アイテムボックスの代わりも熟せるし、ミミックのように道具に擬態も出来る。

 

 形状変化による攻撃は変幻自在で、前衛職を持つ俺とも非常に相性が良い魔物である。

 

 

 二つ目は、ゲームシステムが混ざり合って職業の性能が強化されたこと。

 

 魔法戦士職はリストの中から、習得可能なランク魔法、ランク技能を選ぶのだが。何とそのリストの中に、ユグドラシルの特殊技能や位階魔法が追加されていたのだ。

 

 本来なら前提条件を満たさなければ取得出来ない特殊技能を取得出来たり、信仰系や魔力系といった形態に縛られず魔法を覚えられる。

 

 これにより戦略の幅が爆発的に広がったのだ。

 

 

 最後に、【混沌召喚士】(カオス・サマナー)は、ステイタスの成長補正が途轍もなく優秀だったこと。

 

 ユグドラシルでは取得している職業の内容により、キャラクターのステイタス成長値が変動するのだが、【混沌召喚士】(カオス・サマナー)【世界王者】(ワールド・チャンピオン)並みに成長値が高かったのだ。

 

 そのおかげでレベルは変わらずとも、ステイタスがグンと底上げされた。これならLv100の相手に遭遇しても、瞬殺はないはずである。

 

 

 プレイヤーやNPCには使えない武技が使えるし、ニグンの異能により暗黒魔粘体(ダークネス・スライム)の強さは大幅に底上げされている。

 

 それに加えて俺はユグドラシルのプレイヤーではない為、特定の行動に対する縛りがない。

 

 つまり採取活動や調理活動などの分野で役立つことが可能。

 

 冒険者としてアインズさんを陰ながらサポート出来るのだ。

 

 

 こうして無能なニートから、有能な魔法戦士となった俺は。次に偽装工作を行うことにする。

 

 『剛力の指輪』を全て外し、ステイタス隠蔽・各種状態異常を防ぐ指輪などを次々に装備。

 

 その上でアインズさんの用意した重そうな甲冑を装着。魔化されているので、サイズもピッタリである。

 

 そして最後に『変装の腕輪・極』を用いてニグンの姿を別人へと変えるのだが、此処で大きな問題が発生してしまった。

 

 

「……アインズさん。これどうやって使うんですか?」

 

「……えっと、俺にも良く判りません」

 

 

 ユグドラシルならば、コンソール画面にあるクリエイトモードを開き。そこに保管されているキャラクターの外装データを反映させるのだが、そもそもこの世界ではコンソール画面が開けない様子。

 

 俺達が二人して頭を悩ませていると、傍で観察していた双子のダークエルフの姉の方が話しかけて来た。

 

 

「普通に念じれば良いのではないですか?

こう、自分の頭の中で変身後の姿を思い浮かべる形で」

 

 

 そういって階層守護者のアウラは、『変装の腕輪・極』を装備してムムッと唸る。

 

 するとポフンという音を立てて、おかっぱ頭でヒラヒラとした短いスカートを装備した可愛らしい男の娘の姿へと姿が変わった。

 

 それを見た双子のエルフの片割れであるマーレは、オロオロしながら自分と変装した姉の姿を見比べていた。

 

 

「あわわっ!?ボ、ボクが居るよ!?」

 

「フフ~ン、一番イメージし易いからね♪」

 

 

 そういってクルンとその場で回転する変装アウラ。短いスカートが勢い良く捲れ上がり、純白のパンツが見えた。

 

 眼福である。生まれ変わって本当に良かった。

 神様仏様アウラ様、ありがとうございます。

 

 ただ大いなる感謝の言葉だけが、俺の心を埋め尽くしていた。

 

 

(……あれっ?でもマーレの性別は男。

女のアウラが変装したら性別は一体どうなるの?)

 

 

 先程までの素敵な光景を思い出すと、妙に股間部分が膨らんでいた気もするのだが。

 

 ……いや、これ以上考えるのは止めよう。

 ぶくぶく茶釜さんの闇は、思っていた以上に深いようだ。

 

 

「どうやら二重の影(ドッペルゲンガー)の変身に近い仕様変更のようですね。

一度明確なイメージを固めて変身さえすれば、その姿を維持するのは然程負担ではないようですね」

 

 

 そういって軍服を着こなしたパンドラが、クルンと回転するとおかっぱの男の娘が三人に増えた。

 

 マーレはそれを見て更に混乱しているようだ。

 

 

「……っ!?この素晴らしいアイテムを使えば、私がアインズ様に成りきって色々することも!?

嗚呼、駄目よアルベド。至高の御方の姿形を真似るなど不敬だわっ!」

 

 

 いや、その思考回路が不敬そのものだろ。

 一体何をするつもりだったのだ、この淫魔は?

 想像したら酷い絵面になっちまったじゃねぇか。

 

 

「面白い腕輪でありんすねぇ。姿形だけでなく衣装まで変わるなら、こすぷれぷれいにも使えそうでありんす」

 

 

 そういって妖艶な笑みを浮かべながら、ペロリと舌なめずりをする美少女吸血鬼のシャルティア。

 

 流石、変態紳士ことペロロンチーノさんが創造したNPCである。

 エロに関する探求心が人一倍強い。

 

 更に間違った廓言葉を使い、阿保の娘、偽乳、ゴスロリ、銀髪ロリという多属性持ち。

 

 其処に死体愛好癖とヤツメウナギが加われば、

 もう役満裏ドラといった感じである。

 

 

(ぶっちゃけて言うと、モロタイプだ)

 

 

 ペロロンチーノさんマジGJ。

 貴方とは良い酒が飲めそうだ。

 

 そんなシャルティアを含めた階層守護者達を眺めていると、左隣に控えていたシクススが、ジトっとした瞳で睨んでくる。

 

 

「……イチグン様。鼻の下が凄く伸びてます」

 

「えっ、気のせいじゃないかな?」

 

「……いえ、気のせいじゃないですよイチグンさん。時折アルベドが見せる捕食者の表情になってますよ?」

 

 

 右隣に居たアインズさんからも、手痛いツッコみを喰らってしまった。

 

 そんなにヤバい表情をしていたのか俺は。

 深く反省しなければと、緩んだ頬をグニグニ揉み解して表情を整える。

 

 ……まるでどこぞの腹黒い王女様みたいだなぁと失笑した。

 

 

 そんな俺に対し、アインズさんは骨身をカタカタと震わせながら、恐る恐るといった様子で尋ねて来る。

 

 

「……もしかして、イチグンさんってロリコンですか?」

 

 

 まるで許し難い罪を問いただすようなその物言いに、俺は笑いながら返答する。

 

 

「アハハッ、そんな訳ないじゃないですか」

 

「……ハハハッ、ですよねぇ~」

 

 

 そういって乾いた笑みを浮かべる骸骨魔王。

 全く彼のお茶目な冗談にも困ったものだ。

 人を勝手にロリコン扱いするだなんて。

 

 

「流石に一桁は無理ですよ。せめてアウラぐらいの外見年齢はないと。

俺はただ貧乳で背が低くて、幼い外見の美少女が好きなだけです」

 

「――たっちさ~ん!

こっちですッ!早く来てくださいッ!

 

 

 アインズさんは警官を招集しようと目論むが、残念ながらこの世界は民事不介入であり、警察という組織は存在しない。

 

 そもそも俺は素直に好みのタイプを語っただけなのに、まるで性犯罪者のように扱われるとは、全く以て遺憾な対応である。

 

 

「遺憾な対応というか、イカン応答だろっ!?

ぷにっと萌えさんみたいな切れ者かと思いきや、

ペロロンチーノさんみたいな好き者だったって感じですよっ!」

 

「おお、中々面白い切り返しですねモモンガさん。座布団一枚差し上げます」

 

「要りませんよっ!?」

 

 

 『嗚呼、何て骨体』と言わんばかりに頭蓋骨に手を置き、天を仰ぐアインズさん。

 

 まぁ、俺も最初からロリコンだった訳じゃないんだよ?

 大学生の頃はごく普通の性癖であったと思う。

 

 俺の性癖が変化した切っ掛けは、その頃に付き合っていた女性が原因である。

 

 

 当時、事故で両親を亡くし天涯孤独の身の上となった俺は、大学で知り合った友人からの紹介で、その女性とお付き合いすることになった。

 

 その女性は本当に綺麗な女性で、俺の好みどストライクの黒髪ロング清純系美女であった。

 

 気立てが良く、料理も上手く、おまけに巨乳。

 失意のどん底に居た俺の心と身体を癒し、色々と尽くしてくれた彼女。

 

 当時はそんな女性に出会えたことに心の底から感謝し、生涯大切にしようと神に誓っていたぐらいだ。

 

 ――その残酷な真実を知るまでは。

 

 

 その実態は計算高いビッチであり、両親の遺産目当てで俺に近づいただけの詐欺師だった。

 

 友人だと思っていた相手こそ彼女の本当の彼氏であり、俺は都合の良い財布として利用されていたのだ。

 

 気が付けば遺産は根こそぎ奪われており、金がなくなった瞬間にクルリと掌返しで別れ話。

 

 豹変した彼女の姿を信じられず、質の悪い冗談だろうと泣きながら縋りついたのだが、愚かな俺に見せつけるように、元友人の男とベッドの上で物理的に結合。

 

 其処から先の出来事は頭が真っ白になって覚えてないが、気が付けば警察署の留置場の中に居た。

 

 元友人の男を、顔の原型が変わるまでタコ殴りにしてしまったらしく、俺は傷害事件を起こした危険人物として大学を中退。

 

 幸いなことに情状酌量の余地があると実刑判決は下されず、直ぐに釈放されることになったが。凄まじいハンデを背負って、社会に飛び出す破目になったことは言うまでもない。

 

 そんな状態で、まともな就職先など見つかる訳がないだろう。

 

 

 そういった過去もあり、俺は同年代の女性にトラウマを抱いている。

 

 特に黒髪巨乳腹黒ビッチは駄目だ。

 どんなに外見が美しかろうが性的な対象として見ることが出来ないのだ。

 

 前世の苦い記憶がフラッシュバックした俺は、皮肉交じりにヘラリと嗤いながら呟いた。

 

 

「――ホント、恋愛って肥溜めの糞水みたいですよねアインズさん」

 

「眼がこれ以上ないぐらいに淀み腐ってる!?

一体現実世界で何があったんですかっ!?」

 

 

 最早、語りたくもない人生の汚点である。

 シャバに戻った当初は、真面目に自殺を考えていたぐらいだしな。

 

 

 そんな俺を救ってくれたのが、公園に居た金髪少女である。

 

 首吊り用のロープを握り締め、ベンチでぼーっと黄昏ている俺を見て何かを感じたのか、拙い片言の日本語で『元気ダシテ』と持っていた飴をくれたのだ。

 

 その時ばかりは人目も憚らず、少女の手を握り締めて号泣したね。

 

 そして騒ぎを聞きつけてやって来たパパさんに全力でぶん殴られた。

 今度は刑務所ではなく病院送りである。

 

 

 その後も辛い現実から目を逸らすように、サブカルチャーな文化にのめり込んでゲームに没頭。

 

 ゲーム内で知り合った井上 準という禿げ頭のロリコン医師に、少女の素晴らしさを篤く語られる内に、今の性癖が形成されていった。

 

 

 我ながら何とも歪んでしまったとは思うが、ソレもまた自分という人間であると受け入れることにしている。

 

 社会で生きる為には必要なことであるとは言え、隠し事や嘘というのは、余り好きではないのだ。

 

 

「……話が随分逸れているようですが、結局『変装の腕輪・極』の使用は可能でしょうかイチグン様?」

 

 

 そういって埴輪顔のパンドラが、洗練された執事のような所作で、件のアイテムである『変装の腕輪・極』を手渡してくる。

 

 

「……ふむ」

 

 

 ぶっちゃけ妄想の姿を現実に反映する訳だろ?

 

 ならば余裕のよっちゃんイカである。

 現実世界から逃避し、妄想世界に浸るのはオタクの必須スキルであるしな。

 

 俺は嘗ての自分の姿を思い浮かべ、腕輪に変われと念じてみる。

 

 するとポフンという音と共に、ニグンの姿から一ノ瀬 軍馬の姿へと成り代わった。

 

 

 ガチャガチャとした鎧は薄っぺらいジャージに成り代わり、筋骨隆々とした身体は、ヒョロリとしたやや痩せ気味の身体に変化する。

 

 顔立ちも平凡そのもの。

 黒髪黒目の一般的な日本人の容姿である。

 

 特徴がないのが特徴で、顔に掛けられた眼鏡が本体だろうと言われたこともある。

 

 

「……おろ?」

 

 

 そんな冴えない三十路手前の男の姿へと戻った俺は、『変装の腕輪・極』のちょっとした仕様に気が付いてしまった。

 

 

(……これって眼鏡なんかの小物も、全部再現されるんだなぁ)

 

 

 何から何まで部屋にいた時の姿のままだ。

 

 ジャージの中にはスマホも入っており、電波こそ入らないものの、その他の機能を全て使える様子。

 

 スマホを床に置いてみても、身体から離れたスマホは消えずに残る。恐らく『変装の腕輪・極』を外すまでは、物体として残る仕様なのだろう。

 

 

(……しかもこれ、ジャージがやたらと頑丈過ぎないか?)

 

 

 Lv50程の力で思い切り引っ張ってみても、ジャージは引き千切れることがなかった。

 

 それはこのジャージの基になった、全身鎧の頑強さが反映されているからだと推察できる。なのに質感や重量に関しては、ジャージそのものなのだ。

 

 

(……ふむふむ、なるほどな)

 

 

 今度は視界をぼやけさせるだけの機能しか果たさない眼鏡を外し、手で軽く握り締めてみる。

 

 クシャリと握り潰された眼鏡を見て、本来の耐久性以下の脆さであることが良く判った。

 

 道具本来の機能はある程度模倣するものの、元となる装備が無い為に必要最低限の頑強さしか持ち合わせていない紛い物が出来上がってしまうのだろう。

 

 再現したスマホが機能したのは、科学技術の粋を集めて造られた物だから。仕組みさえ確立されていれば、魔法的な力は不要だからな。

 

 もし元々持っていたスマホが、マジックアイテムだったとするなら、何の効果も持たないスマホの外装が出来るだけだろう。

 

 床に落ちていたスマホを踏みつけてベキリと圧し折る。中のパーツが地面に散乱し、スマホの液晶は何も写さなくなった。

 

 

「――ハハハッ、やっぱりそういうことか」

 

「……イ、イチグンさん?

行き成りどうしたんですか?大丈夫ですか?」

 

 

 心配そうに尋ねて来るアインズさんに、問題なしと答えておく。

 

 寧ろちょっとした気づきが、とんでもない利益を齎すかもしれないのでワクワクしているぐらいだ。

 

 

「……もしやイチグン様は、そのアイテムに秘められた何らかの重大な可能性に気付かれたのでは?」

 

「おっ、察しが良いねパンドラ。まぁ実際にやってみないことには判らないけどね」

 

 

 どのみちアイテムの造詣に長けた彼には協力して貰うつもりなので、後で情報を共有しておくつもりである。

 

 

 そんな風に今後の展望について思考を巡らせていると、シャルティアが顎に指を当てて、コテンと不思議そうに首を傾げながら此方をジッと見つめて来る。

 

 何その仕草、あざと可愛すぎて死ぬ。

 そんなに見つめられたら照れるではないか。

 

 その深紅の瞳と視線が絡み合い、心臓の鼓動がバクバクと早まった。

 

 

「……う~ん、良く判らないでありんすえ」

 

「イチグン様の考えが判らないのは仕方ないでしょ。アタシも全然判らないし、お頭の弱いアンタじゃ考えるだけ時間の無駄でしょ?」

 

「はぁ!?喧嘩売ってんのかチビ助ッ!!」

 

 

 そんなシャルティアに対し、アウラはニシシと笑いながら軽口を叩く。

 

 阿保の子扱いされたシャルティアは、牙を剥き出しにしながらガルルッと威嚇。

 

 その勢いのままビシッと俺を指差しながら、自分が疑問に思っていたことを叫んだ。

 

 

「私が考えてるのはそんなことではありんせん!

何故、イチグン様がそんな貧弱で貧相な男の姿に化けているのかが気になっただけでありんすっ!」

 

「――――エッ?」

 

 

 シャルティアの言葉を聞いた瞬間、俺の心にピシリと大きな亀裂が入る。

 

 沸騰していた血液は冷たくなり、目の前の景色がグニャリと歪んだ気がした。

 

 

「確かに、冒険者として活動するには弱そうな外見だよねぇ。……何だか幸薄そうだし、さっきの人間の姿の方が幾分マシかなぁ」

 

「――――ゴフッ!」

 

 

 アウラの追撃により、俺は肺の空気を全て吐き出してしまう。

 

 ……た、確かに貧弱な外見なのは認めるが、幸薄そうは流石に言い過ぎではないだろうか?

 

 度重なる俺の容姿へのダメ出しに、涙腺が緩んでしまったので、天を仰いで涙が零れそうになるのをグッと堪える。

 

 

「はぁ~、やれやれ。まるで判っていませんね。

シャルティアもアウラも、このイチグン様の変装した姿の素晴らしさを」

 

「……デ、デミウルゴスッ!」

 

 

 そんな言葉に絆されて、思わず縋るようにデミウルゴスを見つめる。

 

 するとデミウルゴスは天使のような悪魔の笑顔を浮かべつつ、俺の姿が如何に素晴らしいかを語り出した。

 

 

「あえてイチグン様は貧弱そうな外見を選び、敵の油断を誘っているのですよ。

そして実力と容姿に大きな落差をつけることで、実力を際立たせて人々の印象に残り易くする。

 

――所謂『ぎゃっぷ萌え』という奴ですね」

 

「あっ!?それは妾もペロロンチーノ様から聞いたことがあるでありんす!

一見不細工に見えるヒロインが、眼鏡を外して化けるとキュンと来るって言ってたでありんすッ!!」

 

「へぇ~、なるほど。そういう意図があったんだね。それならこの外見にも納得出来るかな。

……でも眼鏡を外しても、別にキュンとしたりはしなかったけどなぁ?」

 

 

 ――嗚呼、違った。

 単なる死体蹴りであった。

 

 というかぎゃっぷ萌えの使い方、致命的に間違ってるからなデミウルゴス。

 

 笑顔で皆から容姿をディスられて、俺の精神はボロボロである。ついでに涙もポロポロと頬を伝って地面に零れ落ちた。

 

 

 そんな此方の心情を察したのか、アインズさんが俺を庇うように皆の前に立ち、配下達を諫める。

 

 

「……もう止めるんだデミウルゴス。

……イチグンさんのライフはとっくにゼロだ。

……この姿は彼の現実(リアル)での姿なんだ」

 

――――えっ?

 

 

 自信満々に語っていたデミウルゴスがピシリと固まり、小さく声を漏らして無表情になる。

 

 

あぅ!?

 

 

 シャルティアはしまったと言わんばかりに顔を歪め、申し訳なさそうに俺の表情を窺っている。

 

 

「ア、アハッ……アハハッ……

 

 

 アウラに至っては誤魔化すように笑いながら、明後日の方向に顔を逸らし、視線すら合わせてくれない。

 

 

「「……」」

 

 

 物凄く気まずい沈黙が生まれ、重苦しい雰囲気が闘技場を支配する。

 

 そんな居た堪れない空気の中、最初に口を開いたのはデミウルゴスであった。

 

 

「――おおっ、何と立派なお姿でしょうかっ!!

その叡智を感じさせる瞳に、漆黒の闇夜を思わせる黒髪は正しく夜の支配者!!

 

スラリと伸びた白い手足に、中性的なその顔立ちは、男女共に魅了する魔性の艶姿と言えるでしょう。

 

流石はイチグン様。その威光に思わず私も気が触れてしまったようで、つい心にもない戯言を口にしてしまったようです」

 

 

 ……アハハハッ。確かに錯乱して、心にもない戯言を口にしてしまったようだなデミウルゴスよ。

 

 そんな掌返しの見え透いたおべっかで場を取り繕おうとした悪魔に絶望し、俺の硝子の心臓(ガラスのハート)は粉々に砕け散った。

 

 

「……部屋に籠ります。暫く一人にして下さい」

 

 

 そういって俺は『ギルドの指輪』(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を装着し、そのまま自室へと転移。

 

 召喚した暗黒魔粘体(ダークネス・スライム)をギュッと抱きしめながらベッドに潜り込み、さめざめと涙を流すのであった。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 




 
イチグン……君は泣いていい。

一ノ瀬 軍馬の名誉に関わるので補足すると、彼は決して不細工ではありません。寧ろ30手前の割には童顔で、着飾ればそれなりに恰好いい容姿です。

しかし、ナザリックは人型の顔面偏差値レベルが高すぎるので不評だった模様。

その場にいた何人かの者達には好評だったのですが、そんな声は彼に届きませんでした。

 
 
 

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