イチグンからニグン落ち   作:らっちょ

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――神は言っている。此処で死ぬ運命だと。



第3話 開幕拷問即死ループ

 この広い世の中、理不尽なことなど数え切れぬ程に沢山ある。

 

 長年プレイしていたオンラインゲームで、ギルメン全員から見放されて終焉を迎えたり。会社の上司の致命的な不手際を押し付けられ、その責任を無理矢理取らされた挙句に職を失ったり等々。

 

 いっそ死んだ方がマシであると思える程に現実とは救いが無く、残酷なものなのだ。

 

 

(……だが神よ。いくら何でもこれは酷い。

余りにも酷過ぎるだろっ!!)

 

 

 現在俺はナザリック大地下墳墓第五階層氷結牢獄内にある拷問部屋。

 真実の間(Pain is not tell)に囚われていた。

 

 目覚めたら頑丈そうな拷問器具に鎖で磔にされており、口を拘束具で塞がれた状態であった。

 

 オーバーロードの小説知識と、目覚める前に起こった出来事を踏まえて察した。

 

 

 ――俺はアインズ・ウール・ゴウンの敵と見做された。

 

 

 そして今から情報収集の為に拷問される。

 そしてその拷問される相手は――

 

 

「あらん。起きたのねん。

死んで復活してから目覚めるまでに随分時間が掛かったのねん。お寝坊さんかしらん?」

 

「んぐぅうううう!?!?」

 

 

 鮮明になった自分の視界が捉えたのは、形容しがたい異形の化け物であった。

 

 ぶよぶよとした灰色の皮膚に頭部に蠢く触手。

 黒いボンテージ服を身に纏い、その隙間からヌメヌメとした贅肉がブヨンとはみ出している。

 

 そんな醜悪な外見にも関わらず、その化け物が近づくと淡い花のような良い匂いがするのだ。

 

 そんなちぐはぐな事実が、更に悍ましさと恐怖心を掻き立てる。

 

 ニューロニスト・ペインキル。

 五大最悪の中で『役職最悪』と呼ばれるナザリックの拷問官。

 

 捕らえられた人間の殆どがこの拷問官の元に送られ、情報収集という名の拷問地獄に叩き落される。

 

 趣味特技が拷問ということからも判る様に、性格は極めて嗜虐的で残忍。

 

 脳喰種(ブレインイーター)という種族も相俟って、生きたまま相手の脳味噌を喰らうという悪食でもある。

 

 

 そんな奴が目の前に現れたのだ。

 これから行われることに恐怖を覚えるのも仕方がないだろう。

 

 ニューロニストは上機嫌に鼻歌を口遊みながら、禍々しい拷問器具を手でガチャガチャと弄びつつ話し掛けて来る。

 

 

「うふふ、痛みは正直よん。

どんなに嘘をつこうとしても、痛みの前には皆正直者になるわん」

 

「んぐっ!んぐぅうう!」

 

 

 全部正直に話します。

 だから拷問なんて一切必要ありません。

 

 

「やっぱり最初はこれよねぇ!

ホラ、みてみてこの棘のついた棒を!

コレを尿道に突っ込んでゴシゴシすると、皆喜んで唄ってくれるのよん」

 

「んぐううううううううっ!!」

 

 

 ふ、ふざけんなこのデブスがっ!

 それは単なる悲鳴だろうが!

 

 マジで頼む。悪い夢なら早く醒めてくれ。

 誰でも良いから、俺を助けてくれぇえええ!!

 

 

「其処までだ、ニューロニストッ!」

 

 

 そんな危機的な場面に颯爽と現れたのは、このナザリックにおける最高権力者。

 

 俺をこんな状況に陥れた張本人である、骸骨魔王のアインズであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さてと、あの男をどうするかな」

 

 

 死に絶えた陽光聖典の肉体をナザリックに持ち帰ったアインズは、リスクを承知の上でニグンの蘇生を試みた。

 

 結果は半分成功。

 蘇生によるリスポーンなどが発動することはなく、見事に死者は生者となった。

 

 しかし下位魔法による復活を試みたからなのか、レベルダウンのような現象が起こり、ニグンは衰弱状態のまま目覚めなかったとのこと。

 

 万が一の危険を考慮して、デミウルゴスとアルベドが情報収集をニューロニストに任せることを提案し、自分は安全地帯でのうのうと結果を待っているのだが――

 

 

「……本当に、この対応で良かったのか?」

 

 

 ある程度心に余裕を取り戻したアインズは、この選択は間違っていたのではないかと思い始めたのだ。

 

 ニグンから予定通りに情報を収集出来たとしても、真っ先にその情報を知るのは自分ではなく配下達である。

 

 アインズが秘匿している情報の中には、配下達に知られたくないものも沢山ある。

 

 例えば、自分の正体が人間であるということ。

 それを知った配下達がどういった反応を示すのか、まるで判らないのだ。

 

 下手をすれば謀反の意志が芽生え、敵対される可能性すらある。

 

 故に安易に情報調査などさせるべきではなかったのではと、今更ながらにアインズは後悔した。

 

 

「……そもそも、何故あの男はそんな情報を知っているのかが気になるな」

 

 

 自分のアバターネームどころか、現実世界での本名まで知っていたのだ。

 

 普通に考えるならば、絶対に在り得ない出来事である。

 

 

「……この世界特有の異能(タレント)という奴か?」

 

 

 カルネ村での情報収集で、この世界には異能と呼ばれる不思議な力を保有する者達が居る事をアインズは掌握している。

 

 その力はピンキリであり、大半はどうでもいいような効果の異能が多いようだが。中には『全てのアイテムを条件を無視して使用出来る』などの出鱈目な異能を持つ者も存在している。

 

 ニグンが異能持ちであり、未来視や読心に似た力を使えるとすれば、自らの情報を知っていたとしても不思議ではないとアインズは思ったが――

 

 

「……その線はないな。そんな異能を持っていたなら、最初から此方との戦闘行為を避けるはずだ」

 

 

 つまりそれ以外の方法で、アインズの個人情報を知ったということになる。

 

 アインズはニグンの行動を冷静に思い返しながら、とある一つの可能性に行き着いた。

 

 

「……いやいや、まさかな」

 

 

 自分以外のギルドメンバーが、あの男の肉体に憑依転生している。

 

 

 決して在り得ないとは言い切れない。

 現に自分自身は骸骨アバターの姿で異世界に来たのだから。

 

 ギルメンの中にはオフ会で顔を合わせた者達もおり、自己紹介の際に自分の本名を名乗った覚えもある。

 

 

「……ハハハッ、いやでもその可能性は無いだろ」

 

 

 嫉妬マスクを被っていたとは言え、それ以外の装備に関してはユグドラシルの時に愛用していたものばかりである。

 

 更にギルド名であるアインズ・ウール・ゴウンの名前も出した。

 

 オフ会に参加した面子であれば、謎の魔法詠唱者の正体がモモンガであると直ぐに気付くはずである。

 

 そもそも自分の知るギルメン達ならば、威光の主天使(ドミニオンズ・オーソリティ)如きを最高位天使であるなどとは絶対言わない。

 

 故にニグンはギルメンではないと判断したのだが、彼の反応を思い出したアインズはゾクリと背筋が寒くなった。

 

 

「……もしかして、転生直後だったのか?」

 

 

 思えばニグンは髪の毛を毟り取った辺りから様子が可笑しかった。

 

 突然正気を取り戻したかと思えば、周囲の様子を窺うようにキョロキョロと観察。

 

 挙句の果てに先程まで命のやりとりをしていたにも関わらず、良く判らない奇行を繰り返し、此方を困惑させた。

 

 そしてアルベドの殺気に充てられ、情けない悲鳴を上げたかと思えば、次の瞬間には自分の本名を叫びながら命乞いをする。

 

 先程命乞いを行い、それをあっさりと拒絶されたにも関わらずだ。

 

 

「――ッ!?」

 

 

 鈴木悟は自分の造った骸骨のアバターに転生したが、他の面子も自分の造ったアバターに転生したとは限らない。

 

 もしかしたら現地の住民に憑依転生し、唐突にこの異世界で意識が芽生えたかもしれないのだ。

 

 

「デミウルゴスッ!直ぐにニューロニストの拷問を止めさせろっ!」

 

「ア、アインズ様!?」

 

 

 切迫した様子で立ち上がる支配者を見て、困惑するデミウルゴス。

 

 アインズは端的に命令を告げると、そのままギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)により、地下第5階層にある真実の間へと転移した。

 

 

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「ッ、まさか……そんなッ!?」

 

 

 アインズの命を受け、慌てて真実の間に駆け付けたデミウルゴスは、其処で衝撃的な言葉を耳にした。

 

 

「……嗚呼。ユグドラシルからの転移の影響で、他のギルドメンバーの魂が、原住民の身体に憑依してしまったのかもしれない」

 

 

 だからこそアインズの個人情報を知っていた。

 そう考えると全てが腑に落ちるのだ。

 

 つまりアインズの現実世界での名前を知っているギルドメンバー

 

 たっち・みー

 ぶくぶく茶釜

 ペロロンチーノ

 ヘロヘロ

 ウルベルト

 

 この5名の中の誰かがニグンに憑依した可能性が高いのだ。

 

 己の創造主であるウルベルトの名もその中に入っており、デミウルゴスは嘗て無いほどの絶望と恐怖の感情を抱いた。

 

 自らの敬愛する主を拷問にかけよと、自らが命令を下してしまったからだ。

 

 

「わ、私は……何と浅はかで……愚かなことをッ!」

 

 

 宝石のような瞳から涙を流し震えるデミウルゴスの肩を、慰めるように優しく叩くアインズ。

 

 

「……あくまでも可能性の話だ。それを今から確かめる必要がある。

 もし彼がウルベルトさんだとしても、コレは私が指示したことだ。全責任は私にあり、お前には一切罪はない」

 

「……アインズ様」

 

 

 その言葉を聞いたデミウルゴスの瞳に再び光が宿る。

 

 それを確認したアインズはコクリと頷きながら、未だに拷問器具に縛り付けられているニグンの元へと足を運んだ。

 

 アインズに万が一にでも危害を加えさせぬ為なのか、先程にも増して拘束は厳重になっている。

 

 手足はベルトのような器具でグルグル巻きにされており、視界は分厚い目隠しにより完全に遮られている。

 

 モゴモゴと何かを叫ぼうとしているのに、口に装着されたギャグボールが邪魔をして喋れない。

 

 そんな痛々しい姿のニグンを前に、アインズはペコリと頭を下げながら言った。

 

 

「すみません。後で幾らでも謝罪します。

でもソレを証明する為には、どうしても必要な確認作業なんです」

 

「ングッ、ングゥウウウウ!?」

 

 

 ニグンが相手の記憶を探れる力を持っており、それを利用してナザリックに取り入ろうとしている可能性も捨て切れない。

 

 だからこそ仲間を疑うような行動をしてでも、その真偽を確かめねばならない。

 

 それがナザリックを護る為に必要な義務であり、アインズ・ウール・ゴウンのギルド長としての責任なのだから。

 

 アインズはゆっくりと指を伸ばし、その魔法をニグンに向けて放った。

 

 

「《支配/ドミネート》」

 

「……アッ」

 

 

 拘束されたニグンは精神支配状態に陥る。

 この状態になると相手は嘘を言えず、自らの質問に嘘偽りなく正直に答えるようになる。

 

 彼が何故自分達の情報を知っていたのか、その真相を探ることが出来るのだ。

 

 

「……成功か。特に抵抗はされなかったな」

 

 

 アインズはジクジクと痛む心を無視しながら口元の拘束具を取り外し、一番肝心なことを最初に確認する。

 

 

「お前はこのギルドに所属していた記憶があるのか?」

 

『――いいえ、そんな記憶はありません』

 

 

 その答えを聞いて、アインズとデミウルゴスは安堵と落胆の溜息を吐く。

 

 ギルドメンバーでないことが証明されたので、デミウルゴスの不安や恐怖は解消されたが、それと同時に嘗てのギルドメンバーが、再びこの地に舞い戻って来たという可能性も消えたからだ。

 

 複雑な感情を抱きながらも、アインズは次の質問を行う。

 

 

「では何故、私の現実世界での名を知っていたのだ?」

 

『――オーバーロードの小説を全巻読みました。放映されていたアニメも見ました。

その記憶があるので、これから起こり得る未来の出来事や、ナザリックの内情などをある程度把握しています』

 

「……はっ?」

 

 

 予想外の答えに、アインズの動きが止まった。

 

 小説を読んだからどうしたというのだ。

 アニメを見たから何だというのだ。

 

 何故それで未来の出来事や、秘匿されているナザリックの情報が判るのだろうか。

 

 精神安定化を何度も発動させながら、米神を抑えつつアインズは三つ目の質問をする。

 

 

「……お前は一体何者なんだ?」

 

『――陽光聖典隊長ニグン・グリッド・ルーイン。その肉体……に転生し…た……イチノセ グン……ま゛っ!?』

 

 

 拘束されたニグンは、三つ目の質問に答えようとした瞬間。ガクガクと身体を震わせながら盛大に吐血する。

 

 支配された状態から正気な状態に戻ったニグンは、自嘲気味に嗤いながらボソリと呟く。

 

 

「……また、かよ」

 

 

 力なく項垂れる首に、完全に開いた瞳孔。

 心臓の鼓動は止まり、呼吸も完全に停止。

 

 唖然とするアインズやデミウルゴスを尻目に、ニグンは本日二度目の死を迎えるのであった。

 

 

 

 

 

 




あと1話でプロローグもようやく終了。
……今日中に投稿出来るといいなぁ。

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