ズキズキと痛む頭部を抑えながら重い瞼を開けると、目の前には荒野が広がっていた。
「……え゛っ?」
慣れ親しんだアパートの一室ではない。
余りに唐突な変化に困惑し、寝ぼけているのかと周囲を見渡すと、奇妙な法衣を着込んだ男達が、険呑な様子で此方を観察しているではないか。
意味が判らぬまま自らの身体を確かめてみると、更なる異常に気が付いてしまった。
「か、身体……えっ、何コレ?」
いつものひょろくて貧弱な身体ではなく、筋骨隆々とした立派なガタイ。
無意味にマッスルポーズをとってみると、分厚い衣服の上からでも判る程に隆起する上腕二頭筋。余計な脂肪など一切ついておらず、極限まで鍛え抜かれた肉体である。
下半身に違和感を覚えたので、ズボンを捲ってチラリと確認してみると、凶悪なキングコブラが股座にぶら下がっていた。
「むっ、剥けてやがる!?」
余りのインパクトにヨロリとふらつきながらも体制を整えると、その流れのままに自分の顔を触ってみる。
左頬に切り傷のような跡があるのか触ると疼く。毛髪は所々禿げているのか、スースーするし妙に痛い。
(声もどこぞの大物声優みたいな渋イイ声になってるし)
一体何事だろうかと思い悩んでいる最中、仮面をつけた大男が恐る恐るといった感じで尋ねて来た。
「……あ゛っ~、良く判らんが話を進めさせて貰うぞ?」
「へっ?」
その仮面の大男を見た瞬間。
朧げだった記憶が蘇り、怒涛の如く情報が流れ込んでくる。
「あっ、あっ、ぅあぁあぁああ゛っ!?」
陽光聖典隊長ニグン・グリッド・ルーインとしての、これまでの人生の経験や記憶。
ここは俺の知っている小説の世界であり。
目の前に居るのはその小説の主人公で。
俺はその主人公に敵対した愚かなる脇役。
自分の置かれている絶望的な状況を理解し、これから訪れるであろう最悪の未来に震えあがる。
そんな此方の心情など知るはずもなく、傍に控えていたナザリック守護者統括であるアルベドは、プルプルと小刻みに震えながら、黄色い瞳を爛々と輝かせて吠えた。
「下等な人間風情がっ!アインズ様の尊い話を遮り、剰え癇に障る大声で叫ぶなどっ!
塵である身の程を知れェえええええ!!」
「ひぃいいいい!?」
天を裂くような怒号と殺意の奔流。
余りの恐怖に腰が砕け、ガチガチと歯を小刻みに打ち鳴らす。
そんな様子を観察していたオーバーロードのモモンガ。いや、
「落ち着くのだアルベドよ。――というよりもお前の怒声の方が煩くて迷惑なんだが?」
「――この命を以て謝罪致します」
「ちょっ!?よせやめるのだっ、アルベドよっ!!」
これ以上無いほどに落ち込んだアルベドが自害しようとし、アインズがそれを必死で止める。
そんな様子を見て、ポカンと口を開いたまま放心する陽光聖典の隊員達。
アインズは気まずそうに咳払いしながらも、仕切り直すように淡々と告げる。
「……コホン。まぁ天使の脆弱さや、其処の男の奇行以外は私の狙い通りに事が進んでいる」
そういって威圧的なオーラを放ちながら、一歩、二歩と此方に悠然と歩み寄る死の支配者。
珍妙なデザインの仮面を外すと、紅く怪しい眼光を放つ髑髏の素顔が晒された。
「――確かこう言ったはずだな?
無駄な足掻きを止め、其処で大人しく横になれ。
せめてもの情けに苦痛なく殺してやると」
「っ!?」
駄目だ死ぬ。
というか死ぬよりも悍ましい目に遭う。
走馬燈のように加速する思考の中、
状況を打破しようと砕けた腰のまま地面を這いつくばり、必死に震える唇を動かして嘆願する。
「ま、待ってください!アインズさんっ!
いやモモンガ殿っ!鈴木悟様ぁああああっ!!」
その瞬間、此方に歩み寄っていた死の足音がピタリと止まった。
敵の特殊部隊の隊長格であるニグンと呼ばれた男がいきなり発狂し、血涙を流しながら自らの毛髪を素手で毟り取った。
かと思えば次の瞬間には、何事もなかったかのようにキョロキョロと辺りを見回し困惑顔。
何を思ったのかマッスルポーズをとった挙句に、自らの股間を確認するという変態的な行動をとりはじめる。
流石のアインズも、その突拍子もない事態についていけず、恐る恐るといった感じで尋ねてみたのだが、今度は恐慌状態に陥り、まともに話すら出来ないという有様に。
そんな男の反応に隣で見ていたアルベドはブチ切れ、殺意と共に怒号を放って脅し始める。
余計な混乱を招くから止めろとアルベドに注意すれば、そんな言葉に絶望して自害しようとする悪循環。
何とかアルベドを諫めることは出来たものの、場の空気は最悪であった。
先程まで魔王ロールをノリノリで楽しんでいたはずなのに、このグダグダ感一体どうしてくれようか?
そう思いながらも陽光聖典の者達を始末しようとアインズは動いたのだが、ニグンの不用意な一言で心境は一変した。
(……今、何と言ったこの男は?)
自分は
得体の知れない恐怖や不安で精神が何度も沈静化されるが、それでも纏わりつくような違和感は拭えない。
階層守護者達ですら知らない自分の個人情報を、初対面のこの男に看破されたのだから。
――この男は危険だ、さっさと始末しろ。
――いや待て、どうやって情報を知ったのか探りを入れるべきだ。
様々な考えがアインズの頭に過り、アンデットの感性と人間の感性の狭間で激しく揺れ動く。
そんな行き場のない負の感情を誤魔化すように、アインズは機械的な声色で尋ねた。
「――どこでその名を知った。
どうやってその情報を手に入れた。
ソレは守護者達ですら知り得ぬ、私の個人情報のはずだ」
「えっ、ぁ…そ…れ……は……」
そのアインズの問いかけに、ニグンの声が尻すぼみになっていく。
アインズの身体から放出される負のオーラに充てられ、息苦しくなってしまったからだ。
そうとは気付かぬアインズは、質問の答えに詰まり視線すら合わせない男の反応に、知られてはならないやましいことがあるのだと勘違い。
煮え切らない反応にも腹が立ち、つい力を込めて怒声交じりに叫んでしまった。
「さっさと答えんかッ!この屑がぁ!」
即死攻撃である
〈絶望のオーラⅤ〉を発動しながら。
「……かふっ!」
その邪悪なオーラに充てられた哀れな男ニグンは、何の抵抗も許されぬままに吐血しながら地面に崩れ落ちる。
周りにいた陽光聖典の隊員達も、〈絶望のオーラⅤ〉の効果範囲に巻き込まれて一切の抵抗が出来ずに即死。
「……あ゛っ」
アインズが正気を取り戻した頃には、既に後の祭り状態。
辺りには物言わぬ人間達の屍が、塵のように転がっているだけであった。
Q.果たして彼は、この状況から生き残ることは出来るのだろうか?
A.無理でした。