イチグンからニグン落ち   作:らっちょ

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アインズの迷名式が発動。

>配下達はアインズの言動に戦慄し、恐怖した。

そんな彼の暴挙を止めるべく、イチグンが文字通り自らの命運を掛けた命名式。

>配下達はイチグンのフォローに感謝し、絶頂した。

 

……そんな下らぬやり取りで丸々一話使い切ってしまった無能な作者でございます。

ホントはハムスケ出す予定だったのにぃ。

 



第26話 迷名式と命名式

  

 

 冒険者はソロで活動するものは少なく、大抵はチームを組んで行動する。

 

 そしてチームを組んだ冒険者達は、チーム名を決めるのが鉄板である。

 

 

 王国に存在するアダマンタイト冒険者チームである『蒼の薔薇』や『朱の雫』など。

 

 チームとして活動している冒険者は必ずといって良いほどにチーム名をつける。

 

 他人と混同し易く、ものによっては長々しい個人の名前よりも。短く分かり易くインパクトのあるチーム名の方が、民衆に広く伝わり易いからだ。

 

 組合側としても、依頼主に冒険者を勧める際に、市井に広く知れ渡った名があれば交渉が楽になるというメリットがある。

 

 

 そもそもチームとして活動する以上、個人プレイではなく集団プレイになるのだ。

 

 売名行為の際も、突出して誰かが名誉を独占するなどのトラブルは、チームの不和に繋がり易い。

 

 故に冒険者はチームを組んだ際にチーム名を決め、冒険者組合にて正式に登録するのである。

 

 

 そんな話をニニャから聞いた俺達は、未だに決まっていないチーム名を決めようと円卓の間で話し合っている訳なのだが、早速不吉な気配が漂っていた。

 

 

「……どうしましたアインズさん?」

 

「フフフッ、実はその話を聞いて既にチーム名は昨晩から考えていたんですよ」

 

 

 大人しく着座していたアインズさんが、スッと挙手したかと思えば、何やら不穏な事を語りだしたではないか。

 

 そんな骸骨魔王の爆弾発言に、思わず固まってしまう俺。

 

 彼がネーミングセンス皆無なのは知っているし、そんな彼がチーム名を決めることに乗り気なのは非常に危ういのだ。

 

 故に俺は、肘を机について両手を組み、そこに顎を乗せ、真剣な表情を浮かべながら彼の暴走を諫めた。

 

 

「……アインズさん、今は冗談を言う場面ではありませんよ?」

 

「何で冗談扱いにっ!?」

 

 

 冗談であって欲しいからだ。

 

 彼は自分の創造したNPCであるパンドラズ・アクターに『変体君』等と名付けようとした前例があるほどにネーミングセンス皆無である。

 

 ユグドラシルでは凶悪な骸骨魔王のロールをしているのに、何故かアバター名は愛玩動物のモモンガだし。

 

 彼が決めた名前は廃センス過ぎて、一般大衆が受け入れるには早すぎるのだ。

 

 

 そんな事実を何重にもオブラートに包んで伝えると、彼は心外なと言わんばかりに語る。

 

 

「今回の名前は、冒険者として活動する意図を踏まえながら熟考しましたから大丈夫ですよ」

 

「……因みに、その意図とは?」

 

「今後、冒険者活動を行う私達の存在を民衆へと定着させ、流布することです」

 

 

 流布が目的だからこそ、分かり易くチームの特色を示す名が良い。

 

 無駄に長い名前も駄目だ。長い名前は覚えづらく、民衆に定着しにくいからである。

 

 あまり物騒な名前も良くないだろう。民衆に広く受け入れられるような愛称でなければならないのだ。

 

 

「……」

 

 

 そんな持論を淡々と語るアインズさん。

 

 ……思った以上に筋道が通っており、確りとした理論(ロジック)の下で考えられていたので驚いた。

 

 こちらの反応に手応えを感じたのか、彼は自信満々に皆に告げる。

 

 

「だからチーム名は、それらの条件を全て満たす名前にしましたよ」

 

「「おぉぉ~っ!!」」

 

 

 そんな主の言葉に、沸き立つ配下達。

 

 感嘆の声を上げながら拍手喝采であるが、肝心の名前はまだ聞いていないんだぞ。

 

 嫌な予感から目を逸らすように、アインズさんが一晩中考えたチーム名とやらを尋ねる。

 

 

「良くぞ聞いてくれましたイチグンさん。私が考えたチーム名は――『芋餅ぷるん』ですっ!」

 

「「……おぉぉ」」

 

 

 そんな主の言葉に、意気消沈となる配下達。

 

 皆同様に落胆の悲鳴を漏らしながら、沈痛な面持ちで机と睨めっこ。

 

 配下達の口にした台詞は同じなのに、そこに込められた意味がまるで違うことが一目瞭然なのだから、日本語というのは面白いものである。

 

 

 そんな彼らの心情を察することの出来なかったアインズさんは、心底不思議そうに首を傾げる。

 

 

「……あれ、皆一体どうしたんだ?」

 

「……寧ろそれは此方の台詞です。一体どんな発想でその名前に至ったんですか?」

 

 

 そういうとアインズさんはチーム名の由来を語りだす。

 

 イチグン・モモン・ルプーを並べ替えたアナグラムにより、『インモモチプルーン』

 

 それでは語呂が悪いので余計な文字を削除して、『イモモチプルン』

 

 更に女性子供受けし易いと思われる食べ物の名前を組み込み、『芋餅ぷるん』

 

 

「『ぷるん』の部分は、イチグンさんが使役する暗黒魔粘体(ダークネス・スライム)の特徴も表現しているし、自分でも中々洒落が利いていると思ってます!」

 

「――成程、よく判りました」

 

 

 貴方のネーミングセンスが、根本的な部分から致命的にズレているという事実が。

 

 ネタで考えたならまだしも、大真面目に考案してこれは酷過ぎる。

 

 有無を言わさず却下にしようとしたが、アインズさんは苦し紛れに抵抗する。

 

 

「え゛ぇ~、良いチーム名じゃないですか!?――そう思わないかユリ?」

 

「えっ!?……は、はい、私もそう思います

 

 

 視線を彷徨わせながら、ボソリと消え入りそうな小声で同意を示したユリ。

 

 それに気を良くしたアインズさんは、更なる賛同者を求めてルプーに話し掛ける。

 

 

「ルプーはどう思う?」

 

「――フフッ、凄く良い名前だと思います。アインズ様」

 

 

 誰だてめぇは。

 口調が完全に変わってるじゃねぇか。

 

 淑女のような嫋やかな微笑を浮かべながら、アインズさんの質問に淀みなく答えるルプー。

 

 しかし、頭頂部の三角耳はヘナリと萎れており、尻尾も力なく椅子の隙間から垂れ下がっている。

 

 

 そんなルプーの反応に全く気が付いていないアインズさんは、最後にパンドラに問いかけた。

 

 

「お前もチーム名を『芋餅ぷるん』にすることに異論はないなパンドラ?」

 

「――Wenn es einen Wunsch unseres Gottes gibt」 

 

 

 自らの敬愛する創造主の為に、数百年の孤独に耐え、命を捧げることも厭わない程の忠誠心を持つパンドラである。

 

 そう問われてしまえば、例え内心どう思っていようが首を縦に振らざるを得ないだろう。

 

 お決まりの台詞と共に、まるで感情を持たぬロボットのような機械的な一礼を以て異論なしと答えるパンドラ。

 

 

 その反応に満足そうに頷いたアインズさんは、決まったと言わんばかりにドヤ顔である。

 

 

「賛成意見4名、反対意見1名。多数決によりチーム名は『芋餅ぷるん』に決定ですね」

 

「……酷い多数決主義もあったもんだ」

 

 

 このままだとガチで『芋餅ぷるん』がチーム名になってしまうではないか。

 

 そんなのは絶対に御免被ると、俺は失望の表情を浮かべながら配下達に問いかける。

 

 

「……本当に残念だよ。君たちがアインズさんに対して平然と嘘をつくなんて。

真の忠臣とは、主に媚び諂う太鼓持ちこそが相応しいとでも思っているのかな?」

 

「「――――ッ」」

 

 

 俺の言葉に反応し、ビクンと身を震わせる配下達。

 

 罪悪感に耐えきれなくなったのか、ユリは椅子から飛び降りて土下座しながらアインズさんに謝罪した。

 

 

「……誠に申し訳ありませんでしたアインズ様ッ!

実は『止めた方が無難では』などと不敬なことを考えておりましたッ!

愚かな感情を抱き、剰え偽りの事実を口にした私を如何様にも罰して下さいッ!」

 

「……えっ?」

 

 

 そんな彼女の鬼気迫る謝罪に、ポカンと呆けるアインズさん。

 

 土下座するユリに便乗するかの如く、ルプーも地べたに跪いて自らの心情を主に告げる。

 

 

「申し訳ありませんアインズ様ッ!

私も『……うわぁ、ソレないわぁ』って思ってしまったどうしようもない駄犬っす!

『芋餅ぷるん』だけは絶対にやめた方が良いと思うっすッ!」

 

「ぐはっ!?」

 

 

 ルプーのストレートな駄目だしに、打ちのめされてよろけるアインズさん。

 

 縋るような視線をパンドラに向けるが、パンドラは苦悶するかのように埴輪顔を歪めながら、静かに呟いた。

 

 

「――私はアインズ様の忠実なる僕。

アインズ様が望むのであれば、どんなに無慈悲で残酷な決定にも喜んで従いましょう。

ですがそれらの色眼鏡を度外視した上で、そのチーム名を評価しろと言うのであれば……見送った方が良いのではと愚考致します」

 

「――――」

 

 

 そういって謝罪と共に深々と跪くパンドラの姿に、予想外であると言わんばかりに絶句するアインズさん。

 

 俺はそんな骸骨魔王の肩に、ポンと手を置きながら告げた。

 

 

「賛成意見1名、反対意見4名。多数決によりチーム名『芋餅ぷるん』は却下でいいですねアインズさん?」

 

「……ハイ」

 

 

 大人しく椅子に座り直した彼の姿を眺めながら、思わず安堵の溜息を吐く。

 

 何とか骸骨魔王の魔の手から逃れることが出来たが、チーム名は決まっていない為、根本的な問題は何一つとして解決していないのだ。

 

 このままだと再びアインズさんが暴走して、とんでもない名前を思いつくかもしれない。

 

 何とかこの話し合いで、チーム名を決める必要があるな。

 

 そんなことを思っていると、恐る恐るといった感じで、ユリが手を挙げてチーム名の提案を行う。

 

 

「……三人で世直しをするという意味を踏まえて、『水戸校門』などはどうでしょうか?」

 

「……助さん、格さん懲らしめてやりなさいってか?」

 

 

 寧ろそのネタを、ユリが知っていたという事実に驚いた。

 

 話を聞けば、昔やまいこさんが教材として授業で用いたことがあるらしく、その影響で知識があるらしい。

 

 黄門が校門なのは、教師であるやまいこさんをリスペクトしたと言ったところか。

 

 

「でもねユリさん。その元ネタになった徳川光圀って、若い頃は暴虐不尽な輩だったんだぞ?」

 

「……え゛っ?」

 

 

 その言葉に信じられないと言わんばかりに、目を見開いて驚くユリ。

 

 

 史実では若い頃の徳川光圀はグレにグレていた。

 

 傾奇者のような華美な着物を身に着け、江戸屋敷を抜け出しては遊郭に通うという好色家。

 

 そして気に食わないことがあればすぐ刀を抜いて暴れ、因縁をつけて人を切るという危険な側面もあり、どちらかといえば悪を裁く側ではなく、悪として裁かれる人間であったのだ。

 

 

 しかしそんな光圀は18歳の頃、中国の歴史書『史記』を読んで感動したのを機に、人が変わったように勉学に打ち込むようになったという。

 

 そして、自身も歴史書『大日本史』の編纂を思い立ち、佐々介三郎という助さんのモデルとなる儒学者を全国各地に派遣し。史料の調査、収集をさせていたという事実がオマージュされ、ドラマなどで広く知れ渡り、『水戸黄門』の悪を裁くというイメージが定着したのである。

 

 

「……でもそんな『大日本史』の編纂が長期に亘り続けられたことで、元々裕福ではなかった自分の管理する領地に負担をかけてしまったんだ」

 

 

 『大日本史』編纂はなんと明治時代まで続けられ、もともと裕福ではなかった水戸藩の財政に莫大な影響を与え、光圀の死後も農民による大規模な一揆などが起きているという史実がある。

 

 つまり、水戸光圀の行動が善行であったかと問われれば、首を捻らざるを得ないのだ。

 

 

「そもそも旅をしたのは佐々介三郎であって、水戸光圀は全国各地を旅なんてしてないしな。殆ど領地に引き籠ってたそうだぞ?」

 

「……そ、そんなぁ」

 

 

 そんな話を聞いたユリは、失意の感情で自らの提案を取り下げた。

 

 自らの意図ではないとはいえ、不穏なイメージを持たせたくなかったのだろう。

 

 

 そんなユリと入れ替わるように、ビシッと手を挙げたのはパンドラであった。

 

 

「私からもチーム名の提案があるのですが、宜しいでしょうかイチグン様?」

 

「おっ、パンドラが考案してくれたチーム名か」

 

 

 正直、創造主であるアインズさんの感性を踏まえると恐ろしくもあるが、一体どんな名前が飛び出すのやらという好奇心もある。

 

 そんな相反する気持ちを抱きながらも、パンドラに続きを促すと、彼はこの名前こそが相応しいとでも言わんばかりに自信満々に宣言する。

 

 

「んっ~!『Der Höchste Schöpfer』なんてチーム名はどうでしょう!?正に名は体を表すという言葉に相応しいかとっ!」

 

「……成程、そう来たか(ドイツ語か)

 

 

「「……はい?」」

 

 

 日本語に直訳すると案外まともなネーミングセンスだったので、寧ろホッとしてしまったぞ。

 

 しかし、当然ドイツ語の知識のない残りの三人は意味不明と言わんばかりに頭にクエスチョンマークを浮かべている。

 

 そんな彼らにパンドラのチーム名に対して補足を加えた。

 

 

「因みにDer Höchste Schöpferはとある国の言葉で『至高の創造主』を指す言葉だな」

 

「……成程、正しくアインズ様やイチグン様を指し示すチーム名ですね」

 

「おぉッ!何か響きもカッコ良いし、良いじゃないっすか!」

 

「フフフッ、そうでしょうともっ!」

 

 

 納得した様子で頷くルプーとユリに、好感触を得られたパンドラは上機嫌となる。

 

 だがそんなパンドラに僅かな嫉妬や疑問を抱いたのか、アインズさんは俺が気になっていた問題点を指摘した。

 

 

「……そんな小難しいチーム名で、市井に名が広く知れ渡るのか?

そもそもこの世界の住人達には、正確に意味が伝わるのかどうかも微妙だぞ」

 

「「……あ゛っ」」

 

 

 そのアインズさんの指摘に固まる配下達。

 

 そうなのだ。

 普通に日本語で意思疎通出来る為、ついつい忘れがちになってしまうが、この世界では日本語とはまるで異なる言語形態が用いられている。

 

 此方の発した言葉は、相手にはそれに近しい意味合いの言葉に自動翻訳される訳なのだが。此処で重要なのは、一体どういった基準で自動翻訳が働いているのかという部分だ。

 

 今までの現地人とのやり取りを踏まえた推察であるのだが、アインズさんの居た日本での使用頻度が極端に低い言葉に関しては、意味を持たぬ音として捉えられている可能性が高い。

 

 ニニャと話していた際に『スプーン』と伝えれば、彼女は此方の意図を察して木製のスプーンをとってくれたが、『Ein Löffel』と呟いてみれば、首を傾げながら一体何処の言葉ですかと尋ねられた。

 

 つまりはパンドラのドイツ語も、相手には本来の意味が伝わらず、単なる音の集合体として捉えられている可能性が濃厚という訳である。

 

 

(……そういえば『カッツェ平原』に関しても、ネットの考察スレで予想が書き込まれてたよなぁ)

 

 

 ドイツ語で『katze』(カッツェ)は猫を表す言葉だ。

 

 カッツェ平原にアンデッドが大量発生するようになった要因として、原作ではとある大国が死の螺旋により崩壊を迎えたからだと語られていたが。その大国の正体とは、古城をギルド拠点としていた『ネコさま大王国』だったのではないかという推察がされていた。

 

 そして陽光聖典隊長であったニグンの記憶も踏まえると、恐らくその推察は当たっている。

 

 スレイン法国の遥か昔の文献に、カッツェ平原にある古城の跡地で、大量のユグドラシル産アイテムを回収した記録が残っており、それらのアイテムの大半は、何故か猫にまつわるものが多かったという。

 

 

(……つまりスレイン法国は、大手ギルドである『ネコさま大王国』のアイテムも保有していると考えた方が良いってことだよなぁ)

 

 

 もしかしたらその中に、悍ましい効果を持つ世界秘宝(ワールドアイテム)があるかもしれない。

 

 ――考えただけでも恐ろしい事実だ。

 

 安易にスレイン法国と対立するような真似を避けたのは、正解だったといえるだろう。

 

 後でそのことも踏まえた上で、アインズさんやデミウルゴスと今後の展望について相談するとしようか。

 

 

「じゃあ次は私の番っすね!」

 

 

 そんなことを考えている内に、パンドラのチーム名は却下されて、隣にいたルプーがビシッと挙手する。

 

 彼女はニンマリと人好きしそうな笑みを浮かべながら、人差し指をピンと立てて答える。

 

 

『単眼の獣』(ワンアイズ・ビースト)なんてどうっすか?」

 

 

 イチグンのイチを始まりの一と見なして『単』

 

 アインズのアイを全てを見通す眼という意味も込めて『眼』

 

 そしてルプーの種族が人狼(ワーウルフ)であるから『獣』

 

 それらの単語を上手く組み合わせて『単眼の獣』(ワンアイズ・ビースト)となったらしい。

 

 

(……思った以上にハイセンスだ)

 

 

 ルプーのことだから、ネーミングセンスも物騒になるかと思いきや、ちゃんとした意味もあり、分かり易そうな名前であった。

 

 そんなルプーのチーム名の由来を聞いた、周りの者たちの反応も好感触である。

 

 

「……うむ、悪くないな。これなら市井にも定着しそうだ」

 

「ええ、分かり易くて良い名前ではないでしょうか」

 

「うん、俺も賛成かな」

 

「フフ~ン、ぶいっす!」

 

 

 嬉しそうに両手でピースサインを作って、満面の笑みを浮かべるルプー。

 

 俺はそんな彼女の頭を、よしよしと撫でて褒め称える。

 

 実際、チーム名が決まったおかげで、アインズさんの迷言を防ぐことが出来るので、値千金のファインプレーである。

 

 

「……『単眼の獣』(ワンアイズ・ビースト)ですか」

 

 

 そんなことを思っていたのだが、何故かパンドラは今一つ納得していない様子。

 

 その細長い指を顎先に当て、う~んと悩ましいポーズで考え込んでしまった。

 

 

「どうしたパンドラ?自らの考案したチーム名が選ばれなくて悔しいのは判るが……」

 

「いえ、そんなことはどうでも良いのですアインズ様」

 

 

 そうきっぱりと言い放った彼は、自らが思い悩んでいた理由を口にする。

 

 

「……そのチーム名では、まるでルプスレギナがチームリーダーのようではありませんか?

冒険者として活動する上でも、ナザリックを運営管理する上でも、最上位の存在は至高なるアインズ様で在られるのに、聊か不敬なのではと愚考しただけです」

 

「「――え゛っ?」」

 

「「――あっ!」」

 

 

 そのパンドラの言葉に、俺とアインズさんは今一つピンと来なかったが。ルプーとユリは違ったのか、大失態であると言わんばかりに顔を歪めて悲鳴を洩らす。

 

 彼らにとってたった一人でナザリックを守り抜き、この地下大墳墓を維持管理したアインズさんの存在は、唯一神ともいうべき存在だ。

 

 そんな至高の存在に対して、たかがチーム名とは言え、下に見るような文言は禁忌(タブー)なのだろう。 

 

 先ほどまでの嬉々とした様子とは打って変わり、シュンと落ち込んでしまったルプーに対して、アインズさんは助け舟を出す。

 

 

「ま、まぁ、チーム名ぐらいなら別に良いのではないか?」

 

「俺もアインズさんに同意見だな」

 

 

 そういってパンドラの懸念を取り除こうとするが、彼は続けて語った。  

 

 それとは別にルプーの正体を匂わせるような言葉を、チーム名に入れるのは危ういのではと。

 

 勘の鋭い者がいた場合、チーム名に何かしら意味が込められていることに気づくかもしれないからだ。

 

 そんな理由で此方の正体を探られては堪らないとパンドラは語る。

 

 

(……その発想には至らなかった)

 

 

 というかそこまで変に警戒する必要もないのではと思ってしまった。

 

 どちらかといえばコレは、尤もらしい理由をつけて、『単眼の獣』という名を却下させようというパンドラの想いが強いのだろう。

 

 ルプーやユリもそんな思惑に気付いたのか、即座に彼の言葉に便乗する。

 

 

「やっぱり不敬ですし、計画の妨げになる可能性もありますからやめとくっす」

 

「そうですね。一度賛同しておきながらアレですが、危険な橋は極力渡らぬ方が無難かと」

 

「「……おぉう」」

 

 

 そういって自らの提案したチーム名を、あっさりと撤廃してしまうルプー。

 

 これで再び話は振り出しに戻ってしまったではないか。

 

 そんな徒労感を味わった俺とアインズさんは、椅子に深く座り直して脱力する。

 

 

「……このままでは埒が明かんな。一度この議題は後日に持ち越して、再び各々がチーム名を立案するというのはどうだろうか?」

 

「「――ッ!?」」

 

 

 そんなアインズさんの言葉に、俺達は無表情になり硬直する。

 

 

(……おいおい、冗談じゃないぞ)

 

 

 またアインズさんがとんでもセンスなネーミングで、場に混沌と絶望を齎すことは目に見えている。

 

 何としてもチーム名の選定は、次回に持ち越さずにこの場で正式に決めねばならないのだ。

 

 そんな此方の意図を汲んでくれたのか、パンドラが大袈裟な反応で不穏な流れを振り払った。

 

 

「んっ~!そういえば、まだイチグン様の意見を聞いておりませんね!もしよければイチグン様が考案された素晴らしいチーム名を教えては頂けないでしょうかッ!?」

 

「……え゛っ?」

 

 

 そして振り払った後に、俺にこの難題を全て押し付けるという暴挙に出る。

 

 つまり俺の提案したチーム名により、今後の命運が左右されるという訳である。

 

 

(……ヤバイ、チーム名なんて全然考えてないぞ)

 

 

 そもそも前提条件を満たすのが、厳しすぎやしないか?

 

 市井に伝わるような分かり易く短い名前で、チームの特色を表し、且つアインズさんを立てながら、自らの正体に繋がるような不穏な流れを作らないとか、縛りプレイにも程があるだろ。

 

 何か良いアイディアは無いかと視線を彷徨わせていると、キョトンと呆けたまま椅子に座っていたルプーと目が合い、その頭頂部にピンと聳え立つ赤茶色のケモ耳が視界に映る。

 

 俺は答えを手繰り寄せるかのように、ピクピクと小刻みに動くケモ耳を掴んだ。

 

 

「んひゃっ!?……い、いきなりっすね。何すかイチグン様?」

 

「……待ってくれルプー。今、良い名前が浮かびそうなんだ」

 

 

 そういってルプーに許可を貰った俺は、思う存分ケモ耳を弄繰り回す。

 

 モフっとした感触に心癒されながらも、閃いた名前を口にした。

 

 

「――『冥府の番犬』(ケルベロス)なんてどうだろうか?」

 

 

 ギリシャ神話に出てくるケルベロスを元にした名前である。

 

 地獄の入り口を守護する三つ首の獰猛な番犬であり、冥府の王ハーデスに仕える忠実な僕であると語られている。

 

 

「俺達は今後三人で活動するし、冥府の王ハーデスは、死の支配者であるアインズさんを暗示しているからピッタリじゃないか?」

 

「おぉっ!?」

 

 

 そういうとパンドラは嬉しそうに反応する。

 

 更に言うならケルベロスという魔物は、この世界でも架空の存在として物語や伝記などで市井に広く伝わっている魔物なのだ。

 

 何故ならスレイン法国で崇めている六大神の一人であるスルシャーナが、召喚使役していたという記録が法国の機密書類に掲載されており、当時の法国の神官達が神々の偉業を民衆に伝える活動の一環として、都合の悪い部分を改変した性善悪の伝記や絵物語を流布したからだ。

 

 その中でのケルベロスの役割は、スルシャーナに敵対したドラゴンを食い殺す、忠実で強大な力を持った従属神であると描かれている。

 

 魔導国に敵対する大悪魔ヤルダバオトを追いかけているという設定の俺達に、実に相応しい名前ではないだろうか?

 

 

「それにガチでアインズさんはケルベロス召喚出来ますからね」

 

「《第10位階怪物召喚/サモン・モンスター・10th》で経験値を消費して召喚するタイプのモンスターなので、乱用は避けたいですけどね」

 

 

 経験値の足しにとアインズさんに召喚された時は、その凶悪な威容にマジで糞尿垂れ流すかと思った。

 

 そんな強大な魔物であるから、チーム名で強さを表すという示威行為にも繋がるだろう。

 

 

「アインズ様は冥府の王、ルプーは種族が似ているということで関連性がありますしね」

 

「一応、俺もニグン・イチグン・一ノ瀬 軍馬という三つの姿を持つ部分を、三つ首を持つケルベロスの姿に掛けているからな」

 

 

 更に言うならケルベロスの首が三つなのは『三位一体』を表しているという側面があり、三つの首はそれぞれ、過去・現在・未来を表しているとか、生命・成長・死を象徴しているとされている。

 

 何度も死と復活を繰り返し、今の力を手に入れた俺としても愛着が湧くし。これから三人で冒険者として活躍する為に鉄の結束を築こうという意味合いもあり。未来に誕生するであろう魔導国の繁栄を願っての願掛けでもある。

 

 そう語ると、アインズさんは実に満足そうに頷いた。

 

 

「うむ、決まりだな」

 

「ええ、決まりですね。全ての条件を満たしておりますし、正に完璧(パーフェクト)なチーム名かとッ!」

 

「僭越ながら、私も『冥府の番犬』(ケルベロス)というチーム名に賛成でございます」

 

 

 そういってコクリと頷きながら、賛同してくれる三人。

 

 どうやらチーム名の問題は無事に解決出来そうである。

 

 自分の提案したチーム名が受け入れられたことを密かに喜びながらも、そんなきっかけを与えてくれたルプーに、チーム名の感想を聞こうと向き直る。

 

 

「ルプーはどう思う?」

 

「さ、最高っすよイチグン様ぁ……すごく、凄ぉく、良かったっすぅ~」

 

 

 そう呟いた彼女の頬は上気しており、瞳は夢見心地といった感じでトロンとしている。

 

 口の端からは涎が僅かに垂れており、艶めかしい吐息を洩らしながら、全体重を椅子の背凭れに預け、グッタリと脱力していた。

 

 

「……えっと、何か御免なさい」

 

 

 そんなルプーに謝罪しながら視線を逸らすと、精神安定化発動中のアインズさんとバッチリ目が合い、頬を赤く染めながら気まずそうにしているユリに目を逸らされた。

 

 パンドラが平然としていたのが唯一の救いである。

 

 

 こうして紆余曲折ありながらも、チーム名は『冥府の番犬』(ケルベロス)に決定。

 

 後にこの名は、俺の黒歴史と共に世界中に広く知れ渡るなど、この時は知る由もない事実であった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 
という訳でチーム名が漸く決定!

黒帽子様に提案して頂いた『冥府の番犬』(ケルベロス)となりました。


本採用にはなりませんでしたが、

アインズ発案のチーム名は
三芳様の『芋餅ぷるん』

ユリ発案のチーム名は
アルビレオイマ様の『水戸校門』

ルプー発案のチーム名は
病ンズ様の『単眼の獣』(ワンアイズ・ビースト)

をネタとして使わせていただきました。

読者様の多大なるご協力に、この場を借りて感謝を!



……因みにパンドラ発案の『Der Höchste Schöpfer』(至高の創造主)に関しては、単純にカッツェ平原ネタを出したかったので、ドイツ語でググって自分で考案しました。


 

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