イチグンからニグン落ち   作:らっちょ

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本日深夜オバロ放送!

もうそろそろ黒羊ちゃんが召喚されるのかなぁ?



そして今回の話はナザリックの面子以外の活躍を描いた番外編。

仲の良いあの二人組が登場いたします。

 
 


第29話 災いを運ぶ者

 

 

 

 人間万事塞翁が馬(にんげんばんじさいおうがうま)

 

 人の運命とは数奇なもので、幸運だと思い込んでいた事象が災いに転じ。災いを齎す存在が、己を救う存在になりえる。

 

 ここに蝶の羽搏き程の些細な変化から、運命の大渦に飲み込まれた哀れな被害者が居た。

 

 

「――ッ、ど畜生がッ!」

 

 

 トブの大森林を、一人の年若い女が木々を掻い潜りながら走る。

 

 金色の髪を短く切りそろえた雌豹のような印象を与える女性だ。

 

 利き手には刺突武器であるスティレットを握りしめており、何者かの襲撃に備えているのか臨戦態勢で周囲を警戒しながらも森の奥地へと疾風のように駆け抜ける。

 

 

 そんな女の背後から迫るのは、6つの黒い人影である。

 

 ある者は指向性を持った魔法の矢で女を狙い撃ち、ある者は木々を猿の如く飛び跳ねながら猛毒の塗装された手裏剣を投擲する。

 

 それらの攻撃を躱して女が反撃しようとしても、日本刀を持った三人組が護衛に回り、息もつかせぬ連携で近接攻撃を繰り出してくる為、間合いを詰められず鬱陶しい後衛を始末することが出来ない。

 

 

 何より厄介なのが、そんな5人組を率いる指揮官の存在であった。

 

 闇夜に目立つ金髪を後頭部で縛り上げ、露出の多い忍装束のような風変りな衣服を着込んだ小柄な少女。

 

 半透明の光の防壁にて、高威力の刺突攻撃を完全に防御し。不意打ちで放った魔道具による攻撃魔法も、自らの影の中に身を沈めることで危なげなく回避する。

 

 素早くトリッキーで命のやり取りに慣れており、一つ一つの行動に狡猾な罠が仕掛けられていて隙がない。

 

 故に逃亡している女は相手より格上であるにも関わらず、勝敗の決まった詰め将棋の如く防戦一方に追い込まれていた。

 

 

 1人の追い詰められた逃亡者(獲物)に、それを追跡し殺傷しようと目論む6人の暗殺者達(狩人達)

 

 獲物を追い詰めた狩人である忍装束の少女は、呆れた様子で口を開く。

 

 

「――いい加減大人しくお縄につくべき。人間何事も諦めが肝心」

 

「何がお縄につけだっ!殺す気満々の癖しやがって!」

 

「――殺した後に蘇生させるから無問題(モーマンタイ)

 

「この性悪の糞女がぁっ!」

 

「――それは鏡を見て言うべき台詞」

 

 

 軽口を叩きあいながらも刃を交え、足場の悪い森の中を縦横無尽に移動する二人。

 

 そんな二人の背中を追うように、他の5人組も息一つ乱すことなく暗闇の中を駆け回る

 

 

(――このクレマンティーヌ様が、こんなところで終わって堪るかよ!)

 

 

 追い詰められた逃亡者である()漆黒聖典第九席次、クレマンティーヌは疲弊した身体を酷使しながら思う。

 

 

 ――何故、こんな厄介な状況に陥ってしまったのだろうかと。

 

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

 

 

 スレイン法国で発生した凶悪な魔物達による蹂躙劇は、未曽有の被害を齎した。

 

 その内の一つが、クレマンティーヌの裏切りによる法国が所有していた秘宝の国外流出である。

 

 

 兼ねてより法国に不信感を持っていたクレマンティーヌは、魔物達に法国が蹂躙されている最中、これ幸いと騒ぎに乗じてカイレの傾城傾国を奪い取り、番外席次という護り手の居なくなった宝物庫に侵入。

 

 保管されていた秘宝の数々を盗み出したのだ。

 

 

 祖国を裏切ったクレマンティーヌには、大いなる野望があった。

 

 それらの秘宝を持って国外に逃亡し、秘密結社ズーラーノーンと手を組んで、誰も口を挟めぬ程の圧倒的強者の立場に成り上がる。

 

 そしてゆくゆくは法国を滅ぼし、老害とも言うべき神官共や、優秀と持て囃される自らの兄を目の前に跪かせて、この上ない絶望と恥辱の中で嬲り殺しにするのだと。

 

 

 結果として彼女は法国が保有していた秘宝を盗み出し、国外へと逃亡することに成功。

 

 当初の目論見通りに事は運んだのだ。

 ――半ばまでは。

 

 

 クレマンティーヌは目先の利益に囚われて失念していた。ユグドラシル産のアイテムには使用制限が掛かっているという事実を。

 

 ユグドラシルからやって来たプレイヤーやNPCとは違い、この世界の住民達はユグドラシル産のアイテムを使う際、自らに適合していないアイテムを使用することが出来ないのだ。

 

 しかもその制限は、希少で強力な効果を宿すものほど厳しくなる傾向が強い。

 

 カイレの傾城傾国のように強力な洗脳効果を宿した世界秘宝であったなら、数千万人に一人程しか適合者が居ないのである。

 

 つまり、彼女の盗み出した秘宝の大半が、使い物にならぬガラクタなのだ。

 

 

 それを理解したクレマンティーヌは大いに失望し、己の詰めの甘さに苛立ったが、それならばそういった人材を搔き集めることの出来る組織を利用すれば良いだけであると開き直る。

 

 そんな考えでエ・ランテルに訪れ、秘密結社ズーラーノーンの幹部であり、旧知の仲であるカジットの下へと足を運んだのだが、あろうことかカジット含むズーラーノーンの構成員が全員不在であった。

 

 ならばと偶然知った全てのマジックアイテムを使える異能を持つと言われている少年を確保しようと企むが、既に件の少年はエ・レエブルに遠征しており、長期間エ・ランテルには戻らないという事実を知る。

 

 代わりにクレマンティーヌの前に現れたのは、完全武装した風花聖典の面々。

 

 彼女の暴挙に業を煮やしたスレイン法国の上層部が放った刺客達である。

 

 

 法国は魔物の襲撃により国家的に大打撃を受けており、先の戦闘により大量の死者が発生し、人材の摩耗も激しい。

 

 逃走する際も態とエ・ランテルとは逆方向に逃げた痕跡を残してきた。

 

 故に追手が来るとしても少数で、自分の居場所を特定されるまでかなり時間を稼げるだろうとクレマンティーヌは考えていたのだが、エ・ランテルについて数日もしない内に大量の追手が現れたのだ。

 

 想像していたよりも敵の動きが早いと焦るクレマンティーヌであったが、法国としても切り札ともいうべき秘宝を盗まれたのだから、その奪還に人手を割くのは当然の判断である。

 

 

 風花聖典が裏切り者の居場所をあっさり特定出来たのにも理由がある。

 

 クレマンティーヌの盗み出した秘宝には、全てに発信機のような魔法が掛けられていたのだ。 

 

 対になる魔法を使用することで、盗まれた秘宝が存在している方角を知ることが出来る探知魔法。

 

 流石に正確な位置までは掌握出来ないが、秘宝のある方角さえ判れば、逃亡者の居場所の特定は容易である。

 

 結果としてクレマンティーヌの偽装工作は無駄となり、彼女の潜伏先が王国のエ・ランテルであることがバレてしまったのだ。

 

 

 そんな情報を入手したクレマンティーヌは、思い通りにならない現実に苛立った。

 

 事実を知ったところで、魔法詠唱者ではない彼女には対処出来ないからだ。

 

 魔法に詳しいカジットなら何とか出来たかもしれないが、彼はエ・ランテルに不在の為、頼ることが出来ない。

 

 故にクレマンティーヌは、風花聖典の追跡を攪乱させる目的で、盗み出した秘宝の一部を行商人達に売り捌いて陽動することにした。

 

 その結果、法国の秘宝は各地に散らばることになり、それらを回収する為に風花聖典は人手を割かざるを得ない状況が生まれる。

 

 緩んだ包囲網の隙をついて、何とか帝国領土へと逃げ延びたクレマンティーヌは、帝国の首都にあるズーラーノーンの支部を訪れようとしたのだが、そんな彼女の行動を読んでいた法国は既に手を打っていた。

 

 帝都を中心に活動している凄腕の暗殺集団『イジャニーヤ』に大金を支払い、クレマンティーヌの探索と暗殺を依頼していたのだ。

 

 元々帝都で暗躍していたイジャニーヤは、帝国領土の各地に密偵を潜ませており。クレマンティーヌの居場所も即座に特定した。

 

 そして休む間もなく襲撃してくる刺客達に、精神的にも肉体的にも疲弊していくクレマンティーヌ。

 

 帝国にも自らの安住の地がないことを悟って涙目となった。

 

 

 仲間はおらず、安全な場所も存在しない。

 追い詰められたクレマンティーヌは、一発逆転の博打を打つことにした。

 

 

 トブの大森林を突っ切る形でエ・レエブルに向かい、全ての魔道具を扱えるという異能を持つ少年を確保する。

 

 もし法国の秘宝が本来の力を発揮したならば、こんな逃亡劇を繰り返す必要はないからだ。

 

 

 本当に秘宝を使えるのか確認していない状態で頼るには、余りにも弱々しくか細い命綱。

 

 更に言うなら、その少年がエ・レエブルに居るかどうかも怪しいのだ。

 

 だが彼女に残された逆転の一手が、それしか残されていないのも事実。

 

 故にクレマンティーヌは危険も顧みず、トブの大森林を横断するようにエ・レエブルに向かったのだ。

 

 

 ――そしてその道中で、クレマンティーヌはイジャニーヤと遭遇。

 

 このような命懸けの鬼ごっこをする破目になったという訳である。

 

 

「……ハァ、ハァ、クソがッ!」

  

 

 荒々しく息を吐くクレマンティーヌ。

 

 彼女は英雄級の実力を持つ強者であるが、いくら強くても脆弱な人間である事実は変わらない。

 

 油断出来ぬ逃亡生活により精神は擦り減り、食事も睡眠も碌にとらず四六時中駆け回っていた肉体は疲弊している。

 

 万全の状態であれば勝ち目のある戦闘でも、万全の状態とは程遠い今では勝ち目が無い。

 

 彼女に出来ることは敵の攻撃をやり過ごし、ひたすら目的地に向かって駆けることであった。

 

 

「ちっ!」

 

 

 武技を用いて加速し、切りかかってくる三人組の攻撃を武技〈不落要塞〉で防御し、武技〈疾風走破〉で一気に距離をとる。

 

 残像が残るほどの速度で駆けるクレマンティーヌであったが、刺客の一人が放った三本の魔法の矢は、そんな彼女の後を追うように飛んでいく。

 

 

「しつけぇんだよっ!」

 

 

 いつまでも追尾してくる魔法の矢に痺れを切らしたクレマンティーヌは、振り向きざまに手に持ったスティレットで三本の矢を薙ぎ払う。

 

 魔力で出来た矢は光の粒子となり霧散するが、()()()()()()()()()()

 

 その矢を放った目的は攻撃ではなく、その場に足止めすることなのだから。

 

 

「〈忍術:土槍壁の術〉」

 

 

 忍装束の少女が地面に両手を翳すと、クレマンティーヌの立っている地面が隆起する。

 

 

「くっ!?」

 

 

 隆起した地面から鋭い鍾乳石のようなものが勢いよく飛び出てきたため、クレマンティーヌは身を僅かに貫かれながらも何とか上空に飛び上がって回避する。

 

 しかし、それこそが敵の真の狙いであった。

 

 空中に飛び上がって身動きが封じられたクレマンティーヌに、猛毒の塗装された手裏剣が四方から投擲される。

 

 その弾幕を掻い潜ることなど、常人には不可能だろう。

 

 

「――っ嗚呼ぁああ゛っ!

武技〈即応反射〉ッ!、武技〈流水加速〉ッ!」

 

 

 裂帛(れっぱく)の気合と共に、武技の同時発動を行うクレマンティーヌ。

 

 崩れていた姿勢が強引に立て直され、間延びした時間の中で、投擲された幾つもの手裏剣を身を捩ることで鮮やかに掻い潜る。

 

 地面から突き出ていた鍾乳石を両足で蹴り、そのまま敵の包囲網を脱出したクレマンティーヌは、クルリと体勢を整えながら地面に危なげなく着地。

 

 それは曲芸師というよりは、俊敏な猫を思わせる人外染みた動きであった。

 

 

 その見事な回避行動に敵ながら感心した忍装束の少女は、彼女を賞賛するかの如くパチパチと両手を叩く。

 

 

「――お見事。でももう終わり」

 

「……ッ」

 

 

 そんな少女の言葉に、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるクレマンティーヌ。

 

 少女の言葉が的外れな意見ではなく、的を射た事実であるからだ。

 

 限界を超えて使用した武技により、クレマンティーヌは精神的にも肉体的にもボロボロだった。

 

 全身の筋肉が痙攣して足はふらつき、少しでも気を抜けば意識が飛びそうになる。

 

 

(……畜生が、こんな下らない場所で終わりかよッ)

 

 

 途切れた希望の糸に、脱力するクレマンティーヌ。

 

 倒れそうになる身体を無理矢理立たせるように、背後の大樹に凭れ掛かったまま敵を睨みつける。

 

 

 そんな手負いの猛獣に対しても、一切油断することのない6人の狩人は、彼女を包囲するようにグルリと円陣を組んで各々の武器を構える。

 

 最早クレマンティーヌに訪れる未来など死しかない――はずであった。

 

 

「――えっ?」

 

 

 最初にその異変に気が付いたのは、忍装束の少女であった。

 

 クレマンティーヌの背後にある大樹が、風も無いのに大きく揺れたのだ。

 

 

「「な、何っ!?」」

 

 

 少し遅れて少女の仲間達も、その変化に気が付く。

 

 大樹が生き物のように蠢いたかと思えば、表面部分に亀裂が生まれて巨大な口のような形状に変化したのだ。

 

 何の変哲もなかった木の枝葉が勢いよく成長し、全長300mはあろうかという六本の触腕に成り代わる。

 

 

「――はっ?」

 

 

 そんな刺客達の反応を見て、クレマンティーヌがゆっくりと後ろを振り向くと、この世のものとは思えぬ巨大な怪物が存在していた。

 

 体高100m以上はある樹木が意思を持って動き出し、巨大な木の根を足として土を掘り起こしながら立ち上がる。

 

 クレマンティーヌが寄りかかっていた樹木こそが、世界を滅ぼすと言われているトブの大森林の奥地に封印されていた神話級の化け物。

 

 魔樹ザイトルクワエの本体であったのだ。

 

 

 ――グォオオオオオオ!!

 

 

 封印が解けたザイトルクワエは、夜空に向かって歓喜の咆哮を上げる。

 

 巨大な触腕の一本を天高く持ち上げ、力任せに振り下ろすだけの技術の欠片もない渾身の一撃。

 

 

 並みの樹木を凌駕する質量を持った頑強な触腕による打撃は、規格外の威力であった。

 

 その攻撃により地面は割れて木々は木っ端微塵となり、その破片が散弾のように周辺一帯に飛散する。

 

 

「ッ〈不動金剛盾の術 〉!」 

 

「ッ武技〈不落要塞〉!」

 

 

 忍装束の少女は咄嗟に地面に伏せて、半透明の光の盾を展開。

 

 僅かに遅れてクレマンティーヌも身を低くし、自らの羽織ったマントに武技を発動させる。

 

 

「「――――ッ」」

 

 

 爆音と共に押し寄せる土石流により、5人の暗殺者達は悲鳴すら上げることが出来ずに肉片となって死滅する。

 

 

「――かふっ!?」

 

 

 降り注ぐ無数の石礫や木片によって、忍装束の少女が展開した光の盾は硝子細工のように砕け散り、その衝撃で遥か遠方に弾き飛ばされた。

 

 何とか命を繋いだ少女であったが、利き腕が折れたのか二の腕はあらぬ方向に捻じ曲り、痛々しい手傷を負ってしまう。

 

 それでも忍装束の少女は痛みに呻くことなく、冷静に状況を掌握することに努めた。

 

 

(――謎の怪物の出現。仲間の生存は絶望的。……勝ち目がないのに、この場所に留まるのはあまりにも危険)

 

 

 そう瞬時に判断した少女は、折れた右腕を気にすることなく全力で撤退する。

 

 瞬く間に少女はザイトルクワエの攻撃範囲外へと逃れ、重症を負いながらも無事に逃げおおせることが出来た。

 

 

「……」

 

 

 一方で逃げるタイミングを逃したクレマンティーヌは、余りの出来事に茫然自失となり、この状況を引き起こした元凶である魔樹ザイトルクワエを見上げた。

 

 

 ――ギギギギッ!

 

 

 ザイトルクワエもクレマンティーヌを認識しているのか、その歪な口元を歪めながら、軋むような不協和音を奏でる。

 

 ザイトルクワエの攻撃を奇跡的に無傷で乗り切ったクレマンティーヌであったが、その余波により所持していた無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)が破損。

 

 収納効果を失った背負い袋を突き破るように、中に収納されていた法国の秘宝が飛び出し、血肉の入り混ざった汚泥の上に散乱する。

 

 豪華な竜の刺繍が施されたチャイナ服に、天空を支える男の描かれた黄金の小皿。

 

 白と紫のツートンカラーにMという文字の入った近未来的なデザインの球体など。

 

 その全てが長年法国の手により厳重に保管されてきた、世界を変える程の力を持つと言われている超希少なアイテムである。

 

 そんな秘宝を眺めるクレマンティーヌの瞳は無機質であり、嘗てないほどの激情が宿っていた

 

 

(――ハハハッ、なぁにが『世界を変える秘宝』だ。……人を舐めんのも大概にしろよ)

 

 

 そんなアイテムが手元にあっても、使えなければただのガラクタ。

 

 世界を変える力を秘めていようとも、この窮地を乗り切ることが出来なければ無意味なのだ。

 

 

 魔樹が再び巨大な触腕を天に翳して、勢いよく振り下ろす。

 

 クレマンティーヌは避けようにも、武技の反動によって足が硬直して動かない為、逃げることは叶わない。

 

 あと数秒もしないうちに己の肉体は触腕によって圧し潰され、地面の染みとなって消えるだろう。

 

 そんな受け入れがたい現実を前に、奥歯を噛み砕きながらクレマンティーヌは叫ぶ。

 

 

「――このッ、ガラクタがっ!

 

 

 悪足掻きにすらならないと判りながらも、近くに転がっていた秘宝を掴みとり、迫りくる触腕へと力任せに投げつけた。

 

 役に立たない秘宝への八つ当たりの意味しか持たぬ行動であったが、そんな無意味な行動が彼女の運命を大きく変えるのであった。

 

 

「――っ!?」

 

 

 クレマンティーヌの投げた白と紫のツートンカラーのボールは、巨大な触腕に接触した瞬間に、夜の暗闇を真昼に変えるような強烈な閃光を放つ。

 

 その明るさに目が眩んで、思わず目を瞑ってしまうクレマンティーヌであったが。彼女が瞼を開くと、自分に襲い掛かってきた巨大な魔樹が跡形もなく消滅していたのだ。

 

 

「……え゛っ?」

 

 

 そんな意味不明な状況に、思わず間抜けな声を上げてしまうクレマンティーヌ。

 

 

 実は彼女の投げた秘宝は、対象となる魔物にぶつけることで効果を発揮する世界秘宝(ワールド・アイテム)だったのだ。

 

 その秘宝の持つ効果は、対象となった魔物の捕獲。

 魔物の大きさや強さに関係なく、掌サイズのボールの中に強制収容出来る魔道具であった。

 

 そんな世界秘宝に適合し、偶然にも使用条件を満たして窮地を乗り切ったクレマンティーヌは、かなりの悪運の持ち主であると言えるだろう。

 

 

「……もしかして、私助かった?」

 

 

 数十秒程の時間を経て、漸く自らの状況を理解しはじめるクレマンティーヌであったが、そんな彼女を更に混乱させる出来事が起こる。

 

 人気のない森の中で、クレマンティーヌに話し掛けてくる存在が現れたのだ。

 

 

「約束通り魔樹を封印してくれたんだねっ!本当に助かったよっ、ありがとうっ!」

 

「――っ!?」

 

 

 思わずビクンと飛び上がり、威嚇する猫のような臨戦態勢をとるクレマンティーヌ。

 

 そんな彼女に嬉々として話し掛けてきたのは、緑黄色の肌を持つ知的生命体であった。

 

 人間の少女のような姿形をしていたが、頭に毛髪の代わりに木の葉を生やしており、気配も植物のように希薄である。

 

 暗躍に長けたクレマンティーヌも、話し掛けられるまではその存在に気付くことが出来なかった。

 

 目の前に現れた奇妙な存在に、スティレットを突きつけながらクレマンティーヌは質問する。

 

 

「――誰、っていうかナニあんた?」

 

「――ハァ~、やれやれ。もう忘れてしまったのかい?昔、魔樹の討伐を頼んだピニスンだよ!」  

 

 

 そういってフレンドリーに話し掛けてくるピニスンに、顔を顰めるクレマンティーヌ。

 

 ピニスンはかつてこの地を訪れた人間と、クレマンティーヌが同一人物であると認識しており。魔樹の復活の兆候を掴んでこの地にやって来たのだと勘違いしていたのだ。

 

 

「…………」

 

 

 まるで噛み合わない会話を続ける相手に、苛立ちを募らせるクレマンティーヌ。

 

 彼女の心情に全く気付かぬまま、魔樹の脅威が去ったことに安堵して、嬉々とした様子で礼を述べるピニスン。

 

 

「――っ!?」

 

 

 そんなやり取りの最中、クレマンティーヌは何かを察知したのか、ピクリと身を震わせて遠方に見える小高い丘を凝視する。

 

 その丘の上には両手で数えきれない程の人喰い大鬼(オーガ)妖巨人(トロール)がおり、全員が手に石斧を持って武装しているではないか。

 

 

(ッ、このタイミングで人喰い大鬼(オーガ)妖巨人(トロール)の群れかよっ!) 

 

 

 普段なら雑魚である人喰い大鬼(オーガ)妖巨人(トロール)も、限界まで肉体を酷使したクレマンティーヌにとっては強敵だ。

 

 おまけに魔物達の屯っている場所は、エ・レエブルの方角であり、クレマンティーヌの進路を阻害している。

 

 更に言うなら妖巨人(トロール)の中に特異個体がおり、他の有象無象とは違う強者の気配を放っているではないか。

 

 

(クソッ、面倒だなっ!!)

 

 

 歴戦の猛者であるクレマンティーヌは、あの戦闘妖巨人(ウォー・トロール)と今の状態で戦えば高確率で殺されると直感的に理解し、奴らにかち合わぬよう迂回しながらトブの大森林を抜け出そうと考えた。

 

 しかし、そんなクレマンティーヌの計画を台無しにする存在が居た。

 

 樹の妖精(ドライアード)のピニスンが、魔樹の脅威を退けたという興奮が醒めず、その場で五月蠅く騒ぎ立てているのだ。

 

 

「本当にありがとうっ!君のおかげで本体も無事だったよ!」

 

「――騒ぐな黙れ」

 

「アハハッ!もしかして照れてる?そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃんか!」

 

「――いいから口を閉じてろ雑草」

 

「酷いよッ!?君は女なのに随分と口汚いんだね。そんなんじゃ牡も寄り付かないよ?」

 

「――――ッ!」

 

 

 そんなピニスンの返答にプツンと堪忍袋の緒が切れたクレマンティーヌは、足元に絡みついていたピニスンをサッカーボールのように蹴り飛ばした。

 

 

「ぐべっ!?」

 

 

 勢いよく吹き飛んだピニスンは、近くの樹木の幹に激突してそのまま気絶。

 

 ザイトルクワエの攻撃で脆くなっていた樹木は、ピニスンがぶつかった衝撃で圧し折れ、大きな音を立てながら地面に倒れる。

 

 その騒ぎを聞きつけた人喰い大鬼(オーガ)妖巨人(トロール)の群れが、クレマンティーヌの居る場所へと小走りで近づいてくる。

 

 

「――ッああ、もうっ!」

 

 

 クレマンティーヌは地面に落ちていた秘宝を慌てて搔き集めると、巨大な布切れに包み込んでその場から離脱。

 

 持ち切れなかったアイテムをその場に放置し、エ・レエブルに向かって走り去っていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怪しげなローブを纏った集団が、夜の闇に紛れるように法国からエ・ランテルへと向かう。

 

 彼らが乗るのは馬車ではなく、翼竜の形を模した無数の骨の塊である。

 

 翼竜の形を模した骨の塊――骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は全部で6体存在しており、その背には邪悪な雰囲気を纏った男たちを乗せていた。

 

 それらが隊列を組むように飛行することからも判るように、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)はその者達の手によって完璧に制御されていた。

 

 

「クククッ!これで『死の螺旋』が発動できるっ!」

 

 

 6体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を操っている男――カジット・デイル・バダンテールは、その骸骨のような顔に歪な笑みを浮かべながら自らの計画の成就を確信する。

 

 その手に握られているのは、負のエネルギーを限界まで蓄積した『死の宝珠』と呼ばれるマジックアイテムである。

 

 

 カジットはとある目的の為に秘密結社ズーラーノーンに所属し、エ・ランテルにて『死の螺旋』と呼ばれる大儀式を行い、アンデッドに転生しようと目論んでいた。

 

 しかし、その『死の螺旋』を行う為には膨大な負のエネルギーが必要となり、5年の歳月を掛けて集めても、目標としている負のエネルギーには遠く及ばず、カジットは歯痒い思いをしていた。

 

 

 そんな彼に訪れた朗報が、祖国であるスレイン法国で起こった謎の魔物達による大量虐殺である。

 

 負のエネルギーを効率よく集める為には、死者の怨念が集いやすい場所が好ましい。

 

 故に数十万人単位の死者が出た土の都こそ、負のエネルギーを効率よく集めるのに相応しい場所であるとカジットは判断。

 

 法国と敵対するリスクを承知の上で、自らの弟子を引き連れて土の都へとやって来たのだが、その判断が英断であったことをカジットは直ぐに理解した。

 

 桁違いの負のエネルギーが土の都全体に充満しており、数十年掛かりで集めるような負のエネルギーを、たった数日で集めることが出来たのだ。

 

 それも当然の結果といえるだろう。

 数十万人の無惨な死を遂げた死者の怨念に加え、召喚された魔物達が強大な負のエネルギーを宿した存在ばかりだったのだから。

 

 こうして原作よりも遥かに強大な負のエネルギーを集めることが出来たカジット達は、死の螺旋を執り行う為にエ・ランテルへと帰還する。

 

 負のエネルギーが充満している土の都で儀式を行っても良かったのだが、スレイン法国には漆黒聖典という特級戦力もいる為、万に一つという可能性で儀式を妨害され、失敗する可能性もあったからだ。

 

 故に敵に妨害される可能性が低く、ズーラーノーンの活動拠点があるエ・ランテルへと舞い戻ったという訳である。

 

 

「――苦節30年。漸く我が悲願が成就する時が来た」

 

 

 怪しげな輝きを放つ死の宝珠を見据えながら、新たな門出を死を司る神が祝福しているようだと狂気の笑みを浮かべるカジット。

 

 

 ――そんな彼らのどす黒い野望は、法国の蹂躙劇を引き起こした死神に露顕することとなり、冥府の番犬の名声を高める餌になるとは知る由もないだろう。

 

 

 

  

 

 

 




※THE・補足

因みにクレマンティーヌが逃走している時系列は第15話辺りです。

アウラは既に偽ナザリックの建造に着手しておりましたが、ネメシスのお披露目会に参加していたため、ザイトルクワエの復活に立ち会うことが出来ず。

クレマンティーヌ達がトブの大森林に訪れていたという事実も、後のピニスンとの出会いや戦闘の跡地で気が付きました。

アウラは配下達を指揮するのが上手いので、何気にイチグンやアインズから重宝されているのです。


そしてカジットは負のエネルギー溜め込むために法国へと向かっており、クレマンティーヌとはすれ違い。

大量の死者から得られた負のエネルギーと、規格外のアンデッドの残滓から集まった負のエネルギーに死の宝珠は大変ご満悦の様子。

スケリトルドラゴンも大盤振る舞いで6体召喚出来るぐらいに負のエネルギーを蓄えることが出来たので、原作のように叡者の額冠に頼らずとも、それ以上の規模の『死の螺旋』を引き起こす下準備が整いました。



 



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