イチグンからニグン落ち   作:らっちょ

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シャルティアvsイチグンのバトル開幕

今回の話が一番難産でした。そして3万字超えたので分割します。
 
 


第17話 死亡遊戯:前編

 

 

 

 デミウルゴスから聞かされた『死亡遊戯』の全容は、非常に納得出来るものであった。

 

 余興を通じて、ナザリックの面々に俺の現在の実力を示すことで有用性をアピール。

 更に人間軽視のナザリックの風潮を、根底から変える礎とする。

 

 そして俺しか使うことの出来ないランク魔法やランク技能を余興で披露することにより、それらの齎す利益を誰にでも判り易い形で宣伝する。

 

 そうすることにより、単なる居候ではなく協力者として確固とした地位を築くことが出来るのだ。

 

 

(……確かにそれは必要な行為だろう)

 

 

 戦うこと自体には賛成だ。

 あまり血生臭いことは好きではないが、コレは俺の今後を案じて企画立案してくれたものなのだから、やるべきことはやるつもりである。

 

 

(でも戦う相手が問題ありだろッ!?) 

 

 

 何故、階層守護者でも最強と言われているシャルティアが対戦相手なのだ。

 

 Lv55とLv100の戦いなんて死地に赴けと言われているようなものだぞ。

 

 おまけにシャルティアは近接攻撃と魔法攻撃を両方熟せる高速アタッカーである。

 

 ガチビルドで構成された職業・種族レベルによって、並のカンストプレイヤーでは太刀打ち出来ぬ程にえげつない仕様になっている。

 

 更に言うなら彼女の種族は吸血鬼だ。

 アンデッド特有の優秀な状態異常耐性に、驚異的な腕力と回復力を兼ね備えている。

 

 致命傷を受けても継続戦闘が可能なところも脅威である。

 

 一方で人間である俺は、そんな種族特有の恩恵など持たない。

 

 現実となったこの世界では、種族の性能格差というのはユグドラシルの時以上に大きいのだ。

 

 

 そんな俺の葛藤とは裏腹に、アインズさんが企画する余興の対戦相手に選ばれたシャルティアは大喜び。

 

 その長い銀色の髪を犬の尻尾のようにユラユラと動かしながら、アインズさんに宣言する。

 

 

「畏まりんした。アインズ様の命を受け、このシャルティア・ブラッド・フォールン全力で死合いを盛り上げるでありんすっ!」 

 

「うむ」

 

 

 そういってはにかみながら意気込むシャルティアに、満足気に頷く骸骨。

 

 ああ、守りたいその笑顔。

 でも、俺はそんな彼女とこれから全力で殺し合いをしなければならないのだ。

 

 一体それは何て罰ゲームなのだろうか?

 耐え切れなくなった俺は、思わずアインズさんを招き寄せて耳打ちする。

 

 

「……ちょっと、アインズさん良いですか?」

 

「えっ、何ですかイチグンさん?」

 

「……やっぱりシャルティアを対戦相手にするの止めませんか?」

 

「ちょっ、今更ですか!?」

 

 

 今更も何も、最初から俺は乗り気ではなかったのだ。

 

 そもそも余興としての示威行為ならば、別に相手はシャルティアでなくとも良いだろう。

 

 同レベル帯の魔物を複数体相手取って圧倒し、その後Lv90程度の魔物と一騎打ちでも良いのではないだろうか。

 

 【凶騎士】(ベルセルク)は敵を討伐する毎に一定時間攻撃力と素早さが上がるスキルがあるので、それによってステイタスを底上げ出来る為、多対一の戦いには滅法強い。

 

 ステイタスを十全に底上げした状態で挑めば、Lv90の近接戦闘に特化した魔物でも余力を持って戦えると思う。

 

 

 そう提案すると、何故かアインズさんは焦り始め。デミウルゴスは嬉々として答える。

 

 

「無論、私も最初はそのように提案しました。

しかし、聡明なるアインズ様は一歩先を見越してシャルティアを対戦相手に選んだのです」

 

「……はい?」

 

 

 デミウルゴス補正の入ったアインズさんの考えを聞かされた俺は、確信を持って《伝言/メッセージ》で話し掛ける。

 

 

『……おい骸骨。貴様、要らぬ見栄を張って後に引けなくなっただけだな?』

 

 

 その瞬間、スッと顔を真横に逸らすアインズさん。

 

 俺は彼との間合いを更に詰め、ボソリと耳元で文句を口にする。

 

 

「……何やってくれちゃってんのアンタ?

無駄に難易度上げてどうするの?」

 

「べっ、弁明させてくださいッ!」

 

 

 有罪(ギルティ)なのは既に確定しているが、見苦しい言い訳ぐらいは聞いてやろうじゃないか。

 

 

「よくよく考えてみると、シャルティアが対戦相手の方がメリットが大きいんですよ」

 

 

 そういってアインズさんの口から語られる内容は、確かに納得に値する理由があった。

 

 ネームバリューもあり、魔法と接近戦両方を熟せるシャルティア。

 

 魔法職・戦士職共に楽しめる死合い内容になり、それ相応に余興も盛り上がるだろう。

 

 

「それにイチグンさんの()()()()()()()は、コキュートスのような生粋の戦士職よりも、シャルティアのような相手にこそ刺さりますからね。

実際勝算は高いんじゃないですか?」

 

「……むぅ」

 

 

 確かにその通りなのだ。

 コキュートスと戦うよりは、まだシャルティアの方が勝率が高い。それは双方に実力差があるというよりも、単純に相性の問題である。

 

 

「それに戦闘によって生じるデスペナや痛みは『ばとるどーむ』で解決できます。

私も此処に来た当初試してみましたけど、腕に剣を突き刺してみても然程痛くなかったですし」

 

 

 いや、そもそもアンタ骨やん。

 刺せるような肉が存在しないのに、痛覚とかあるんですか? 

 

 なんてことを考えながらも、不安そうな表情を浮かべて俺達の様子を眺めているシャルティアを一瞥する。

 

 

(……嗚呼。やっぱ、あかんわコレ)

 

 

 こんな可愛い子を死ぬまで切り刻むとか、想像するだけで罪悪感で押し潰されそうになる。

 

 せめてデミウルゴス辺りとの一騎打ちにして貰えないだろうか。

 

 彼はヤルダバオトとして、冒険者モモンとマッチポンプをしたという未来の実績もあるしな。

 

 なんて逃げ腰の提案をしてみれば、慌てた様子でシャルティアが話に割って入って来た。

 

 

「アインズ様ッ!イチグン様の相手はこの私にと命じたはずッ!

決して前言撤回など致しませんよねっ!?」

 

「えっ、あっ……うん、ソウダネ」

 

「ちょっ!?」  

 

 

 この骸骨魔王。場の空気に流されやがった。

 

 シャルティアはその台詞を聞き出してホッと安堵の笑みを浮かべながらも、貴族の令嬢のような洗練された動作でスカートの端を抓んで跪く。

 

 

「不肖、このシャルティア。

アインズ様の御期待に添える余興を提供することを、階層守護者の名に懸けてお約束致します」

 

「――うむ、忠義に励め」

 

 

 そういって支配者の威厳を見せながら余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)と言った感じで頷く骸骨を、真夏のアスファルトの上でのたうつ蚯蚓を見るような視線で眺める俺。

 

 

「ぐっ、《上位転移/グレーター・テレポーテーション》!」

 

 

 そんなプレッシャーに耐え切れなかったのか、アインズさんは転移でデミウルゴスと共に去っていった。

 

 

「「……」」

 

 

 そして場に残されたのは、黙したまま佇む俺とシャルティアの二人のみとなる。

 

 おいどうすんだよ、この気まずい空気。

 

 そんな風に思っていると、笑顔のシャルティアが俺に話し掛けて来た。

 

 

「――イチグン様。ちょっと言いたいことがありんす。跪いて貰えますか?」

 

「はい、仰せの通りにぃッ!」

 

 

 シャルティアのそんな言葉に反応し、よく訓練された狗のように跪く俺。

 

 微笑みを浮かべたまま、此方を見下ろすシャルティア。

 

 その細く柔らかな指先がそっと肩に乗せられ、彼女の艶めかしい唇が耳元に近づく。

 

 いきなりの行動についていけないながらも、まさかの桃色な展開に期待は高まる。

 

 そして甘い吐息と共に、俺の心臓が止まるような言葉が彼女の口から紡がれた。

 

 

「――――人に堕ちた吸血鬼風情が。

私を見下し貶めるとは良い度胸だな。

虚仮にした代償は、惨死を以て償え雑魚が

 

「……え゛っ?」

 

 

 余りの内容に心臓が止まりかけた。

 

 少女が発したとは思えぬ程のドスの効いた声と共に、赤く血走った眼で至近距離から睨まれる。

 

 肩に置かれた柔らかな指には、いつの間にか鋭い爪が生えており。その爪先が肩の肉を抉り、血がダラダラと床に滴り落ちる。

 

 

 スッと離れたシャルティアは、爪に付着した血液をペロリと舐めとり、無邪気な笑顔を浮かべながら死刑宣告。 

 

 

「――ではイチグン様。妾も余興という名の処刑を楽しみにしてるでありんす」

 

 

 そういって殺意混じりの嘲笑を浮かべながら、俺に背を向け悠然と去っていくシャルティア。

 

 

「――――ふぅ」

 

 

 俺はそんな彼女の背中を眺めながら、達観した感情で大きな溜息を吐く。

 

 

 君たち(ナザリック)はいつもそうだね。

 事実をありのままに伝えると、決まって同じ(度し難い)反応をする。

 

 ほんとうに、わけがわからないよ。

 

 

「……何でそうなるのぉおお゛ッ!?」

 

 

 ポツンと一人取り残された俺は、その理不尽さに思わず叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャルティアは怒り猛っていた。

 イチグンという男の自分の誇りを踏み躙るような行為が許せなかったのだ。

 

 アインズから与えられた余興の対戦相手として力を振るう名誉。

 そんな誉れを台無しにされそうになった。

 

 まるで自分如きでは対戦するに値しないと言わんばかりの哀憫の篭った見下す視線。

 

 挙句の果てに、戦闘の得意ではないデミウルゴスでも構わないという舐め腐った態度。

 

 自分とデミウルゴスの実力は然して変わらないと言われているようなものだ。それがシャルティアには何よりも腹立たしかった。

 

 

 彼女は自分の頭の出来が良くないことは重々に理解している。

 

 優秀な頭脳を持つデミウルゴスやアルベドのような献策で、アインズの役に立てない自身を歯痒く思っていた。

 

 だからこそ戦いにおいては、階層守護者の誰にも負けないと自負していた。

 自らの創造主に与えて貰った力で、数多くの強敵を屠って来たという実績もある。

 

 守護者最強という矛として、この地の支配者であるアインズの役に立つ。

 それが彼女の誇りであり、揺るがぬ存在意義であったのだ。

 

 それを先日まで弱者であった人間如きに見下され、敵ではないと侮られた。

 

 そう思い込んでいる彼女の怒りは、酷く激しいものであった。

 

 何故ならそれは、自らを造り出した創造主と、この大役を与えてくれた支配者を嘲笑う行為でもあったからだ。

 

 

「……絶対、普通には殺さないでありんす」

 

 

 圧倒的な実力差でねじ伏せ、惨めに命乞いする相手をいたぶり、この大観衆の目の前で嬲り殺しにする。   

 

 そうすることで己の矮小さと愚かさを思い知らせ、守護者最強の称号は軽くはないと知らしめる。

 

 これは自らの誇りを取り戻す闘いでもある。 

 故にシャルティアは嗜虐的な笑みを浮かべながら、牙を剥いてイチグンを嘲笑う。

 

 

「――さぁて、一方的な殺戮を始めるでありんす」

 

 

 そういってシャルティアは、大歓声を背に受けながら闘技場の中央へと歩みを進めた。

 

 

 

 ――そんな思惑を抱きながら、意気揚々と闘いに臨むシャルティアとは裏腹に。意気消沈といった様子で闘技場の通路で体育座りをしたまま蹲っているのはイチグンである。

 

 

――はははっ、俺死んだ。

いや、既に何回も死んでるんだっけ?

 

「イ、イチグン様。お気を確かに……」

 

 

 虚ろな瞳で壁を眺めながら、独り言をブツブツと呟くイチグンの瞳は光沢がなかった。

 

 極度の緊張と不安から精神異常が発生しており、これから起こりうる惨劇を想像し、身体の震えが止まらずマナーモード状態。

 

 とても戦えるような状況ではない、最悪のコンディションである。

 

 

 そんなイチグンの傍に控えるシクススは、献身的に彼を励ますも効果はまるで現れず。

 

 

 ――そして、遂に審判の時がやって来た。

 

 

「イチグン様、余興の時間で御座います」

 

「……ソウデスカ」

 

 

 闘技場の出入り口から現れたデミウルゴスが、ペコリと一礼しながら死の宣告。

 

 彼にとってその言葉は、正しく地獄に突き落とす悪魔のような一言であった。

 

 ヨロヨロと頼りない姿で立ち上がるイチグンを、慌てて支えるシクスス。

 

 その足取りはおぼつかず、まるで歩き方を覚えたての赤子のようである。

 

 

(……すごく震えてます)

 

 

 その弱々しい後ろ姿に、彼のような歴戦の勇者でも強敵に怯え、震えるのだと理解するシクスス。

 

 そんなイチグンの心の負担を少しでも和らげようと、柔らかな笑みを浮かべながらシクススは飾らぬ本心を告げる。

 

 

「――イチグン様。別にシャルティア様に勝てなくても構いません。

数多の困難や苦境に立たされて尚、優しさと気高さを失わなかったその心の強さこそが、イチグン様の素晴らしさだと私は知っていますから」

 

「……シクスス」

 

 

 そんな彼女の言葉に絆され、瞳に光が宿るイチグン。

 

 戦う前からこんな情けない有様なのに、そんな自分を嘲笑うことなく応援してくれるものが居るのだ。

 

 そんな者の期待に背き、此処で無様に命乞いをするなど漢が廃る。

 

 

(……使うしかないか、あの禁断のスキルを)

 

 

 リスクを恐れ、何もしないなど言語道断。

 彼は自らの親指を額に当て、封印されし力を解き放つ。

 

 

〈雄王邁進〉(ゆうおうまいしん)

 

 

 スキル発動と同時に、彼の身体の震えはピタリと止まる。

 

 青白かった肌も血色が戻り、目に力強い光が宿ったことで先程までの気弱な雰囲気が掻き消えた。

 

 力強く大地を踏みしめる両脚は威風堂々とした王者の進軍。

 

 その身体から溢れ出る覇気により、彼の身体が何倍にも大きく見える。

 

 

 【漆黒戦士】(ダークウォーリア)のスキルである〈雄王邁進〉(ゆうおうまいしん)は、あらゆる精神異常を打ち消し、ステイタスにプラス補正が掛かる高揚・好戦状態となる。

 

 この効果によって彼は精神を立て直したが、それと同時に()()()()()()()も背負ってしまったのだ。

 

 

「……闘いを恐れるとは、俺も随分と耄碌したものだな。我が真理を見通す魔眼により、その心の闇を打ち払い、汚名を(そそ)いで魅せようか」

 

「イ、イチグン様?」

 

 

 そう、このスキルにはとんでもないデメリットがあった。

 

 昂った心により、やたら言動が痛々しいものに変化してしまう。

 

 

 つまり重度の厨二病を患ってしまうのだ。

 

 

 雰囲気のガラリと変わったイチグンに困惑するシクスス。

 

 ニヒルな笑みを浮かべたまま入場ゲートを潜ったイチグンは、手に持った槍の切っ先を、闘技場の中央に佇むシャルティアに向けながら言った。

 

 

「――別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」 

 

「「――――っ!!」」

 

 

 その傲慢にも思える台詞(死亡フラグ)に、雷で撃たれたような衝撃を受けるデミウルゴスとシクスス。

 

 圧倒的な強者を前にして、何と大胆不敵な態度であろうか。

 

 その勇猛果敢な言動に、二人の心臓がトクンと熱くときめくのであった。

 

 

 

 

 

 ・・・・・・ 

 

 

 

 

 ゴォオオオオオンッ!! 

 

 

 

 闘いは巨大な銅鑼の音と共に始まった。

 

 シャルティアの影が合図と共に変形し、其処から無数の眷属達が現れる。

 

 

「まずは小手調べでありんす」 

 

 

 〈眷属招来〉

 シャルティアが吸血鬼として持つ種族スキルであり、数多の闇の魔物達を呼び寄せる召喚術だ。

 

 吸血鬼の狼(ヴァンパイア・ウルフ)吸血蝙蝠(ヴァンパイア・バット)古種吸血蝙蝠(エルダー・ヴァンパイア・バット)などがフィールドの一角を覆い尽くす程現れる。

 

 最低でもLv20後半、最高だとLv50前半にもなる魔物の群である。それらがシャルティアの指示により、一斉にイチグンに襲い掛かった。

 

 

「ハハハッ!!踊れ踊れ化物共ッ、地獄を見せろこの私に!!」

 

 

 そんな魔の大群を前にして、イチグンは口が裂けるような狂気の笑みを浮かべる。  

 

 手に持った槍で狼を纏めて薙ぎ払い。そのまま機銃掃射のような連続刺突で宙を漂う蝙蝠を穿ち貫く。

 

 

「無駄無駄無駄無駄無駄ぁッ!

――URYYYYYYYYYYYY!!

 

 

 遠方で控えていた闇の眷属達にも、何処からか取り出された短剣を投擲。それは怪物達の眉間に吸い込まれるように命中した。

 

 断末魔を上げながら消えていく闇の眷属達。そしてその血は、血煙となって彼の首筋に刻まれた不気味な紋章に吸収されていく。

 

 

 〈贄の刻印〉(にえのこくいん)【凶騎士】(ベルセルク)を代表するパッシブスキルである。

 

 敵を討伐する度に、術者の物理攻撃力と速度が一定時間向上するバフが掛かる。

 

 故に凶騎士相手に大量の雑魚を嗾ける行為は、自殺行為に他ならないのだ。

 

 あっという間に駆逐された眷属達に、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるシャルティア。

 

 そんなシャルティアの虚を突く形で、イチグンは彼女に向かって突進する。

 

 

(なっ――速いっ!?)

 

 

 Lv55であると認識していただけに、その速さはシャルティアにとって想定外であった。

 

 素の自分と同等かそれ以上の速度。

 槍捌きも決して素人のソレではない。

 力に至ってはLv100の自分を確実に上回っているだろう。

 

 

「ちっ!!」

 

 

 接近戦では分が悪いと感じたシャルティアは、剣戟の隙間を縫って素早く後退。

 

 速度向上のスキルと魔法を重ね掛けしながら空中へと逃れ、状況を立て直そうとする。

 

 

 しかし、彼女は致命的なミスを犯した。

 彼の近接戦闘能力を見て、生粋の戦士職と判断して距離を置く判断を下したが。彼の本質は魔法戦士職で、その強みは魔法とスキルの両立である。

 

 

 

「《魔法誘導化/ホーミングマジック》

《魔法最強化/マキシマイズマジック》

 

我が怨敵を刺し貫け――

R5:刺し穿つ朱槍(スピア・ザ・グングニル)

 

 

 魔力によって生み出された赤い槍を握り締め、宙に向かって投擲するイチグン。

 

 空気を切り裂きながら物凄い速度で飛来するソレを見て、シャルティアは避けるのは悪手と判断。

 

 

〈不浄障壁盾〉(ふじょうしょうへきたて)!」

 

 

 故にスキルを用いた防御を選択したのだが、その赤い槍は障壁をすり抜けてシャルティアの腹部に突き刺さった。

 

 

「かっ、がふっ!?」

 

 

 手痛い一撃をまともに喰らってしまい、空中から落下するシャルティア。

 

 一体何故という困惑の感情が彼女の頭に過るが、考える余裕など敵が与えてくれるはずがない。

 

 

「〈R1:眷属召喚(サモン・サーヴァント)〉」

 

 

 漆黒の魔法陣の中から黒いスライムが現れ、そのスライムの身体に手を突っ込んだイチグンは其処からズルリと巨大な二丁拳銃を取り出した。

 

 それらを両手に構えたイチグンは、紅と黄金のオッドアイを爛々と輝かせながら歯を剥き出しにして狂喜乱舞。

 

 

「ハハハッ!!豚のような悲鳴を上げろッ!!」

 

 

 そんな汚い言葉と共に、銃身から銃弾が吐き出される。

 

 祝福の施された聖銀の破片の嵐。

 吸血鬼のシャルティアにとって、神聖属性を宿した攻撃は非常に効果的である。

 

 不味いと感じたシャルティアは即座に魔法で守りを固め、その衝撃に備える。

 

 

「《力の聖域/フォース・サンクチュアリ》ッ!」

 

 

 聖なる守りの結界が張られるが、その結界をすり抜けてシャルティアに銃弾が着弾する。

 

 シャルティアは慌てて槍を翳し守りを固めるが、それでも全身は守り切れず。弾丸によって体に幾つもの風穴を開けられる。

 

 

(ぐっ、何でありんすかこれはっ!?)

 

 

 確かに強力な結界を使用しているはずなのに、その効力が悉く発揮されない。

 

 まるで障壁を貫通するかのように、全ての攻撃がすり抜けてくるのだ。

  

 

「――《猛毒の霧/デッドリー・ミスト》!」

 

 

 故にシャルティアは、自分の周囲に猛毒の霧を散布する。

 

 負のエネルギーに包まれたことにより失った体力を回復すると同時に、真っ黒な霧に覆われて、相手が自分の姿を見失っている隙に素早く転移して上空に緊急回避。

 

 その後、〈時間逆行〉のスキルを用いて自らの肉体の時間を巻き戻し、身体に負った手傷を修復した。

 

 

「《魔法最大化/マキシマイズマジック》

《鮮血の咆哮/ブラッティハウリング》ッ!」

 

 

 更に地面に流れ落ちた自らの血液を触媒とした魔法による追撃。

 

 【吸血嗜好】(ブラット・ドリンカー)の力で強化した第9位階の負属性魔法を発動。

 

 フィールドに響き渡る地獄の断末魔。

 地面からゴポゴポと湧き出た血が深紅の刃となり、霧の中で蠢いていた人影に襲い掛かる。

 

 二重の強化が施された範囲攻撃魔法。 

 吸血鬼の種族特性もあり、負属性魔法に対する補正も入る為、威力は更に上昇する。

 

 轟音と共に裂ける大地に、聞く者の精神を蝕むような亡者の咆哮。観戦していた配下達も皆静まり返ってゴクリと息を呑む。

 

 あんな魔法を自分が喰らえば、間違いなくミンチになるだろう。

 

 シャルティアの持つ莫大な力を、改めて配下達は思い知らされたのだ。

 

 

「――はぁ~、興覚めでありんす」

 

 

 一方でそんな魔法を行使したシャルティアは、モヤモヤした感情を抱えたまま不満げであった。

 

 一方的に嬲ると決めて臨んだ闘いなのに、まさかの苦戦。最後は追い詰められる形で第9階位魔法による殲滅攻撃を()()()()()

 

 苦痛を与えるどころか、自らが苦しめられた。

 

 そして相手は痛みを感じる間もなく、即死してしまったのだから割に合わない。

 

 とんだつまらない余興になってしまったと嘆き、悔しさから唇を噛みしめた。

 

 

 そんな風に黄昏ていたシャルティアであったが、土煙の晴れた闘技場を見下ろして驚愕した。

 

 

「――えっ?」

 

 

 真っ黒な鎧を着込んだ戦士が、無傷のまま其処に佇んでいたのだ。 

 

 まるで黒い人狼(ウェアウルフ)のような顔まで覆われた全身甲冑。筋肉のようにギシギシと軋む金属の不協和音が、その歪な存在を更に際立てていた。

 

 

「――上か」

 

 

 そんな黒い鎧の凶騎士は天を仰ぎ、深紅と黄金の双眼で宙に漂うシャルティアを捕捉すると、自らの身体にズブリと手を突き入れて、無骨な大剣を取り出す。

 

 その大剣は剣と呼ぶには、余りにも重く、分厚く、大雑把なものであった。

 

 切ると言うよりも重量で叩き潰す。

 数多の魔物をただ殺すために造り上げたような殺戮の象徴。

 

 全長2m以上はある金属の塊のような大剣を、片手で軽々と持ち上げたイチグンは――跳んだ。

 

 

〈跳躍〉(ホッパー)」 

 

 

 スキルによって地面を力強く蹴り出し、弾丸のようにその身を射出。シャルティアを真っ二つに両断せんと、無骨な刃で襲い掛かる。

 

 

「くっ!?」

 

 

 間一髪で躱したシャルティアであったが、攻撃はそれだけに留まらない。

 

 

「《飛行/フライ》」

 

 

 慣性の法則を無視して跳躍の勢いが殺され、イチグンは空中にピタリと急制止。

 

 魔法による飛行能力で、空中を自在に動き回ることが可能になったのだ。

 

 

「《飛翔/エーラ》《加速/ヘイスト》〈空気噴出〉(エア・ジェット)」 

 

 

 更にそこから魔法とスキルの重ね掛けを行う。

 

 禍々しい漆黒の翼が鎧から生え、化け物染みた速度が魔法により強化され、翼からジェット噴射のように排出される空気が縦横無尽の機動力を底上げした。

 

 

おぉおおおおおっ!!

 

「――っ!?」

 

 

 そしてスキルを用いた威嚇攻撃〈義風堂々〉(ぎふうどうどう)

 

 天を揺るがすような戦士の咆哮に、観客達の大半が硬直し。至近距離で受けたシャルティアも一瞬だけ身動きが取れなくなる。

 

 その機を見逃さず、急接近するイチグン。

 その速度はシャルティアを以てしても、霞んで見える程の速度であった。

 

 天高く掲げられた断罪の刃が、シャルティアの頭上に振り下ろされる。

 

 防御を取ろうとするシャルティアであったが、反応が間に合わない。

 

 いや、間に合ったところで、あの重量とパワーの前では圧殺されるだろう。 

 

 

(速、避け……無理ッ!受け止める、無事で?出来る? 否……死ッ!!)

 

 

 刹那の一瞬で状況を判断したシャルティアは、その歴戦の戦闘経験により最適解を導き出す。

 

 

「《自己時間加速/タイム・アクセラレーター》ッ!」

 

 

 自らの時を加速することで、反応速度を上げる。

 

 

「《魔法無詠唱化/サイレントマジック》

《魔法抵抗突破化/ペネトレートマジック》」

 

 

 更にその中で魔法を無詠唱化し、効果が通り易くする補助魔法を発動。

 その上で、シャルティアはとある魔法を()()()()()()使用する。

 

 

「――《時間停止/タイムストップ》

 

 

 第10位階魔法

《時間停止/タイムストップ》は時間操作に属する補助魔法である。

 

 この魔法の本来の使い方は、自らが用いることで周囲の時間を止め。その上で魔法遅延化による攻撃を行ったり、補助魔法による支援を行ったりするというものなのだが……実はもう一つ使い方が存在する。

 

 それは、相手単体に対して発動する妨害魔法としての効果である。

 

 

 効果対象を限定して発動する為、持続時間や効能が強力になる上に、相手の時間が停止する仕様の為、時間停止中は敵を攻撃出来ないという縛りすらなくなる。

 

 つまり一度嵌れば、無防備な相手を一方的に攻撃出来るのだ。 

 

 その分、発動のタイミングがシビアであり、至近距離でしか発動出来ないのだが、シャルティアは卓越した魔法詠唱者としての実力と、膨大な戦闘経験でそれらを見事にカバーした。

 

 

(《時間停止/タイムストップ》は効果を限定することで、より強力な阻害効果を発揮する魔法。

 

《魔法抵抗突破化/ペネトレートマジック》で効果も通り易くした。

 

例え時間停止対策を施していても、並の対策では精々抵抗が関の山――ならこの攻撃は通るはずッ!)

 

 

 イチグンの身に着けた装備は、ステイタス上昇に特化したもので固められているだろうと判断したシャルティアは、時間停止による速度低下の阻害効果を狙っていたのだ。

 

 もし、時間停止に抵抗出来ず動きが止まれば上出来。不完全でも暫くの間速度が落ちれば御の字だ。

 

 その間に自分は戦況を立て直し、再起を図ることが可能である。

 

 

 そしてそんなシャルティアの読みは、見事に当たっていた。

 

 イチグンの装備はステイタス上昇に特化したものであり、時間操作対策の装備は必要最低限のものしか身に着けていなかった。

 

 

 ――しかし、それでも尚。イチグンの速度は一切減衰することはない。

 

 シャルティアの《時間停止/タイムストップ》は効果を発揮することなく、不発に終わってしまったのだ。

 

 

「っ!?……ぐぅ!!

 

 

 そんな現象に驚きながらも、目前に迫る大剣に自らの持った槍を滑り込ませるシャルティア。

 

 硬い金属同士がぶつかり合う激しい衝突音と衝撃が、二人の剣戟を起点に周囲に拡散する。

 

 シャルティアの持っていた伝説級(レジェンド)の槍には防御によって大きな罅が入るが、イチグンの振るった神器級(ゴッズ)の大剣は刃すら欠けず、その斬撃の破壊力を十全に相手に叩き込む。

 

 

 そんな鍔迫り合いは長くは続かなかった。

 

 シャルティアがこのままでは武器事真っ二つにされると判断し、振り下ろされた斬撃の衝撃のままに吹き飛び、威力を往なして被害を最小限に止めたのだ。

 

 

「がっ!?!?」

 

 

 その代償として、彼女は天から地に堕ちた。

 

 落下した箇所がクレーターになるほどの速度で地面に叩きつけられたシャルティアは、吐血しながら天を仰ぐ。

 

 

「――――っ!!」

 

 

 地面に倒れ伏したシャルティアに向かって、彗星の如く垂直落下するイチグン。

 

 獣のような反応速度と直感で、その攻撃を察知したシャルティアは。間一髪で体制を立て直し、直撃を避けるように緊急回避。

 

 

〈剛・魔塵剣〉(ごう・まじんけん)

 

 

 次の瞬間、刀の振り下ろしと共に地面に着地するイチグン。

 

 轟音と共に大地は裂け、シャルティアの落下によって生まれたクレーターが半分に割れる。

 

 刃が着弾した部分から無数の鎌鼬が発生し、石礫と共に周囲に拡散した。

 

 

「……あっ」

 

 

 その石礫はシャルティアの頬を掠め傷をつくり、鎌鼬は武器を持った右腕を二の腕から切り飛ばす。

 

 唖然とした様子で立ち尽くすシャルティアは、残った左手で自らの右頬をそっと撫でる。

 

 ヌルリとした赤い液体が、白蝋のような指先に絡みついた。

 

 

(……私の、腕から流れて出ているのも、頬から流れてるのも……全部、私の血?)

 

 

 圧倒的なLv差がある。

 相手は吸血鬼に遥かに劣る人間の身体だ。

 蹂躙して当然の戦いのはずであった。

 

 なのにイチグンは今も五体満足でこの地に立っており、掠り傷一つさえ負っていない。

 

 一方で自分は右腕を切り飛ばされ、語るのも滑稽になるぐらいにボロボロである。

 

 この身を彩る紅は、相手の返り血ではない。

 

 

 全てッ、全てッ、全てッ全てッ!

 

 

 ――自らが流した弱者の証であった。

 

 

ふざけ……んなぁああ゛っ!

 

 

 自らが劣勢に追い込まれているという事実と、大量の血液にブチ切れたシャルティアは〈血の狂乱〉(ちのきょうらん)により自らの本来の姿へと変異する。

 

 美しい銀髪は老婆のような白髪になり、端正な顔立ちは異形の怪物へと成り代わる。

 

 長く伸びたナイフのような爪に、口からはみ出た蛇のように長い舌。

 

 目は爛々と怪しい輝きを放ち、口はまるで八ツ目鰻のような円口に変貌。その丸い口には鋭い牙が墓標のように乱雑に並んでいる。

 

 右腕から溢れ出た血液が触手のように蠢き、地面に転がっていた右腕を拾い上げると、血煙を上げながら斬り落とされた腕が癒着。

 あっという間に致命傷が元通りとなった。

 

 

 この姿こそが、シャルティアの種族である真祖(トルゥー・ヴァンパイア)本来の姿。

 

 本来の姿になったシャルティアは、理性を失う代わりに真祖本来の身体能力を取り戻す。

 

 パワー・スピード・タフネス、そのどれもが今までとは桁が違うのだ。

 

 

「殺すっ、腸を引き摺り出して無惨に殺スッ!!

血を一滴残らず啜リ、その躯をバラバラにぃいいいッ!!」

 

「――ふん。己が力に溺れ、理性を失った小娘風情が良く吠える。

ならば、その幻想を抱いたまま溺死しろ」

 

 

 そういってスッと大剣を構えるイチグンに対し、シャルティアは口が裂けるように嗤う。

 

 

「《無限障壁/インフィニティウォール》

《上位全能力強化/グレーターフルポテンシャル》

《上級筋力増大/グレーターストレングス》

《上級敏捷力増大/グレーターデクスタリティ》

《上級防御力増大/グレータープロテクション》」

 

 

 シャルティアは確かに狂気に囚われていた。

 しかし、完全にその意志を手放した訳ではなかった。

 

 狂気に身を委ねる刹那の瞬間、魔法を用いて最大限のバフを自らに掛けることに成功。

 

 邪悪な気配が強まり、吸血鬼という怪物を超えし殺戮の魔神が降臨する。

 

 そしてそんな魔神は殺意を剥き出しにしながら槍を構えた。

 

 

死ィイイ、ねぇええええっ!!

 

 

 狩猟本能の赴くままに、最短最速で槍を突き立てるシャルティア。

 

 その剛脚で地面を抉り、爆音と共にイチグンに急接近する。

 

 

「チッ!!」

 

 

 その刺突はイチグンの大剣の切り払いによって弾かれる。

 

 

まだまだ逝くよぉおおおお!!

 

 

 目視することすら困難な程の速度で刺突攻撃を繰り出すシャルティア。

 

 鎧の一部が変形して無数の刃となり、彼女の刺突攻撃が逸らされた。

 

 

 「鬱陶しいぃいいいッ!!

 

 

 痺れを切らしたシャルティアが、左手でイチグンの身体を殴りつける。

 

 その勢いに押されて後ろに後退するが、鎧に変化していた暗黒魔粘体が地面に貼り付き伸縮することで、その勢いを殺してしまう。

 

 

 「あぁあああああ゛っ!!

 

 

 

 思うように攻め切れない苛立ちと共に、出鱈目な攻撃を繰り返すシャルティア。

 

 しかし、そんな攻撃はイチグンの剣捌きの前に往なされ、逸らされ、反撃される。

 

 

 「ぐぅううっ!!

 

 

 一回、二回と二人が切結ぶ度にシャルティアの身体は刻まれ、膨大な体力が削られていく。

 

 巨大な剣が縦横無尽に軽やかに動き、シャルティアの身体能力で振り回す稚拙な攻撃を、技量のみで圧倒しているのだ。

 

 

(……なん……でっ!?)

 

 

 そんな攻防を繰り返す内に、シャルティアの狂気は薄れていく。

 

 別の強い感情に、狂気の感情が塗りつぶされてしまったからだ。

 

 

 最大限まで強化された腕力を、先程と同様に受け止められた。

 

 大幅に向上した防御力や障壁を前に、巨大な剣はものともせずダメージを与えてくる。

 

 

 ――気味が悪い。

 ――得体が知れない。

 ――計り知れない。

 ――信じられない。

 

 

 その爛々と輝く紅と黄金の瞳に射貫かれたシャルティアは、嘗て無いほどの恐怖の感情に囚われてしまい、竦んでしまったのだ。

 

 

「――くそっ!!」

 

 

 そんな事実を認めたくないシャルティアは、バックステップで大きく距離を取る。

 

 下がる彼女を追いかけるように、力強く前に踏み込むイチグン。

 

 

〈清浄投擲槍〉(せいじょうとうてきやり)ッ!」

 

 

 迫り来る狂戦士を前にして、シャルティアは光の槍を形成し至近距離から全力投擲。

 

 絶対必中の効果を宿すシャルティアの得意技。

 タイミングもバッチリで、神聖なる槍は相手の頭蓋骨を穿つ軌道で放たれた。

 

 

 「武技〈縮地・改〉」

 

 

 しかし、その必殺の一撃は紙一重で躱される。

 

 イチグンが足を一切動かさずに真横にスライドしたのだ。

 

 必中機能を携えた光の槍も軌道修正されることなく、イチグンの側頭部を素通りする。

 

 

「――終わりだ」

 

 

 シュンと音もなく地面を滑走するイチグン。

 

 唖然とするシャルティアの首元を通過する断頭の刃。

 

 魔神の首が宙を舞い、大量の鮮血が大地を深紅に染め上げる。

 

 

「――――ッ」

 

 

 眼を見開た驚愕の表情のまま、地面に落ちた少女の頭部を合図に、首を失った胴体はガクンと膝から崩れ落ち、地に伏したままピクリとも動かなくなる。

 

 

 「……ふぅ~」

 

 

 それを確認したイチグンは、大きな溜息と共に無骨な大剣を下した。

 

 身に纏っていた漆黒の鎧も、元の黒いスライムの姿へと舞い戻り、歓喜の感情を表現するかのようにピョンピョンと主の近くで跳ねまわった。

 

 

 ――オォオオオオオオオオッ!!

 

 

 その瞬間、割れんばかりの拍手喝采が闘技場内に鳴り響いた。

 

 イチグンのことを侮っていた配下達も、皆同様に惜しみない賞賛の拍手を彼に送る。

 

 有無を言わせぬ圧倒的な実力を、彼が余興で証明して見せたからだ。

 

 

(……ぐぁああああッ!!ホントに何やってんの俺ッ!?)

 

 

 一方で精神の高揚状態が切れたイチグンは、自らの恥ずかしい言動に悶え苦しんでいた。

 

 高揚している最中は自らの台詞に酔いしれていたが、冷静になるとその痛々しい言動に死にたくなってくる。

 

 やはりこのスキルは封印指定の危険物であると、イチグンは改めて理解した。

 

 

(……というか、余裕綽々に見せかけておいてアレだけど。実際は超ボロボロですからね俺?

ヘロヘロさん風に言うなら健康診断レッドどころかデッドだぞ)

 

 

 彼の身体は表面上は何ともないように見えるかもしれないが、その実態はまるで違う。

 

 《鮮血の咆哮/ブラッティハウリング》により、身体中の骨が圧し折られた。

 

 暗黒魔粘体(ダークネス・スライム)がガードしなければ、今頃塵一つ残らず消えていただろう。

 

 シャルティアの狂乱状態の槍捌きにより、鎧を貫通してダメージを負った。

 

 痛みを暗黒魔粘体(ダークネス・スライム)の毒物で麻痺させ、空いた穴を擬態により塞がせているだけ。

 

 擬態が解ければ穴の開いたバケツのように全身の血液を撒き散らすことになるだろう。

 

 

 そもそも、両者の実力はまるで拮抗していなかったのだ。

 

 

 開幕の眷属大量惨殺によるバフが無ければ、イチグンはもっと苦戦していただろうし。相手が自分の手の内を最初から知っていれば、勝負にすらならなかったとイチグンは確信している。

 

 あくまで彼が勝てたのは、戦況をうまく運べたからであり。シャルティアがイチグンの情報を知らな過ぎたからだ。

 

 

 シャルティアは間違いなく強敵であったと、イチグンは彼女の亡骸を見下ろす。

 

 ――その光沢のない虚ろな瞳とバッチリ目が合ってしまった。

 

 

(……はぁ、グロイし。心が痛むよ)

 

 

 無残な少女の遺体を見て、思わず目を背けるイチグン。

 

 

 兎にも角にも、余興はこれで終わったのだ。

 

 

 そう自分に言い聞かせながら、トボトボとその場を去ろうとする彼であったが、言いようの無い悪寒を感じて、バッっと勢い良く振り返る。

 

 

――がっ!?

 

 

 次の瞬間、両腕に走る熱と痛み。

 見れば両腕の肘から先が消失しており、その傷口が真っ黒に炭化していた。

 

 地面に転がった無骨な大剣と両腕。

 そしてそんなイチグンの姿を上空から見下ろすのは、五体満足の状態で復活した鮮血の戦乙女である。

 

 

 シャルティアは先ほどまでの慢心や狂乱の一切を捨て、目の前の強敵を宝石のような深紅の瞳で見据えながら口を開く。

 

 

「……誠に遺憾ながら認めますわ。イチグン様のその強さを。

 

きっと全盛期ならば、私など手も足も出ぬような圧倒的強者であったというその事実を。

 

――故に、ここからは一切の油断も慢心も致しんせん。階層守護者の誇りに賭けて、この槍を貴方の腸に突き立てて魅せましょう」

 

 

 そういって妖艶な笑顔を浮かべる少女に見惚れながらも、イチグンは返答するかのように大胆不敵な笑みを浮かべる。

 

 

(……ラスボスがコンテニューっすか?

……俺、もうゴールしてもいいよね?)

 

 

 既に彼の心は折れかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




 
・シャルティアは隠し持った復活アイテムを使用した。
・最大HPの50%回復。
・油断・慢心・恐怖・狂乱のバッドステータスが消えた。
・士気がグーンとあがった。

シャルティア
「まだまだ私達の戦いはこれからでありんす」


・イチグンはバフの効果が切れそうだ。
・HPMPが半分以下で呪いによる継続ダメージを受けている。
・回復魔法が使えない。
・士気がグーンとさがった。


イチグン
「……ラスボスが復活とか、ムリゲーにも程があるだろ」
 

 

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