イチグンからニグン落ち   作:らっちょ

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※閲覧前の注意事項

・AV(アニマルビデオ)表現あり
・ややグロイ描写もあるので、お食事中の方は御免なさい。
・27話の話の流れを若干変更しております。

今回はハムスケとネメシスのバトル回になります。


 
 


第28話 英雄の凱旋

  

  

 

 トブの大森林の南部にある広大な休閑地。

 

 辺り一面に白と赤の入り混じった小石や、砂のようなものが満遍なく敷き詰められている。

 

 その場所こそがハムスケの指定した決戦の地であり、本人曰く血で血を洗う戦場に相応しい決戦の場であるという。

 

 よくよく目を凝らしてみると、白骨化した大型動物の骨が卒塔婆のように空き地の至るところに散らばっていた。

 

 

「嘗て某に挑んだ猛者達は皆、この地に骨を埋めて手厚く葬ったでござる」

 

「……何か骨じゃない新鮮な生肉も散らばってるんだが?」

 

「それは某が今朝食べ残したご飯でござる」

 

 

 そういって気恥ずかしそうにポリポリと頬を掻くハムスケ。

 

 ……こいつ、墓場に残飯を捨ててんのかよ。

 

 

 視界の端には巨大な熊のような生物がバラバラにされており、その肉片の至る所に巨大な鼠が齧りついたかのような跡が残っている。

 

 そんな屍に群がるのは、この森林に生息している大小様々な昆虫である。

 

 ここで打倒された猛者とやらは、全てこの昆虫達の腹の中に収まっているのだろう。

 

 そして肉が削ぎ落され、骨だけがこの場所に残り、時間と共に風化して小石となり砂となったのが、この白と赤の砂場の正体という訳か。

 

 ハーブのような植物が近くに群生しているからか、腐敗臭などは殆どしないが、鼻をひくつかせてみると爽やかな柑橘系の植物の香りに混ざって、血生臭い匂いも漂っている。

 

 

「……うぷっ!?」

 

 

 そんな残酷な自然の摂理を目撃したニニャは、口元に手を当てて、近くの茂みに猛ダッシュ。

 

 暫くすると何かを吐き戻す音と共に、胃酸の酸っぱい香りが漂ってきたが、彼女の名誉の為にも多くは語らないでおこう。

 

 冒険者で血生臭い荒事には慣れているといっても、彼女も年頃の女性である。

 

 無数の昆虫が屍を貪っている光景は流石に堪えたらしい。 

 

 

(……恐怖公の眷属達の食事風景を思い出すなぁ)

 

 

 愛らしいなんて言ったが、前言撤回だ。

 このハムスター、外見とは裏腹にSAN値ごりごり削ってきやがる。

 

 もし朝食中のハムスケと遭遇していたら、流石に俺も恐怖を感じていただろう。

 

 白骨死体の中には人骨も混じっているので、せめて食人思考でないことを祈るばかりだ。

 

 

 そんな考察をしていると、ハムスケはのしのしと白骨を踏み砕きながら空き地の中央に移動する。

 

 

「さあ、いざ尋常に勝負でござる!」

 

 

 気迫の込められた咆哮と共に、昂然とした様子で尻尾を鞭のように振るうハムスケ。

 

 そんな言葉に応じてハムスケの下に歩み寄ろうと思ったのだが、それよりも早く黒い影が空き地の中央へと飛び出した。

 

 

「……どうしたネメシス?」

 

「むっ、何でござるかこの黒い塊は?」

 

 

 何一つ命令してないのに、ネメシスがハムスケの前に躍り出た。

 

 そしてハムスケの相手は、自分が引き受けると宣言する。

 

 魂の繋がりを通じて伝わってくる感情の波からは、ハムスケに対する怒りや俺に対する悲しみといった負のオーラが伝わってくる。

 

 一体何故だと思い悩むが、ネメシスの反応を見て思い当たる節があった。

 

 

(……もしかして、嫉妬してるのか?)

 

 

 よくよく思い返してみると、ネメシスはいつも決まったタイミングでこうなっていた。

 

 検証実験の際にアインズさんの召喚した魔物を譲渡された時や、騎乗型の魔獣を使役した時も、似たような反応が返ってきた。

 

 そして今も、ハムスケを騎乗獣として使役しようとしている俺に対し悲壮感を抱きながらも、使役対象であるハムスケに対して憤怒の感情を抱いている。

 

 つまり、俺の眷属としての立ち位置を他の者に奪われてしまうのではないかと懸念し、そんな不安が嫉妬となってハムスケに向けられているのだ。

 

 

(ハハハッ、()い奴め)

 

 

 そんなネメシスの愛らしい反応にほっこりしながらも、眷属として一番頼りにしているのはお前だと伝えてやる。

 

 するとネメシスの負のオーラは霧散し、喜びの感情で満たされるが。それはそれとして、ハムスケとの一騎打ちは自分が請け負うとのこと。

 

 某宇宙の戦闘民族の如く、強者との戦いに飢えているらしい。 

 

 

「俺の眷属が、かの有名な森の賢王と戦ってみたいといってるんだが?」

 

「……別に構わないでござるが、その後はイチグン殿とも死合うでござるよ?」

 

「ああ勿論だとも……次があればの話だけどな

 

「何か言ったでござるか?」

 

「いんや、何も」

 

 

 思わずボソリと呟いてしまった本音を誤魔化しながら、ハムスケとネメシスの戦いを促す。

 

 圧倒的な体格差のハムスケとネメシスは、お互いに向かい合って戦いの合図を待った。

 

 

「……小さくて弱そうでござるなぁ。某は弱い者を甚振る趣味はござらん。故に一撃で終わらせるでござる」

 

 

 そんなハムスケの呟きに対し、呼応するかの如く禍々しい気配を放つネメシス。

 

 一撃で終わらせると豪語するハムスケとは裏腹に、甚振りながら敗北と絶望を味合わせると意気込んでいるようだ。

 

 

(……頼むからハムスケが五体満足の状態で決着をつけてくれよ?)

 

 

 そう命じると、頷くようにその身を震わせるネメシス。

 

 ハムスケはそれを臆したと見たのか、今からでも戦いの場から降りることを提案し、更にネメシスのヘイトを稼いでいた。

 

 

(……知らぬが仏とはまさにこのことだな)

 

 

 否、今からハムスケは嫌という程にこのスライムの凶悪さを思い知るのだから、葦の髄から天井を覗いたツケを支払う破目になるのだろう。

 

 

「……なんだか哀れですね」

 

 

 そんな言葉と共に、アインズさんは無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)の中から金属で作られたアイテムを取り出す。

 

 戦いの合図を告げるゴングかと思えば、葬儀に用いる引磬(いんきん)であった。

 

 死地に赴くハムスケへの彼なりの手向けなのだろう。 

 

 

 ――チーン!

 

 

 こうして引磬の音色と共に、ネメシスvsハムスケの戦闘とも呼べぬような蹂躙劇が開幕となった。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先手必勝でござるっ!」

 

 

 そんな言葉と共にハムスケの伸縮自在の尻尾が、ネメシスの肉体にクリーンヒット。

 

 グシャリとあっさり潰されたネメシスに拍子抜けしながらも、ハムスケは自らの勝利を確信したが、それは間違いであることを直ぐに理解させられる。

 

 

「何とっ!?」

 

 

 潰されたネメシスの肉体は二つに分かれ、一体はフィールドの端に転がっていた白骨化した小鬼(ゴブリン)の死体に乗り移った。

 

 小鬼(ゴブリン)の骨格を薄く覆ったネメシスは、失われた筋肉の役割を果たし。まるで操り人形の如く屍を動かす。

 

 自らの肉体に収納していた鈍器と盾を取り出し、それらを装備した小鬼(ゴブリン)の骸は異様な威圧感を放っていた。

 

 おそらく人喰い大鬼(オーガ)程度なら造作もなく殴殺することが出来るだろう。

 

 

「……中々強そうでござる――ノゥッ!?」

 

 

 明らかに生前の小鬼(ゴブリン)よりも強くなっていると、ハムスケは警戒しながら骸を見据えていたが、不意に側頭部に衝撃が走った。

 

 ハムスケが攻撃を受けた方向に視線を向けると、小鬼(ゴブリン)の白骨死体と同じように狼の白骨死体がネメシスの手によって操られているではないか。

 

 小鬼(ゴブリン)のように武装こそしていないものの、狼の口元からは舌の代わりに銃口のようなものがはみ出ており、下顎部分は蛙のような不自然な黒い膨らみが出来ていた。

 

 

「――グォ!」

 

 

 下顎部分の黒い膨らみが肥大化し、空気が一気に抜けたかのように収縮。

 

 その瞬間、口元の銃口から人の拳大はあろうかという石礫が勢い良く射出された。

 

 

「痛いでござるっ!?」

 

 

 常人が喰らえば頭が柘榴のように弾け飛ぶ一撃であったのだが、流石は森の賢王というべきか。

 

 眉間にクリティカルヒットしたハムスケは、痛そうに額を両手で抑えるが大したダメージは負っていない。

 

 そんなハムスケの腹部にガードが甘いぜとでも言わんばかりに、武装した小鬼(ゴブリン)の屍が殴打攻撃を振るう。

 

 だが獣毛の薄い額とは違い、フカフカの毛皮に包まれた腹部には効果が薄い。名刀をも弾く天然の鎧に殴打攻撃は緩和され、無力化される。

 

 

「隙ありでござる!」

 

 

 敵の攻撃が止まった隙に、鋭い爪を用いて相手を切り裂こうと攻撃を嗾けるハムスケであったが、小鬼(ゴブリン)は持っていた盾を上手く使ってハムスケの攻撃を受け流した。

 

 

「んぎゃ!?……んぐえっ!?」

 

 

 そして前衛の小鬼(ゴブリン)が奮闘している隙に、背後に回り込んで攻撃を仕掛ける後衛の狼。

 

 凄まじい勢いで投擲された礫がハムスケの尻に当たり、バランスを崩して蹈鞴を踏むハムスケの顔面に、小鬼(ゴブリン)のシールドバッシュと殴打武器による二連撃が綺麗に決まった。

 

 

「……ぐぅ~、もう怒ったでござる!」

 

 

 鼻頭を抑えて涙目となっていたハムスケは、次の瞬間アルマジロのように身体を丸めて球体になる。

 

 腹部や顔面などの急所を全て覆い隠したハムスケは、背中の獣毛を魔法により硬化させ、敏捷性を高める魔法も同時発動しながら転がり始める。

 

 それはさながら破鉄球である。尻尾によって勢いよく転がり、思わぬタイミングで方向転換。フィールドを縦横無尽に移動する。

 

 匂いによって追尾しているのか、正確にネメシスの操っている小鬼(ゴブリン)や狼に攻撃を加えている。

 

 そんなハムスケに対し、小鬼(ゴブリン)は手に持った鈍器で、狼は口元の銃器で反撃するも、堅牢な獣毛に攻撃は全て阻まれてしまう。

 

 

「これで終わりでござる!」 

 

 

 縦回転していたハムスケが、その場で高速横回転。

 

 そして最大まで伸びた尻尾により、小鬼(ゴブリン)と狼はまとめて薙ぎ払われた。

 

 回転の勢いによる遠心力も加わった尻尾での一撃は強烈であり、小鬼(ゴブリン)と狼の骸はバラバラに砕け散る。

 

 しかし、当然のように骸を操っていたネメシスは無傷であり、その身体を粘着質な網状に変化させ、クルクルとその場で回転していたハムスケに覆い被さった。

 

 

「ぬわっ~!?」

 

 

 まるでゴキブリホイホイに引っ掛かってしまった鼠のように、網の中でジタバタともがき絡めとられていくハムスケ。

 

 ネメシスの身体は網から鎖へと変化し、ハムスケの身体を雁字搦めにして拘束。

 

 その拘束はハムスケの剛力を以てしても抜け出せぬ程の強固さであった。

 

 

「ぐぬぬっ、厄介なっ!

《全種族魅了/チャームスピーシーズ》

《盲目化/ブラインドネス》

――な、何で失敗するでござるかっ!?」

 

 

 物理的に拘束を解けないと理解したハムスケは、精神支配や相手の視界を奪うことで隙を作って脱出を目論んだが。当然、状態異常や精神異常を完全に無力化するネメシスに効果はない。

 

 そもそも彼らの戦いをイチグンが観戦している為、『R10:真理の魔眼』(エメス・ゲイザー)の効果が意図せずも発動してしまい、ネメシスを対象とする魔法が不発になってしまうのだ。

 

 魔法は無意味であり、身動きも一切出来ない状態。

 

 最早、ハムスケに逆転の目はないだろう。

 

 

「勝負ありだな」

 

 

 そういってイチグンは勝敗の結果を淡々とハムスケに告げる。

 

 最初からこの結果は判り切っていた。

 ただでさえレベル差が開いているのに、ネメシスの性能はゲーム時代よりも()()()()()()()()()()()のだから。

 

 

 イチグンのプレイしていたゲームでは、ネメシスは暗黒魔粘体(ダークネス・スライム)という召喚モンスターとしてほぼ完成されており。性能にも上限があったため、これほどまでに優れた戦闘能力は保有していなかった。

 

 しかし、この世界では【暗黒魔粘体】(ダークネス・スライム)Lv15といった具合に種族レベルとして反映される為、余剰分の51レベルを他の種族レベル・職業レベル取得に充てることが可能となる。

 

 つまり、その分だけ戦略の幅が広がり、ネメシスの性能が強化されるという訳である。

 

 ハムスケとの戦いも、殺すつもりであったなら開始1秒と掛からず決着をつけることが出来ただろう。

 

 

 そんな事とは露知らないハムスケは、まだ勝ち目はあるはずと悪足掻きする。 

 

 

「ま、まだでござるっ!某の牙は折れていないでござるっ!」 

 

 

 鎖でその身を縛られながらも、断固として敗北を受け入れないハムスケ。

 

 長年森の賢王としてトブの大森林に君臨した誇りや意地が彼女を奮い立たせたのだ。

 

 そんな対戦相手の姿を見たネメシスは、鎖の一部から触腕を生やし、その先端を疣付きのドリルのようなものに形状変化させ、回転させながらハムスケの目の前にチラつかせる。

 

 

「「……え゛っ?」」

 

 

 ネメシスの意図が全く読めずに、呆けるハムスケと観客達。

 

 だが回転する触腕がハムスケの尻尾の真下に移動した辺りで、ネメシスの主であるイチグンはゾクリとした悪寒が走った。

 

 

(……いやいや、まさかな)

 

 

 いくら何でも、そんな相手の尊厳を踏みにじるような残酷な真似はしないだろう。

 

 ――そんな彼の一瞬の迷いが、取返しのつかない悲劇を生んでしまった。

 

 

――んっほぁああああああ゛っ!!」 

 

 

 大切な何かを喪失したような、禁断の扉をこじ開けてしまったかのような悲痛な咆哮。

 

 苦悶と悦楽を孕んだハムスケの鳴き声がトブの大森林に響き渡る。

 

 巨大な肢体がビクンビクンと小刻みに痙攣し、全身の獣毛が針鼠の如く逆立つ。

 

 

「ぶはっ、アッハハハッ!!

いや~、最高のオチっす!実にいい悲鳴っすねっ!私の中のお気に入りランキングが急上昇っすよ!」

 

 

 あまりにも酷い光景に、ルプーは抱腹絶倒といった様子で大爆笑し。他の観客達は直視せぬようにスッと視線を横にずらす。 

 

 その容赦の欠片もない肛撃により、ハムスケの意地や尊厳は粉々に打ち砕かれたのだ。

 

 

「んあぁあああ゛っ!?某の負けでござるぅううう!!」

 

 

 ハムスケの敗北宣言に、何とも言えない気分に陥る冒険者一行。

 

 こうして森の賢王を下した冥府の番犬は、巨大なハムスターを騎獣として従えるのであった。

 

 

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

 

 

 城塞都市エ・ランテルは、夕暮れ時にも関わらず異様な熱気に包まれていた。

 

 老若男女職業問わず、皆が挙って表通りに集まり、目の前を悠然と闊歩する伝説に目を奪われる。

 

 

「……おいおい、見ろよあれを」

 

「……す、スゲェ!?」

 

 

 彼らが敬意や畏怖の感情を抱きながら指差す先には、屈強な冒険者すら怯え慄くような神獣が居た。

 

 夕日を反射する白銀の毛並みは神秘的な輝きを放ち、巨躯を支える屈強な手足が石畳を力強く踏みしめ、人が数人乗った巨大な荷馬車を軽々と引っ張る。

 

 その大きな瞳に宿るは英知の輝き。一介の獣ではあり得ぬような理性を感じさせる。

 

 事実高い知性を持っているのだろう。何故ならその神獣は人の言葉を理解し、話すことが出来るのだから。

 

 

「ふふん、気分はどうでござるかイチグン殿」

 

「……いい年こいたおっさんが、一人寂しくメリーゴーランドに乗ってる気分だよ」

 

「某にはよくわからぬが、最高の気分ということでござるな」

 

「……真逆だ」

 

 

 流暢な人語を話す神獣に何人かの民衆はギョッと驚くが、他の野次馬達の呟きによってそんな驚きは納得に変わる。

 

 森の賢王という名は、エ・ランテルに住んでいるものなら一度は聞いたことのある程に有名な名前である。

 

 数多の凶悪な魔物が犇めくトブの大森林。その南側を200年近く支配しているとされる伝説の魔獣。

 

 その巨体は白銀の獣毛で包まれており、頑強な長い尾と鋭い爪はあらゆる魔物を一撃で屠る。そして人の言葉や感情を理解出来るほどの高い知能を持ち、高度な魔法まで使用出来ると言い伝えられて来た。

 

 あくまで噂話や御伽噺話の類だったので、野次馬の中にもその姿を知る者はいないのだが、それでもあの威容を見れば理解することが出来た。

 

 あれが本物の森の賢王であると。

 

 

 そうなると、何故かの有名な森の賢王がトブの大森林から離れたエ・ランテルの街中を歩いているのかという話になる。

 

 しかし、そんな民衆の疑問は直ぐに氷解する。

 

 森の賢王の上に、怪しげな仮面を身に着けた槍使いが鎮座しているからだ。

 

 まるで主に付き従う臣下の如く、槍使いを背に乗せたまま大人しく街中を歩く森の賢王。

 

 それを見た民衆は理解する。

 あの槍使いが森の賢王を従えているという事実を。

 

 

 毎日同じように繰り返される生活に飽き、変化や刺激を求めていた民衆たちはその存在に沸き立つ。

 

 森の賢王を下し従えた冥府の番犬を挙って称えた――英雄の凱旋であると。

 

 

 しかし、そんな光景を快く思わぬ者達も居た。

 

 

「――何が英雄だ。馬鹿みてぇに騒ぎやがって」

 

 

 その内の一人であるミスリル級冒険者チーム『クラルグラ』を率いるイグヴァルジは、民衆に囲まれる冥府の番犬を見て、腹立たしそうに舌打ちをする。

 

 地道な冒険活動により実績を積み上げ、漸くミスリル冒険者の地位にまで登り詰めたイグヴァルジにとって、瞬く間に有名となった冥府の番犬は目の上のたん瘤でしかなかった。

 

 森の賢王という立派な騎獣に跨り、立派な装備を身に着け、銅級冒険者に似合わぬ偉業を成し遂げた。

 

 自分が駆け出しの冒険者の時に、これほどの功績を上げることが出来ただろうか。

 

 答えは否である。

 イグヴァルジにそんな活躍の場は訪れなかったし、チャンスが訪れたとしてもそれを掴むだけの実力がなかった。

 

 だからこそ地道に依頼を熟し、無難に鍛錬を積み、長い月日を掛けて漸くミスリル級冒険者になったのだ。

 

 数多くの同業者が挫折していく中で、ここまで上り詰めたイグヴァルジのチームは幸運に恵まれていたと言えるだろうし、その執念や努力は賞賛に値するだろう。

 

 しかし、イグヴァルジだけは今も尚、ミスリル級で燻っている自分自身に納得出来なかった。

 

 

(――嗚呼、畜生がっ。何であの場所に立つのが俺じゃねぇんだよッ!)

 

 

 思い通りにならぬ現実への苛立ちが、彼の心の奥深くに暗く淀んだ影を落とす。

 

 

 ――イグヴァルジはエ・ランテルの外れにある小さな農村に生まれた、この国ではありふれた生い立ちを持つ人間である。

 

 そんな彼の人生が大きく変わったのが、幼少期に村に訪れていた詩人から英雄譚を聞かされた時であった。

 

 田畑を耕し、貴族たちに搾取されながら生きる道しか知らなかった少年は、詩人から聞かされた心躍る冒険の数々や、その冒険によって自分と同じような平凡な少年が立派な英雄へと成長していく姿に憧れを抱いた。 

 

 その日を境に、イグヴァルジは己を鍛えた。

 農作業が終わった後は野山を駆け回り、木の棒を剣に見立てて何度も素振りを繰り返す。

 

 幸いなことにイグヴァルジには才能があり、村一番と呼べるぐらいには強くなれた。

 

 農民として一生を終えることを良しとせず、僅かな金を握りしめてエ・ランテルに向かったイグヴァルジは、その日の内に冒険者組合の門を叩き、銅級冒険者の仲間入りを果す。

 

 幼い頃に聞いた英雄譚のように、これから自分が英雄になる為の物語が紡がれるのだ。

 

 ――そんな彼の夢や憧れは、現実という高く越えがたい壁によって阻まれた。

 

 

 夢のない冒険者の仕事の数々に、それを浅ましく取り合う同業者達。

 

 仲間だと思っていた者達から裏切られ、持ち金を全て失ったこともあった。

 

 小さな農村では一番だったイグヴァルジも、所詮は井の中の蛙に過ぎない。

 

 多くの冒険者達の集うエ・ランテルには自分以上の実力者など沢山いたのだから。 

 

 いつしか冒険者に抱いた憧憬は、思うようにいかぬ己の人生への焦燥となり。そんな焦燥は英雄になることの出来ない自分自身への失望に成り代わる。

 

 

 そんなイグヴァルジにとって決定的だったのが、『蒼の薔薇』のラキュースの存在であった。

 

 自分よりも遥かに年下の少女が、瞬く間に冒険者として名を上げ、英雄の称号ともいうべきアダマンタイト級冒険者となったのだ。

 

 金に困らぬ大貴族の令嬢でありながら、冒険者として破格の才能を持ち、仲間にも恵まれ、王都で知らぬものはいないと言われるほどの英雄となった少女。

 

 対する自分は、食うにも困る貧乏な農民で、冒険者としても中途半端で、仲間からは裏切られ、エ・ランテルの片隅で未だに燻り続けている。

 

 そんなどうしようもない現実を突きつけられたイグヴァルジは、心の支えとしていた英雄への憧憬がへし折れた。

 

 

 世の中は何て不平等なのだろうか。 

 ――天から与えられたモノが違い過ぎる。

 

 世の中は何て理不尽なのだろうか。

 ――天は二物を与え、持たぬものは何もその手に掴めない。

 

 

 だからこそイグヴァルジは、理想を追うことを諦め、現実を見据えるようになった。

 

 堅実に依頼を熟して実績を積み重ね、数多の辛酸を舐めながらもミスリル級冒険者となった。

 

 そこで有能な仲間達をかき集めて、ミスリル冒険者チーム『クラルグラ』を結成した。 

 

 だがそれがイグヴァルジの限界であった。

 ミスリル級以上の冒険者にはなれないと、彼は自分で自分の才能に見切りをつけたのだ。 

 

 故にイグヴァルジはミスリル級という立場に固執した。それが自らの人生を賭して築き上げた全てであるから。

 

 だからこそ彼は才能があり、未来に希望を抱く若い冒険者達を忌み嫌っていた。

 

 まるで英雄になれなかった自分への当てつけのように思えたからだ。

 

 そんな冒険者達に妨害工作紛いの嫌がらせを行う一方で、現実を見据えて意地汚く生きあがく冒険者に優しく手を差し伸べるのは、彼の冒険者に対する憧れや憎しみが綯交(ないま)ぜになった心情の現れでもあった。

 

 

「――――ッ!」

 

 

 未だに民衆が騒ぎ立てている英雄の凱旋に、イグヴァルジは奥歯が砕けんばかりに歯を食い縛り。血走った眼で森の賢王に跨るイチグンを睨みつける。

 

 イグヴァルジの瞳からは、幼い頃に抱いた英雄への憧憬など、とうの昔に消え去っていた。

 

 そんな憧憬を遥かに上回る憎悪の炎を瞳に宿らせながら、彼は冥府の番犬の存在を疎ましく思うのであった。

 

 

 

 




 
 
尚、ハムスケが戦闘によって受けた手傷はルプーが回復魔法により癒した模様。

さらりと本編では流しましたが、ネメシスはゲーム時代よりも遥かに性能がアップしており、その理由が他の種族・職業レベルで元々高い種族としての基礎能力が底上げされているからという訳です。

 

~おまけ・ネメシスのステイタス~


■■■■■■■■■■■■■■■■■■


名前:ネメシス

種族:暗黒魔粘体

種族レベル

【暗黒魔粘体】(ダークネス・スライム)  …Lv15
【最上位擬態生物】(ミミック・ロード)…Lv5★

職業レベル

【暗殺者】(アサシン)    …Lv5
【上位暗殺者】(マスター・アサシン)   …Lv5
【隠者】(ハーミット)     …Lv5
【毒使い】(ポイズン・メーカー)     …Lv5
【猛毒使い】(デッドリー・メーカー)    …Lv10
【変幻自在】(シェイプ・シフター)     …Lv5★
【暗黒守護騎士】(ブラックガード)  …Lv10
【殉教者】(マーダー)    …Lv1★

 総合計     …Lv66
     

■■■■■■■■■■■■■■■■■■


★がついているものは、ニグンの異能により獲得した種族・職業レベルとなっております。

【暗殺者】【上位暗殺者】【隠者】で敏捷性が上がり、隠密能力もアップ。不意打ちやティア、ティナのように影の中に潜んだり、影を伝って移動することもできます。

【毒使い】【猛毒使い】で状態異常攻撃が強化されており、解毒能力も獲得。【殉教者】で自爆攻撃の威力が若干上がってます。

【変幻自在】はスライムの変形能力が強化されており、より複雑な形状に変化したり、身体の質感や硬度をより複雑に操ることが出来ます。

【暗黒守護騎士】によって防御の基礎ステイタスが更に強化され、優秀な盾役のスキルを習得。

大容量の荷物を体内に収納出来たり、操ったゴブリンの躯が武装出来たのは【最上位擬態生物】の効果だったりしますね。


つまりネメシスは、アルベドのように盾役も熟せるソリュシャンの完全上位互換みたいな存在なんです。


……本編ではごちゃごちゃするからという作者の手抜きにより語られていない裏設定ですが、こういった種族・職業を保有している為、ネメシスは物凄く強かったりします。

 

 

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